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k-48 世紀末覇者

 昭和十九年十二月十三日の早朝。


 陸雄が本田の工場にやってきた。


 作業場は、もぬけの殻だった。


「昨夜から三人が帰って来ねぇ。モレとモルフェもねぇし、嬢ちゃんたちが大切にしてた天幕も無くなってる。たぶん、嬢ちゃんたちは疎開前に何処かに遊びに行っちまったんだと思う……」


「クッソ! 何やってんだ。アイツら!」


 陸雄が拳を握りしめた。


「陸雄は嬢ちゃんたちの行先に心当たりはあるかい?」


「はい! 間違いなく笠寺観音です! 俺、今から笠寺まで走ります! 基地には本田から伝えてください!」


「あぁ、わかった! あとのことは任せておけ! その前に陸雄の陸王にこのガソリンを給油しろ! 上等なガソリンだから陸王も多少は速く走れるはずだ!」


 本田がドラム缶から戦闘機用のガソリンを陸王へ注いだ。


 エンジンをかけた瞬間、陸王がいつもより力強い雄叫びを上げた。


「うおっ! これは! 本田さん! ありがとう! これなら、かなり速く走れそうです!」


 陸雄は陸王を名古屋へ向けて走り出した。


   *


 その頃、笠寺観音の参道では三人の乙女が闇市を楽しんでいた。


「菊ちゃんの実家には疎開してきた人も住んでるんだよね? 石鹸一個で足りる?」


「でも、私一人で買い占めるのも悪いし……」


 闇市のオジサンが二つ売ってくれたので、菊が上機嫌になった。


 ラーナはツギハギだらけのダメージもんぺを手に取った。


「これ、パッチワークがエモすぎるよね!」


 三人の乙女は闇市でも青春真っ只中だった。


 その時、突然、空襲警報が鳴り響いた。


 街の人々が蜘蛛の子を散らすように消えた。

 闇市の店が一瞬でたたまれた。

 参道があっという間に無人になった。


 三人はまた避難訓練だと決めつけて、モレとモルフェに荷物を詰め込んだ。


「さあ、浜松に帰ろう!」


「お土産買うの付き合ってくれてありがとう! 二人とも」


「この礼は青森で美味しいものをご馳走してよね!」


「うん! 青森には美味しいものが沢山あるよ!」


「「わーい!」」


 三人は東海道を浜松方面へ走り出した。


   *


 カッパが最初に気づいた。


「あ! 飛行機たくさん!」


「本当だ!」


 三人が立ち止まって空を見上げた。


 上空を、無数の銀色の機体が整然と埋めていた。


 一機、二機ではない。


 数えきれない。


 三人には、それが爆撃機だとわかる知識がなかった。


「あれは、なんて飛行機?」


「わかんない……でもすごい数だね〜。久保さんが見たら喜ぶよね!」


 その瞬間だった。


 背後から聞き慣れた重低音の排気音がドカドカと近づいてきた。


 陸王だ。


 と気づいた瞬間、上空から「ヒューン ヒューン ヒューン」と空気を切り裂く音が連続して降ってきた。


「菊ーー!!」


 陸雄の叫びと、地響きが同時に来た。


 笠寺の街の方角から、熱風が三人を叩いた。


「「「キャー!!!」」」


 三人がしゃがみ込んだ。


「馬鹿野郎! 走れ! 止まるなーーー!!」


 陸雄が陸王から飛び降りて、菊の手を掴んで強引に側車へ載せた。


「カッパ! ラーナ! 行くぞ! 防空壕まで走れ!」


 カッパとラーナはガクガクと震えながらモレとモルフェに跨った。


 気づいたら涙が溢れていた。


「ラーナ……行こう! 行かなくちゃ!」


 ラーナの震える手がモルフェのセルボタンを押した。


 キュルキュルボン! トトトト……


「うん! 行こう! 防空壕まで走ろう!」


「二人とも着いてこい! お前らなら大丈夫だ! たった二人で北海道まで走ったんだろ!? 崖の上の神社まで登ったんだろ!?」


 陸雄の叫びが、カッパの胸に刺さった。


 太田山神社の、あの鎖が浮かんだ。

 

「うん! 私らなら大丈夫! 陸雄! 行こう!」


「私だって行ける! カッパ! 遅れないでよ!」


「大丈夫! モレはモルフェよりも速い!」


 三台が走り出した。


   *


 遠く見える笠寺の街では、爆撃の炎が空を染めていた。


 B-29が八十機、三菱重工の工場群を正確に狙っていた。


 一発が落ちるたびに地面が揺れた。

 次の一発が落ちるたびに熱風が来た。

 また次の一発が落ちるたびに、黒い煙が空を塗りつぶしていった。


 陸雄は名古屋市内へ入ると、最初の防空壕へ向かった。


 満員だった。


「クソッ! 次だ!」


 次の防空壕へ走った。


 満員だった。


「クソッ! クソッ!」


 また次へ走った。


 どこも満員だった。


「クソッ! 名古屋は人が多すぎる! 防空壕が足りてない!」


 側車の菊が涙ながらに叫んだ。


「私のせいでカッパとラーナを巻き込んだの! あの二人だけは助けてあげて!」


「馬鹿野郎! 諦めるな! 必ず全員助ける!」


 陸雄は空を見ながら爆撃を避けつつ走り続けた。


 でも、東海道はいつの間にか瓦礫の山になっていた。

 建物が崩れ、道が消えていた。

 もうバイクでは走れない区間が増えていた。


「ダメだ! このまま浜松まで走れるか……いや、もう無理か……」


 陸雄が歯を食いしばって考えた。


 その時、カッパが叫んだ。


「陸雄! アハロがあるよ! アハロには地下室があったんだよ! そこなら防空壕よりも安全だよ! だって二〇二六年まで百式が残ってたんだもん!」


「そうだよ! 陸雄! アハロの地下二階なら二〇二六年まで絶対に安全なんだよ! アハロに行こう!」


「カッパ! アハロまで走れるか?」


 カッパはヘルメットを被り直した。


「任せて! 必ず皆をアハロまで連れてくよ!」


 カッパがモレを走らせた。


 煙の向こうに見慣れた風景が混ざっていた。

 アハロがあった方角だ。

 カッパの目だけが知っていた。


   *


 三菱工場があった付近に着いた時、金網はすでに爆撃で吹き飛んでいた。


 消火活動をしている兵士たちをすり抜けて、四人は奥へと進んだ。


 やがて、アハロが建っていたはずの場所へたどり着いた。


「え? ここが今のアハロ……」


 そこに建物はなかった。


 あるのは、地下へと続くなだらかな傾斜だった。


 飛行場へ向かって真っ直ぐに伸びる、天然の窪地を利用した隠し格納庫だった。


「アハロの地下室は地下室じゃなかったんだ! 格納庫だったんだ……」


 カッパが傾斜を降りると、地下二階にあたる場所に、見覚えのある機体が鎮座していた。


 一〇〇式司令部偵察機。


 ジュラルミンの機体が、爆撃の轟音の中で静かに光を受けていた。


「ここがアハロの地下室……この子がアハロの百式……」


 ラーナが震える手でプロペラに触れた。


 陸雄も陸王を降りて、百式を見上げた。

 菊も側車から降りて、百式を見上げた。


 四人が百式の前で立ち尽くした。


   *


 沈黙の中で、カッパは気づいてしまった。


 ここは窪地だ。


 密室ではない。

 傾斜の先は空に向かって開いている。

 爆弾が傾斜に一発でも落ちれば、ここは終わりだ。


 防空壕よりも安全だと思っていた。


 でも、ここは防空壕ですらなかった。


 上空からB-29の爆音が続いていた。


 遠くで地面が揺れた。

 また揺れた。


 カッパは百式を見た。


 八十年後にアハロの地下室でこの百式に座った夜を思い出した。

 あの時は怖くなかった。

 あの時はここが別の世界の話だった。


 今は、本物の爆音が来ていた。


 カッパの隣でラーナが百式のプロペラを握ったまま動かなかった。


 菊が陸雄の腕を掴んでいた。


 四人の少年少女が、百式に見守られながら、次の一撃を待っていた。


 爆音が、近かった。


 あまりにも、近かった。



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