k-40 バゴーンな奴ら
カッパとラーナが一九四四年に来てから、数日が経っていた。
二人はさちと共に、ミカン畑で収穫作業をしていた。
「二人はその箱にどんどん詰めていってね。傷んでるものは、そっちのカゴに入れるのよ」
「「は〜い!」」
二人は黙々とミカンを箱に詰めていった。
この畑にも男手はなく、女性だけが働いていた。
「奥さん、畑作業も男の人はいないの?」
「そうよ。男の人は皆さん兵隊になるのよ」
「兵隊になりたくない人は?」
「そんな人はいませんよ。でも、もしもそんな人がいたら逮捕されちゃうのよ?」
「「逮捕!?」」
ようやく二人は、工場にも畑にも男手がない理由を理解した。
それでも、浜松の街は平和そのものだった。
カッパとラーナには、未だに戦争の気配が全く感じられなかった。
*
作業を終えると、さちたちが傷んだミカンを風呂敷に包み始めた。
「このミカンは貰えるの?」
「そうよ。無駄にしちゃ罰が当たるでしょ?」
二人も傷んだミカンを風呂敷に包んで、本田家へと持ち帰った。
「奥さん、このミカン三つくらい貰ってもいいですか? 友達にもお裾分けしたい」
「もちろん良いわよ! 私もご近所に配るつもりだからね。早く食べないと悪くなるでしょ?」
カッパとラーナはさちからミカンを貰って、工場で働く菊の元へ駆け出した。
「菊ちゃん!」
ちょうど帰宅しようとしていた菊を見つけて、二人が息を切らしてみかんの入った風呂敷を手渡した。
「菊ちゃん! これお裾分け。地面に落ちたやつだから早めに食べてねって奥さんが言ってたよ」
菊が風呂敷の中のミカンを見て大いに喜んだ。
「私一人じゃ食べきれないから、幼なじみにもお裾分けしても良いかな?」
「幼なじみ? 青森の? 宅急便で送るの?」
「たっきゅうびん? そのたっきゅう何とかはわからないけど、青森まで持って行かないよ。私と一緒に浜松まで出てきたの。その子は浜松陸軍飛行場の宿舎にいるから届けてあげたいんだ」
浜松陸軍飛行場という言葉を聞いて、カッパとラーナはドキッとした。
「幼なじみは兵隊さんなの?」
「飛行場ってことはパイロットさん?」
「本人はパイロットになりたかったみたいなんだけど、単車の運転が上手すぎて通信兵にされちゃったの。でも、本人は単車に乗って割と自由に動けるから気に入ってるみたい」
*
三人は浜松陸軍飛行場の宿舎まで歩いてやってきた。
女子は宿舎に入れないので、菊が守衛さんに幼なじみを呼び出してもらった。
「あ! 来た来た! 陸雄!」
宿舎から、面倒くさそうな顔をした少年が現れた。
菊やカッパやラーナと同じくらいの歳に見えた。
「菊かよ……。何しに来た?」
「こちらの友達からミカンをいっぱい貰ったからお裾分け!」
「地面に落ちたやつだから早めに食べなくちゃダメなんだよ」
「そうだよ。早く食べなくちゃ! 明日もまたミカンを貰えるんだよ!」
菊と陸雄がミカンを分け合っていた。
「ありがとうな! 俺は陸雄。菊とは同郷だ」
「私はラーナ! こっちがカッパ! アナタもバイクに乗ってるの? 私たちもバイクに乗ってるんだよ!」
「は? 女のくせに単車に乗ってるのか? 自転車の事か?」
「自転車にも乗れるけど、私とラーナはちゃんとしたバイクに乗ってるよ? 五十ccだけど……」
「違うよ! カッパ! 四十九ccだよ」
陸雄が爆笑した。
「ハハハ、四十九cc! そんな単車は確かに女子供の単車だな! そんな夢のような単車があるなら見てみたいよ」
「あるよ! 今度、皆でツーリングする?」
「つーり? なんだそれ? 釣りか?」
「皆でバイクでどこかへ走ることだよ」
「四十九ccの単車で俺の陸王と走れるわけがないだろ? 俺の陸王は陸軍一速いんだぜ?」
「陸雄が陸王? うふふ」
「陸王だから陸雄なの? うふふ」
カッパとラーナと菊が笑い出すと、陸雄は恥ずかしそうに照れながら、さっさと宿舎へと戻っていった。
「変な子!」
「陸雄の陸王だって! うふふ」
「カッパもラーナも笑っちゃダメよ。うふふ」
三人の乙女は、陸雄と陸王のダジャレのようなネーミングをケラケラと笑いながら帰り道を歩いた。
*
その頃、工場の作業場では本田と源一がモレとモルフェの給油口からガソリンを抜いていた。
「やっぱりか……こんなに上質なガソリンを使ってやがったか!」
「本田さん! これって米軍機に積まれてるガソリン並に上質なガソリンですよ!」
「未来の日本じゃこんなに上質なガソリンが簡単に手に入るってことかよ……つまり、もっと凄いエンジンも作れるってことだよな?」
「そうですよ! 今よりももっと回る高回転のエンジンを作れるようになりますよ!」
「いかんせん、この上質なガソリンに頼りすぎると、このモルフェなんてのは塵一つシリンダー内に入っただけでぶっ壊れちまうデリケートなエンジンになる。そういった意味では、このモレの方が戦場向きではあるわな」
夜も更けてきた頃、作業場にカッパとラーナが様子を見に来た。
「オジサン、奥さんがまだ帰らないの?って言ってるよ?」
「もう夕飯はオジサン抜きで食べちゃったんだよ?」
「あぁ、すまん、すまん。つい夢中になっちまったな。源一さん今夜はこの辺にしとこうか?」
「そうですね。さすがに腹も減りましたね」
カッパがモレのリアキャリアから下ろされていたホムセン箱の中から焼きそばバゴーンを取り出した。
「オジサン、川上さん、これ食べてもいいよ! バコーン!」
ラーナがバコーンを見て早速給湯室へ駆け出した。
「ん? それはなんだい?」
「カップ麺! カップ麺は知ってるよね? でも、この焼きそばバゴーンはこっちじゃ売ってないんだよ」
「いや、嬢ちゃん、カップ麺も焼きそばバゴーンも意味がわからん。順だって説明してくれや。オジサンらは、それがなんなのかがさっぱりわからねぇんだ」
「え? カップ麺を知らないの? それじゃラーメンはどうやって食べるの?」
「ら、らーめん?」
「支那そばの事か?」
「しなそば? 蕎麦じゃないよ! ラーメンだよ」
そんなすれ違いの中、ヤカンを持ったラーナが給湯室から戻ってきた。
「お湯沸いたよ〜」
カッパが焼きそばバゴーンの蓋を開けると、さらに本田と源一が驚いた。
「なんだこれは! プラスチックの蕎麦が入ってる!」
「これはままごとの玩具なのか?」
「うふふ、ラーナ、オジサンたちはカップ麺も知らないんだってさ」
「え〜? カップ麺を知らないの? どうして?」
「支那そばってのは知ってるんだってさ」
「蕎麦とラーメンは違うよ? オジサン!」
三分が経って、カッパが湯のみに焼きそばバゴーンの粉スープを入れて湯切りをした。
それを見ていた本田と源一が顔を見合わせた。
「本田さん! あれはスープですよね……」
「あぁ、捨て汁がスープになったなぁ……」
カッパが慣れた手つきでソースを絡めて完成させた。
「はい、出来たよ! オジサン二人で仲良く食べてね!」
「「焼いてないし!」」
「嬢ちゃんはさっき焼きそばとか言ってたよなぁ? どこにあるんだ?」
「「あれ?」」
「そういえば、なんでこれが焼きそばなんだろ?」
「そういえば焼いてないね。それじゃこれは煮そばだね! 煮そばバコーンだよ! オジサン!」
「うふふ、煮そばだね! 煮そばバコーン!」
恐る恐る一口食べてみた本田と源一が、顔を見合わせた。
「意外と美味いですよ。本田さん」
「あぁ、ソースと麺は意外と合うもんだ」
「オジサンたちは焼きそばを知らないの?」
「あぁ、焼きそばなんてものは初めて食べたぜ。これは文字焼きに麺を入れた感じなんだなぁ」
「あ! 確かにそうですね! これは文字焼きに近いですよ!」
「「文字焼き?」」
「今度は嬢ちゃんたちが文字焼きを知らねぇか……八十年後の未来ではもう俺たちの文化は通用しねぇんだなぁ〜」
「そのうち、このお二人に文字焼きでもご馳走してあげましょうか! カステラもバコーンも貰いましたからね」
「そうだな。文字焼きくらいならお易い御用だ」
*
後日、カッパとラーナは大人たちから佐鳴湖でシジミとヌマエビを採ってくるよう言われた。
早朝の佐鳴湖は、透き通っていた。
底が見えるくらい綺麗な水の中を、二人は裸足で歩いてシジミとヌマエビを採った。
(こんなに綺麗な湖なんだ……)
カッパは手の中のシジミを眺めながら思った。
昼間はミカン畑で収穫して、夕方には工場に寄る。
そんな一九四四年の日常が、気づけば当たり前になっていた。
*
週末。
本田の工場で文字焼きパーティーが開かれた。
参加者は本田と源一、カッパとラーナ、菊と陸雄の六人だった。
「これがお前らの単車か?」
陸雄がモレとモルフェを見て呟いた。
「そうだよ。こっちがモレ」
「こっちがモルフェ。陸雄のバイクは大きくてサイドカーなんだね」
「サイドカー? あぁ、側車の事か! メリケンみたいな言い方してると捕まるぞ?」
「そうなの?」
「まあ、お前らみたいな子供はまだ捕まらないけど、大人でそれを言えば捕まるんだ」
「なんで?」
「さあな! 俺にもわからん! でも、サイドカーって言うよりも側車の方がかっこいいだろ? オートバイも単車の方が男らしい!」
「そうかも! 単車! 私も今度からモレのことを単車って呼ぼう!」
「うん! それがいい! 単車!」
「そうだぜ! メリケンの言葉なんて使うな! あんな国は俺がバゴーンとやっつけてやる! バゴーン!だぜ!バゴーン!」
「「バゴーン!?」」
カッパとラーナは焼きそばバゴーンのことを思い浮かべて笑い転げた。
陸雄も菊も何がおかしいのかわからないまま、つられて笑っていた。
*
「さあ! 準備できたよ! こっちに来なよ!」
源一が四人を呼んだ。
鉄板の前に六人が並んだ。
本田が文字焼きを焼き始めた。
早朝にカッパとラーナが採ってきたシジミとヌマエビ、刻んだ大根の菜っ葉を、熱した厚い鉄板の上に並べた。
エビの殻が焼ける香ばしい匂いが、工場の油の匂いをかき消した。
シジミの出汁でシャバシャバに溶いた小麦粉の生地を、土手の中心へと流し込んだ。
「あ、漏れてる! 土手が決壊した!」
「おっと、慌てるな! ヘラで戻せばいいんだ!」
グツグツしてきたところで、闇市で手に入れた貴重なソースを一滴ずつ垂らした。
ソースが熱い鉄板で焦げ、香ばしい匂いが立ち上った。
「カッパ! これってもんじゃ焼きだ!」
「本当だ! キャベツが無いけどもんじゃ焼きだ!」
菊が恐る恐る金ベラでおこげを剥ぎ取って口に運んだ。
頬がポッと赤くなった。
「……美味しい。大根の葉っぱが、まるでお花みたいにシャキシャキして……。青森の冬の汁物とは、全然違う温かさだじゃ……」
陸雄は夢中で鉄板を叩いていた。
「本田さん! これ、すごいよ! こんなに薄いのに、腹の底から力が湧いてくる! ……なんだか、バゴーンと敵をなぎ倒せそうな気がしてきたぜ!!」
「ハハハ! そうだ、陸雄! もっと食え! 鉄を叩くにも、戦うにも、まずは美味いもんを食わなきゃ始まらねぇんだよ!」
「カステラのお礼としてはケチくさいけど満足してくれたみたいだね!」
「はい! 凄く美味しい!」
「大根菜っ葉のもんじゃ焼きの方が美味しいかも!」
六人の笑い声と、鉄板を叩くカチャカチャという音が、工場の中に響いた。
シジミの出汁の匂い。
ソースが焦げる香り。
陸雄のバゴーンという威勢の良い声。
一九四四年の浜松の工場の片隅で、束の間の小さな宴が開かれていた。
カッパは熱々のおこげを頬張りながら、なんとなく思った。
(早く元の世界に帰りたい。でも……もう少しだけ、ここにいてもいいかな)
モレが作業場の隅でポポポポポと静かに鳴っていた。




