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k-39 100円の価値

 作業場で、本田がカッパとラーナを川上源一に紹介した。


「この人は日本楽器の川上源一さんだ。モルフェの音叉マークの会社の人だ」


「日本楽器? YAMAHAじゃないの?」


 カッパとラーナは首を傾げた。


「ウチの会社の創業者が山葉さんっていうんだけど、君たちは山葉さんを知ってるかい?」


「やまはさん? YAMAHAは人の名前じゃないよ? バイクメーカーだよ?」


 源一と本田が顔を見合わせた。


「本田さん、やはりこの子らは別の世界線の人間なんじゃないだろうか?」


 本田が確かめるようにカッパとラーナに尋ねた。


「お嬢ちゃんたちは未来から来たんじゃねぇか? 浦島太郎みたいによ?」


「浦島太郎? 亀を助けた童話?」


 本田がニヤッと笑った。


「ほらな! 浦島さんを知ってるって事は、やっぱり嬢ちゃんたちは未来人なんだよ! ちなみに嬢ちゃんたちは今は西暦何年だと思ってる?」


「「二〇二六年!」」


 本田と源一がさらに驚いた。


「二〇二六年だって!? それじゃ、やはり未来から……?」


「ねぇねぇ、今は何年なの?」


「一九四四年。昭和十九年だ。エノケンって知ってるかい?」


「「エノケン?」」


「エンケンならわかるよ。顔が怖い人だよね?」


「うん、顔が怖くてドクターXの人。失敗しない人」


「本田さん! これはますます未来人の可能性が出てきましたよ! お二人のお爺さんとか曾お祖父さんとか、今の時代にいないのかい?」


「私の一族はブラジルの日系人だから、曾お祖父さんはまだブラジルかなぁ? 日本に来たのはお父さんの代からだから、日本にはまだ誰もいない……」


 ラーナが少しだけ寂しい顔をした。


「私もお母さんしか家族がいないから、お爺さんとかお婆さんはいないんだよ。お父さんは離婚してから会ってないし、私はもう顔も覚えてない……」


「そうか……身内がいないなら決定的な証明にはならねぇな。でも、浦島太郎を知ってるってことは、俺たちと嬢ちゃんたちは同じ世界線だと思うぞ? ちなみに嬢ちゃんたちは聖徳太子はわかるかい?」


「はい。それなら知ってるよ? 昔の一万円札の人でしょ?」


「「一万円!?」」


「本田さん! 今、一万円って言いましたよね?」


「あぁ! よりにもよって一万円かよ……」


 大人二人が驚いているのが理解できなくて、カッパが尋ねた。


「オジサン? 一万円札だとなんか変なの?」


「あぁ。変ってものじゃねぇよ。ほら? これを見てみな」


 本田が財布から一枚の紙幣を取り出して二人に見せた。


「これが今の聖徳太子のお札だ。この百円札がいちばん高いお札なんだ……」


「「え?」」


「百円? ビタミンカステーラも買えないね……」


「うん。ビタミンカステーラも買えないよ……」


「いや、カステラくらいなら百円あれば買えるだろ? なあ? 源一さん」


「は、はい。百円あれば上等なカステラを買えますよね……」


 本田が冷静な声で続けた。


「嬢ちゃん、今の価値では、さっきの女工が月に稼ぐ給金が三十円くらいなんだよ。だから、この百円札で買えないものって方が少ねぇんだ」


「「三十円!」」


「それはオジサン! 酷いブラック企業だよ! 三十円なんて給料じゃ捕まるよ?」


「私でもアハロで十万円も貰ってるんだよ?」


「「十万円!?」」


「本田さん、日本はこの戦争で負けてインフレになるんでしょうか?」


「え? でも、学校ではデフレスパイラルって習ったよ?」


「うん! 日本はデフレスパイラルだって習ったよね?」


 本田と源一が愕然として項垂れた。


「本田さん、円の価値がそんなに無くなると言うなら、日本の未来に希望はあるんでしょうか?」


「いや、まだわからねぇぞ? なぜなら、この単車を見ろよ! 源一さん! この二台が敗戦国のものに見えるかい? 逆にこの日本は経済大国になってるんじゃねぇのか?」


 本田がモレとモルフェをしっかりと見つめた。

 源一もまた二台の原付を見つめていた。


 そんな大人たちにカッパが呟いた。


「えっとねぇ。日本はバブルって時代には世界一の経済大国になったんだってさ。私たちが産まれる前の話だからよく分からないけど、その頃の日本はアメリカの映画会社をほとんど買い占めちゃったって習ったよ」


 本田と源一が笑い出した。


「なんだと? 日本がアメリカの映画会社を買収しちまったのか!」


「本田さん! 日本はとんでもない国になりそうですよ!」


「映画会社を買い占めたらそんなに凄いの?」


「そうさ、アメリカの映画会社を買うってことは、アメリカにとっては最悪の屈辱なんだよ!」


ラーナが不思議そうな顔をして呟いた。

「でもね、ウチのママは日本マネーが介入してからのハリウッド映画はダメになったって言ってるよ?だから、ウチのママはいっつもローマの休日しか見てないんだよ…」


本田と源一は顔を見合わせた。


「「ローマの休日…?」」


「うん!スクーターの映画だってさ」


   *


「ところで嬢ちゃんたち。モレとモルフェは未来ではいくらで売ってるだい? これだけの単車なら高いだろ?」


「私のモレは職場の人からのおさがりだからタダだよ」


「私のモルフェは七万五千円。本当は八万円だったけど値引きしてくれた」


「ちょっと待て、確かカッパの給金が十万円とか言ってたよなぁ。つまり、一月分の給金でコイツが買えるってのかい?」


「私はバイトしてないからお年玉で買ったんだよ」


 それを聞いた本田と源一が、涙ぐんだ。


「本田さん! 日本はめちゃくちゃ豊かになるんですよ!!」


 源一が涙を流していた。


 本田も俯いて涙をこらえながら答えた。


「そうか……お年玉で……そんなに豊かな国になるんだなぁ……」


 カッパとラーナには、なぜ大人たちが泣いているのかが理解できなかった。


 でも、自分たちの未来がこの時代よりも恵まれているのだということだけは、なんとなく伝わってきた。


「オジサン……」


 カッパとラーナは困り果てて、リュックサックの中を探った。


 二人はビタミンカステーラを一本ずつ取り出して、本田と源一に手渡した。


「「これ食べて元気だしなよ」」


 それを受け取った本田と源一が、手の中のものを見た。


「な、なんだコイツは! カステラじゃねぇか!」


「す、凄い! カステラだ!」


「何? 何? どうして驚いてるの?」


「オジサンたち食べないの? 美味しいよ?」


 カッパとラーナがビタミンカステーラをモゴモゴと食べ始めると、本田が慌てて叫んだ。


「嬢ちゃんたち! カステラを丸かじりする馬鹿が何処にいる! はしたないぞ!」


「そうだよ? お二人さん! ちゃんと包丁で切ってから食べなくちゃ罰が当たるよ?」


「え? ビタミンカステーラを切ったら変だよ〜」


「そうだよ。ビタミンカステーラはこうやってモゴモゴ食べるんだよ」


 それを聞いても、本田と源一はその場でビタミンカステーラを食べなかった。


 二人とも家族への土産にすると言って、丁寧にしまい込んだ。


 カッパとラーナは顔を見合わせた。


(カステラって、そんなに貴重なものなの……?)


 二人にはまだよくわからなかったが、一九四四年というのが、自分たちの知っている日本とは全く別の、遠い場所であることだけは、なんとなく感じ始めていた。


 それでも、ここは浜松で、本田さんが優しくて、さちさんの雑穀米が美味しくて、作業場のモレがポポポポポと鳴っていた。


 だから、今日も悪くなかった。


   *


 翌日。


 カッパとラーナは工場内で菊と向き合っていた。


「菊ちゃんは本当に花さんじゃないんだね! ごめんね、変なことを言っちゃって」


「うん、そんなこと良いよ。そんなに似てるの? 花って人と」


「うん、見分けつかないくらいソックリ! 私の働いてる店の料理人なんだけど、凄く美味しいの!」


「お店?」


「うん、喫茶店ってわかる? あ、いや。食堂っていえばわかるよね?」


「うん。食堂ならわかるよ。カッパとラーナはそこで働いてるの?」


「うん。でも働いてるのは私だけ。ラーナは常連さん!」


「そうそう! 私は花の料理の虜にされた常連さん! 菊はこの工場は長いの?」


「私はまだ半年目だよ。青森から出稼ぎに来たの」


 青森という言葉を聞いて、カッパとラーナは顔を見合わせた。


(花さんは青森出身の人だ)


 言葉にはしなかった。でも二人は同じことを思っていた。


 こうして、カッパとラーナは菊と仲良くなった。


 知り合いのいない一九四四年の浜松で、ようやく本音で語り合える相手ができた。

 菊と話していると、ここが遠い過去だということを、少しだけ忘れることができた。


 菊は花にそっくりで、でも花じゃなかった。


 それでも、菊は菊として、カッパとラーナの友達になった。


 三人が笑い合う声が、工場の一角に響いていた。


 一九四四年の浜松の秋は、もう終わろうとしていた。



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