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k-36 Re一〇〇から始まるバイク神社

 四十時間のロングクルーズが終わった。


 名古屋港のランプドアが開いて、二台の原付が日差しの中へ飛び出した。


 出発前と比べて、明らかに逞しくなった二人の少女がそこにいた。


「もう着いちゃった。なんかまだ走り足りない! カッパは?」


「うん! 足りない! だって名古屋港から笠寺まで近すぎるんだもん! やっぱり北海道みたいに半日は走りたいよね!」


「時間もまだ午前中だし、このまま遠回りして帰ろうか?」


「そうだね! そうしよう! でも、どこ行こうか?」


「何処が良いかな? 私はまだ家と学校の往復しかしたことないからわかんない」


「あ! そうだ! 前にリリーさんがアハロに来た時にバイク神社ってとこに二人で走ったよ?」


「なにそれ! バイク神社なんてあるの!?」


 カッパがニヤリと笑いながらスマホで大歳神社を入力した。


「浜松まで走ろう! バイク神社行ってさわやかのハンバーグ食べてから家に帰ろう!」


 二人は名古屋港を後にした。


   *


 昼ごろ、炭焼きレストランさわやか浜松有玉店に到着した。


「さわやか美味しいね!」


「本当だね!」


「ここからバイク神社まですぐだよ。まだ走り足りないけど仕方ないね」


「北海道を走っちゃうと名古屋から浜松なんてフュンだね! フュン!」


「うん! フュンだよ、フュン!」


 二人はまだまだ走り足りなかったが、さすがに今日はバイク神社でお参りしたあとすぐに家へ帰ろうと考えていた。


   *


 午後三時、大歳神社に到着した。


「すごい! ライダーがたくさんいる!」


「本当だ! リリーさんと来た時は梅雨時期だったから、もっと少なかったのに……」


 夏の日差しの中、境内にはカラフルなヘルメットを持ったライダーたちが列を作っていた。

 二人もきちんと並んで順番を待って、ようやく賽銭箱の前に辿り着いた。


 硬貨を投げ入れて、二礼二拍手。


 それから、目を閉じた。


 カチャリ、という硬貨が重なり合う音。

 風に揺れる木々のざわめき。

 背後でアイドリングを続ける、現代のバイクたちの微かな排気音。


 それらが、ふっと遠のいた。


   *


 数秒の後。


 カッパとラーナがゆっくりと目を開けた。


「……え?」


 音が、消えていた。


 何十台ものバイクが集まっていたはずの境内に、エンジンの音がひとつもしない。


 遠くからかすかに聞こえるのは、乾いた土を力強く踏みしめる足音と、金属が擦れ合うような硬い響きだけだった。


 カッパは思わず、吸い込んだ空気の冷たさに息を呑んだ。


 目の前の賽銭箱が、さっきまでとは違う。

 使い込まれた滑らかな質感ではなく、どこか新しさを残しながらも、飾り気のない無骨な造りに変わっていた。


 カッパが焦ったように辺りを見回した。


 駐車場を埋め尽くしていたカラフルなヘルメットや、最新のライディングジャケットを着た人々が一人残らず消えていた。


 代わりにそこにいたのは、国民服やもんぺ姿で黙々と歩く、数人の影だった。


「……ラーナ」


「うん。……見える」


 ラーナも信じられないものを見るように、視線を彷徨わせていた。


 神社の背後に見えていたはずの電信柱と、遠くの街並みの輪郭が消えていた。

 視界の端に、今の時代には存在しないはずの、低く構えた灰色の防空壕の入り口が口を開けていた。


 空を見上げると、飛行機雲一つない突き抜けるような青空だった。

 でも、その静寂の向こう側に、何か重苦しいものが満ちている。


 境内の石畳の目地が違う。

 鳥居の朱の色が違う。

 参道の脇の木の、立ち方が違う。


 何もかもが「大歳神社」のはずなのに、何もかもが違った。


「ここ、さっきまでいた場所……だよね?」


 カッパが呟いた。


 ラーナが小さく頷いた。


「……たぶん。でも……」


 二人は境内を囲む木々を見た。

 参道の先を見た。

 空を見た。


 どこを見ても、同じ「大歳神社」のはずだった。


 でも、確かに何かが決定的に違う。


 カッパがラーナの袖を掴んだ。


「ラーナ。さっき目、閉じてたよね?」


「閉じてた」


「私も閉じてた」


 二人は、また黙って辺りを見渡した。


 もんぺ姿の女性が、目を伏せたまま石畳を歩いて通り過ぎていった。


 乾いた土の匂い。

 空の広さ。

 遠くから聞こえる、何かの軋む音。


 ここは、浜松の大歳神社だ。


 二人がさっきまでいた場所と同じ名前の神社だ。


 それ以外のことは、何もわからなかった。



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