表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/141

k-34 菊の夏

 夏真っ盛りのアハロのランチタイム前に、珍客が引き戸を開けた。


「花ぁ! こごさ仙人様いっど思って来たんだども、仙人様ぁ、どこさいら? 早ぐ仙人様さ会わせでけろぉ〜」


 厨房から花が慌てて出てきた。


「え? おばあちゃん!? どうしてこんな所に?」


 カウンターで仕込みをしていたモト子とクレアおばさんも驚いて顔を上げた。


「花ちん、こちらは花のお祖母様?」


「はい……すみません……おばあちゃんはアプリさんのことを崇拝してまして……」


「おめだば店長さんだべが? いつも花ぁ、お世話になってぜんてらなぁ。……そいよりも、仙人様ぁ、どこさいら? 、こごさ仙人様泊まってらってSNSで見で来たんだども……」


「もう! おばあちゃん! アプリさんがSNSをやってるわけないでしょ? どうやって知ったのよ!」


「んだ、仙人様ぁSNSだのなんだのやらねども、おそばさへっついてる本田のわらしがマメに書き換してらべさ? あのわらしのSNSさ、こごの写真映ってらんだじゃ! そこさ、ぜんて仙人様座ってらんだよ! ほら? そごの席だ!!」


「嗚呼……アイツか……本田くん……余計なことしてくれたわね……」


 花がモト子とクレアおばさんに助けを求めるように顔を向けた。


 二人はあえて花をスルーして業務に戻った。


 花は諦めて、興奮する菊を厨房の丸椅子に座らせてお茶を出した。


「アプリさんはもうここを出て栃木県を目指して旅立ったんだよ」


 菊がガッカリして答えた。


「栃木だばが? んだば、りにまた、こごさ寄るんだべ? そいまでこごで待たせてもらうじゃ。どうせ青森けっても暇だはんで。そいにな、花ぁ、働いてらどごも見でおぎてぇしな!」


 アプリに会うまで帰らない覚悟だと悟った花は、名古屋での滞在を許した。


「それなら、私の家がここから近いから、しばらくそこで泊まってね。ところでおばあちゃんは名古屋まで新幹線で来たの?」


「まいね、まいね。こごまでは、花ぁ青森さ置いでおいだムーブラテ、が運転して来たんだじゃ。私みてぇな年寄りぁ高速道路ば逆走したりへばまいねはんで、ちゃんと下道だげ走って来たんだよ。さすがに疲れだじゃぁ〜」


 花が焦ってアハロの駐車場を覗くと、確かに青森に置いてきたはずのDAIHATSUムーブラテが、丁寧にキッチリと白線に平行に駐車されていた。


 花は厨房に戻り、菊へ説教した。


「おばあちゃん! まだ免許返納してなかったの!? 車なんて運転しちゃダメよ! もう!」


 菊が思わず笑い出した。


「アハハ! 花ぁ、案じ過ぎだじゃ。私ぁ、仙人様の御利益預かってらんだはんで。運転だげだば、人の力ぁ越えでまったんだよ。だはんで、心配ご無用だじゃ! 花のムーブラテだば、花より上んずに乗れるんだはんでな!」


「そうなの? 後でおばあちゃんの運転を見るからね! もしも危ない運転をしたら免許返納させるからね!」


「わがった、わがった! あとで私の運転見ればいべさ! 仕事終わったら私の運転でドライブさ行ぐべ! そいよりも、ムーブラテの中さ職場の皆さんさのお土産の焼きそばバゴーン買ってきたはんで、店長さんとさっきの婆さまさ配りなせぇ」


 花がムーブラテから焼きそばバゴーンを五箱降ろして、モト子とクレアおばさんに手渡した。


(焼きそばバゴーン……本田くんが好きだったっけ……それにしても五箱は多すぎるよ……)


 花は思わず笑ってしまいながら、再び厨房に籠った。


   *


 菊に見守られながらランチの準備を始めた頃、いつものように宮満鮮魚店がやってきた。


「店長、花さん、今回も訳あり商品を持ってきたよ! 今が旬のスズキなんだけど、スズキって九十センチ超えると値がつかないのは知ってる?」


「え? 大きいとダメなんですか?」


「白身魚はデカくなると刺身で食えないんだよ。だから、程よい大きさのものしか値がつかないのさ」


「値がつかないなら、おいくら?」


「うちで仕入れた分十匹を全部買い取ってくれたら一万円……いや、八千円でいいや!」


「それなら、交渉成立ね! 花ちんも良い?」


「まあ、一応、考えてみます!」


 宮満鮮魚店がすぐに大型のスズキを持ってきた。

 花がさっそく捌いて、花とモト子と菊で刺身にして一口食べてみた。


「確かに刺身にはできませんね。水っぽい……」


「美味く調理出来そう?」


「何とか考えてみます……」


 自信なさそうな花の顔を見た菊が口を挟んだ。


「フィレオフィッシュバーガー作ればいんだじゃ。夏休みだはんで、わらしだぢさも安ぐ売ればいべさ。あとはすり身にして竹輪にへば、近所の奥さんだぢも買いに来るよ?」


 モト子と花が顔を見合わせた。


「おばあちゃん! 素晴らしい!」


「おばあちゃんにはまだまだ勝てないよ〜。モト子さん、実はこのおばあちゃんは私の料理の師匠なんです」


 モト子が、ようやく理解した顔をした。


 花がどこであの料理の腕を身につけたのか、モト子はずっと知らなかった。

 菊の一言で、全部が繋がった。


「おばあちゃん! 良かったらアハロでバイトしない?」


「私を雇うだば、花の二倍のぜに出さねば、この私は雇えねぇよ? なんせ、私は花より料理上んずだはんでな!」


 菊はそう言いながら、スズキを丁寧に捌き始めた。


 花と菊が向かい合わせになって、二人でスズキを捌いていく。


 同じ包丁の角度。

 同じ手首の動き。

 花の料理は、ここから来ていたのだ。


   *


 スズキを捌き終える頃、ランチタイムが始まった。


 店にお客さんが溢れ始めた。


 菊は厨房の丸椅子に腰掛けて、花の働きっぷりを楽しそうに眺めていた。


「花ぁ、いい職場さ出逢えたなぁ! 本当によかったじゃ」


「うん! 毎日が楽しいよ!」


 菊がますます笑顔になった。


 アハロのランチタイムが混んでいる様子を見て、菊は安堵の顔をしていた。


   *


 ランチタイムが落ち着いた頃、菊は中休みの中でふと店の前へと目を向けた。


 窓の外、夏の直射日光の中で、二門の高射砲が熱く加熱されて陽炎を立ち上らせていた。


「笠寺ぁ、高射砲の街だっきゃなぉ……。今は本当に、平和にねったもんだなぁ……」


 菊の目が、遠くを見ていた。


 店の中には、花のランチをもりもり食べているお客さんの声が溢れている。

 笑い声が、食器の音に混ざっている。


 その喧騒を、菊は静かに眺めていた。


 高射砲のそばで、名古屋の夏の風が通り抜けていった。


 今の日本の豊かさと平和が、この笠寺の小さな路地裏に、当たり前のように溢れていた。


 菊は名古屋まで来た甲斐があったと、本当に嬉しくなった。


 そして、もう少しだけここにいようと、心の中で決めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ