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k-31 風の聖域(せたな)

 奥尻島に来てから、二日が経っていた。


 四人は毎日、海で泳いでいた。


 気づけば全員、真っ黒に日焼けしていた。


「エヘヘ。私もラーナも真っ黒だね」


 カッパはこれほど日焼けしたことが人生になかったので、毎日こんがりと焼けていく自分の肌が嬉しかった。

 二人はスクール水着の跡を見せ合って、どれだけ日焼けしたのかを確認し合っていた。


 一方リリーはというと、黒髪にしたラーナに張り付いて撮影を続けていた。

 どうやら黒髪のラーナがYouTubeで好評だったらしく、リリーはますます興奮気味にカメラを向けていた。


「ラーナ、もう少し大胆な水着を買ってあげようか! マイクロビキニとか私が用意するよ!」


「変態!」


 ラーナは泳ぎを活かしてリリーが届かない沖まで逃げた。

 カッパも一緒に泳いで逃げた。


 四人は孤島の夏を、孤島の青春を、それぞれの形で謳歌していた。


   *


 奥尻島での滞在予定が終わり、四人はフェリーに乗って海を渡った。


 江差港の岸壁にランプドアが開くと、四台の原付が北の大地へ再び降り立った。


「いくよ、みんな! 今日の風を捕まえにいくよ!」


 向かうのは、せたな町だ。


   *


 追分ソーランラインを北上して、せたな町の海岸線に入ると、それまでの景色が劇的に変わった。


「あ……見えた」


 カッパがヘルメットの中で小さく声を漏らした。


 真っ青な海の中から、天を突くようにそびえ立つ三つの巨大な岩柱。


 三本杉岩だ。


 四人は自然と速度を落として、海岸沿いの駐車スペースにバイクを滑り込ませた。

 スタンドを立てる音だけが、潮騒の中に響いた。


「……すごい。本当に、杉の木みたい。海の中に、どうしてあんなに太い岩が立ってるんだろう」


 ラーナがヘルメットを脱いで、潮風に髪をなびかせながら見上げた。


 真昼の太陽を正面から浴びた三本の巨岩は、陰影をはっきりと刻んで、数千年の荒波に耐えてきた無骨な肌をさらけ出していた。

 観光地の写真で見るよりもずっと猛々しく、神聖な気配を纏っていた。


「やっと着いたね。……ここが、せたなだよ」


 リリーがグローブを脱いで、エンジンの熱気が残るバイクの傍らで呟いた。


「……デカい。写真で見るのとは、迫力が全然違うよ」


 晴衣がバイクの荷台に手を置いたまま、言葉を失っていた。


 三本の岩は、互いに背中を預け合うように寄り添って、厳粛な調和を保っていた。


 波が岩の根元に当たって白く弾ける音だけが、贅沢なほど静かに響いていた。


「……よし。三本杉に挨拶も済んだことだし、行こうか」


「うん! 次はパノラマラインだね! この三本杉さんに負けないくらい、力強く登るよ!」


 四人はもう一度、その雄大な姿を目に焼き付けた。


 四台のエンジンが再び目を覚まして、せたなの海岸線を走り出した。


   *


 海岸線を離れて、坂道を一気に駆け上がった。


 その瞬間、視界が爆発するように開けた。


「……っ!!」


 ラーナが息を呑んだ。


 緑の絨毯を敷き詰めたようななだらかな丘陵地帯。

 その頂上に、巨大な白い風車たちが空の青を背景に神殿の柱のように並んでいた。


 カッパはスロットルを限界まで捻った。


 五十ccの小さなエンジンが歓喜を上げて唸る。

 頬を打つ風が、湿り気を帯びた海の匂いから、乾いた草の匂いへと変わっていく。

 日焼けした肩に、風が翼のようにまとわりつく。


「ウ、……ウワァァァァァァァァァ!!!!!」


 カッパがヘルメットの中で喉の奥から叫んだ。


 言葉ではなかった。

 自分が今この瞬間、この美しい場所の一部として激しく拍動していることへの、剥き出しの咆哮だった。


「アハハハ! カッパちゃん、最高ーーー!!」


 ラーナがそれに応えた。


「ウワァァァァァァァァァ!!」


 リリーが続いた。


 少し照れていた晴衣も、最後に腹の底から声を張り上げた。


「「「ウワァァァァァァァァァァァァ!!!!!」」」


 四つの叫びが、風車の回る丘に響き渡った。


 日焼けした肌を突き抜けて、風が体の中を通り抜けていく。


 タイヤがアスファルトを蹴る感触が消えた。


 四台のバイクが、重力から解放されたように、光溢れるパノラマの中を走り続けた。


   *


 丘の向こうに、日本海がオレンジ色に溶け始めていた。


 鏡のように静かに凪いだ海が、夕陽を吸い込んでいる。


 四人は叫び続けた。


 走り続けた。


 三本杉岩を出発してから、わずか数キロの距離だった。

 でも、その数キロに、全部が詰まっていた。


 海の守護神みたいな岩柱。

 草の匂いに変わった瞬間の風。

 丘の上に並ぶ白い風車と、その向こうの海。


 誰も教えてくれなかったし、誰に教えることもできない。

 ここに来て、走って、叫んだ人間にしか、この感触はわからない。


 風が止んだ。


 四人がバイクを停めて、夕暮れの日本海を眺めた。


 誰も何も言わなかった。


 波の音だけが、丘の上まで届いていた。


 夏の終わりの気配など、まだどこにもなかった。


 四人の青春は、この風の聖域で、今夜もまだ続いていた。



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