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k-30 絶海の孤島で乙女達は笑う

 翌日。


 四人は江差町に来ていた。


「カッパとラーナは江差追分って知ってる?」


 リリーが江差追分会館へと四人を案内した。


   *


 会館の重い扉を開けた瞬間、空気が変わった。


 ステージの上、スポットライトを浴びて立つ唄い手。

 三味線の鋭い音が静寂を切り裂き、尺八の低く唸るような音が、寄せては返す波のように会場を満たした。


「……ッ、……」


 ラーナが息をするのも忘れたように、ステージに釘付けになっていた。


「……ねえ、……カッパちゃん。……この音、……知ってる……」


「……歌詞は……一つも分からない。……でも、……胸の奥が……すごく……熱くて……痛いよ。……私の血の中に……このメロディを待ってた場所が……あったみたい……」


 太平洋フェリーのラウンジで聴いたジャズライブ。

 あの時は、都会的なリズムに身を任せて「旅の始まり」を楽しんでいた。


 でも、この江差追分は違う。


「……フェリーのジャズは……『外の世界』へ連れて行ってくれる音楽だった。……でも、これは……『自分の根っこ』に引きずり込まれる音だ……」


 カッパも、その圧倒的な声量と装飾音の複雑なうねりに圧倒されていた。


「……うん。……ジャズが『自由』を歌うなら、これは『宿命』を歌ってるみたいだね。……悲しいのに、すごく力強い。……波の音や風の音が……全部この人の声の中に閉じ込められてる……」


 ラーナが涙を拭いながら呟いた。


「……オーマイガー、……エモすぎるよ……。……私、今まで……自分の半分が『日本』だってこと、……頭でしか分かってなかった。……でも今、……この三味線の音が……私の心臓を……直接叩いてる……」


 二人は黙って、北の海が生んだ絶唱に身を委ねていた。


   *


 江差追分会館を出て、四人はフェリー乗り場へ移動した。


 乗船手続きを済ませて、出航を待っていると、トコトコとゆるキャラが歩いてきた。


 江差の繁次郎をモデルにしたゆるキャラ、しげっちだ。

 奥尻島へ渡るフェリーの乗客を見送るため、港に立っていた。


 四人はさすがに三日間のトラウマで学習していた。

 目を合わせずに完全にスルーしようとした。


 ところが、しげっちはトコトコとこちらへ向かってきた。


「リリーさん! 余計なことしないでくださいよ!」


「私もそこまで馬鹿じゃないよ〜!」


 四人は完全に油断して笑い合った。


 しげっちはまだ遠い。

 体の構造上、走ることが不可能なのは一目でわかる。

 たとえ向かってきても、簡単に逃げ切れる。


 そう思うと、あまり怖くなくなっていた。


 四人は余裕の表情で、しげっちがゆっくり近づいてくるのを眺めていた。


 やがて、しげっちの人相が見えるくらいの距離まで近づいてきた。


 道南のゆるキャラだけあって、可愛さは皆無だった。

 モデルが普通のオッサンなので、ゆるキャラとして致命的に可愛くない。


「アイツの目が全く笑ってないのが怖いよね……」


「うん……あの目が怖すぎる……。どうする? 場所変えようか? だんだんこっちに近づいてるし……」


 晴衣は既に逃げ腰になっていた。


「リリー、本当に余計なことをしたら叩くからね!」


「私ってそんなに信用ないの!?」


 その時、港に突風が吹いた。


「「「あっ!!」」」


 しげっちの頭が、突風でふわりと舞い上がった。


 中の人の顔が、丸出しになった。


 リリーが腹を抱えて笑い転げた。


 中の人は顔を真っ赤にして、慌てて宙に浮いた自分の頭を追いかけた。


 しかしカッパとラーナと晴衣は、一切笑えなかった。


 なぜなら、しげっちの中の人は、しげっちそのものだったからだ。


 頭が取れて中の人の顔が出ても、全く影響がないくらい、しげっちにそっくりなオジサンが入っていた。


「私は今、見てはいけないものを見たよ……」


「もうゆるキャラなんて大嫌い……」


「この状況を笑えるリリーがいちばん怖い……」


 三人が唖然としている中、リリーだけは笑い転げていた。


 体の構造上、走ることのできないしげっちは、自分の頭をトコトコと追いかけたが、頭は海の上にポチャンと落下してしまった。


 無情にもフェリーへのバイクの積み込みが始まった。


 四人は海の上に浮かぶ自分の頭を悲しそうに見つめているしげっちを横目に、車両甲板へと消えていった。


 甲板に出て見下ろすと、しょんぼりしたしげっちが岸壁に立っていた。

 フェリーが離岸する頃には、しげっちの頭はだいぶ沖まで流されていた。


 リリーはそれを見ても、未だ笑い転げていた。


   *


 夕方前に、四人は奥尻島へ上陸した。


「やった! 孤島に来れた!」


 カッパは人生初の孤島に浮かれ気分だった。


 フェリー乗り場に降り立つと、当たり障りのないゆるキャラが出迎えてくれていた。

 うにまる(三代目)だ。


「奥尻島のゆるキャラは問題なさそうだね!」


「はい! やっと普通のゆるキャラでしたね!」


 四人はようやく一安心して、島を一周しようと時計回りに走り出した。


   *


 十五時四十分、奥尻港出発。


 南へ走ると、すぐに鍋釣岩が見えてきた。

 ドーナツ状の奇岩の向こうに、青い海が広がっていた。


 青苗地区では、津波復興のモニュメント「時空翔」が空を指していた。


 西海岸に出ると、海風が強くなった。

 夕陽が海をオレンジ色に染め始めていた。


 十七時二十分頃、賽の河原に到着した。


 無数の石積みが並ぶ、静かで神秘的な場所だった。


「ここが島の最北端ですね」


「そだね。あっという間に一周しちゃうね」


 四人がバイクを降りて海を眺めていると、怪しい気配に気づいた。


 恐る恐る振り返ると、なぜかフェリー乗り場にいたはずのうにまるがそこに立っていた。


「え? ど、どうして?」


「嘘!? フェリー乗り場にいるはずじゃ……」


 四人は賽の河原という不気味な地名にも後押しされて、即座に逃げ出した。


 あっという間に島を一周して、フェリー乗り場まで戻ってきた。


 戻ってきた四人は、目の前の光景に戦慄した。


 たった今、賽の河原にいたはずのうにまるが、フェリーの乗客たちを出迎えていた。


「テレポート!? うにまるがテレポートしてる!」


 確かめるために再び賽の河原へ走ると、そこにもうにまるがいた。


「もううにまるから逃げられないんですよ!」


 カッパが泣きそうになった。


「一度、宿へ行こう! 宿に避難しよう!」


 四人はフェリー乗り場の目の前にある民宿・木村さん家へ飛び込んだ。


   *


 部屋に入って、四人でうにまる問題を話し合った。


「あの鍋釣岩はゲートなんじゃないですか?」


「ゲート?」


「あんな怪しい岩は絶対にテレポート装置だと思います!」


「「なるほど!」」


 一人だけ冷静な晴衣がスマホでうにまると検索していた。


 しばらくして、晴衣が急に笑い出した。


「うふふ……な〜んだ! アッサリ解決したよ! ほら? 見て見て!」


 晴衣がネットのニュースを見せた。


 そこには「うにまるの老朽化により着ぐるみを新調した」という記事が書かれていた。


「しかも、最近の記事じゃん!」


「そだね。フェリー乗り場の方がたぶん三代目の新品のうにまるで、賽の河原にいた方が古いうにまるだったんだね」


 四人は、必死で逃げ回っていたことが急にバカバカしくなって笑い転げた。


 うにまるには全く悪気はなかった。

 江差のしげっちも悪意は微塵もなかった。

 まんべくんも、五っしーも、ずーしーほっきーも、ひょっとしたら最初から悪気などなかったのかもしれない。


(ゆるキャラというのは、逃げたり挑発したりしなければ、ただそこにいるだけなのかもしれない)


 四人は、三日間の経験から、ようやくその当たり前の結論に辿り着いた。


   *


 宿の女将さんから夕飯の呼び出しがあり、食堂へ向かうと、そこには奥尻名物のウニとアワビが食べきれないほど並んでいた。


「凄い……!」


「本物のウニって、こんなに甘いの!?」


「本当だ! 苦くない! まったく苦くない……!」


 普段スーパーで見るウニとは、全く別の食べ物だった。


 アワビも、歯応えがあって、噛むたびに旨みが溢れてきた。


 四人は黙々と食べた。

 お喋りよりも、食べることの方が大事だった。


 食べながら、カッパは少しだけ思った。


(まんべくんにも逃げずに、こういう料理を教えてもらえたら良かったのかもしれない)


 そんなことを考えたら、またおかしくなってきた。


 宿の外では、プライベートビーチの穏やかな波の音が聞こえていた。


 奥尻ブルーの夜が、静かに更けていった。



【エネミー図鑑 No.005】

名前:しげっち

出現エリア:江差町・港/フェリー乗り場

種族:ゆるキャラ(実体型)

属性:現実/中年

HP:C(物理的に普通)

MP:D(ほぼ無し)

攻撃力:E(攻撃意思なし)

防御力:E(頭部が外れる)

素早さ:F(トコトコ歩行のみ)

知性:B(社会人レベル)

理性:A(むしろ常識人)

固有スキル

■《トコトコ接近》

 低速で確実に距離を詰める。

 恐怖ではなく“違和感”を蓄積させるタイプ。

■《頭部離脱》

 突風などの外的要因で発動。

 頭部パーツが分離し、戦闘フィールドに混乱をもたらす。

■《中の人=本人》

 最重要スキル。

 着ぐるみを脱いでも“変わらない”という概念破壊攻撃。

 精神ダメージ極大。

■《悲哀の佇まい》

 頭を失った状態で発動。

 対象の良心を強制的に刺激する。

ドロップアイテム

・軽度トラウマ

・倫理観の揺らぎ

・忘れられない光景

攻略法

・笑わない(重要)

・風の強い日は近づかない

・目を合わせず静かに去る

備考

攻撃性は一切ないが、

“現実が侵食してくる恐怖”を体現した存在。

なお本人は至って真面目に業務を遂行している。




【エネミー図鑑 No.006】

名前:うにまる(三代目/旧型あり)

出現エリア:奥尻島・全域

種族:ゆるキャラ(分身型)

属性:海洋/量産

HP:B(個体ごとに異なる)

MP:A(交代制で実質無限)

攻撃力:E(攻撃しない)

防御力:C(普通)

素早さ:C(場所による)

知性:B(運用側が優秀)

理性:A(完全に無害)

固有スキル

■《同時存在》

 複数個体が同時に存在することで、

 “テレポートしているように見える”錯覚を発生させる。

■《世代交代》

 新旧個体の入れ替えにより常に稼働。

 外見差が微妙なため識別困難。

■《観光歓迎オーラ》

 近づくだけで安心感を与える。

 ※ただし直前のトラウマにより効果減少

■《無害》

 完全パッシブ。

 いかなる状況でも攻撃行動を取らない。

ドロップアイテム

・誤解

・安堵

・ちょっとした恥ずかしさ

攻略法

・冷静に数を数える

・「同時にいる=別個体」と理解する

・深呼吸

備考

本来は最も安全なゆるキャラ。

しかし前日までの経験により、

“存在そのものがホラー演出”になる例。

なおテレポートはしていない。

していないが、そう見える。

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