k-29 道南のゆるキャラはなぜ怖いのか
大沼公園キャンプ場の夜が明ける前に、四人は大沼プリンスホテルの日帰り温泉「森のゆ」へ向かった。
露天風呂に浸かると、朝の森の匂いが漂っていた。
湯船の中でリリーが難しい顔をして呟いた。
「ちょっと困ったなぁ……」
「どうしたんですか?」カッパがリリーを心配して尋ねる。
「明日からのYouTube撮影なんだけど、ほら? 今の私は鈴乃木凜ちゃんと同じ金髪ツインじゃない。ラーナがキャラ被りしてるのよ。画面の中に金髪二人は困るのよ〜」
「確かに……しかもラーナの金髪は本物ですし……」
「しかもラーナは世界レベルの美少女なんだもん! キャラ被りというよりは、私が霞むこと確定だよ〜」
ラーナがドヤ顔をした。
「エヘヘ! それなら、明日、私、黒髪に染めるよ!」
「「「は?」」」
「実は私、中学までは黒く染めてたんだ! クラスで一人だけ金髪だと目立つでしょ? 不良みたいだし、男子からはずっとスーパーサイヤ人って呼ばれてたんだよね。だから高校は夜間学校にしたの。夜間学校なら国籍もバラバラだし年齢もバラバラでしょ? 明日からは夏休みの間だけ黒髪にするよ!」
*
翌朝、ラーナはキャンプ場から近くのHair Salon joliへ向かった。
しばらくして戻ってきたラーナは黒髪になっていた。
「じゃじゃーん!」
「ラーナ! 目も黒くなってる! なんで?」
「カラコン! 中学まではカラコンも黒くしてたの。これで日本人みたいでしょ!」
三人は黒髪のラーナをしばらく眺めた。
圧倒的な美少女であることは、何も変わっていなかった。
「黒髪のラーナにも負けてしまうとは……」
カッパとラーナと晴衣が大笑いした。
*
朝食は、四人で峠下のラッキーピエロへ走った。
カッパとラーナはラッキーピエロのステッカーを買って、それぞれモレとモルフェに貼り付けた。
「やった! 私のモルフェにもステッカーを貼れた! あとはやきとり弁当のステッカーも買わなくちゃね」
「うん! 市内に行けばすぐにハセストがあるよ」
四人は函館市内を目指して走り出した。
*
五稜郭公園に到着して、貸しボート屋に向かって歩いていると、お堀の前に二体のゆるキャラが立っていた。
五っしーとGO太くんが、観光客たちに手を振っていた。
カッパとラーナは長万部での悪夢を思い出して、慎重に目を合わせないように通り越そうとした。
その時、リリーが余計な一言を放った。
「五っしー、ダッサ!」
五っしーの大きくて不気味な瞳が、四人を捉えた。
明らかに怒っていた。
リリーがさらに追い打ちをかけた。
「なんか五っしーってGO太くんに比べて動きがぎこちないよね! 下半身しか動けないもんね!」
五っしーが四人に向かって歩き出した。
GO太くんが止めようとしたが、体のバランスが悪すぎてあっさりと倒されてしまった。
「え?」
「またこの展開!?」
「晴衣さんも早く逃げよう!」
「な、なんなの? 何が起きてるの!?」
五っしーはまっすぐリリーに向かっていた。
カッパとラーナは晴衣の手を引いて、お堀の周りを全力疾走で逃げ出した。
リリーも怖くなって、三人の後を追いかけた。
「皆! 待って! 置いてかないで! 凄く怖いの! 五っしーが凄く怖いの!」
「リリーさん! こっち来ないで!」
「私たちを道連れにしないで!」
「なに? なんなの? なんで逃げなくちゃならないの!?」
三人はリリーから何とか離れようと、五稜郭公園のお堀の周りを綺麗な五角形を描きながら走り続けた。
リリーも泣きながら必死で三人を追いかけた。
五っしーが、その全員の後ろを追いかけていた。
GO太くんだけは、自力で起き上がれずにその場でバタバタしていた。
四人が一周して元の場所まで戻ると、五っしーの姿は見当たらなかった。
「はぁはぁはぁ……疲れましたね……はぁはぁ」
「こんなに……ハァハァ……走ったのは……ハァハァ……久しぶり……」
「はぁはぁ……リリーのせいだからね……はぁはぁ」
「はぁはぁ……皆、置いてくなんて酷いよ……はぁはぁ」
目の前にGO太くんがまだ倒れていた。
四人で顔を見合わせて、慎重にGO太くんを立たせてあげてから、早々に五稜郭公園を後にした。
*
リリーの案内で、北斗市のハセガワストア七重浜店へ向かった。
「嘘かと思ったら、本当だった! 本当に店内で焼いてる!」
「ね!」
カッパはドヤ顔で、それだけ言った。
ラーナとカッパにガン見されながらも、店員さんは粛々と焼き鳥を焼き続けていた。
やきとり弁当を手に持って、四人は目の前の上磯の浜辺へ出た。
キャンプ用のチェアを四つ並べた。
リリーがラーナに串の抜き方を教えた。
容器のふちの溝に串を引っかけて、蓋を抑えて一気に引き抜く。
「あ、抜けた……!」
綺麗に並んだ豚精肉に、秘伝のタレが午後の光を受けて琥珀色に輝いていた。
一口頬張ると、焼きたての香ばしさと豚の脂の甘みが口いっぱいに弾けた。
「……美味しい。なにこれ、今まで食べてきたものと全然違う!」
顔を上げると、目の前に函館湾が広がっていた。
波の音は囁くように静かで、右手に函館山が穏やかなシルエットを浮かべていた。
「ねぇ、あれ……どこまで続いてるの? まるで天国に続く道みたい」
ラーナが指さした先に、海の上を真っ直ぐに貫く長いベルトコンベアが伸びていた。
無機質な構造物のはずなのに、この穏やかな海と合わさると、不思議と神聖なものに見えた。
「最高の景色に、最高のやきとり弁当。……リリーさん、晴衣さん、カッパ。連れてきてくれてありがとう」
ラーナはモルフェにもハセガワストアのステッカーを貼った。
「これでモレとお揃いだ」
四台を浜辺に並べて、四人で写真を撮った。
*
上磯の浜辺から原付で五分のところに、リリーの行きつけのカフェがあった。
coffee room float。
浜辺のそばに建つ小さなカフェだ。
コーヒーとデザートを頼むと、出てきたコーヒーを飲んだカッパが驚いた。
「このコーヒー……!」
「どうしたの?」
「コーヒーが美味しいの」
「確かに美味しいけど、それがどうしたの?」
「んとね……上手く言えないんだけど、アハロで飲むコーヒーよりも数段美味しいんだよ」
「さすがカッパ! よくわかったね〜。ここはネルドリップで淹れてるんだよ」
「ネルドリップ? 初めて聞きました!」
リリーが店主に頼むと、もう一杯淹れてもらえることになった。
カッパはカウンターの前に移動して、店主が淹れる様子をガン見した。
「あ! 布で淹れてる!」
「そう、これがネルドリップ。この布を使ってコーヒーを淹れるの」
白い布製のフィルターに、挽きたての粉がふんわりと注がれた。
「ペーパーフィルターと違って、ネルは布の目が粗いの。だから、コーヒーの油分をそのまま通してくれるのよ」
細いケトルから、驚くほど細い糸のようなお湯が粉の中心へ静かに落とされた。
「そのオイルこそが、コーヒーのコクや、滑らかな口当たりの正体なの。ペーパーだとそのオイルも吸い取っちゃうことが多いから、ネルで淹れると、もっと濃厚で、とろりとした味わいになるのよ」
お湯が触れた瞬間、コーヒーの粉が生き物のようにふくふくと膨らんだ。
濃厚な香りがカウンターいっぱいに弾けた。
「でもね、この布の管理がちょっと大変なの。一度使ったら、コーヒーの油が酸化しないように、毎日きれいに洗って、煮沸して、乾かさないように冷蔵庫の水の中で保管しなきゃいけないの。……ちょっと、過保護なくらいね」
店主が少し照れくさそうに笑いながら、円を描くようにお湯を操り続けた。
「手間はかかるけれど、こうしてゆっくり、丁寧に淹れると、コーヒーはちゃんと応えてくれるの。……ほら、美味しくなぁれ、って」
抽出されたコーヒーが、温めておいたカップへと静かに注がれた。
カッパはもう一杯飲んで、納得した。
モト子のペーパードリップとも、自分が淹れるエスプレッソとも、全く別のコーヒーがあった。
(自分はまだコーヒーについて何も知らない)
レモン・ハートのマスターみたいなカフェ店員になれるんだろうか。
そう考えると、旅して良かったと心の底から思えた。
今後も各地で色んなコーヒーを飲んでみよう。
いつかレモン・ハートのマスターのようになれるように。
*
coffee room floatを出てから、店主に教えてもらった上磯駅前のパン屋を探して、四人で駅前通りを原付でウロウロしていた。
その時、駅前に何かが立っていた。
「あ! また変なゆるキャラ!」
ラーナが振り返ると、まんべくんよりも五っしーよりもGO太くんよりも遥かに異質で不気味なゆるキャラが、猫背でこちらを見てニヤリと笑っていた。
「やだ、あれ怖すぎる!」
「無視! 無視! あんなのに追い回されたら、今度こそ死んじゃう!」
カッパもラーナも晴衣も、近づかないように心がけた。
しかし、リリーだけが違った。
「あ、ずーしーほっきーだ! コイツ本当にキモイよね〜!」
リリーがYouTube動画用にカメラをずーしーほっきーに向けながら撮影を開始した。
「さあ、皆さん! これがホッキのお化け! ずーしーほっきーです! いつ見ても不気味だよね〜! ほら? ずーしーほっきー! カメラの前で鳴いてみせてよ! ホキホキホキー!」
ずーしーほっきーは怪しくニヤリと笑い、「ホキホキホキホキホキー!」と叫んでリリーに襲いかかった。
リリーがとっさにかわして、振り返ると、カッパもラーナも晴衣も、すでにどこにもいなかった。
「嘘! みんなはどこ? 置いてかないでよ!」
リリーは泣きながら叫んで、バイクに跨りずーしーほっきーから逃れるように全力疾走で駆け出した。
ずーしーほっきーは上磯駅前からハセガワストア七重浜店の前まで追いかけてきたが、体力の限界を迎えてハセガワストアの前でパタリと倒れ込んだ。
リリーは泣きながら、函館市内まで疾走っていた。
*
四人が合流して、上磯ダムにある北斗市ふれあい広場のキャンプ場へ向かった。
ダム湖の目の前にテントを張った。
夕まづめには地元の釣り人がルアーやフライでトラウトを釣り上げていた。
四人は昨日の大沼公園と同じように、夕方のダム湖をぼーっと眺めていた。
釣り客が暗くなっていなくなった頃に、近くのせせらぎ温泉へ向かった。
露天風呂に浸かると、ダム湖の夜風が頬を撫でた。
「なんで道南のゆるキャラは可愛くないんですか……?」
「わかんない……。私らはずっとこんなゆるキャラしか知らないから、逆に可愛いゆるキャラを知らないもん……」
「帰り道でまた私とカッパは長万部駅前を通るんですよ……?」
「大丈夫よ、帰り道は私もリリーも苫小牧港まで付き合うつもりだからさ……」
「ありがとうございます……。いざとなればリリーさんを生贄にしましょう!」
「え〜! なんで私が?」
「リリーさんも見た目は鈴乃木凜なんですからゆるキャラみたいなものでしょ?」
「酷〜い!」
四人の笑い声が、せせらぎ温泉の露天風呂に響いた。
昨日の大沼で初めて会った四人が、今夜は一日分の出来事を笑い合っていた。
まんべくん、五っしー、ずーしーほっきー。
ゆるキャラ三連続の洗礼を受けながら、四人はやきとり弁当を食べ、ネルドリップのコーヒーを飲み、ダム湖の夕暮れをぼーっと眺めた。
大したことは、何もしていない。
函館市内をウロウロして、浜辺でやきとり弁当を食べて、ゆるキャラから逃げて、キャンプ場でぼーっとした。
それだけのことが、信じられないくらい楽しかった。
温泉が閉まるまで、四人は湯船に浸かり続けた。
【エネミー図鑑 No.002】
名前:五っしー
出現エリア:五稜郭公園・堀周辺
種族:ゆるキャラ(要塞型)
属性:不気味/防御特化
HP:A(異様にしぶとい)
MP:C(基本は物理)
攻撃力:B(圧)
防御力:S(下半身が生身の女性の足)
素早さ:D(直線のみ)
知性:C(感情優先)
理性:D(煽りに弱い)
固有スキル
■《無言の凝視》
対象をロックオン。逃げても追跡対象から外れない。
精神ダメージ大。
■《堀周回》
地形依存スキル。五角形ルートを維持しながら執拗に追い詰める。
スタミナ消費なし。
■《要塞ボディ》
下半身が艶かしい女性の足のため転倒耐性あり。
ただし方向転換は苦手。
■《逆上モード》
「ダサい」発言で発動。
攻撃力・執念が大幅上昇。
ドロップアイテム
・極度の疲労
・仲間割れ寸前の友情
・謎の達成感
攻略法
・絶対にディスらない
・目を合わせない
・直線で逃げずジグザグ移動推奨
備考
見た目以上にメンタルが繊細。
一度怒らせると、観光どころではなくなる。
なおGO太くんは巻き添え被害者である。
【エネミー図鑑 No.003】
名前:GO太くん
出現エリア:五稜郭公園・五っしー付近
種族:ゆるキャラ(支援型)
属性:善良/巻き込まれ
HP:B(普通)
MP:B(サポート系)
攻撃力:E(ほぼ無し)
防御力:C(普通)
素早さ:E(起き上がれない)
知性:B(状況判断はできる)
理性:A(常識人)
固有スキル
■《止めに入る》
味方の暴走を止めようとするが、高確率で失敗。
■《バランス崩壊》
強制発動。転倒する。
戦闘不能ではないが復帰に時間がかかる。
■《癒しの存在》
近くにいるだけで場の空気を和らげる。
ただし五っしーには効果なし。
■《放置耐性》
誰にも助けられなくても泣かない。
ドロップアイテム
・罪悪感
・優しさ
・写真映え(中確率)
攻略法
・優しく起こしてあげる
・五っしーとセットで扱う
・見捨てない(重要)
備考
本来は安全なキャラ。
だが環境(五っしー)によって難易度が跳ね上がる。
【エネミー図鑑 No.004】
名前:ずーしーほっきー
出現エリア:北斗市・駅前〜市街地
種族:ゆるキャラ(異形種)
属性:狂気/深海
HP:B(意外と有限)
MP:???(謎)
攻撃力:A(奇襲)
防御力:C(見た目より柔らかい)
素早さ:A(初速が速い)
知性:D(本能型)
理性:F(存在しない)
固有スキル
■《ホキホキホキ》
謎の咆哮。対象の精神を大きく削る。
効果:恐怖+混乱
■《不気味な笑み》
常時発動。SAN値を徐々に削る。
■《一点集中追撃》
挑発した対象のみを執拗に狙う。
仲間は無視される。
■《スタミナ切れ》
一定距離で強制発動。突然倒れる。
※ここが唯一の隙
ドロップアイテム
・トラウマ(特大)
・動画素材(神回)
・地域への強烈な記憶
攻略法
・絶対に煽らない(最重要)
・カメラを向けない
・ターゲットを押し付ける(※非推奨だが有効)
備考
ゆるキャラの皮を被った何か。
遭遇時は“可愛い”という概念を捨てること。
なおリリーは完全にヘイト管理をミスっている。




