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k-23 ガンダムと戦争

 夜営業が終わった頃、二階の個室に花がやってきた。


「カッパちゃん、これ夜食。二人で食べてね」


 シュークリームとエクレアが山盛りに詰まったカゴを、カッパが両手で受け取った。


「ありがとうございます!」


 花とモト子が勤務を終えてアハロを出ていくと、建物の中は静まり返った。


 カッパとラーナは浴衣姿のまま、誰もいない一階のカフェへ降りてきた。


 ラテを淹れて、シュークリームを一つずつ取って、カウンターに並んで座った。


「誰もいないカフェってなんかいいね」


「そうでしょ? なんかいいよね」


「「うふふ」」


 ラーナがシュークリームを頬張りながら言った。


「来週も泊まろうかな?」


「梅雨が明けてたら予約で埋まってるよ? うちは宿って言ってもライダーハウスっていうライダーが泊まる宿なんだよ。だから、梅雨時期はこうしてガラガラなの。バンテリンドームで野球のある日も忙しいんだよ」


「そうなんだね。それじゃ来週は空いてたらママに頼んでみようっと」


 二人は誰もいないカフェで、深夜までお喋りを楽しんだ。


   *


 日付が変わった頃、カッパがニヤニヤしながら言った。


「ラーナに良いもの見せてあげる……」


「なに? なに?」


「絶対に驚くよ!」


 カッパはラーナを地下室へと案内した。


 鉄筋コンクリートで四方を固められた六畳の空間に、業務用の冷凍庫と冷蔵庫が並んでいる。


「ここに何があるの?」


 ラーナが冷蔵庫の扉を開けかけると、カッパが止めた。


「ここは何もないよ。こっち!」


 床下に埋め込まれた鋼鉄の扉を開けると、ハシゴが地下の暗闇へと続いていた。


 ラーナの目が輝いた。


 カッパが先に降りて、ラーナが続いた。


 真っ暗だ。


「カッパ、暗いよ? ここに何があるの?」


「電気つけるけど、驚かないでね」


 カッパがスイッチに手をかけた。


   *


 裸電球がいくつか灯った。


 その瞬間、ラーナは腰を抜かした。


 目の前に、「それ」がいた。


 闇の中から浮かび上がったのは、銀色の生き物だった。


 機首から尾翼まで、空気をなだめすかすように流れる一本の曲線。

 ゼロ戦のような刃々しさは欠片もない。

 あるのはただ、「速さ」という一点に全てを捧げた者だけが持つ、静謐な美しさだった。


 翼端が地下空間の隅まで達している。

 ジュラルミンの表面は、八十年という時間を止めたかのように、腐食の一点もなかった。

 裸電球の光を受けて、滑らかな機肌がひっそりと輝いている。


「こ、これって戦闘機? 本物だよね?」


「凄いでしょ? アハロを設計した鈴菌さんって人が発掘したんだってさ! ちゃんとエンジンも生きてるよ!」


「飛べるってこと?」


「うん! でも、ここから出すのにアハロを解体しなきゃダメだから、この事は秘密にしようって店長が決めたの」


「そ、そうだよね……アハロを壊さなきゃここから出せないもんね……触ってもいい?」


「もちろん!」


 カッパがコックピットのハッチを開けて、自ら操縦席に座った。

 ラーナも複座に乗り込んだ。


 座席の中から見上げると、泡型の風防越しに地下の天井が見える。

 でも、なぜかそこが空のように見えた。


「なんかカッコいいね! この飛行機はなんて言うの? ゼロ戦?」


「違うよ! これは百式。日本一速い戦闘機で、でも戦えない戦闘機なんだってさ。偵察機だから、逃げ切るために速いんだって」


「百式? ガンダムにも同じ名前のロボットがあるよね?」


「うん、金ピカのロボットと同じ名前だね!」


 二人とも太平洋戦争もガンダムも遠い過去の話だから、どちらが先かをあまりよく知らない。


「ふ〜ん。きっと、この飛行機を作った人ってガンダムが好きだったのかな〜?」


「きっとそうだよね! 私も同じことを思ってたよ」


「きっと金ピカに塗装したかっただろうなぁ〜」


「戦争中だもんね。金ピカにできなかったんだろうね」


 裸電球の下で、銀色の百式が静かに二人の会話を聞いていた。


 もし百式に耳があったなら、困惑していたかもしれないし、あるいは少しだけ笑っていたかもしれない。


   *


「私も運転席に座りたい!」


「良いよ! 代わろう」


 カッパが操縦席を開けると、ラーナが滑り込んだ。


 カッパがニヤニヤしながらプロジェクターのスイッチを入れた。


 目の前の壁に、映像が広がった。


 コンクリートの壁が消えて、そこには滑走路があった。


「うわ〜! 凄い。滑走路の上にいるみたい!」


「ちゃんと操縦桿を持って! ラーナ! そのスロットルを少しずつ倒してみて」


 ラーナが言われた通りスロットルを倒すと、目の前の映像の中で百式が動き出した。


「なにこれ! 百式が動いてるみたい!」


「凄いでしょ! 鈴菌さんって人がこの百式用のフライトシミュレーターを作ってくれたの。本物の航空会社でも使ってるやつなんだってさ。さあ、ラーナ! 飛んでみよう!」


 ラーナがカッパの指示通りに操縦桿とスロットルを操った。

 映像の中の百式が徐々に加速していく。


 滑走路が後ろへ流れていく。

 速い。

 想像以上に速い。


 ラーナが恐る恐る操縦桿を引いた。


 一瞬だけ浮いた。


 次の瞬間、映像が炎上した。


「もう落ちた! なんで? 飛んだ瞬間に落ちたよ?」


「飛行機って飛ぶ時と降りる時の何秒かが一番難しいんだってさ。私も最初の頃はラーナみたいに飛んだ瞬間に落ちてたもん」


「今は? 今は飛べるの? 見本を見せてよ!」


   *


 カッパが操縦席に戻り、ラーナが複座へ移った。


 カッパがスロットルを静かに押し込んでいく。


 映像の中の滑走路が後ろへ流れる速度が、じわじわと上がっていった。

 速度が上がるにつれて、百式の機首が微かに浮き上がろうとする。

 カッパが操縦桿をわずかに抑えながら、その瞬間を待った。


「飛べ!」


 ラーナの声に応えるように、カッパが絶妙なタイミングで操縦桿をわずかに引いた。

 機首が上がりすぎず下がりすぎず、理想的な角度で、映像の地面が遠くなっていく。


「凄い! 凄いよ! カッパ! 飛んでる! もう地面が見えないよ!」


「ね? 飛べた! 名古屋の街が小さく見える!」


「この滑走路は名古屋だったのか〜! ねぇ! ねぇ! この映像はどこまで飛べるの? ハワイとか飛べる?」


「ハワイは無理だと思うよ? これを作った鈴菌さんは細かいところにこだわる人で、ちゃんと百式のスピードとか燃料とかリアルにプログラムしちゃってるから、本当に燃料が足りるとこまでしか飛べないんだよ。私はいつも三沢基地まで飛んでるよ。最高速度まで出すと一時間半くらいで着くよ? 行ってみる?」


「行こう! 三沢基地!」


 カッパが高度を上げていくと、映像の空が広がった。


 二人は上空に達すると、オートパイロットに切り替えた。


 シュークリームのカゴを地下に持ち込んで、空の旅を楽しんだ。


「操縦桿から手を離しても大丈夫なの?」


「うん、水平飛行になるとオートパイロットでまっすぐ飛ぶようにできるんだよ。空は信号機がないでしょ? だから、自動操縦でまっすぐ飛ぶための仕掛けがあるんだってさ」


「そうなんだ! 最近の車にも似たような仕組みがあるもんね」


 約一時間半。


「あ! 三沢基地だ!」


「うん! 降りるよ〜」


   *


 ここからが、百式の本当の難しさだった。


 カッパがスロットルを絞った。

 でも、速度がなかなか落ちない。

 空気抵抗を極限まで削ぎ落とした流線型の機体は、エンジンを絞っても滑るように前へ前へと進み続ける。


 機首を上げて着陸態勢に入った瞬間、前方の滑走路が見えなくなった。

 機首が長すぎて、着陸姿勢になると前が消えてしまうのだ。

 カッパは横の窓から流れていく景色だけを頼りに、機体の中心を保とうとした。


 それだけでも十分に難しいのに、低速になるにつれて巨大なプロペラの反動が機体を左へと引っ張り始めた。

 足でラダーを踏んで抑える。

 でも高度もまだある。

 速度も落ちきっていない。


(もう少し……もう少し……)


 前輪が滑走路に触れた。


 次の瞬間、映像が炎上した。


「あ〜あ! またダメだった! 実はまだ着陸を成功させたことないんだよね〜」


 カッパがリプレイ画面をラーナに見せた。


 映像の中の百式は、機体が左に傾いたまま接地して、脚が折れて真っ二つになっていた。


「真っ二つじゃん! アハハ!」


「そうなの! いつもこうなの! 鈴菌さんしか着陸させられないんだよ〜。本当に難しいんだよ〜 アハハ」


「でも、飛べるだけで羨ましいよ! フライトシミュレーターといえど気持ちよさそう!」


「ラーナも練習すればすぐだよ!」


「そうかな? 来週も泊まれたら練習させてくれる?」


「うん!」


   *


 二人は操縦席と複座に座ったまま、シュークリームを食べながら話し続けた。


「こんな綺麗な飛行機で本当に空を飛べたら気持ちいいだろうね。まるで自由の翼だね」


「うん。でも、今の私には自由の翼とまでは言わないけど、それに近いものなら手に入れたかも……」


「え? 自由の翼を?」


「うん! モレがあるから。私にとってモレは自由の翼になってると思う」


「モレが自由の翼……」


「モレに乗ってからの私は変わったんだよ。モレに乗るまでの私は自分の足で歩いてなかったと思う」


「自分の足で……」


「アハロでバイトして、ここでモレを貰って私は変われたんだよ!」


「美味しいお弁当も貰えるしね!」


「うん! そして、お弁当のおかげでラーナとも友達になれた!」


 二人は笑った。


 地下二階の裸電球の光の下で、八十年前の偵察機のコックピットに浴衣姿の女の子が二人、シュークリームを食べながら笑っていた。


 かつてこの操縦席には、高度一万メートルの空を時速六三〇キロで翔けていった誰かがいた。

 その人が見た空と、カッパが今夜フライトシミュレーターで見た空が、同じものかどうかは、二人には知る由もない。


 ただ、八十年後の今、この百式はガンダムの「金ピカのロボットと同じ名前の飛行機」として、十六歳の女の子たちの深夜のラウンジチェアになっていた。


 銀色の機肌が、裸電球の光を静かに受けていた。


 それだけのことが、なぜか、とても良いことのように思えた。






【一〇〇式司令部偵察機について】


物語に登場した「一〇〇式」は、実在した飛行機です。

一〇〇式司令部偵察機 と呼ばれ、日本でも屈指の美しさを持つ機体として知られています。

この機体の特徴は、「戦わない」こと。

武装をほとんど持たず、敵から逃げ切るための“速さ”だけを極限まで追求しました。

その結果生まれた流線型のフォルムと、時速630kmを超える速度。

当時としては驚異的な性能で、「捕まえるのは不可能」とまで言われた存在です。

劇中ではガンダムの百式と混同されていますが、

どちらも「長く愛される名機であれ」という願いが込められた名前です。

かつて空の上を駆け抜けたこの機体は、

今は地下室で、少女たちの“放課後”を見守っています。



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