k-19 聖地巡礼のヤバい奴
リリーがアハロに来て二日目の朝、カッパとリリーが事務所の地図を広げてニヤニヤと相談していた。
「カッパちゃん、本当に一緒に行ってくれるの?」
「はい! たまたま今日はうちの高校は『さわやかアウトドア』って遠足みたいなイベント日なんですよ。強制参加じゃないので良いんですよ」
「夜間学校でも遠足ってあるんだね〜。カッパちゃんは遠足行きたくないの?」
「はい! クラスに友達がいないんですよね……。むしろ遠足とか地獄です……」
二人は、浜松のバイク神社である大歳神社への計画を立てていた。
リリーはYouTubeの撮影を兼ねていて、参拝のあとは北海道にはない炭焼きレストランさわやかでグルメロケをするつもりだ。
それを花と相談しているのを聞いていたカッパが同行を申し出た。
リリーはカッパにカメラマンを頼み込んで、さわやかを奢るという約束をした。
*
いよいよ出発しようとリリーがボルティに跨った。
「リリーさんのバイクってkawasakiなんですね」
「あ、う、うん……。でも実はこれはkawasakiのエンブレムを貼ってるだけなんだよね〜。本当はカッパちゃんと同じSUZUKIだよ。ほら? 最近話題のミーハーさんってタレントさんがいるでしょ? ミーハーさんはkawasaki信者だから、ミーハーさんに会うために偽装したの。でも、kawasakiってかっこいいでしょ? だから、そのままkawasakiのエンブレムをつけてるんだ! カッパちゃんもハセストのやきとり弁当のステッカーがかっこいいね! 名古屋でそのステッカーを貼ってると立派な旅人に見えるよ!」
ハセガワストアのステッカーを褒められて、カッパは嬉しくなった。
「まだ通学しか乗ってないんですけどね……」
「それでも、なんか北海道まで走った感が出てるよ! 今度遊びに来る時はラッキーピエロのステッカーを買ってきてあげるね!」
二台が走り出した。
*
大歳神社に着くと、全国各地からライダーが集まっていた。
女性二人のライダーは一際目立っていた。
カッパが少しだけ警戒しているのを見て、リリーが優しく声をかけた。
「大丈夫よ! カッパちゃん! 私のバイクがkawasakiだから、変な男はナンパしてきたりしないからさ! エンブレムがSUZUKIだった頃は、やっぱり舐められるのか、ガンガンナンパされてたんだけど、このkawasakiのエンブレムを付けてからは、一度もナンパされたことないんだよね〜。やっぱりkawasakiって漢の中の漢って感じがするよね?」
「へぇ〜、kawasakiってそんなに凄いメーカーなんですね。私もkawasakiのエンブレムを買おうかな〜」
「そうだよ! カッパちゃんもkawasakiのエンブレムにすれば、変な奴らに絡まれなくなるよ! kawasakiモレ! なんかかっこいいじゃん!」
「そうですね! 帰ったらAmazonで探してみます!」
などと言いながら、リリーはYouTubeの撮影を開始した。
カッパがカメラを持ってリリーの参拝の様子を撮影している。
リリーの言った通り、大歳神社に集まっていたライダーたちは、全員がボルティを見ているにもかかわらず、誰一人近づいてこなかった。
(……本当にkawasakiって凄いメーカーなんだ)
カッパは純粋に感心していた。
実際のところ、近づかないのはリリーが発する「ヤバい奴オーラ」に全員が戦慄していただけなのだが、それに気づく者はこの場に一人もいなかった。
*
大歳神社での撮影を終えた二人は、炭焼きレストランさわやか浜松有玉店へと向かった。
注文した山かけハンバーグを食べて、満足した二人が笠寺へ帰ろうとバイクに跨った、その時だった。
駐輪場の出口近くで、一組の夫婦がこちらの方を向いていた。
奥さんの方が突然、悲鳴を上げてその場にバタリと倒れてしまった。
「おい! ミミー! どうした! ミミー!!!」
旦那さんが焦って奥さんの肩を揺すっている。
地面に倒れたミミーがリリーのボルティを指さして、震える声で言った。
「ギャ、ギャバン……あ、あそこを見て!」
ギャバンと呼ばれた旦那さんがリリーたちの方を向いた。
視線がボルティのタンクに向かった瞬間、その顔が凍りついた。
SUZUKIのボルティに、堂々と貼られたkawasakiのエンブレム。
「……」
一瞬の沈黙があった。
カッパがようやくその夫婦の顔を確認した。
「あ! 鈴菌さん! ミミーさん! ミミーさんが倒れてます……けど……あ、あれ?」
カッパのことなど目に入っていないのか、鈴菌の顔がみるみる真っ赤になった。
拳を震わせながら、リリーの元へ歩き出した。
*
「き、貴様ー! 何をしてるかー!」
鈴菌の怒号が、さわやかの駐輪場に炸裂した。
リリーが怯んだ。
「鈴菌さん! どうしたんですか!? なぜ怒り狂ってるんですか!? 奥さんがあそこで倒れてますよ!」
カッパがフォローを入れようとしたが、鈴菌には全く聞こえていなかった。
「このkawasakiのエンブレムはなんだー! そんなふざけたエンブレムを背負ってお前はこのSUZUKIの聖地に殴り込みに来たというのかー! ゆ、許さんぞー!!」
鈴菌の目から、血の涙が流れていた。
リリーは恐怖を感じて、反射的にボルティのエンジンをかけた。
「た、助けてー!!」
号泣しながら、さわやかの駐輪場から急発進した。
「逃がさんぞー!」
鈴菌も自分のカーナF3に飛び乗って、エンジンをかけた。
カーナF3が、矢のように飛び出した。
その場にはカッパとミミーだけが取り残された。
「ミミーさん……。なんですか? あれは……」
地面から起き上がったミミーがカッパに言った。
「あのボルティの子は友達? あの子、死ぬわよ……」
「え〜〜〜〜!!!!」
*
リリーは必死で逃げた。
ボルティを全開にして、鈴菌のカーナF3を引き離そうとする。
「あの変な人、アプリさんクラスに速い! 逃げきれないよ〜〜!」
「待てー! カーナF3にボルティごときが勝てるわけないだろ!」
「なんで、あんなに小さなスクーターが速いのよ〜〜! 絶対に違法改造してるもん! お巡りさ〜ん! コイツです! 捕まえてー!」
「馬鹿め! これはフル純正だ! これがSUZUKIだ! SUZUKIに敗北の二文字は無い!」
「それを言ったら私のボルティもSUZUKIですよ〜!」
「kawasakiのエンブレムを貼ったそれは、もうSUZUKIであるものかー! 産地偽装! 貴様はどこのどいつだー!」
二台の追走劇は、愛知県内を縦断して笠寺まで続いた。
リリーはようやくアハロのガレージに飛び込んで、ダッシュで厨房の花に助けを求めた。
「花ちゃん! 助けて! 変な男に追われてるのよー!」
花とモト子が追ってきたカーナF3を見た。
激怒した鈴菌がいた。
「あら、鈴菌じゃないの〜。どうしたの?」
「ここにこのふざけたボルティ乗りが来ただろ! どこに隠れた!」
「あぁ、リリーさんのこと? 今、厨房に飛び込んできたわよ」
事の経緯を知らないモト子がアッサリとリリーの居場所を教えてしまった。
鈴菌が厨房へと入ると、ようやくリリーに追いついて詰め寄ろうとした。
花が鈴菌の前に立った。
「鈴菌さん! あのボルティのエンブレムには訳があるんです! このリリーさんは私やアプリさんの友達です!」
鈴菌がようやく落ち着きを取り戻した。
「なんだと? 訳ありか……。すまん、リリーさん! 熱くなりすぎた。で? その訳とやらを聞こうか」
「これはリリーさんがミーハーさんの家に遊びに行くためにエンブレムを張り替えただけなんです」
その言葉で、鈴菌は全てを理解した。
「そうか……。それなら仕方ないな。ミーハーがSUZUKIを毛嫌いするようになった理由は俺が原因だ! スマン! リリーさん、全て俺が悪い。俺とミーハーは相容れない存在なんだ。分かりやすく言うとトキとユダみたいな関係性だ」
「いや……その例えがすでに分かりにくいです……」
誤解は解けて、リリーも鈴菌も自己紹介をして、カウンターで二人並んでコーヒーを飲みながら世間話に花を咲かせていた。
あまりにも自然に仲良くなったので、花もすっかり忘れていた。
ふと、今朝の出発シーンが頭に浮かんだ。
「あ! 大変だ! リリーさん! カッパはどうしたのよ! まさか、浜松に置いてきたの? あの子、まだ免許取って一週間目だよ!!」
リリーと鈴菌が振り返って、花の顔を見た。
「「ヤバい!」」
二人が同時に叫んだ。
モト子が顔色を変えた。
「大変! カッパ一人じゃここまで帰って来れないよ!」
「私、LINEしてみるね!」
花がLINEしたが、既読がつかない。
「ダメです! 既読つきません!」
「ど、ど、どうしよう!」
*
鈴菌がガレージへ向かってカーナF3のエンジンをかけた、その瞬間だった。
アハロの前の路地から、ポポポポポポ……というSUZUKI特有の二ストの排気音が近づいてきた。
一台ではなかった。
二台だ。
ガレージの中に、SUZUKIモレが二台入ってきた。
一台はミミー。
もう一台は、カッパだった。
「ミミーさんに送ってきてもらいました!」
リリーと鈴菌が同時に安堵の息をついた。
「さすがミミーだ……」
「ミミーさんありがとうございます。モレ二台で走れて嬉しかったです!」
「本当に楽しかったわね! 私もモレが大好きなのよ。また二人で走りに行きましょうね」
カッパとミミーがLINE交換をした。
カッパにとって、初めてのバイク仲間だった。
同じモレに乗る仲間が出来たことは、もしかしたら大歳神社のご利益なのかもしれないとカッパは率直に思った。
*
こうして、kawasakiボルティ騒動は終わりを告げた、と誰もが思っていた。
*
騒動から三日後。
再び鈴菌がSW-1に乗って現れた。
「あら、鈴菌。今日はどうしたの?」
鈴菌はリアキャリアから大きめのダンボールを降ろした。
「リリーはいるか?」
モト子がリリーを呼び出すと、鈴菌がダンボールを開けた。
中に入っていたのは、ボルティのタンクとサイドカバーだった。
そのタンクには、全塗装されたSUZUKIのロゴと、漫画「ばくおん!!」の人気キャラクター・鈴乃木凜のイラストが鮮やかに描かれていた。
「鈴菌さん! これは……凜ちゃんの痛車ですか!?」
「そうだ! このタンクなら二度とkawasakiエンブレムは貼れまい! ちゃんとSUZUKIロゴも塗装した! それから、これも用意した」
鈴菌がダンボールの中からピンク色のライダーズスーツを取り出した。
鈴乃木凜仕様だ。
「あ! 凜ちゃんと同じだ! これ、本当に貰って良いの? 凄く嬉しいです!」
ボルティを痛車にされ、漫画のコスプレをさせられても、リリーは本気で喜んでいた。
モト子と花が、哀れむような目でリリーを見守っていた。
花が恐る恐る声をかけた。
「リリー、その格好で函館まで帰る気?」
リリーがハッと気づいたように花に尋ねた。
「あ! そうか! このまま帰るのは恥ずかしいよね? いかんいかん! 花ちゃん! すぐに金髪にしなくちゃね!このままだと恥ずかしいから、髪染めしてくれる美容室教えてよ! この辺にあるかな?」
金髪に染めると言っているリリーに向かって、鈴菌だけがサムズアップして微笑んだ。
*
その日のうちに、リリーは金髪ツインテールになっていた。
鈴乃木凜仕様のライダーズスーツを着て、痛車ボルティに跨ったリリーが函館へ向けて走り出す姿を想像して、モト子と花とカッパが見送った。
西之門の路地に、痛車ボルティの排気音が響いた。
リリーはすっかりkawasaki派からSUZUKI派へと転向していた。
ただ、その格好でますます街のライダーから近づかれなくなっていることに、本人だけは気づいていなかった。
カッパはモレに跨ったまま、その背中を見送りながら思った。
(……私の通学も、あのくらいインパクトがあれば、誰かに話しかけてもらえるのかな)
それはそれで怖いな、とすぐに思い直した。
モレのエンジンが、ポポポポポポと低く鳴っていた。
こちらの元ネタは『原付転生reverse』の
【reverse 12 函館、大盛りご法度】をご覧いただいくと、スッキリします。
【注意】
SUZUKI車に他メーカーのエンブレムを貼ると、 高確率で“野生の鈴菌”が出現します。
・視線が合う → 戦闘開始 ・エンジンをかける → 追走確定 ・謝罪する → たまに許される
なお、SUZUKIカーナF3から逃げ切る方法は現在確認されていません。
また、本作に登場する現象はフィクションですが、 似たような事例が各地で報告されています。
ライダーの皆様は、 良識あるエンブレム運用を心がけましょう。




