表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/141

k-18 はてな?日記

 入学祝いで貰ったパソコンの、ようやくの使い道が見つかった。


 カッパはブログを開設した。


 ASUS ROG Flow Z13の画面を前に、ゴールデンウィーク中に撮り溜めた写真を一枚一枚選んで、記事を書き始めた。


   *


【k-1 太平洋にて】


皆が書いているという「日記」というものを、私もやってみようと思い、書くことにした。

ある人が、ゴールデンウィークの八連休を利用して北海道へ旅をすることを決め、私もそれに同行することになった。

その結果、私は日常から離れ、非日常へと送り出されることとなった。

住んでいる館を出て、目的地へ向かうため、港へと向かった。

船の中では、流れていたジャズという音楽に心を奪われた。

その音に耳を傾けているうちに、いつの間にか船は苫小牧港へと到着していた。


この地にて食べたマルトマ食堂のホッキカレーと、セイコーマートのフライドチキンに心を奪われ、しばし(うつつ)を抜かしてしまった。

やがて、いざ函館へと向かうこととなる。

高速道路にて走り抜けたため、景色を見る暇もなく、気づけば函館の地へと降り立っていた。


   *


 書き終えて、カッパはスクロールした。


 自分で見ても、ぎこちなかった。


(Vタックさんは語りかけるように書けって言ってたけど、そもそも友達がいないんだから、友達に語りかけたことないもんなぁ〜)


 でも、あえて書き直さなかった。

 これが今の自分の言葉だから。


 投稿ボタンを押した。


 それだけで、ほんの少しだけ嬉しかった。

 母親以外の人に、旅のことを語れた気がしたから。


 すぐにVタックにLINEした。


 ブログを開設したこと。

 最初の記事を書いたこと。


 すぐに返信が来た。


『まるで土佐日記だねぇ〜』


 土佐日記という言葉の意味は、わからなかった。

 でも、恐らく悪い意味ではなさそうだ。


 カッパはガッツポーズのスタンプだけ送り返した。


   *


 ゴールデンウィーク中の出来事を全部書き終えると、今度はモレのことを書き始めた。


 試験のこと。

 平針の電光掲示板に自分の番号が灯った瞬間のこと。

 区役所でナンバープレートを直接貰えて驚いたこと。

 コンビニで自賠責のシールを貼ったこと。

 自分でボルトを締めてプレートを取り付けたこと。

 ハセガワストアのステッカーを貼ったこと。


 書いていると、また嬉しくなった。


 友達のいないカッパにとって、このブログという不特定多数の人に語れる場所だけでも、ほんの少しだけ嬉しかった。


   *


 ただ、ゴールデンウィークのこととモレのことを書き終えると、カッパにはもう何も書くことがなくなってしまった……。




 しばらく経つと、モレはただの通学手段になった。


 それでも、電車通学していた頃より通学時間は半分以下になった。

 普段は母親の軽自動車に同行するしかなかった買い物も、今では一人で行ける。


 雨の日も風の日もモレで移動した。


 最初はコンビニで買った安い合羽を着ていたが、あまり役に立たないことがわかって、ワークマンで五千円もする合羽を買った。

 すると、全然濡れなくなった。


 そのことをモト子と花に話すと、二人とも一万円台の合羽を持っていると言った。


 カッパは驚いた。


 それから、モレにスマホホルダーも付けた。

 家と学校の往復にしか使っていなかったが、スマホのナビが楽しくて、学校までの通学でもわざわざナビを起動させていた。


 そんな日常が続いていた頃、アハロに珍客が来た。


   *


「こんちわ〜」


 引き戸を開けて入ってきた女性を見て、花が飛んできた。


「リリーさん!」


「花ちゃん!」


 二人がハグした。


 カッパが外のガレージを見ると、函館で見た小さなカワサキ色のバイクではなく、シルバーのボルティが停まっていた。


 よく見ると、タンクには大きなkawasakiのエンブレムが堂々と貼られている。


(……あのボルティって確かSUZUKIじゃなかったっけ)


 カッパは不思議に思ったが、何も言わなかった。


 クレアおばさんが素早くリリーを個室へ案内した。


「リリーさん、よく来たわね。疲れたでしょ?」


 リリーはボルティから荷物を降ろして二階へ上がり、すぐにカフェに降りてきてカウンターへ座った。


「カッパちゃん、オススメはなに? カッパはどれが好きなの?」


 カッパは悩んだ。


 花の料理をほぼ毎日、お弁当や賄いで食べていた。

 でも、一番好きなものと聞かれると、本当に困る。

 メニューにないものまで食べていたから。


「う〜〜ん……なんだろ……」


「そんなに悩むものなの!?」


「はい……花さんの料理は全て美味しいので……好きな物と聞かれましても……あ、そうだ! 花さんはランチAとランチBをほぼ毎日変えてるんですよ。なので、オススメというかランチセットを頼まないと勿体ないと思います! 私も出来れば毎回、AもBも食べたいくらいですもん!」


「なるほどねぇ〜。今日食べないと明日はまた違うものになるんだねぇ〜。それなら、このランチAにしてみよう!」


 カッパが厨房へオーダーを通すのと同時に、モト子がリリーにコーヒーを出した。


「ウチはランチタイム中はコーヒーはおかわり無料だからね」


「ありがとうございます! 私、コーヒー大好きなんですよ〜」


 リリーが一口飲んで、「うん、美味しいコーヒーだね」と言った。


 モト子はにっこり笑って他のお客さんにもコーヒーをついで回った。


 カッパも料理を懸命に運びながら、レジを操作していた。


   *


 やがて、リリーの料理が運ばれてきた。


 カウンターに、湯気と共に伊勢海老の濃厚な香りが広がった。


「……ちょっと、カッパちゃん。これ、本当にランチなの? 伊勢海老に、この立派なトリ貝……。名古屋って、こんなに贅沢な海だったんだね」


 リリーが割り箸を手に取って、オレンジ色のソースがたっぷりかかった伊勢海老を一口運んだ。


「…………んんっ!!」


 両手で頬を押さえて、目を閉じた。


「すごい。伊勢海老の身が、口の中で弾けるみたい。ソースの生クリームとバターが、海老の甘みをさらに引き立ててて……。そこにこのトリ貝のコリコリした食感がアクセントになって、もう、たまらないわ」


 アサリの出汁が染み込んだ炊き込みご飯を頬張り、伊勢海老の味噌汁を一口すすった。


「……はぁ。この味噌汁、体に染み渡る。海老の味噌のコクがすごくて、一気に疲れが吹き飛んじゃう。平貝の炊き込みご飯も、アサリの香りが優しくて……。北海道の海も最高だけど、この三河湾の濃密な旨味、クセになりそう」


 最後の一口を名残惜しそうに食べ終えて、リリーが満足そうにカッパを見つめた。


「ごちそうさま。カッパちゃん、こんなに美味しいものを食べたら、カッパちゃんの気持ちがわかるよ! 確かにこうなるとランチBも食べたくなるね!」


 リリーが立ち上がって、カッパの肩をポンと叩いた。


「よ〜し! ランチBも追加で!」


 厨房の花に向かってオーダーを通した。


 モト子が和やかにリリーの伝票に追加した。


 カッパはホールで皿を下げながら、リリーに目で合図を送った。


(ね?)


 この光景はアハロではよくあることだ。

 男性客はランチAとBを両方頼む人が多い。

 花の日替わりメニューは毎日変わって、同じものが中々出てこない。

 宮満鮮魚店が毎回、規格外の旬な素材を持ち込んでくるから、今日の伊勢海老も、触覚が折れたり足が欠損した傷ものを大量に卸してくれたものだ。


 周囲の客も、誰も過剰にリアクションしない。

 ここではそれが当たり前だから。


 カッパは皿を下げながら、少し考えていた。


(このランチBを食べた後、リリーさんはどんな顔をするんだろう)


 そして、ふと思った。


(これ、ブログに書けるかもしれない)


 今日のことを書いたら、読んでいる誰かが「食べてみたい」と思うかもしれない。


 花の料理のことを、言葉で伝えることができるかもしれない。


 カッパはお盆を持ったまま、少しだけ前向きな気持ちになった。


 ゴールデンウィークとモレのことしか書くことがなかったブログに、また新しいことが書けそうだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ