k-18 はてな?日記
入学祝いで貰ったパソコンの、ようやくの使い道が見つかった。
カッパはブログを開設した。
ASUS ROG Flow Z13の画面を前に、ゴールデンウィーク中に撮り溜めた写真を一枚一枚選んで、記事を書き始めた。
*
【k-1 太平洋にて】
皆が書いているという「日記」というものを、私もやってみようと思い、書くことにした。
ある人が、ゴールデンウィークの八連休を利用して北海道へ旅をすることを決め、私もそれに同行することになった。
その結果、私は日常から離れ、非日常へと送り出されることとなった。
住んでいる館を出て、目的地へ向かうため、港へと向かった。
船の中では、流れていたジャズという音楽に心を奪われた。
その音に耳を傾けているうちに、いつの間にか船は苫小牧港へと到着していた。
この地にて食べたマルトマ食堂のホッキカレーと、セイコーマートのフライドチキンに心を奪われ、しばし現を抜かしてしまった。
やがて、いざ函館へと向かうこととなる。
高速道路にて走り抜けたため、景色を見る暇もなく、気づけば函館の地へと降り立っていた。
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書き終えて、カッパはスクロールした。
自分で見ても、ぎこちなかった。
(Vタックさんは語りかけるように書けって言ってたけど、そもそも友達がいないんだから、友達に語りかけたことないもんなぁ〜)
でも、あえて書き直さなかった。
これが今の自分の言葉だから。
投稿ボタンを押した。
それだけで、ほんの少しだけ嬉しかった。
母親以外の人に、旅のことを語れた気がしたから。
すぐにVタックにLINEした。
ブログを開設したこと。
最初の記事を書いたこと。
すぐに返信が来た。
『まるで土佐日記だねぇ〜』
土佐日記という言葉の意味は、わからなかった。
でも、恐らく悪い意味ではなさそうだ。
カッパはガッツポーズのスタンプだけ送り返した。
*
ゴールデンウィーク中の出来事を全部書き終えると、今度はモレのことを書き始めた。
試験のこと。
平針の電光掲示板に自分の番号が灯った瞬間のこと。
区役所でナンバープレートを直接貰えて驚いたこと。
コンビニで自賠責のシールを貼ったこと。
自分でボルトを締めてプレートを取り付けたこと。
ハセガワストアのステッカーを貼ったこと。
書いていると、また嬉しくなった。
友達のいないカッパにとって、このブログという不特定多数の人に語れる場所だけでも、ほんの少しだけ嬉しかった。
*
ただ、ゴールデンウィークのこととモレのことを書き終えると、カッパにはもう何も書くことがなくなってしまった……。
しばらく経つと、モレはただの通学手段になった。
それでも、電車通学していた頃より通学時間は半分以下になった。
普段は母親の軽自動車に同行するしかなかった買い物も、今では一人で行ける。
雨の日も風の日もモレで移動した。
最初はコンビニで買った安い合羽を着ていたが、あまり役に立たないことがわかって、ワークマンで五千円もする合羽を買った。
すると、全然濡れなくなった。
そのことをモト子と花に話すと、二人とも一万円台の合羽を持っていると言った。
カッパは驚いた。
それから、モレにスマホホルダーも付けた。
家と学校の往復にしか使っていなかったが、スマホのナビが楽しくて、学校までの通学でもわざわざナビを起動させていた。
そんな日常が続いていた頃、アハロに珍客が来た。
*
「こんちわ〜」
引き戸を開けて入ってきた女性を見て、花が飛んできた。
「リリーさん!」
「花ちゃん!」
二人がハグした。
カッパが外のガレージを見ると、函館で見た小さなカワサキ色のバイクではなく、シルバーのボルティが停まっていた。
よく見ると、タンクには大きなkawasakiのエンブレムが堂々と貼られている。
(……あのボルティって確かSUZUKIじゃなかったっけ)
カッパは不思議に思ったが、何も言わなかった。
クレアおばさんが素早くリリーを個室へ案内した。
「リリーさん、よく来たわね。疲れたでしょ?」
リリーはボルティから荷物を降ろして二階へ上がり、すぐにカフェに降りてきてカウンターへ座った。
「カッパちゃん、オススメはなに? カッパはどれが好きなの?」
カッパは悩んだ。
花の料理をほぼ毎日、お弁当や賄いで食べていた。
でも、一番好きなものと聞かれると、本当に困る。
メニューにないものまで食べていたから。
「う〜〜ん……なんだろ……」
「そんなに悩むものなの!?」
「はい……花さんの料理は全て美味しいので……好きな物と聞かれましても……あ、そうだ! 花さんはランチAとランチBをほぼ毎日変えてるんですよ。なので、オススメというかランチセットを頼まないと勿体ないと思います! 私も出来れば毎回、AもBも食べたいくらいですもん!」
「なるほどねぇ〜。今日食べないと明日はまた違うものになるんだねぇ〜。それなら、このランチAにしてみよう!」
カッパが厨房へオーダーを通すのと同時に、モト子がリリーにコーヒーを出した。
「ウチはランチタイム中はコーヒーはおかわり無料だからね」
「ありがとうございます! 私、コーヒー大好きなんですよ〜」
リリーが一口飲んで、「うん、美味しいコーヒーだね」と言った。
モト子はにっこり笑って他のお客さんにもコーヒーをついで回った。
カッパも料理を懸命に運びながら、レジを操作していた。
*
やがて、リリーの料理が運ばれてきた。
カウンターに、湯気と共に伊勢海老の濃厚な香りが広がった。
「……ちょっと、カッパちゃん。これ、本当にランチなの? 伊勢海老に、この立派なトリ貝……。名古屋って、こんなに贅沢な海だったんだね」
リリーが割り箸を手に取って、オレンジ色のソースがたっぷりかかった伊勢海老を一口運んだ。
「…………んんっ!!」
両手で頬を押さえて、目を閉じた。
「すごい。伊勢海老の身が、口の中で弾けるみたい。ソースの生クリームとバターが、海老の甘みをさらに引き立ててて……。そこにこのトリ貝のコリコリした食感がアクセントになって、もう、たまらないわ」
アサリの出汁が染み込んだ炊き込みご飯を頬張り、伊勢海老の味噌汁を一口すすった。
「……はぁ。この味噌汁、体に染み渡る。海老の味噌のコクがすごくて、一気に疲れが吹き飛んじゃう。平貝の炊き込みご飯も、アサリの香りが優しくて……。北海道の海も最高だけど、この三河湾の濃密な旨味、クセになりそう」
最後の一口を名残惜しそうに食べ終えて、リリーが満足そうにカッパを見つめた。
「ごちそうさま。カッパちゃん、こんなに美味しいものを食べたら、カッパちゃんの気持ちがわかるよ! 確かにこうなるとランチBも食べたくなるね!」
リリーが立ち上がって、カッパの肩をポンと叩いた。
「よ〜し! ランチBも追加で!」
厨房の花に向かってオーダーを通した。
モト子が和やかにリリーの伝票に追加した。
カッパはホールで皿を下げながら、リリーに目で合図を送った。
(ね?)
この光景はアハロではよくあることだ。
男性客はランチAとBを両方頼む人が多い。
花の日替わりメニューは毎日変わって、同じものが中々出てこない。
宮満鮮魚店が毎回、規格外の旬な素材を持ち込んでくるから、今日の伊勢海老も、触覚が折れたり足が欠損した傷ものを大量に卸してくれたものだ。
周囲の客も、誰も過剰にリアクションしない。
ここではそれが当たり前だから。
カッパは皿を下げながら、少し考えていた。
(このランチBを食べた後、リリーさんはどんな顔をするんだろう)
そして、ふと思った。
(これ、ブログに書けるかもしれない)
今日のことを書いたら、読んでいる誰かが「食べてみたい」と思うかもしれない。
花の料理のことを、言葉で伝えることができるかもしれない。
カッパはお盆を持ったまま、少しだけ前向きな気持ちになった。
ゴールデンウィークとモレのことしか書くことがなかったブログに、また新しいことが書けそうだった。




