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第45話

 太い木々が立ち並ぶ深い深い森の中。日の光もほとんど届かない薄暗い森の中で、そこは異彩を放っていた。まるで空から星が落ちて来たように広く大きな穴が空いていて、そこだけ日の光が降り注いでいる。穴は中心に行くほどすり鉢状に深くなっていて、穴の底から地表までは50メートルほどだろう。穴の縁からある程度の距離までは緩やかだが、中心から半径20メートルあたりから急な傾斜を描いている。そして、そんな奇妙な穴のすぐ近くを歩く影があった。


「ゴォォォオオオオ・・・・・・」


 その影の大きさは3メートル強はあるだろう。高さだけでなく横も大きく、腕や足などは大木の幹のように太い。その黄土色の体は全身が筋肉の塊のようで、歩くたびにドシンという音がしていた。だが、その影の一番の特徴はその顔にある。その顔には眼が一つしかなく、しかも顔の上半分を占めるほどに大きいのだ。

 影の正体は単眼の巨体を持つ上級モンスター、サイクロプスである。


「ゴォアア?」


 影は不気味な眼をギョロリと動かした。その眼には穴の奥底にある旨そうなモノが映っていた。

 サイクロプスの生態や性質は基本的にはオーガやトロールと変わらないが、それらよりも強靭な体と絶大なパワーを持つ。しかし、オーガなどは嗅覚がある程度発達しているのに対し、サイクロプスは視覚が鋭いという違いがある。遠くの獲物を見逃さず、動体視力も優れている。


「オオオァァァアアアアアアアア!!!」


 サイクロプスは歓喜の声を上げた。

 その声は穴に反響して遠くまで響いていくが、辺りからモンスターが寄ってくる気配はない。少し前まで森で暴れていた暴君は今は飽きてしまったのか森のさらに奥で眠っている。故にサイクロプスに勝るモノはこの森にはほとんどいない。


「オオオオオオオオオ!!!」


 単眼の鬼は濛々と砂煙を上げながら穴を駆け降りる、否、滑り落ちていった。そうしてサイクロプスはあっという間に穴の底に下りると、旨そうな餌、トロールの肉にかぶりついた。その巨体が示すように、サイクロプスは大食いだ。トロールはなぜか頭だけがなくなっていたが、それでもサイクロプスよりやや小さいといったくらいの大きさである。そんな、自分とそう大きさが変わらない肉の塊であったが、彼はその凶悪な膂力でトロールの体をむしり、鋭い牙のついた口で噛みちぎって胃袋に納めていった。


「グゲェェェェェェフ・・・・」


 さすがに量が多かったのか、それとも元々他の何かを食べて胃が埋まっていたのか、食事にはそれなりの時間がかかったが、それでもすべてを平らげると、サイクロプスは大きくげっぷをした。どうやら満腹になったようである。

 そして、食事を終えたサイクロプスはのっそりと身を起こして穴から出ようとしたが、そのとき違和感に気が付いた。自分の上に、目に見えない何かがある。サイクロプスの頭にその何かが当たっていた。


「ゴァァアアア?」


 サイクロプスは少しだけ、その体に反して小さい脳みそで不思議に思った。自分がここを降りてくるときにこんなものはあったか?と。だが、サイクロプスは深くものを考えるということが苦手だった。だから、サイクロプスはその見えないモノを蜘蛛の巣でも払うように腕で押しのけて出ようとしたが・・・・


「ゴォオオオ!?」


 ピンと何かが張り詰めるような音とともに、プツッと、鬼の腕に赤い線が走った。それはほんのかすり傷と言ってもいいものだが、サイクロプスの硬い皮を傷つけるモノなどこの森にはほとんどない。故に驚きの声を上げたのだ。サイクロプスの耳まで裂けた口が大きく開き・・・・その中に突然何かが飛び込んできた。


「・・・!!!???」


 サイクロプスは大声を出そうとしたが、それは叶わなかった。口に入った何かが爆ぜると、まるで千本の針で刺されたような痛みが走ったのだ。しかも、その痛みは喉にまで至り、声を出そうとすると口の中の痛みをさらに強めたような感覚が鬼を襲った。


「・・・・・・・!!!!」


 サイクロプスは声を出さずに周りを素早く見回した。「この俺にこんなふざけたことをしでかしたヤツはどこにいる!!見つけ出してミンチにした後に食ってやる!!」と、そういわんばかりに大きな一ツ目をギョロギョロと動かすが、見えるのは岩と黄色っぽい砂煙だけだったが・・・・不意にすぐ背後にボトッと何かが落ちる音が聞こえた。


「・・・・?」


 自分を襲うモノがいる状況で後ろに何かが落ちて来たのだ。当然サイクロプスは振り向いて、落ちて来たモノを確認しようとした・・・・・これが訓練を積んだ熟練の騎士ならば、まず「何が」落ちて来たか確認するよりもすぐに距離をとって何が「どこから」来たのかを確かめただろう。落ちて来たということは、その何かを落としたモノは自分の頭上、どうしても意識が薄くなりがちな、いつでも奇襲をかけられる場所からこちらを伺っているということなのだから。だが、悲しいかな、森で上位に位置する単眼の巨漢は、あの暴君がいないホームグラウンドで警戒するという考えを持っていなかったのだ。そして、それがサイクロプスの命の明暗を分けた。

 

「トラップ発動。落穴ピット

「・・・・・・!!!!?」


 突然聞こえて来た人間の声に驚く間もなく、サイクロプスの足元の地面が一瞬で消えた。そして、万有引力の法則にしたがい、サイクロプスの巨体も突然穴の中に現れた新たな穴の中に沈む。さらに、事態は鬼に自分が穴の中に落ちたということすら認識させない。


「・・・・・・・・!!!!!!???」


 ズドン!!と大きな音を立ててサイクロプスが穴の底に落ちた瞬間、その体をこれまで体験したことのない痛みが走ったのだ。痛みが走ると同時に、体が自分の言うことを聞かず、動かなくなった。


「・・・・・・・・!!!!?????」


 サイクロプスには状況がまるで分からなかった。あまりにも急な変化のせいで怒りすら置き去りになっている。サイクロプスにとって、森で自身を脅かしうる鬼の王がいない今、森は自分の王国だ。その中でなぜいきなり襲われて、穴の底で動けなくなっているのか。

 体に感じていた痛みは物の数秒で消えてしまったが、どうしてか、どんなに体に力を込めても指一本動かせなくなっていた。これまで穴に落ちたことなどないが、いつもの自分ならばこの拳で周りを崩して簡単に穴から出ることができただろう。しかし、今はとてもそれどころではない。


「ふィ~、失敗したらどうしようかと思ったが・・・・上手くいったみてェだな?」

「・・・!?」


 さきほど聞こえた人間の声が、すぐ真上から聞こえた。

 サイクロプスは立ったまま壁にもたれているような姿勢だったため、声の主は見えなかったが、もしも見えていたらさらなる驚きを感じたことだろう。声を発した人間は、何もないように見える空中に座っていたのだから。


「さて、んじゃあ邪魔が入る前に片付けちまうか・・・・・蛇拘!!」

「・・・・!!?」


 人間の声と共に、何か硬いモノが鬼の首に絡みついた。ジャラジャラと音を立てるソレは、鎖だ。先端に蛇の頭のような分銅が付いた鎖が、まさしく獲物を絞め殺す蛇のようにサイクロプスの首を絞めつけていた。


「ミド・フォルテ!! んで、潜れ!! 地潜じむぐり!!」

「・・・・・・・・・!!!!!!!???」


 トンッと何かが地面に降りる音がしたかと思えば、サイクロプスの首に巻き付いていた鎖が、少しづつ上に引き上げられていった。最初は少しづつ、しかし、そのスピードはサイクロプスが地表に近づくにつれどんどん上がっていき、ついには屈強な体を持つ巨鬼が井戸の釣瓶のように宙づりになった。


「・・・・ァァア・・・」


 サイクロプスの喉は未だに激痛が走っているが、鎖で締め上げられたせいでうめき声が漏れる。どうにか眼球だけを動かしてみれば、先ほどから自分を襲うすべての元凶の姿が見えた。


「・・・・・!!!!!」


 鬼の単眼が、怒りの色に染まったが、サイクロプスにできるのはそれだけだった。体の自由は未だにきかず、強烈な締め付けのせいで意識が消えかかっている。


「よう!! 辛そうだな? すぐに終わらせてやるからな」

「!!!!!!!!!!!」


  サイクロプスが落ちた穴のすぐそばにいたのは、土埃にまみれた茶色いマントを着た人間の男だった。髪はくすんだ金色で、知能の低いモンスターである鬼にはわからなかったが、中々の男前である。男はもう鎖をを持っておらず、代わりにその手にはバチバチと紫電がほとばしる短剣が握られていた。男が握っていたと思われる鎖は途中から地面に潜り込んでいて、ピクリとも動く気配がない。そして、地面から伸びる鎖は、サイクロプスの頭上の何もないように見える空間で何かに引っかかったように折れ曲がっていた。


「アース・ショット!!」

「!!」


 男が手をかざして叫ぶと、岩がサイクロプスに向かって飛んでいき、当たった。縛られていようが、その程度ではダメージなどないが、宙づりになっているせいでその巨体が振り子のようにユラユラと揺れ始める。


「おらよ!!」


 そうして穴の縁まで体が届くと、男はさらに蹴りを喰らわせた。それによってサイクロプスが揺れるスピードが上がり、揺れ幅もどんどん広くなっていく。


「!!!!!!!!」


 サイクロプスとしてはたまったものではない。自分が揺れるたびに首を絞める力が強まるのだ。怒りに染まっていた瞳も、もうぼんやりとしか映らなくなり・・・・・


「雷切!!」

「・・・・・・アアァ・・・・」


 最後にその眼に映ったモノは、紫に輝く刃を振るう男の姿だった。






「お~し!! これなら魔装騎士は堅いだろォ!!」


 鬼人の森に空いた大穴の底で、雷切で切り取った上級モンスター、サイクロプスの首を符見箱にしまっていると、ついつい声に出してしまった。だが、仕方あるまい。これでスラム出身のこの俺がやっとあのお転婆に払う元金を用意できるのだから。さらに言うなら、かなりの手間がかかったが、自分独りで上級モンスターを狩れたのだから。


「ま、金はかかったが・・・・」


 俺は服の上から軽くなった財布をいたわるように撫でた。

 騎士試験において魔装騎士になるにはそれ相応の大物を倒して見せねばならない。そして、魔装を持っていないただの人である俺がそんな大物を倒すにはかなりの準備が必要で、このサイクロプスを倒すために俺はあの不愛想な店主の店で散財しまくったのである。おまけに丸二日、この穴から出ずにアリジゴクのように待ち続けたのだ。餌に置いておいた肉を他のオーガやらに食われたのは何度あったことか。騒ぎを起こすわけにもいかず、泣く泣く後で餌を仕掛けなおしたものだ。もっとも・・・・


「素材は色々ゲットできたけどな」


 符見箱には5体以上のオーガやトロールの首が納められていて、手持ちの鞄には首から下が回収済みだ。そして、サイクロプス含め、これはすべて仕掛けていた肉を食った連中のモノである。あの肉には水魔法で超強烈な痺れ薬をたっぷりと混ぜ込んでおいたのだ。サイクロプスは流石に時間がかかったが、オーガやトロールならば餌を半分も食う頃には呼吸もできなくなっている。ちなみに痺れ薬は中々手に入らない高価な材料をトリスの婆さんに調合してもらったものだ。俺が直接集めた素材もあるが、一瓶で大体15万アースといったところ。餌一つに一瓶、内6個ほどサイクロプス以外に食われたので大赤字である。サイクロプスの素材などを売れば薬代は回収できるかもしれないが・・・・


「我ながら、中々えげつない手をやったもんだ・・・・・デュオのヤツに感謝だな」


 俺の考えた作戦の根幹は、「とにかく痺れさせろ!!」ということに尽きる。まず隠れて逃げられないような空間を作りながら麻痺させるために二重三重に用意した仕掛けを作動させて痺れさせる。そこをヤツ自身の重さを利用して窒息させつつ、あの巨体が動く勢いを乗せたカウンターの必殺魔技で急所を刈り取るという流れだ。


「さて、お片付けしますか」


 俺は鬼人の森についてから一日かけて改造した、「狩場」を見回した。薬を仕込んだ餌以外にも、あのサイクロプスを仕留めるために多くの罠をここに仕掛けたが、それらはすべて回収しなければならない。こういった戦闘の痕や仕掛けた罠の回収忘れは減点要素だし、なにより勿体ない。

 

「このワイヤーが一番面倒くさかったんだよなァ・・・・」


 俺は穴が急に深くなる辺りに仕掛けたワイヤーを抜き取っていく。このワイヤーはトニルの店で買った品物第一号であり、デュオの言っていたことを聞いて買い足したのだ。元々いろいろと便利だったので使っていたが、こういった閉所ではえげつない性能を発揮する。まず、このワイヤーは非常に頑丈だ。特注品のコイツは使用者の魔力を覚え、記録した魔力の量によって硬度や長さが変わる。魔力を充分に込めたコイツは地竜に曳かせても絶対に千切れない。そして、二つ目にかなりの切れ味があることだ。しっかりと張らせた状態ならば生半可な刃を受け付けないサイクロプスの皮とて傷つけることができる。これをその辺の岩に括り付けて張り巡らせれば目に見えないギロチンの完成だ。そして極め付けが魔力の伝導性だ。このワイヤーは魔力をよく通し、ワイヤーを介して遠くのモノに変化魔法を使うことができるのだ。俺は檻の格子のように張ったワイヤーとは別に、穴の周辺を囲うように円形にコイツを土に潜らせて離れた地面を操作していたのである。最初は弛ませておいたワイヤーを、標的が狩場に入って餌に食いついている間に地面を操作してワイヤーを付けた岩の位置を少しづつ調節して張らせる。それだけで逃げることのできない牢獄が完成する。さらに、土魔法でワイヤー付きの岩と周りの地面をしっかりとくっつけておけば空中で足場にも使える。そして気になるお値段は・・・・・


「50メートルで20万アース・・・・」


 あの格安のトニルの店でコレである。普通の店だったらいくらになったことか。というか、俺は50メートルのロールを5個購入し、ほぼ使い切ってしまっている。薬と合わせて190万アースだ。


「んで、お次はコイツか」


 使った金額を思い出しながら罠の回収を続ける。俺は至る所に仕掛けた宝珠を掘り起こした。

 埋めておいたのはすべて「麻痺棘パラライズ・ソーン」と「麻痺針パラライズ・ニードル」だ。麻痺棘は触れた相手に電流を流して麻痺させる罠で、麻痺針は刺さった相手に超即効性の麻痺毒を打ち込む罠である。コンボで決まれば上級モンスターの動きすら止めることができる。

 これをセットでワイヤーを仕掛けた箇所の近くに埋めて置き、サイクロプスがその上で立ち止まったら落穴ピットでその二つが埋まっているところまで落とすという段取りである。これが本命であり、事実、この罠が作動したお蔭であのサイクロプスの麻痺耐性は限界に達したのだ。

 そして、これのお値段は・・・・


「セットで一万アース・・・・」


 俺が購入したのは30セットである。餌のあった中央はもちろん、この穴の縁にいればどこにいても使えるようにしたのだが、それで30万アースだ。餌を食べてもピンピンしていたので縁に仕掛けて置いて正解だったのだが、それで220万アース。


「結局元手がかからなかったのはコイツらだけか・・・」


 最後に、穴のあちこちにワイヤーに括り付けて埋めておいた茶色の袋を掘り出した。埋めた俺にはわかるが、そうでもなければ地面が保護色になってそうそうわからないだろう。はっきりいうと、これが一番金がかからなかったが、一番放っておくとヤバイモノだ。


「マタンゴ様様だな」


 袋の中身はモーレイ鉱山にわんさかいたマタンゴの毒胞子だ。マタンゴの胞子は個体によって微妙に毒性が異なり、麻痺を引き起こすモノや体力を徐々に奪うオーソドックスな衰弱毒、火ぶくれを起こす強酸を含んだモノなどがある。この穴の底に埋めておいたのは麻痺毒の胞子で、ワイヤーを握って常時風魔法で胞子を拡散させていたのである。そして、サイクロプスの口の中に投げ込んだのは3種の胞子をブレンドした俺特製の手投げ玉だ。俺自身は傾斜が緩く且つ風上となる穴の上層の土に潜り、糸の上に乗って手投げ玉を投げるときは風で胞子を吸い込まないようにガードする。さらに、念のため自分で調合しておいた下級の麻痺耐性ポーションを飲んである。ポーションは材料を自分で採取し、お手製だからタダ!! 胞子を入れるだけの袋は捨て値同然であり、マタンゴの胞子はすべてこれまでに自分で採取したモノだ。よって元値はほぼ0である。ちなみに餌の肉もこの森で狩ったオークやトロールの肉だ。こうした現地で採れるモノは金がかからない上に持ち物検査に引っかからず、応用力があると判断される材料になるらしい。


「俺の場合は・・・・使わなかったって分かれば大丈夫、だよな?」


 220万アースも費やしてしまったが、それらで買った品物は勿論試験官にすべて見せている。かなり怪訝な顔をされたが、真っ当な手段で手に入れたモノだし、結局は使われなかったモノも多い。なによりそれで上級モンスターを倒したのだ。ゴールしてから今こうして回収しているモノを見せれば評価も問題ないだろう、多分・・・・まあ、金の出どころについて聞かれたら誤魔化すしかないが。最悪、困ったら出資者本人がなんらかのアクションを起こすだろう。


「後は、まあゆっくりやりますかァ」


 今日は試験6日目の昼だ。今からこの鬼人の森の奥地を出れば、夜には森の外まで行けるだろう。そしてそこで野宿してから出発すれば、明日、試験最終日の昼には余裕でゴールに着く。ここで急いでヘマをするようなことになったら目も当てられない。


「デュオのヤツはもうとっくにゴールしてんのかねェ」


 日程のことで思い出したが、デュオは竜を連れていたから試験期間がかなり短い。6日目の今なら、今頃は王城でゆっくりしているころだろうか。1日目の夜に会った時にはオーガとトロールを倒したと言っていたし、雑魚しかいないモーレイ鉱山での狩りなどすぐに終わるだろう。中級モンスターを討伐したのならば魔装騎士にはなれるはずだ。もっとも・・・


「俺は、もっと上を目指さねぇといけないからなァ」


 元手を増やすには地位は高いほどいい。

 デュオは試験期間が短いからしょうがないが、中級モンスターしか倒せていないのならば、ただの魔装騎士が限界だろう。デュオが言っていたように専属の資格持ち、もしくはそれより上の騎士になるには自分のように上級モンスターを狩るくらいはしなければならない。試験6日目というギリギリのタイミングで狩れたのは本当に運が良かったとしか言えない。


「とりあえず、王都に着いたら飯でも奢ってもらうか」


 モーレイ鉱山でそんな話になったし、ありがたくそうさせてもらうとしよう。騎士になった後にも恩を売って、アイツが専属になったらそれとなく割り勘させるのもいいな。


 そんなことを考えながら、俺は森の大穴から出るのだった。



 


 そこは、白い、ひたすらに白しかない場所だった。霧が立ち込めてるわけでもないのに、視界には白しか映らない。空気の色がすべて均一な濃度の白に染まっているかのようだった。


「・・・・・・・・」


 幻霧の中にいるように、僕は気が付いたらここにいたわけだけど、不思議なことに心は波一つない水面のように落ち着いていた。何故だろう。分からない。まるでこの場所こそが僕がいるべき場所のような気がしていた。


「・・・・・ュオ」

「・・・・・・・」


 不意に誰かが僕を呼んだ。その声はどこかで聞いたことがあるようなないような、懐かしいような新鮮なような気がする声だった。声は優しくて、暖炉の火のように暖かい。だが、この空間と一つになったような僕は、自分から何かをして、この平穏な場所に波紋が広がるかもしれないことをしたくなかった。いや、してはいけないような気さえしていた。だから、僕はその声に返事をしないことに決めた。


「・・・・デュオ」

「・・・・・・・」


 だんまりを決め込む僕に怒ることなく、その誰かは相変わらず僕に声をかけた。気のせいか、さっきよりも近くで聞こえたような気がするが、僕はやっぱり何もしない。声はさきほどと同じように暖かいモノだったが、僕の中のなにかがどんどん冷えていくような感覚がした。


「デュオ」

「・・・・・・・」


 3度目の声は、僕の目の前から聞こえて来た。だが、僕の視界には白しかなく、声の主は影も形も見えはしない。しかし、ここである変化が起きた。


「あな・に・・たい・・あ・たに・・・・・・」

「・・・やめろ」


 聞こえてくる声がノイズ混じりになったのだ。それと同時に、周りの白が少しづつ薄まっていき、何かのシルエットが浮かんでくる。浮かんできたのは、女だ。もう色もわかり始めている。肩にかかる程度の長さの銀髪の女が、すぐ近くにいた。そして、その女が近づいてくるほど、僕の中の寒気が強くなって、恐怖へと変わっていく。僕はここで初めて制止の声を出した。そして・・・・


「まだ足らんか」

「・・・・・!!」


 男の声が聞こえた。そして、唐突にすべてが変わった。女はいなくなり、朝からいきなり夜になるように、すべての白が黒に変わった。僕の身を包んでいた充足感があっという間に嫌悪へと様変わりする。しかし、目の前の女はいなくなったのに、僕の寒気は消えず、むしろ限界に達していた。


「あちらもこちらも、まだ足りぬ」

「・・・・・・お前は・・・」


 聞いたことのある声だった。きっと、この男の声はいつもいつも耳にしている声だ。さっきまでのすべてを台無しにしてくれた怒りもあって、僕は声の主を問い詰めようとした。


「特に貴様は、まったく足りぬ」

「・・・・・・・!!」


 男の声に込められていたのは、苛立ちと、蔑みだった。

 その声を聞いた途端、僕はガタガタと震えが止まらなくなった。さっきから感じる寒気だけではない。心の底から、本能から来る恐怖のせいだ。


「欠片は集ったが、研磨が足らん。 余計なモノが多すぎる」


 この男は、関わってはいけないモノだ。この世で最も強大で、邪悪なモノに違いない。僕はそのことを刹那で理解した。だが、理解しても、僕にはただ震えることしかできない。


「む?」

「!?」


 そこに、再び白が現れた。男が現れた時のように、唐突に。だが、その白はあまりにも弱弱しかった。黒の中にほんの少し混ざったような、手で少しかきまぜただけで黒に吞み込まれそうな白だった。だが、僕はその白に向かって脱兎のごとく駆け出した。あの白からは、もう寒気を感じなかったからだ。いや、きっと寒気の元はあの白ではなく、黒を持ってきたあの男だからだ。僕は少しでもあの男から離れたかった。


「あちらは、こちらよりかは進んでいる・・・いや、元の大きさが異なるだけか」

「・・・・・・!!」


 男が何か言っているが、僕の耳には入らなかった。否、もう少しもあの男の声を聞きたくなかったのだ。

 いつのまにか、僕が目指す白の中に、あの女の姿が見えていた。やはり先ほどまでと違い、あの女を見ていると、体の芯から温もりが湧いてくる。


「行くがいい。貴様が・・・・る・を・・・・しみ・・てい・・・・」


 白に近づくほど、寒気は消え、あの男の声は小さくなっていった。そして、白の向こうにいる女が僕を迎え入れるように大きく腕を広げて・・・・


「・・・・・・・・!!」


 白の中に飛び込んだ瞬間、僕の意識はそこで途切れた。





「はぁっ、はぁっ・・・・・・ここは?」


 目が覚めたら知らない天井だった。パッと見はどこかの病室のようだが・・・・いつのまにか着せられていた病衣が汗びっしょりで気持ち悪い。というか、なんで僕はこんなに動悸が激しくなってるんだ? 何かに追いかけられたわけでもあるまいし。一体何があったら・・・


「って、そうだよ!! あれからどうなったんだ!?」


 僕の記憶にある限り、最後に見たのは助けに来てくれたレオルさんが屍竜に向かっていくところだった。僕がこうして生きているということはレオルさんは屍竜に勝ったのだろうけど・・・・


「リーゼは、リーゼはどうなったんだ!?」


 あの場には、ボロボロになったリーゼもいた。僕の盾になってあの化け物のブレスを耐え続けたのだ。体中闇の炎による火傷を負っていて、もしかしたら・・・・


「リーゼ・・・・!!」


 僕はその先をあえて考えないようにした。だが、僕の頭と心は勝手に何かを喋りだす。

 そうだ、あの穴の中で決めたじゃないか。いざとなったらリーゼを見捨てることも必要だと。領主の跡取りである僕は何としてでも生き延びなければならないと。だから、まずはこの身が助かって、シークラントに帰れる体であることを喜ぶべきなのだ。そう、喜べ・・・


「そんなことできるか!!」


 僕は叫んで寝かされていたベッドから出た。裸足で綺麗に磨かれた床に触れていると汚すだとか冷たいとか普段なら考えただろうが、今は気にもならない。


「リーゼ!!」


 僕はどこだかわからないここを出て、どこにいるともしれないリーゼを探そうと・・・・・


「あ、デュオ様起きたんですか?」

「リ、リーゼ?」


 隣のカーテンがシャーッと開いたと思ったら、そこには僕と同じような、いや、少しだけ生地が厚い病衣を着たリーゼがいた。もちろん、竜ではなく人間形態だが、やっぱり僕と同じようにベッドで横になっていたようだ。見た感じ怪我はなさそうだが。


「リーゼ、えっと、そうだ!! 怪我は大丈夫なの!?」

「はい!! 御覧の通りですとも!! なんでも腕のいい医者が診てくれたらしいですよ・・・・・・ちなみに念のため言っておきますが、怪我を診てもらったときは竜の姿でしたからね? こうやって肌を晒したのはデュオ様が初めて・・・・」

「本当に、本当に大丈夫なんだね!?」

「ちょっ!? デュオ様!?」


 ペロンとたくし上げるように病衣をめくってお腹を見せて来た。手を伸ばして触れてみるが、リーゼの肌は滑らかで、傷一つない。かなり慌てているようだが、リーゼが無事だったのならばそれでいい。


「よかった・・・本当に、よかった・・・・」

「デュオ様・・・」


 あの屍竜は間違いなく僕が呼び起こしてしまったのだろうが、そのせいで家族を失っていたら、僕はどんな行動に出ていたか分からない。自責の念のあまり自殺していたということもありえたかもしれない。


「デュオ様、あたしは大丈夫ですから。あんまり心配しないでください。主にそんなに気遣われているようじゃあ、護衛失格になっちゃいます」

「うん、わかったよ、リーゼ・・・・」


 リーゼが僕の頭を抱え込むように腕を回してきた。その柔らかい体から伝わる、少し熱いくらいの温もりが僕を安心させてくれる。ああ、なんかずっとこうされていたいような気が・・・


「って、ちょっと待った!!」

「ああ!?」


 僕がガバッと起き上がると、リーゼが残念そうな声をあげたが、それどころじゃない。


「リーゼ、あれから一体何があったの!? 屍竜は倒されたの? ここはどこ? 騎士試験はどうなったの? あと、なんでリーゼが人間の姿でここに・・・・」

「ストップ、ストップ!! そんなに一気に聞かれても答えられませんって!! 落ち着いて一つ一つ・・・・」


 ついリーゼを質問攻めにしてしまったが、仕方あるまい。今の質問はすべて僕にとっては軒並み最重要事項だ。尚も僕がリーゼに質問しようとした、そのときだ、この部屋のドアがガチャリと音を立てて開いた。


「デュオさん!! 気が付いたんですね!!」

「え? シルフィさん?」

「・・・・・・」


 音を立てて入ってきたのは、ここ数日夢の中で会っていたシルフィさんだった。なんでシルフィさんがここにいるんだ? というか、ここはどこだ? あ、宝珠をくれたお礼を言わなきゃ・・・・

 そんな感じに頭が混乱してしまった僕を尻目に、スッと目つきが鋭くなったリーゼが何か言おうとしたが・・・・


「ん!?」

「あれ!?」

「えっ!?」


 部屋に白い霧が突然湧いた・・・・・と思ったら、いきなり消えた。

 僕はもちろん、隣にいたシルフィさんも部屋に入って来たばかりのリーゼも皆固まって驚いたような顔を・・・・


「あれ?」


 いやちょっと待て、僕。部屋にいたのはリーゼで入ってきたのがシルフィさんだろう? あれ、そうだったか? というか・・・・


 どっちがリーゼで、どっちがシルフィさんだ?


 先ほどから様々なことが渦巻いていた僕の頭をその疑問が埋め尽くした。いや、本当にちょっと待つんだ、僕。赤髪青目と銀髪緑目を間違えるわけがないだろう。同じ髪色、同じ目の色ならともかく、少しも似ていない二人を間違えるなんてありえるわけがない。


「・・・・・・」


 僕はフルフルと頭を振ると、改めて二人を見た。うん、そうだ。元々僕の隣のベッドにいたのがリーゼで、今入って来たのがシルフィさんだ。うん、そうだとも。それで間違いない、ハズだ。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 なにやら二人とも驚いたようにお互いの顔を見ているが、ここで二人を間違えたらえらいことになるところだった。とりあえず、固まってる二人には元に戻ってもらわないと。


「あの、二人とも・・・・」

「アッシュ、あの二人はなぜああして見つめ合っている?」

「知らん。少なくともリーゼロッテ殿にそちらの気はないはずだがな」

「「「!!?」」」


 突然響いた渋い男の声に、再び僕らは固まった。そして、3人が3人とも、ギギギとさび付いた人形のように首を回して新たな来訪者に目を向けた。


「ふむ、そちらの魔竜の娘には名乗ったが、君には挨拶をしていなかったな」


 入ってきたのは二人の男だった。二人ともかなりの強面で、一人は僕と同じような茶髪。もう一人はシルフィさんとよく似た銀髪だった。


「現オーシュ王国国王、オズワルド・アシュト・オーシュだ」


 そう名乗った銀髪の方はこの国の王様で・・・・・


「デュアルディオ、何をしている? 王が名乗ったのだ。お前も名乗れ」


 僕に向かって厳しい視線を向けているのは、僕が飛び出した家、領地の主である、我が父上、アインシュ・フォン・シークラントであった。


「・・・・・うーん」

「「デュオ(さん)(様)!?」」


 色々ありすぎてとっくに許容量限界だった僕は、そこで気絶した。

 なんだか心配そうな声を上げる二人の女の子の声を聞きつつ、僕の意識は闇に沈んでいく。


 こうやって気絶するの、何回目だっけ?


 そんな下らない事を考えながら。



 



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