表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/53

第44話

 騎士選抜試験2日目、飛竜を駆る者たちにとっては試験最終日である。飛竜を連れている受験者は数少ないが、それでも夕日でオレンジ色に染まる外壁門前に竜の影が舞い降りていった。竜から降りた受験者たちは間に合ったことに安堵しつつ目を輝かせながら試験官の元に駆け寄っていく。飛竜は飛竜で2日間の散歩を存分に楽しんだようで、草原で横になってくつろいでいた。

 そんな中、受験者たちも、門の近くを通る一般人たちも、試験官すら畏れ多いと言うように遠巻きにして近づかない一画があった。


「・・・・試験のたびに申し上げておりますが、何も陛下御自らが城門まで来られることはないのでは?」


 マントを纏った騎士の一団が、ほぼ真円を作るようにある一帯を囲んでいる。その円の中心には二人の男がおり、そのうちの一人、大剣を背負った男が横のいかつい男に小さく声をかけた。


「・・・・この試練を乗り越えた者を見るのも、王の仕事だ。 彼らが力を受け取るにふさわしいか否か、最後は王自らが見極めよ・・・・王族に伝わる慣習だ。 本音を言えば煩わしいが、私の代で急にやめるわけにもいくまい。まあ、先々代からこの2日目だけにするとしたようではあるがな。その前までは王がこの場でねぎらいの言葉を一人一人にかけていたらしい。考えただけでもぞっとするわ」

「・・・・左様で」


 二人の男、オーシュ王国国王、オズワルド・アシュト・オーシュと近衛騎士団団長グラン・ヘイラーにとって、この会話は試験のたびに行われるものだった。言ってしまえば、退屈しのぎである。王は習わしで

試験を切り抜けた者たちを見に来なければならず、王の護衛も強制的に王につき合わされることになる。かといって、王と受験者たちの間で特に何があるわけでもない。こちらから声をかけなければ、試験を終えて疲れた新米以下の騎士候補が近衛騎士に囲まれた王にまで会いに来るなどありえない。そんなヤツがいたのならきっと大物になるだろう。色んな意味で。要するにこれはただ棒立ちしているだけの退屈極まりない作業なのである。ちなみに、二人は今日の昼から夕方までずっとここに立っているが、合格者たちが試験から帰ってくるペースは1時間に4,5人ほどである。一時は、モーレイ鉱山でなにやら異常が起きたという報告を聞いてここにいる騎士たちを向かわせようとしたが、しばらくするとあの破天荒な獅子が解決したという通信が入り、無用な混乱を避けるために現状を維持している。


「・・・・退屈だな。 グラン、お前の目から見て面白そうな者はいたか?」

「陛下の目で見て退屈なのならば、私が見ても変わりはありますまい。それに、今日の合格者は飛竜

 に乗っていた者たちだけです。彼らはほとんどが飛竜と協力して敵を討つことに特化しておりますから、この場では純粋な実力は測りかねます」

「・・・そうか」


 言外に、「飛竜抜きなら大した腕ではない」と言っているようなものだが、王も似たような感想であった。飛竜はプライドが高く、彼らを連れることができるのはほぼ富裕層の子息たちだけだ。そして、そういった者たちは高価な魔武器を身に着け、強力な魔道具を持っていることが多い。もちろん、彼らも彼らで家で雇った優秀な師匠の元で訓練を積んだのであろうし、そういった道具をうまく使いこなすのも重要な才能と言えるが、果たして騎士団としてやっていけるのは彼らの内何割であろうか・・・


「いや、そういえば・・・・・」

「む?」


 と、そこでグランは思い出したようにつぶやいた。


「なんだ?」

「いえ、レオルの弟子も飛竜に乗っていると耳にしまして。私はまだ彼の竜を見たことがないのですが、本人には試験の前に少し会ったのです。レオルの弟子だけあって、中々鍛えられているようでした」

「ほう、あのレオルの弟子か・・・・・」


 オズワルドは意外そうに呟いた。まず、あの男に弟子などいたのかということ。そして、その弟子とやらをうまく育てたらしいということだ。あの男ならば訓練と称して殴り殺すくらいはやってもおかしくない。きっと、かなりの荒れくれ者に違いあるまい。


「・・・・・彼の名誉のために申し上げますが、私が見る限りでは謙虚で誠実そうな青年でしたよ」

「なんだと?・・・・・それは本当にレオルの弟子なのか?」


 普段、いくらこの国でもトップクラスの実力者だからといって、この国王に向かって「オッサン」と言ってくるのはあの男くらいなものだ。アレの普段の姿を知っているだけににわかには信じられない。


「お気持ちは分かりますが・・・・・彼はシークラント伯のご子息だそうで。お父上の教えが丁寧だったのでしょう。私もシークラント伯に会ったのは数えるほどですが、あの方の息子と言われると納得がいきました」

「・・・・・・・・そうか、アッシュの・・・・・」

「陛下?」


 オズワルドがどこか遠くを見るような目をしていたので、グランは問いかけたが、それは一瞬だった。すぐに王は臣下に向き直るとコホンと咳払いをした。


「いやなに、私とシークラント伯は昔から付き合いがあってな・・・・確かにあやつの息子ならば堅物に育っているだろうが、騎士試験に出すとはな・・・・・よくもまあ、アッシュのヤツが許したものだ。いや、あやつのことだ、何か裏があるのかもしれんな・・・」

「陛下と仲がよろしかったのですか? シークラント伯を王城で見かけたことはあまりありませんが・・・」


 この王が他の貴族のことを懐かしそうに話すのは初めて見る。しかし、王のそばで護衛の任についていた自分がシークラントの貴族を見たことは少ない。


「・・・・・・・・ああ、まあな。あやつは故郷を深く愛している男だ。故にあまりあの土地を離れたがらないのだよ。会うことは少ないが、手紙でのやりとりはそれなりに行っている」

「そうでしたか・・・・」


 護衛の任にはついているが、王への書類などのチェックは宰相、第一王女殿下の役目だ。自分が関わるところではない。だが、果たしてシークラント伯からの手紙を読んでいるところを見たことはあっただろうか・・・・


「しかし、それならばその弟子とやらはまだここに来ていないということになるな・・・・・一応、あと数時間ほど時間はあるが・・・・」


 そこで、話題を変えるように王は話を進めた。

 二日目の飛竜を駆る騎士たちの刻限は、夜の11時までだ。今は午後の6時ごろ。まだ余裕はあるが、グランが言うほど実力があるのならばもっと早くに着いてもいいものだ。


「それは、そうですね・・・・彼は魔装騎士を目指しているようですから他の者よりも難易度は高いですが・・・・・もしかすれば、何か厄介なことにでも巻き込まれたのやもしれません」

「厄介ごと・・・・モーレイ鉱山の件か。レオルからは坑道が潰れた以外は、特に死人が出たという報告はなかったがな。そういえば、その弟子の名前は・・・あやつはデュアルディオと書いてあったが、レオルのヤツは何と呼んでいるのだ? もしかすれば、ヤツが何か知っているかもしれん」


 王はどこか少しだけ焦っているようだった。普段から近くに控えているグランだからこそ気づいたが、ここまで饒舌ではなかったはずだが。気のせいか?

 そんな疑問を頭の隅に追いやると、グランは昨日のことを思い出そうとした。


「ええと、確か、そうだ。 デュオです。レオルは彼のことをデュオと呼んでいました」

「・・・・・・・・何?」

「陛下? 先ほどから調子が優れないのですか?」


 レオルがどう呼んでいたか思い出して口に出すと、オズワルドの顔色が変わった。さっきまではどこか空回りしているようだったが、今は警戒すべき敵を目の前にしたような顔をしている。


「いや、何でもない。デュオ、などありふれた名前だしな。偶然であろう。あの堅物の息子に限って、ありえん」

「は、はあ・・・」


 オズワルドの顔色がさっきから忙しく、グランとしてはそちらの方が気になったが、なんとなくあまり触れることでもないだろうという気がしたので放っておくことにした。グランの勘はよく当たる方だ。


「それでは、事態の経過も含めてレオルに聞くことにしましょうか」

「っ・・・ああ、頼む」


 グランはマントの裏地に手を伸ばすと、仕込まれた空間魔法を開放し、目当ての魔道具を取り出した。「通信石」という通話用の音魔法が込められた魔道具である。音魔法は戦闘では不人気だが、こういった補助の面ではかなり需要が高い魔法だ。十分な適性を持っている者が地味に少ないので、使える者は斥候として重宝されることもある。ともかく、グランが魔道具を起動しようとした、そのときだ。


「オラオラオラオラオラ、どけぇぇぇぇぇぇええええええええええ!!!」


 ざわざわと人垣がざわめく声がして、それをかき消すように、チンピラのような声が木霊した。その声は、今まさに連絡をしようとしていた男の声と酷似していた。


「あ!! お前、その髪にその恰好・・・・・お前、医者か? 医者だろ? 医者だよな? なら患者がここにいるからささっと来やがれぇぇぇいぃぃぃ!!!」

「な、なんだね君は!? 確かに私は医者だが・・・・・って、おい!!何をするんだ!? 患者がいるならテントの方に連れて来たまえ!! 私だけ引っ張ってどうする!?」


 今度は怪我をした受験者を診るための仮設テントの方から声が上がる。それに続いて神経質そうな男の声が聞こえて来た。


「・・・・・・アイツか」

「何をやっているんだ、アイツは・・・・!! 陛下、少し失礼いたします!!」


 そう言うと、グランは王の元を離れて騒ぎのする方に歩き出した。

 万が一王に何かあった時に備え、王自身も医療施設の近くにいるようにしていたため、護衛の作る輪の外縁部に行くだけで騒動の主を見つけることができた。王の警護という重要な任に着いているとはいえ、目の前であんなにやかましい上司がいるのに目を向けることをすらしない部下のスルー力には感心する・・・単に関わり合いになりたくないだけかもしれないが。


「レオル!! 貴様は一体何をやっているんだ!?」

「ああ!? 」


 叱責の声を浴びせられてもまさにチンピラのような態度をとる男が自分の同僚、それも自分が推薦した男だと考えると悲しくなってくる。そのチンピラ、もといレオルは青い髪のひょろりとした青年の首根っこを摑まえて荷車の方に引きずっていくところだった。引きずられる青年は騎士団の医療班の制服をきていることから医者なのは間違いないようだが・・・・・まったく、コイツを引き立てたときの自分は一体何を考えていたのやら・・・・


「見て分かんねーのか!? 急患がいるから医者を引っ張ってるとこなんだよ!!」

「文字通り引っ張るヤツがいるか!! そのままだとその医者が急患になるだろうが!!」

「う~ん・・・・」


 レオルの手を見れば、首をつかまれた青年が白目をむきかけていた。一体自分がここに来るまでのわずかな間に何があったのだろう。


「・・・・双方ともに、少し落ち着け。 レオルよ、とりあえずその若者は離してから患者を連れ来い。グランはその青年を起こすか、他の医者を呼んでくるのだ」

「うおっ!? おっさんいたのかよ!?」

「陛下!? なぜここに!?」


 いつの間にか、オズワルドが二人のすぐ近くにいた。彼の後ろには護衛がぞろぞろと後に続いている。


「我が国最強の騎士二人が大声で騒いでいるのが見ていられないだけだ。 貴様ら、そのままでは埒が明かんだろう」

「そ、それは・・・申し訳ございません。 レオル、早くその者を離して怪我人を連れてくるんだ。 私はその若者に活を入れておく」

「あ? なんで・・・・って、コイツいつの間に気絶してんだ。はぁ~、しょうがねぇなぁ。任すわ」


 レオルはそう言ってポイッと荷物を渡すように青年を放り投げると、いずこかに走っていった。


「おい、君!! 大丈夫か!?」

「う、う~ん・・・・・・はっ!? 私に何をするつもりだ!? この男色家の野蛮人が!!」


 グランが白目をむいていた若者に魔力で水をかけつつ声をかけると、青年は目を覚ました。それと同時にずいぶんなことを言われているが、この事態を引き起こしたのは青年の言う通り野蛮人がやったことなので腹も立たない。


「落ち着け。私は君をどうこうしようとした男ではない。それに、あの男も怪我人を早く診てもらいたくて気が急いていただけなのだ。許してやってほしいとは言わないが、医者としての職務は果たして欲しいのだ。頼めるか?」


 グランがそう言うと、医者と言う言葉に反応したのか、青年の青い瞳がキュッと細くなった。


「・・・・・私も医者です。患者がいるのならば、それを診るのが私の仕事ですから。患者はどこですか?」

「そうか、助かる。患者は、あ~、先ほど君に狼藉を働いた男が連れてくる。心配せずとも、私の目の前で妙な真似はさせないさ」

「・・・・よろしくお願いしますよ? 四騎士のグラン・ヘイラー殿? 四騎士を止められる者など、同じ四騎士か陛下ぐらいなものですからね」

「・・・・同僚がすまなかった」


 青年はきちんと己の領分を果たすつもりのようだが、その言葉にはかなりの棘があった。騎士団に所属しているのならば何ら不思議ではないが、青年はグランや下手人が誰なのかわかっているようだ。グランはかなり高位の人物であるが、その同僚のせいでこうなったとなれば、青年の態度も十分理解できる。


「アレは、私が目の前にいても自重するようなタマではないがな・・・・」

「なっ、へ、陛下!?」


 が、そんな青年も流石に国王がすぐ近くにいたことには驚いたようだ。口をモゴモゴと動かして何か言おうとしていたが、そこにガラガラと車輪の動く音がやってきた。


「お~い!!連れて来たぜぇ~!! 早く診てやってくれ!!」

「お前、まさかモーレイ鉱山からそれを引っ張って走って来たのか?」

「あ? そうだけど? 多分これが一番早いし・・・・って、んなことはどうでもいいから早くしてやってくれよ!!」


 やって来たのは少し大きめの荷車だった。ただし、それを引っ張て来たのは馬でも地竜でもなくレオル本人で、荷車には火傷だらけの竜と気絶した若者がロープで丁寧に固定されていた。レオルの声を受けて青年が急ぎ足で荷車に駆け寄ってロープを切る。


「これはひどいな・・・竜の方は重度の火傷、それも闇属性混じりか。こっちのヤツもかなりの魔力欠乏に、強引に何度も回復魔法を使った痕が・・・・・って、どこかで見たような顔だな。まあいい、お~い、中級以上の魔力ポーションを5本と点滴を持ってきてくれたまえ!!大至急にだ!!」


 駆け寄った青年は今までの様子が嘘のように真剣な顔つきで怪我の状態を診断すると、大声でテントの方に必要なモノを叫んだ。そして、竜と気絶した青年を見比べてから、そちらの方が重症と判断したのか竜の方に手を当てる。片手にはいつの間にか何かの薬品が入った注射器を持っていた。


「特製麻酔の具合よし・・・・アシッド・ミスト」


 竜に触れている青年の手から酸性の霧が噴き出し、黒く焼け焦げた鱗を選んで剥がしていく。かなり強力な麻酔なのか、竜が目覚める様子はない。そこで、青年はさらに魔力を巡らせると、手に水でできたメスを作り出した。


「メスよし・・・患部の切除開始」


 メスを手にした青年は、今度は黒く染まった肉を切り落としていく。切り取られた跡には水の被膜が残り、それが出血を押さえているようだった。青年の手つきは迷いなく、素早く、かつ正確に焦げた部分のみを切り取っていき、そうして、ほんのわずかな間に作業を終えた。


「切除完了・・・・アド・ヒール!! よし、後は安静にして治癒促進ポーションをちゃんと服用させれば問題なし・・・・っと、すみませんが、レオル殿。 この竜だけ先にテントの方に運んでもらっても構いませんか? 私はこちらの者の治療が残っているので」

「お、おう・・・・・お前、凄腕なんだな・・・」


 レオルは青年の手際を見て少々驚いているようだった。闇属性によるダメージの多くはその患部を切り落とさなければならないのだが、その箇所が多いと失血死の危険が出てくる。だが、青年は水のメスと素早く的確な手術であっという間に処置を終えてしまった。


「まあ、それなりに腕に自信はありますし、この竜も体力と炎耐性がかなり高そうというのもあります・・・・・っと、持ってくるのが遅すぎるぞっ!! あと少し遅かったら私が一から点滴をつくるところだ・・・・・・まずは血の流れで体内の異物をチェックしてから摘出、さらに魔力欠乏の具合からポーションの濃度を調節して点滴・・・・・・・」


 そこに、青年と同じ服を着た面々が道具を持って走って来た。青年は彼らが持ってきた道具をひったくるように受け取ると、気絶した青年に手を当てて何事かを調べつつ、再び作業に没頭し始める。レオルは邪魔になったら悪いので言われた通り荷車で竜をテントに運んだ。


「・・・・・・すげぇな、アイツ」

「うむ。あんな者が医療班にいたとはな・・・・・ところでレオル、お前が運んできたのがデュアルディオ、デュオなのだな?」

「ああ、そうだぜ。ちなみに竜の方はリーゼって名前だ。確か本名は・・・リーゼロッテだったかな。なんだよ、おっさん、デュオのこと知ってたのか?」

「ああ、名前だけはな・・・・・ああして見ると、確かにアッシュのヤツに似ている・・・・」

「アッシュ? 誰だ、ソレ?」


 リーゼロッテを運び終えたレオルのそばに、いつの間にかオズワルドが近づいていた。その背後にはグランもいる。グランはもちろん、この王もかなりの使い手なのはレオルも知っているので特に驚かない。だが、今のようにどこか遠くを見るような顔をしているところは初めて見る気がした。


「それより、レオル!! お前がわざわざ来たのは弟子を運ぶためだけではないだろう? あの闇属性の痕跡といい、モーレイ鉱山で一体何があったのだ? 毎度毎度思うが、「終わったぜ!!」だけで文字通り報告を終わらせるな!!」

「んなデカい声で言われなくても聞こえてるっつうの!! お前はオレのオカンか!?」

「上司、と言いたいところだが、同僚だな!! 悲しいことに!!」


 レオルが不思議に思っていると、グランが詰問してきたので不思議そうだった顔が渋面に変わる。だが、それも一瞬で、すぐに真剣な顔で王とグランに向き直った。その前にチラリと辺りを見回したが、護衛が遠巻きに囲んでいることもあって、3人の周りには誰もいない。


「まあ、グランの言う通りで、デュオたちを運ぶってだけじゃねぇ。ちょっとヤバイもんがあるから直接オレが来たのさ」

「ヤバイものだと?」

「ああ、コレだ」


 レオルは鎧の籠手のあたりに手を伸ばすと、空間が歪んで手の上に大人の頭ぐらいの珠が落ちて来た。その珠は月のない夜のように黒く、見るからに邪悪そうな魔力を纏っている。動く気配などないのに、気の弱い者が触れたらそれだけで死んでしまいそうなくらいの迫力が感じられた。


「これは・・・・強力なアンデッドモンスターのコア・・・・リッチ、いや、まさか屍竜か!?」

「正解だぜ。一体いつからいたのかは知らねぇけど、屍竜が出やがったんだよ。まあ、デカい被害が出る前にオレがぶっ倒したけどな」


 グランが口にした答えに、レオルは満足そうにうなずいた。そして、珠をもう一度空間魔法でしまい込む。


「だが、被害が出る前にということは、お前は屍竜が出て来た場面に出くわしたのか? そうでなければこの王都に飛んできていただろうが・・・・ならばよくぞ死人を出さずに倒したものだな」

「いや、それは違うぜ」

「何?」


 グランは感心するようにレオルを見たが、レオルは首を振った。そして、これだけは言っておかねばならないと言うように表情を引き締めてから、しかし、どこか嬉しそうに口火を切った。


「オレが屍竜のところに着いたのは屍竜が出てから結構経ってからだった。その間にかなり魔力を溜めて、魔装と同調できたからすぐに倒せたんだよ。デュオとリーゼが足止めしてくれなきゃ、流石に死人0とはいかなかっただろうぜ」


 それは、屍竜の脅威を知る二人にとっては衝撃的だった。

 屍竜とは一種の災害のようなものであり、魔装騎士ですら対抗することは難しい相手である。


「なんだと? 竜がいるとはいえ、魔装を持たないデュオ君が?」

「・・・・・興味深い話だな。お前がこうしたことで嘘をつくとは思えんが、にわかには信じがたい。規格外のモンスターを相手に魔装を持たない者が時間稼ぎを成し遂げ、生きて帰ってくるとはな」


 案の定、中々信じられないようだが、レオルもそれに怒る様子はない。レオル自身、信じがたい話であるというのは分かっているのだろう。


「言っとくが、嘘なんか一つもついちゃねーぞ? まあ、アイツらに詳しい話は聞かなきゃわかんねーけど、アイツら以外には現場に誰もいなかったし、死体もなかった。試験前に持ち物調べたけど、かなり値の張るトラップだとか高級品の宝珠をいくつも持ってたから、そういうのを上手く使ったのかもしれねぇな」

「ふむ・・・・本人の実力、竜、そして道具か。それでも疑問は残るが・・・・確かに後で聞けば分かることか。大きな被害が出ずに屍竜が討伐されたのなら、過程はどうあれそれが一番だ」

「・・・・宝珠」


 グランは未だに信じきれない部分もあるようだが、ひとまずは置いておくことにしたらしい。

 一方でオズワルドがぼそりと何かつぶやいたが、それは小さなつぶやきだったので無視された。


「何はともあれ、アイツらが助かって良かったぜ。これで一件落着って感じだな。」

「流石にそれは気が早すぎだろう。まだ試験は続いているんだぞ? モーレイ鉱山の方に調査のために人を割かなければならんし・・・・それに、デュオ君も今回の試験は諦めてもらわなければならないかもしれない」

「は?」


 なんだか緩んだような顔をしていたレオルが、グランの口にしたセリフを聞いて再び真顔になった。そして、恐るべき勢いでグランに食って掛かる。


「な、なんでだよ!?」

「いや、まだ刻限までは少し時間があるし、符見箱も調べていないが、屍竜というイレギュラーがあったとはいえ気絶したままの状態で騎士に運ばれてきた者を合格扱いにしていいものか・・・・ 」


 猛然と迫るレオルを高度な技術で受け流しつつ、グランは歯切れが悪そうに答えた。

 グラン自身もこういった事例は初めてなのか、判断しかねているようである。


「お前、自分でイレギュラーって言ってるじゃねぇか!! 魔装騎士だって殺られるかもしんねぇ相手に時間稼ぎして生き延びたんだぜ!? もう合格でいいだろうが!?」

「私だってそうしてもいいとは思うが、前例がないし、なにより屍竜との関わりや彼の本当の実力が分からないんだ。話を聞くにせよ、確実に彼の試験期間はオーバー・・・・」


 グランの言うことが耳に入ったのかどうかというところで、レオルはデュオのところに駆け出した。そして、治療中のデュオの胸倉をつかむとがっくんがっくんとゆすり始める。


「おい!! オラッ!! 起きろコラ!! 早く起きねぇと、お前騎士試験落ちちまうぞ!? それでいいのか!?」

「な、何をしてるんだね!? 彼はまだ治療中だ!! 絶対安静が・・・ぶふぅ!?」

「デュオ~!!! 早く起きろ~!!!」

「おい、レオル!! お前怪我人と医者相手に何をして・・・・・」


 わめく男と苦悶の声を上げて吹っ飛ぶ男、騒ぎを抑えようとする男に、未だに目を覚まさない男・・・・そして始まる混沌カオス。


「・・・・・・・・・・」


 そんな馬鹿騒ぎの中、いかつい顔をした王は、さらにその顔を険しくして物言わぬ青年を見つめるのだった。



 




「デュオさん、まだかな・・・・」


 夕日が沈んでもう夜になった王城のエントランス、その隅っこの方に私は縮こまっていた。薄暗い中、頭からすっぽりとローブを被った私は、「声」を聴く限りここを通る者たちの視界に入っていないようである。あまり目立たずここに来るための恰好を探すのに、一体何年ぶりになるか分からないが、とにかく久しぶりに部屋中のクローゼットをひっくり返した甲斐があったというものだ。このローブそのものはただの布だが、即席で光属性のエンチャントをかけたことでさらに隠密性は増している。しかし・・・・


「デュオさん・・・・」


 待ち人は来ない。今日は昨日幻霧に行けなかった替わりのように「らしくない」夢を見てしまって朝から心臓がバクバクしていた。おかげで寂しいとは思わなかったが、あまりにも現実感のない夢を見てしまったのだ。それで、目が覚めた瞬間に幻霧とは違うと分かったけれど、いてもたってもいられなくなってしまった。そんなこんなで、午前の間からここにいるが、デュオさんが来る気配は一向にない。隅の方なので「声」は小さく聞こえるという程度だが、私がデュオさんの声を聞き逃すはずがない。午後になってから嬉しそうな「声」を発する者たちが通りかかるようになったが、その中にもいない。


「まさか・・・・」


 まさか、試験中に厄介なことがあったのだろうか? 前にも考えたけど、十分にあり得る話だ。デュオさんの「体質」ならば、オーガの大群に襲われるようなことがあっても不思議ではない。


「どうか、どうか・・・・」


 どうか無事でいて欲しい。この際、最低な思考だろうがなんだろうが、試験に落ちてくれてもいいから無事でいててくれればそれでいいと思ってしまう。それ以上は望まない。

 私は、生まれて初めて心から建国神・・・神に祈った。神様、もうこんなチカラを押し付けたことを呪ったりしませんから、紙にあなたの名前を書いてからビリビリに破いたりしませんから、どうかデュオさんを守ってください!! もう神様でも賢者様でも魔竜でもいいですから!!


「お願いします・・・お願いします・・・・・」


 はた目から見たら不気味な女としか思えないだろうが、私は一心不乱に祈った。祈って、祈って、祈って・・・・・


「お願いします・・・お願い・・・・え?」


 不意に辺りが白い濃霧に包まれた。それと同時に、小さく聞こえていた「声」も完全に聞こえなくなった。


「これは・・・幻霧? でも、私は寝てなんて・・・・場所も変わってないみたいだし・・・・それに、いつもよりも濃いような・・・」


 いきなりの幻霧には驚いたが、霧の中に気が付いたらいると言う状況はもう8回目だ。まず自分がどこにいるのか、これが幻霧なのか把握しようとするのはもう癖になってしまっている。そして、その結果、ここは相変わらずエントランスの隅で、この霧もいつもより濃いけれど、幻霧の霧と同じだと分かった・・・・私の仮説では、幻霧は私の「チカラ」とデュオさんの「体質」が関係して起こる現象だ。つまり・・・・


「デュオさん!? いるんですか!? いたら返事をしてください!!」


 私は大声で叫んだが、返事はない。デュオさんどころか、他の誰かがいる気配もない。


「デュオさん!! デュオさん!! デュオさーん!!!」


 叫び続けるが、やはり返事はない。


「どうして・・・・・こうなったら」


 かくなる上は、いつものように自分から歩いて幻霧から出てしまおう。もしかしたら、現実の方にデュオさんがいるのかもしれない。そう思って、私は足を上げた。


「・・・・・・・」

「デュオさん!?」


 そうして、まさに一歩踏み出そうとしたところで、人の気配を感じた。この幻霧で、私以外に誰かいるとしたらデュオさん以外あり得ない。よかった、デュオさんは無事だったんだ。


「デュオさん!!よかっ・・・」

「揃ったか」

「え?」


 聞こえたのは、デュオさんではない、別のダレカの声だった。デュオさんの声によく似ていて、ほんの少しの間迷ったけど、すぐに違うと分かった。デュオさんは、心が温かくなるような安心する声音だけど、この声は違う。感情というものを感じさせない、心が底冷えするような声だ。


「あ、あなたは・・・誰、ですか?」


 恐怖で、声が震える。今までは幻霧の中は私とデュオさんだけの空間だった。顔が見えずとも、毎晩楽しみになるくらい行きたいと思える場所だった。話し終わって帰るときに、顔がチラリと見えるのにドキドキした。けれど今、そんな幻霧の中に、知らない、顔の見えない「ダレカ」がいる。なにより、今この場にデュオさんがいないのだ。そのことが、怖くてたまらなかった。


「我は・・・・貴様・・・中・・・」

「何!? 何を言っているの!?」


 いきなり、聞こえてくる声がノイズ混じりになった。まるで、デュオさんの「声」を聞こうとしたときのようだ。それとともに、幻霧の霧がどんどん薄くなっていく。霧の向こうの「ダレカ」の姿も少しづつ見えてくるように・・・


「時は近いぞ」

「あなたは・・・・・」


 一瞬、クリアになった声と一緒にチラリと見えたのは、綺麗な銀色の髪だった。


「・・・・・・っ今のは!?」


 気が付けば、私は再びエントランスに立っていた。首を振って辺りを見回すのも、霧など一片も見えはしない。


「・・・・・なんだったの?」


 今のは誰だ? 霧はどこに行った? 何が原因で起きた? あの男が原因なのか? 

 いくつもの疑問が脳の中をグルグルしていて気持ち悪い。考え事をして気持ち悪くなるのは初めてだ。だが、考えなくてはならない。あの幻霧は私とデュオさんの・・・・・


「そうだ!!デュオさん!!」


 そこで、唐突に思考が途切れた。あの声が聞こえる前に考えたではないか。現実にデュオさんがいるのではないか?と。情報不足なあの声のことを考えるよりも、今はデュオさんのことを何とかすべきだ!!


「デュオさん、どこ!?」


 私はローブを被ったままエントランスの中央に向かって駆け出した。なぜか周りの「声」が聞こえないが、そんなものはどうでもいい。


「デュオさん、デュオさん・・・」


 走る。10年ぶり、いや生まれて初めて本気で走った。すぐに息が切れて来たが、それでも足は体は止まらない。頭にかぶっていたフードが外れてしまったが、やっぱり足は止まらせない。あの人を見つけるまでは!!


「はぁはぁはぁ・・・・・デュオ・・・・さん・・」


 そうして息を切らせて走る私の視界に、屈強な騎士に担がれた担架が映りこんだ。そして、その担架には誰かが寝かされていた。その人の髪は茶色で、顔つきは平凡。どこにでもいるような青年だったが・・・


「見つ・・・・けた・・・・!!」


 息切れで意識がもうろうとしてきたが、それでも私は見逃さなかった。見逃すわけがない。毎日会うことを心待ちにしていた、あの人の姿を!!


「デュオさん!!!」


 最後の力を振り絞るように、私は担架に向かって全力で走る。なぜだか騎士たちが驚いているようだが、邪魔をしようとしないのなら好都合だ。私はそのまま駆け寄って・・・


「お前が部屋の外にいるのは、珍しいな」

「え?・・・・・お父様?」


 駆け寄ろうとしたところで、不意に大柄な男が私の前に立ち塞がった。


「一体全体、どういう理由だ?」

「・・・・・・どいてください」


 その男は私の父親。オーシュ王国の国王だった。部屋に引きこもっていたころはどうして私に干渉してこないのか気にはなっていたが、やはり今はどうでもいい。


「彼に会って、どうするつもりだ?」

「・・・・・どうもしません。ただ、会いたいだけです」


 だから、さっさとどけ。デュオさんに会わせろ。

 今、私の頭にあるのはそれだけだ。他のことなど眼中にない。

 私の中で、チカラを疎ましく思った時よりもはるかに強く憎しみが燃え上がる。その憎しみを送りつけるように、目の前の男の目を突き刺すように睨みつけた。


「ふん・・・いいだろう」


 果たしてどのような思惑か、お父様はそう言うと、すっと横にずれた。まさか私の睨みを恐れたのではないだろうが。

 ともかく、これで私の前から、デュオさんと私の間には、邪魔になるものなど何もない。


「デュオさん・・・!!」


 私は獣のような勢いでデュオさんの元に走り寄ると、その顔を覗き込んだ。幻霧で会うときはいつも離れたところにいるから、こんなに近づいたのは初めてだ。私の、文字通り目の前に、デュオさんがいる。手で触れようと思えば、いつでも触れるくらいに近くに。そして、私は自然と手を伸ばして、デュオさんの意外とがっしりとした手に触れた。


「デュオさん・・・」


 デュオさんと現実で会って、その手に触れている。

 そのことがたまらなく嬉しいが、今はその喜びもすぐに消し飛んでしまう。


「デュオさん・・・一体何があったの?」


 いつも優しく、元気に話しかけて来たデュオさんは、今はいない。胸躍るようなお話も、聞かせてはもらえない。

 デュオさんは目を閉じて気絶したようにピクリとも動いていなかった。いや、手から伝わってくる温もりや、よく見れば胸が上下していることから、生きているのは間違いない。

 だが、眠っているその顔は血の気がなく青みがかっていて、まるで病人のようだ。もし、このまま目覚めなかったら、私は・・・


「・・・・何があったかは詳しく言えないが、単なる魔力欠乏と回復魔法やポーションによる治癒の反動だ。腕のいい医者にかからせた故、大事には至らんだろう」

「本当ですか!?」


 デュオさんの顔を見たことで、私も少し気分が落ち着いた。

 「声」がいきなり聞こえなくなるのは幻霧に初めて入ったときとこれで二度目だ。そして、そのどちらでもデュオさんが近くにいた。ならば、落ち着いて考えれば、今回も「消えた」のではなく「制御できるようになった」という答えは簡単に思いつく。


「ああ。今日中には無理だろうが、そう時間はかかるまい」

(あの医療班の者は、おそらくは2日か3日・・・・と言っていたか)


 仮設通り、霧が出ていなくともチカラをコントロールできていた。さっきも出ていたあの霧が原因なのか、デュオさんが原因なのかはまた考える必要はあるが、今は置いておこう。デュオさんが死ぬようなことはないということを喜ぶべきだ。


「よかった・・・・」


 私はほっと、胸をなでおろした。そして、目頭が熱くなってくると、自然に涙が頬を伝って、同じように自然に笑みが浮かんだ。悲しくて、苦しくて泣くことは昔はよくあったが、安心して泣くのは今回が初めてだ。今日は初めてが多い日である。

 よかった・・・本当によかった。


「・・・・さて、もういいな? 命に別状はないとはいえ、その青年には休息が必要だ。これから医務室に連れていく」

「私も行きます!!」


 休息が必要というのはその通りだろう。だから医務室に連れていくのにはもろ手を挙げて賛成だ。だが、いや、だからこそデュオさんから目を放したくはない。


「ならん」


 だが、目の前の男は再び私の前に出て来た。まるで目の前に大きな壁が迫ってきたようである。


「なぜですか!?」

「お前はあまり知られていなかったとはいえ、王族だ。王族が常に傍にいては、医者も気を張るだろう。それは、この青年のためにもならん」

「それは・・・・・」


 私の知名度はかなり低い。しかし、まったく知られていないわけではない。特に、王族の治療を行うような宮仕えの医者たちならば私が王族だと気づく可能性は高い。


「でも・・・・」

「それに」

「え?」


 なおも反論しようとした私を遮るように、お父様は鋭い声を出した。


「お前には聞かねばならないことが山ほどある。その青年にもな。だが、彼はしばらくは目覚めん。だから、まずはお前から聞くことにした」

(一体どうやって、城の外にいたデュオと知り合った? そして、デュオはシルヴィアにとって、いかなる存在なのだ?)

「あ・・・・」


 伝わってくるのは、強い疑念と興味、そして不安だ。

 ・・・・本当に、今の私は頭が回っていない。こんな引きこもりが部屋から出て、いきなり知らない人に自分から話しかけたのだ。それも父親の制止をはねのけて。疑問を持たれないと思う方がどうかしてる。


「お前たちはその青年を医務室に連れていけ。くれぐれも丁重にな・・・・・そして、シルヴィア。お前は私と一緒に来てもらう」

「・・・・・はい」


 ここで断ることに意味などない。一度その疑問を持たれたのならば、部屋に引きこもっていようが、筋道の通った答えを出すまでお父様はいつまでも追いかけ続けるだろう。どうにかはぐらかせても、その場しのぎにしかならない。それにお父様の言う通り、私がデュオさんに付いて行っても邪魔になるだけだ。


「そうか。ならばこっちだ」

「はい」


 私は、どう答えたものかと考えながら、お父様の大きな背中を見ながら歩き始めたのだった。







 王都から遠く離れたシークラント領。その中心にある領主の館にて、アインシュはその日の政務を終えて執務室の窓からなんとはなしに外の風景を眺めていた。しかし、その鉄面皮には何の色も浮かんでおらず、はた目には何を考えているのかまったくわからない。


「・・・・・む?」


 そこで、魔道ランプの明かりしかなかった部屋に眩しい光が生まれた。一瞬の後、光が収まると、執務机の上に丁寧に折りたたまれた便箋が置かれていた。アインシュは素早く手紙を手に取ると、広げて中身を読み始めた。


「あのバカ息子め・・・・一体何をやった」


 アインシュは手紙を折りたたんで机の引き出しに放り込むと部屋を出た。そのまま目指すのは、使用人の老夫妻がいる居間だ。


「ヘレナはいるか?」

「はい、ここに・・・どうなされました?」

「婆さんを呼ぶってことは怪我でもしたんですかい?」


 部屋に入って一声かければ、たちまちのうちに返事が返ってきた。このあたりは長く仕えている老夫妻ならではの呼吸である。


「私ではない。デュアルディオだ。 もっとも、そこまで大した怪我ではないらしいが」

「坊ちゃんが?」

「坊ちゃんは中々腕が立つし、リーゼだって付いてた・・・何があったんです?」


 老夫妻、とくにジョージの方はここを旅立っていった若者の実力をよく知っている。重症ではないと言われても、不安そうな表情は隠せていなかった。


「さてな。それはまだ私も聞かされてはおらん。それを今から聞きに行くのと・・・どうやらあのバカは怪我のこととは別にたいそれたことをやらかしたようで、それについても確かめに行く。デュアルディオの怪我を診るのはついでだ」

「はぁ。承知しましたが・・・・・」

「あの坊ちゃんが、なんかやらかしたって・・・・大けがするよりも想像できねぇや」


 実力のこともそうだが、老夫妻は若者が目の前の主と快活な母親の教育を受けて、いかにまっすぐな青年に育ったのかをじかに目にしている。故にかなり胡散臭そうな眼をしていた。そこに・・・


「なになに? デュオがどうかしたの?」

「む、カズミか」

「奥様!!」


 綺麗に切り分けられた果物の皿を持った女性が入って来た。アインシュはわずかの間逡巡する素振りを見せたが、やがて口を開いた。


「デュアルディオが少々出先で怪我をしたようだ。大事には至らんとのことだが、念のため来てほしいという連絡が来たのだ。仕事の件もあるし、少し出かけようと思っていたところだ」

「ふーん、そうなんだ。それじゃあ、お土産よろしく!! デュオにも頑張ってって伝えておいてね・・・・あ、この果物どうする? ちょっと食べていく時間はある?」


 いささかためらったようなアインシュに対して、その妻の反応はしごくあっさりしていた。


「やっぱり、奥様は奥様ですねぇ・・・・・坊ちゃんが急にいなくなったときもそうでしたが・・・・いや、貶しているわけではないですよ?」


 ヘレナが感心するようにそう言えば・・・


「? そりゃ、男の子なら家を飛び出してなんかやりたくなるのが青春ってもんじゃない? それに、アインシュが不安そうな顔してないし。デュオになんかあったのは確かなんだろうけど、大したことないってことでしょ? アインシュの顔見ればそれくらいわかるわよ」

「・・・・・」

「旦那、愛されてますねぇ・・・」


 どうやら、何かあるのをすべて分かった上での態度だったようである。老人が茶化すように何か言っているのが少し癪に障ったが、アインシュは何も言わないでおいた。

 

「とりあえず、そういうわけで少しの間シークラントを出る。ジョージ、私の留守を頼む。ヘレナは準備を整えてから20分後に玄関に来い・・・・・・それと、これは一つもらっていくぞ」


 少し生暖かい空気をかき回すように若干早口で言いたいことを告げると、アインシュは妻の持っていた皿から果物を一切れ摘まんで部屋を出ていった。


「いってらっしゃーい!!」

「お任せあれ、旦那様」

「じゃあ、アタシも支度をしますかね・・・ん、この果物、甘いねェ」


 こうして少々慌ただしいことはあったが、シークラント領の夜はおおむね平和に過ぎていった。

 そしてこの夜、街の門は開かなかったが、いつのまにか二人の人間がいなくなっていた。






「カケ・・・ラ・・・・」


 ナニカは地の底で蠢いていた。あの乱入者のせいで屍竜の体からはじき出され、乱れに乱れた魔力の流れに乗ってここまで押し流される羽目になってしまったが、そのおかげで屍竜の道連れにならないで済んだことをナニカは知らない。


「カケ・・・ラ・・・カ・・・ケ・・・・」


 ナニカはほとんど本能だけで動く存在だ。モノを考えるのは得意でないし、大抵のことはすぐに忘れてしまう。だが、今日起きたことだけは決して忘れることはないだろう。


「カケラ、ミツケタ」


 カケラを探すという本能。それによって、カケラに関することだけはその存在に刻み付けられる。今日見つけた二つのカケラに、わずかに感じた3つ目のカケラの残滓・・・・


「モウ・・・・スグ・・・・・」


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ


 ナニカのいる場所は、オーシュ王国の遥か下だ。魔力の流れたる霊脈よりも下。霊脈に混じっていた「よくないモノ」が沈むゴミ捨て場、淀み切ったドブだまりだ。そこにはいつもいつも、誰とも知らない叫びが木霊している。そして、今日この日・・・・・


「アアアア・・・・アアアア・・・・・・タノシミダァ・・・・・」


 この日、初めてナニカの「感情」がそこに沈んでいくのだった。







 こうして、さまざまな者にとって激動の一日は過ぎていった。だが、これは自身の周りを渦巻くさらなる波乱のほんの始まりに過ぎないことをデュオはまだ知らない。

誠に物好きかつありがたいことにこの作品を見てくれている読者の皆様。

大変申し訳ありませんが、この春から私の生活環境が大きく変化するので隔週更新ができなくなる可能性が高くなってしまいました。

一応キリのいいところまでストックはあるので、そこまでは今のペースで更新いたします。


ps.この作品を読んだ感想とか批評とか、とても参考になると思うので書いてくれたら作者が喜ぶよ!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ