戦闘準備
保健室の空気は、先程までとは違っていた。
絶望ではない。
——決意。
それぞれが武器を取り、静かに準備を始めている。
雪梅は棚の奥から小さな瓶をいくつも取り出した。
淡く青白い光を放つ液体。
高濃度の魔力が込められた特製薬だった。
「これを飲んでいきなさい」
一人ひとりへ手渡していく。
セドリック。
レオ。
アリス。
エディ。
マリア。
オーランド。
ハジメ。
ビル。
エリザベス。
アルク。
全員が静かに瓶を受け取った。
「一時的に魔力を底上げする薬よ。ただし反動は大きいわ」
ビルが苦笑する。
「今さら反動なんざ気にしてられねぇな」
ハジメも小さく頷いた。
「それだけ今回が異常ってことだ」
その時だった。
雪梅は保健室中央の通信魔道具へ手を伸ばす。
魔力を流し込んだ瞬間、学園全体へ声が響いた。
『——学園内の生徒へ通達します』
静まり返る保健室。
『回復魔法、及び光魔法を扱える者は至急保健室へ集合してください』
『繰り返します——』
放送から数分後。
保健室の扉が次々と開き始めた。
「失礼します!」
「回復魔法使えます!」
「光属性補助ならできます!」
レッド。
ブルー。
グリーン。
各寮から集まった生徒たちが、疲弊した者たちへ回復魔法を施していく。
淡い金色の光。
優しい白い光。
重なり合う治癒魔法が保健室を照らした。
裂傷が塞がり。
失われた魔力が少しずつ戻っていく。
アルクは苦笑する。
「……ったく。頼もしく育ちやがって」
そんな中。
ベッドで横になっていたアーサーがゆっくり身体を起こした。
「……ん」
「先生!」
セドリックが駆け寄る。
アーサーは疲れた表情のまま、小さく笑った。
「儂はかなり消耗して動けん」
そして近くの布包みを差し出す。
「これをルカに渡してくれ」
中から現れたのは、一冊の古びた魔法書だった。
黒い表紙。
銀色の古代文字。
禍々しくも神秘的な魔力が滲み出ている。
「古代魔法書じゃ」
アーサーは静かに続けた。
「未解析部分も多い。じゃが……ルカなら何かを掴むかもしれん」
セドリックは静かに受け取る。
「……必ず届けます」
その時。
隣のベッドからヒューゴが声をかけた。
「おいセドリック」
投げ渡された小箱。
中には銀色のブレスレットが入っていた。
複雑な魔法陣が刻まれている。
セドリックの目が見開かれる。
「先生……もしかしてこれ」
「完成したんですか?」
ヒューゴは疲れたように笑った。
「あぁ。昨日な」
静かな衝撃が走る。
それはサラのために作られていた魔導具だった。
未完成だったはずのもの。
ヒューゴは天井を見上げながら呟く。
「本当はもっと調整したかったんだがな」
「……間に合ってよかった」
セドリックはブレスレットを強く握り締めた。
「助けろ」
ヒューゴの言葉から思いは伝わった。
だがその声には教師としての願いが込められていた。
そして。
保健室の空気が再び引き締まる。
雪梅が静かに全員を見渡した。
「今回地下へ向かうのは——」
名前を呼んでいく。
「セドリック」
「アリス」
「エディ」
「マリア」
「オーランド」
「ハジメ」
「ビル」
「レオ」
「アルク」
「そして私よ」
そこに並ぶのは学園最高戦力。
誰一人として軽傷ではない。
それでも全員が前を向いていた。
レオは小型の魔導杖を指先で回しながら静かに言う。
「時間がありません」
「ルカが敵に捕まっている以上、待つ方が危険です」
セドリックも小さく頷いた。
ルカ。
ノア。
サラ。
戻っていない仲間たち。
その名が胸へ重くのしかかる。
そんなセドリックを、少し離れた場所から同じく生徒会 副会長のエリザベス シャーロットが見つめていた。
苦しそうに。
不安そうに。
彼女は静かに歩み寄る。
「セドリック」
「……どうした」
エリザベスは周囲を確認してから、言った。
「私も行くわ。あなたは無茶するもの」
セドリックは少し驚いたように目を瞬かせる。
「だめだ。危険すぎる。」
「今さらよ。あなたにずっとついていくって言ったじゃない」
エリザベスは真っ直ぐ彼を見る。
その瞳には、隠しきれない感情が宿っていた。
「あなた、生徒会長だからって全部一人で背負いすぎなの」
セドリックは決心したような瞳で伝える。
「俺は大丈夫だ。ただ、お前はだめだ。誰が生徒をまとめるんだ。」
「だからって——!」
思わず強くなった声。
だがエリザベスは途中で止まり、小さく目を伏せた。
「……あなたが心配なの。」
誰にも聞こえないくらい小さな声。
だがセドリックには届いていた。
普段は誰より堂々としている彼女が、今だけは不安を隠せていなかった。
セドリックは少しだけ目を細める。
「……大丈夫だ。俺は必ず戻る。」
不器用な返事。
それでもエリザベスは少し安心したように、伝える。
「必ず…必ず戻ってきてね。」
その様子を少し離れた場所からキラが見ていた。
「ふふ……青春だねぇ」
ジョシュアが呆れたように笑う。
「お前そういうとこだけ妙に鋭いよな」
「観察は得意だからね」
キラは意味深に笑う
そして。
最後の準備が整う。
ビルが巨大な炎剣を肩へ担ぐ。
「さっさと行くぞ」
ハジメも結界札を腰へ差し込む。
「結界は俺が張る。前衛は任せた」
オーランドは血のように赤い魔法陣を浮かべた。
「敵が多いなら俺向きだな」
マリアは精霊たちを肩へ集める。
「ルカくん、絶対助けるんだから」
エディも拳を握った。
「……ソジュンのことも、ちゃんと確かめる」
アリスは静かに冷気を纏わせる。
「ブラッククラスは仲間を見捨てないわ」
アルクは深く息を吐いた。
「絶対勝手に突っ込むなよ、クソガキども」
雪梅は最後に静かに言う。
「……必ず全員で帰るわよ」
そして。
レオが静かに振り返った。
その瞳は静かに燃えていた。
「行こう」
「——俺たちの仲間を取り戻しに」




