それぞれの覚悟
保健室の空気は張り詰めていた。
誰もが疲弊している。
魔力も。
体力も。
限界に近かった。
それでも、ブラッククラスも生徒会も、誰一人として“休む”という選択を取ろうとはしない。
そんな中だった。
「——待て」
低く重い声が響く。
全員の視線が向いた先。
そこには、回復魔法を受け終えたばかりのアルクが立っていた。
包帯の巻かれた腕。
まだ血の滲む肩。
それでも彼は教師として、真っ直ぐに生徒たちを見据えていた。
「お前たち、危険すぎるぞ」
その声には怒りではなく、焦りが滲んでいた。
「回復も終わってねぇ。魔力も底が見えてる」
アルクは拳を握る。
悔しそうに。
自分自身を責めるように。
「……悔しいが、俺も手が出なかったんだ」
その場が静まり返る。
教師であるアルクですら敵に届かなかった。
それほどまでに今回の敵は異常だった。
「そんな状況で、お前たち全員が生きて帰ってきた。それ自体が奇跡なんだよ」
誰も反論できない。
アルクは続ける。
「警察隊の到着を待つべきだ。学園長まで攫われた今、俺たち教師の指示に従ってくれ」
その言葉に。
ベッドで横になっていたリアムが言う。
「……でもよ」
掠れた声。
だがその瞳は死んでいなかった。
「敵はルカの夜魔法を狙ってる」
空気が変わる。
「“鍵”になるって言ってた」
セドリックの眉が僅かに動く。
リアムは続けた。
「何かはわかんねぇ。でも……ルカを早く見つけないと」
拳を強く握る。
「世界の崩壊に繋がるんじゃねーのかよ」
重い沈黙。
誰も否定できなかった。
あの地下。
巨大な魔法石。
敵の異常な執着。
全てが嫌な予感へ繋がっていた。
だがアルクは首を振る。
「それでもだ」
教師としての目だった。
「俺たちは、お前たちの命を親御さんから預かってる」
声が少し震える。
「これ以上危険に晒すなんて……できねぇんだよ……!」
その言葉には本気の感情が込められていた。
守れなかった。
傷つけた。
それでもこれ以上失いたくない。
そんな教師としての叫びだった。
その時。
「——なら、私が同行するわ」
静かな声が響く。
振り向くと、そこには雪梅が立っていた。
白衣を翻しながら、真っ直ぐ前を見据えている。
アルクが目を見開いた。
「おい雪梅! お前まで何言ってんだ!?」
だが雪梅は冷静だった。
「わかってるわ。この状況くらい」
静かに。
だが確信を持って言う。
「……学園長が話してくれたことがあるの」
全員が耳を傾ける。
「この学園の地下にある魔法石」
雪梅の声が保健室へ静かに響いた。
「あれは、この世界の“魔法の源”になっている」
リアムが目を見開く。
ハジメも険しい表情になった。
「学園は、その魔法石を守るために存在してる」
「……」
「そして、魔法石は学園の外へ移動させることができない」
雪梅は拳を握る。
「学園長はずっと一人で、その責任を背負ってた」
静かな声だった。
だがそこには深い覚悟があった。
「もし敵に奪われれば……」
雪梅の瞳が揺れる。
「私たちは力を失う」
誰も言葉を発しない。
「この世界の中の人々は生活できなくなる人もいる。魔法に頼る医療も、結界も、防衛も全部崩れる」
そして。
「もし悪用されたら……世界は終わるわ」
重苦しい沈黙。
アルクは目を閉じ、深く息を吐いた。
やがて。
「……クソ」
小さく吐き捨てる。
そして顔を上げた。
「俺も行く」
その言葉に空気が動いた。
だがアルクはすぐ指を向ける。
「ただし条件がある」
視線が向いたのは——
リアム。
ジョシュア。
キラ。
アクア。
「回復しきってねぇお前らは駄目だ」
「はぁ!?」
リアムが声を上げる。
ジョシュアも苦笑した。
「まぁ普通ならそうなるよな……」
キラは不満そうに目を細める。
そんな中。
ベッドへ座っていたアクアが、ふらつきながら立ち上がった。
そして。
アルクの腕を掴む。
「……俺は行けます」
真っ直ぐな瞳だった。
アルクが眉を寄せる。
「お前、怪我——」
「行かせてください!」
保健室に響く声。
アクアは震える拳を握っていた。
「自分の身は自分で守ります」
息を切らしながらも、視線だけは逸らさない。
「それに……」
その瞬間だけ。
アクアの表情が崩れた。
「ルカに何かあった時……俺、一生後悔すると思うんで」
静まり返る保健室。
その言葉に。
誰もすぐ返事ができなかった。
セドリックは小さく目を伏せる。
レオは静かに息を吐き。
アリスはどこか切なそうに微笑んだ。
アルクはしばらく黙ったあと——
乱暴に頭を掻いた。
「……クソガキどもが」
そして。
諦めたように笑う。
「絶対勝手に突っ込むなよ」
その瞬間。
アクアの表情が僅かに明るくなった。
こうして。
再び地下へ向かう部隊が決まった。
誰も万全じゃない。
それでも。
仲間を助けるために——
彼らは再び、闇の中へ踏み込もうとしていた。




