それぞれの戦闘
その頃――。
大講堂へ続く外廊下。遅れてきたビルとサラは避難誘導を手伝っていた。
そんなときに突如として流れ込んできた異様な魔力に足を止めた。
通路の先。
薄暗い廊下の中央に、一人の黒いフードの男が立っている。
静かだった。
あまりにも静かすぎる。
その存在だけで空気が重く沈んでいる。
ビルは大剣を肩へ担ぎながら睨みつけた。
「……お前、何者だ」
隣のサラは不安そうに杖を胸元へ抱える。
「な、なんかすごく嫌な感じする……」
フードの男はゆっくり顔を上げた。
だが深く被ったフードのせいで表情は見えない。
男は淡々とした声で答える。
「俺は何者でもない」
感情の薄い、不気味な声。
「目的はただ一つ。この世界の平和と秩序だ」
「はぁ?」
ビルが露骨に眉をひそめる。
「学園に侵入しといて平和だぁ?」
その時、大講堂側から生徒会による避難誘導の声が聞こえてきた。
混乱していた生徒たちも、セドリックたちの指示で徐々に落ち着きを取り戻している。
ビルはそれを確認すると、大剣を構えた。
「サラ、下がってろ」
「え、えぇっ!? で、でも……!」
「いいから!」
次の瞬間。
ドンッ!!
ビルが床を踏み砕く勢いで飛び出した。
巨大な大剣が横薙ぎに振り抜かれる。
「オラァ!!」
しかし。
フードの男は軽く身体を傾けるだけで回避した。
大剣が壁を砕き、石片が飛び散る。
「なっ……!?」
ビルが目を見開く。
速い。
異常なほど無駄がない。
サラも慌てて杖を握り直した。
「ウォーター・スラッシュ!!」
水の刃が男へ向かって放たれる。
だが男は滑るように回避した。
「ひぃっ……!」
サラが思わず小さく悲鳴を漏らす。
すると男は静かに杖を掲げた。
ゴォォォ……。
茶色の魔法陣。
青色の魔法陣。
二つの属性魔法陣が同時展開される。
サラが息を呑んだ。
「土魔法と……水魔法……!?」
普通なら複数属性の同時制御は難しい。
それを男は当たり前のように扱っていた。
床が激しく揺れる。
砕けた石床と水が混ざり合い、巨大な泥の塊へ変化していく。
ズズズズズ……!!
そして。
三メートル近い巨大な泥人形が姿を現した。
赤黒い目が不気味に光る。
「ド、ドロゴーレム……!?」
サラが青ざめる。
ゴーレムは咆哮するように腕を振り上げた。
ブォンッ!!
巨大な泥の拳がビルへ叩き込まれる。
「ッ!!」
ビルは大剣で受け止めた。
だが凄まじい重量に床ごと押し込まれる。
「ぐっ……重てぇ!!」
泥が剣へ絡みつき、動きを鈍らせていく。
サラは震える手で杖を握りしめた。
(ど、どうしよう……!)
怖い。
でも逃げられない。
サラは無理やり震える声を張り上げた。
「ウォーター・ランス!!」
水の槍がゴーレムへ突き刺さる。
しかし。
バシャッ!!
泥の身体が揺れるだけで、大きなダメージにはなっていない。
「そ、そんな……!」
サラの顔がさらに青くなる。
その瞬間だった。
――バチバチバチッ!!
突如、廊下全体を眩い雷光が走り抜けた。
轟音。
閃光。
次の瞬間、ドロゴーレムの腕が爆発するように吹き飛ぶ。
「なっ!?」
ビルが目を見開いた。
廊下の奥。
青白い雷を纏った青年が立っていた。
鋭い目つき。
乱れた金髪。
そして全身から溢れる圧倒的な雷属性魔力。
リアム・マーフィー。
ルカの二番目の兄だった。
「……随分派手に暴れてるじゃねぇか」
低い声と共に、リアムの周囲で雷が弾ける。
サラがぱぁっと表情を明るくする。
「り、リアム先輩……!」
ビルもニヤリと笑った。
「遅ぇぞ」
リアムは肩を竦める。
「避難誘導手伝わされてたんだよ」
だがその視線は、鋭くフードの男を捉えていた。
「で? 学園祭ぶち壊しに来た馬鹿はお前か」
フードの男はリアムを見つめる。
「……雷属性か」
リアムは右手を軽く上げた。
バチバチッ!!
雷が腕へ収束していく。
「答える気ねぇなら力尽くで聞き出すだけだ」
その瞬間。
空気がさらに張り詰めた。
フードの男も静かに杖を構える。
壊れたドロゴーレムが泥を集め、再生を始めた。
そして。
大講堂外廊下で、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
バチバチバチッ――!!
リアムの腕へ収束した雷が激しく弾ける。
空気そのものが震え、廊下に焦げた臭いが広がった。
サラは思わず息を呑む。
(す、すごい魔力……!)
フードの男も、わずかに警戒するようにリアムを見据えた。
その瞬間。
リアムが消えた。
「――ッ!?」
次の瞬間には、既に男の目の前。
雷光を纏った拳が一直線に叩き込まれる。
ドォンッ!!
轟音と共に衝撃波が廊下を駆け抜けた。
しかし。
フードの男は咄嗟に泥の壁を生成し、防御する。
だが雷が泥を貫通し、壁ごと吹き飛ばした。
「チッ……!」
男が初めて舌打ちする。
リアムはその隙を逃さない。
「まだまだァ!!」
バチィッ!!
無数の雷撃が廊下を走る。
フードの男は後退しながら杖を振った。
ズズズズズ!!
床の泥が盛り上がり、複数の泥槍へ変化する。
「うわっ!?」
サラが慌てて身を引いた。
泥槍が一斉にリアムへ襲いかかる。
だが。
「遅ぇ」
リアムは雷を足へ纏わせ、一瞬で加速した。
残像だけを残して泥槍を回避する。
そして。
「ビル!!」
「おう!!」
ビルが雄叫びを上げながら飛び出した。
巨大な大剣が上段から振り下ろされる。
ゴォォン!!
ドロゴーレムの肩へ直撃。
泥の身体が大きく抉れた。
しかし。
ズルズルと泥が蠢き、瞬く間に再生していく。
「は!? 再生すんのかよ!」
ビルが顔をしかめる。
フードの男は静かに杖を掲げた。
「ドロゴーレムは水と土の融合体。通常攻撃では止まらない」
その瞬間。
ゴーレムが巨大な拳を振り上げた。
「ビル先輩危ない!!」
サラが叫ぶ。
ブォンッ!!
泥の拳が振り下ろされる。
ビルは大剣で受け止めるが、衝撃で床が砕けた。
「ぐっ……!」
そこへさらに泥の触手が伸びる。
「ッ、しまっ――」
「ライトニング・バースト」
リアムが静かに呟いた。
次の瞬間。
ドガァァァン!!!
凄まじい雷撃がドロゴーレムへ直撃する。
眩い閃光。
轟音。
泥の身体が大爆発を起こし、周囲へ飛び散った。
「す、すご……!」
サラが目を輝かせる。
しかし。
フードの男は冷静だった。
「……やはり雷は厄介か」
男は杖を地面へ突き立てる。
ゴォォォ……!!
飛び散った泥が再び集まり始める。
「ま、また……!?」
サラが青ざめる。
リアムも表情を険しくした。
「本体叩いても泥が残ってる限り再生するのかよ……!」
ドロゴーレムはさらに巨大化していく。
天井近くまで膨れ上がった泥の巨体。
赤黒い目が不気味に光った。
ビルが舌打ちする。
「クソッ、キリがねぇ!」
次の瞬間。
ゴーレムが巨大な両腕を振り下ろした。
ドゴォォォン!!
床が崩壊し、衝撃波が廊下を吹き抜ける。
「きゃあっ!」
サラが吹き飛ばされそうになる。リアムも受け身を取るので精一杯だった。
だが。
「危ねぇ!」
ビルが咄嗟にサラを抱え込み、瓦礫から守った。
その隙に、フードの男が杖を向ける。
「終わりだ」
大量の泥槍が空中へ展開された。
数十本。
逃げ場がない。
サラの顔が青ざめる。
(む、無理……!)
怖い。
身体が震える。
でも――。
避難している生徒たちの姿が脳裏をよぎった。
セドリックたちが必死に守っている大講堂。
仲間たち。
そして。
ボロボロになりながら前へ出るビルとリアム。
サラは唇を強く噛んだ。
(逃げちゃ……だめ……!)
胸の奥で魔力が熱を帯びる。
杖を握る手の震えが止まった。
リアムが叫ぶ。
「おい!!」
その瞬間。
サラの周囲に大量の水魔法陣が展開された。
「……え?」
ビルが目を見開く。
普段のサラではありえない魔力量。
空気中の水分が渦を巻き始める。
サラは真っ直ぐフードの男を見据えた。
もう怯えていない。
「みんなを傷つけるなら……!」
杖へ魔力を流し込む。
水が圧縮されていく。
超高密度。
極限まで収束された水流。
「ウォーター……」
廊下全体が震えた。
「ブレイクランス!!!」
ドゴォォォォォンッ!!!!
超高圧の巨大水槍が一直線に放たれる。
泥槍を全て粉砕。
ドロゴーレムを真正面から貫通した。
「なっ――!?」
フードの男が初めて動揺する。
高圧水流は止まらない。
泥の身体を一気に崩壊させ、そのまま男へ直撃した。
轟音。
衝撃。
そして。
ドロゴーレムが完全に崩れ落ちる。
フードの男も壁へ叩きつけられ、杖を落とした。
「が……ぁ……」
膝をつく男。
サラは肩で息をしながら杖を握り続けていた。
さっきまで激しく揺れていた廊下が、嘘のように静まり返った。
サラは肩で息をしながら、その場へ膝をつく。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
魔力を一気に使った反動で、指先が震えていた。
ビルも大剣を肩へ担ぎ直しながら呆然と呟く。
「……マジで倒しやがった」
リアムは小さく口笛を吹く。
「やるじゃねぇか!」
「え、えへへ……」
褒められた瞬間、緊張が解けたのかサラはへにゃっと力を抜いた。
だが次の瞬間。
リアムの表情が変わる。
彼は倒れたフードの男へ近づいた。
男は完全に動かない。
サラの放った水槍は、正確に心臓を貫いていた。
即死。
ビルも顔をしかめる。
「……死んでるな」
フードを剥ぎ取る。
だが、そこにあった顔に見覚えはない。
学園関係者でもない。
王国騎士でもない。
完全に正体不明の男だった。
「誰だこいつ……」
その時。
リアムが男の額を見て目を細めた。
「……刻印?」
額には黒紫色の奇妙な紋様が刻まれていた。
まるで焼印のように皮膚へ刻み込まれている。
サラが不安そうに後ずさる。
「な、なにこれ……気持ち悪い……」
ビルも険しい顔をする。
「見たことねぇぞ、こんなの」
リアムは低く呟いた。
「こいつら……何者なんだ」
平和と秩序。
そんな言葉を口にしていたが、どう考えても普通ではない。
それに、この異常な魔法技術。
複数属性の同時制御。
そして意味不明な刻印。
嫌な予感しかしなかった。
その時――。
ドォォン!!!
さらに下層から轟音が響いた。
床が微かに揺れる。
リアムがハッと顔を上げる。
「……下でまだ戦ってる」
ビルもすぐに大剣を握り直した。
「レオたちか」
サラも慌てて立ち上がる。
「い、行かなきゃ……!」
リアムは頷いた。
「この程度の敵で終わるとは思えねぇ」
ビルがニヤリと笑う。
「だな。ブラック寮長サマが暴れてる最中だ」
サラはぎゅっと杖を握りしめた。
怖い。
まだ身体も震えている。
でも。
「……うん」
仲間たちが戦っている。
なら、自分も進まなければならない。
リアムは雷を纏い直す。
バチバチッ、と青白い電流が走った。
「急ぐぞ」
三人は駆け出した。
暗い地下通路。
真実の扉へ続く深淵へ向かって。




