戦闘開始
午後になると、学園祭の空気はさらに熱を帯びていた。
大講堂のステージでは、各クラスによる演劇やダンス、楽器演奏が次々と披露され、歓声と拍手が絶え間なく響いている。照明がきらびやかに舞台を照らし、生徒たちはそれぞれの出し物に夢中になっていた。
そしてトリを飾るのは――ブラッククラスのバンド。
そのため、ルカたちは今、大講堂の観客席に集まっていた。
だが、周囲の盛り上がりとは裏腹に、ルカの表情はどこか硬い。
(……嫌な感じがする)
胸の奥に引っかかるような違和感。
学園祭の賑やかな空気に紛れているが、確かに何かがおかしい。誰かの悪意のようなものが、薄く空気に滲んでいる気がした。
ルカはそっと隣に座るレオへ視線を向ける。
「……レオ先輩」
「どうした」
低く落ち着いた声。
ルカは周囲に聞こえないよう声を潜めた。
「俺、さっきから妙な気配を感じるんです。魔力感知で探ることも考えたんですけど……俺の魔法、目立つから」
夜魔法は隠密向きではある。
だが、ルカほどの魔力量になると逆に存在感が強すぎる。下手に動けば相手を刺激しかねない。
レオは静かに目を細めた。
「……やっぱりお前も感じてたか」
その一言で、ルカの背筋に緊張が走る。
レオも同じ違和感を察知していたのだ。
観客席のざわめきの中、レオはすぐさま冷静に指示を飛ばした。
「ハジメ」
「はい。」
「この大講堂全体に薄く結界を張れ。悟られない程度でいい。周囲の防御を優先しろ」
ハジメは眼鏡を押し上げながら頷いた。
「了解。かなり広いけど……やるだけやってみます。」
彼は足元へ魔法陣を薄く展開し、観客たちに気づかれないよう静かに結界を広げ始める。
「アリス」
「ええ」
「この場の指揮を頼む。混乱が起きた時は観客の避難を優先しろ」
「任せて」
アリスは真剣な表情で周囲を見渡した。
「マリア」
「はい〜」
「感知能力を使え。怪しい気配を探れ」
マリアはふわりと微笑みながらも、その瞳だけは鋭い。
「もう探ってるよぉ。……確かに少し変な感じするねぇ」
その瞬間、場の空気がさらに重くなる。
レオは立ち上がった。
「俺は学園長に話を通してくる」
そして次に視線を向けた。
「エディ」
「おう」
「オーランド、ビル、ソジュン、サラを呼んで来い。何かあれば即戦闘だ」
エディはニヤリと笑う。
「了解。久々に暴れられそうだな」
「暴れる前提で動くな」
レオの冷たいツッコミに、エディは肩を竦めながら走っていった。
続けてレオはルカとアクアを見る。
「アクア、ルカ。お前らはすぐ動けるよう準備しておけ」
「はい!」
アクアは緊張した様子で杖を抱きしめる。
ルカも静かに頷いた。
「わかりました」
その頃には、ハジメの結界が大講堂全体を薄く包み込んでいた。
誰にも気づかれないほど自然に。
だが確かに、ブラック寮の面々は戦闘態勢へ移行していた。
レオはそのまま学園長席へ向かう。
豪華な席に座っていた第四十八代学園長――ゲイリー・エンシミオは、レオが近づくと静かに目を細めた。
「……レオか。お主も感じたか」
「はい。妙な悪意があります」
レオが低く告げると、学園長は重々しく頷いた。
「あぁ……わかっておる。」
その言葉に、レオの表情が険しくなる。
学園長は杖を握り直した。
「わしも薄々感じ取っておった。既に教師たちには地下の扉周辺の警戒を命じている」
真実の扉。
学園最深部に存在する禁忌の領域。
その奥には、世界中の魔法を制御すると言われる巨大な魔法石が眠っている。
もしそれを狙う者が現れれば――。
学園どころか、世界そのものが危険に晒される。
学園長は静かに立ち上がった。
「とりあえず、お前たちは大講堂で待機しておれ。下手に動けば相手を刺激するやもしれん。何かあったらここはお前らに任せるぞ。儂は扉へ行く。」
「……了解です」
レオは短く返事をすると、大講堂を見渡した。
舞台では今も明るい音楽が流れ、生徒たちは楽しそうに笑っている。
だが、その裏側では。
確実に“何か”が動き始めていた。
レオが戻ると、アリスが真っ先に口を開く。
「どうだった?」
「学園長も異変を察知してた。真実の扉周辺には既に教師を配置してる」
その言葉に、皆の表情がさらに険しくなった。
ハジメは薄く張った結界を維持しながら呟く。
「……嫌な魔力反応が増えてる」
マリアも静かに目を閉じたまま頷いた。
「複数いるねぇ……しかも強い」
その時。
観客席後方から、一人の青年が歩いてきた。
黒髪の生徒会長の腕章をつけた青年。
落ち着いた雰囲気。
生徒会長――セドリック・マーフィーだった。
「レオ、何かあったのか?」
レオは周囲を確認し、小声で答える。
「真実の扉を狙ってる可能性が高い」
セドリックの表情が一瞬で変わった。
「……なるほど」
普段は穏やかな彼の瞳に鋭さが宿る。
「なら、生徒会を動かす。一般生徒の避難誘導はこちらで担当する」
「助かる」
セドリックはすぐ近くにいた役員たちへ指示を飛ばした。
「各出入口を確認。混乱を起こさせるな。異変が起きた場合は冷静に誘導しろ」
「了解!」
生徒会メンバーが一斉に散っていく。
アリスも立ち上がった。
「私も避難誘導側に回るわ」
ハジメは苦笑しながら結界維持を続ける。
「俺はこのまま結界と後方支援担当かな」
自然と役割分担が完成していった。
さらにセドリック率いる生徒会が、大講堂の統制を担う。
その時だった。
――ピシッ。
微かな亀裂音。
ルカが顔を上げる。
「……来る」
直後。
バチィィン!!
ハジメの結界が激しく揺れた。
「ッ!?」
ハジメが目を見開く。
「結界に干渉された!」
次の瞬間。
ドゴォォォン!!!
大講堂地下から轟音が響いた。
床が激しく揺れる。
観客席から悲鳴が上がった。
「きゃあああ!?」
「な、何!?」
「地震!?」
ステージ上の演奏も止まり、生徒たちが混乱し始める。
しかし、その時。
「全員落ち着け!!」
セドリックの声が大講堂に響き渡った。
圧倒的な統率力。
その一声だけで空気が変わる。
「生徒会は各列を誘導! 押し合うな! 順番に避難させろ!」
「はい!」
役員たちが即座に動き出す。
アリスも魔法で声を広げる。
「慌てないでください! 必ず全員避難できます!」
混乱しかけた観客席が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
ハジメは歯を食いしばった。
「チッ……かなりデカい魔力だぞこれ……!」
その時。
マリアが勢いよく目を開く。
「地下通路!! 真実の扉方面に反応!!」
レオが静かに前へ出た。
すると。
彼の足元から黒い霧が溢れ始める。
ゾワリと冷たい空気が広がった。
床に浮かび上がる巨大な死霊魔法陣。
その中から、ぼんやりと無数の亡霊の影が現れ始める。
観客には見えないほど薄いが、強い魔力を持つ者にはわかる。
死霊使い。
それがレオの本来の力だった。
「……地下か」
低く呟いた瞬間、背後の亡霊たちが静かに唸る。
エディがいつの間にか戻っていて言う。
「久々に本気のレオさんが見れそうだな」
「無駄口叩く暇があるなら動け」
そこへ、大講堂入口から一人の男が現れた。
金髪に赤いメッシュ。
赤黒い魔力を纏う青年。
「レオさん!呼ばれて来たぜ!戦闘か!」
彼の周囲には血魔法特有の禍々しい魔力が漂っている。
完全に戦闘態勢だった。
レオは全員を見渡す。
「オーランド、エディ、アクア、ルカ行くぞ。」
ルカは胸元に手を当てた。皆声を揃えて言う。
「「「了解」」」
緊張しながらも、その瞳には覚悟が宿っていた。
「ハジメはここを頼む。アリスは生徒会と共にこの場の統制を頼む」
セドリックは静かに頷く。
「任せろ」
その瞬間。
ズォォォ……。
地下通路側から、禍々しい黒紫の魔力が溢れ出した。
空気が重くなる。
まるで深淵そのものが這い出してくるような感覚。
ルカの夜魔法が無意識に反応し、足元に黒い影が揺れた。
レオの背後では、亡霊たちが静かに蠢いている。
そしてレオが低く呟いた。
「……行くぞ」
ブラック寮最強戦力たちは、大講堂地下――真実の扉へ続く暗い通路へ駆け出した。




