ノアと再会
学園図書館の中は静寂に包まれていた。
高くそびえる本棚。
積み重なる古い文献。
窓から差し込む夕陽が、床へ長い影を落としている。
ルカは何冊目かわからない本を棚へ戻し、小さく息を吐いた。
「……見つからない」
古代文字。
古代魔法文明。
禁術体系。
それらしき棚を探し回っているが、肝心の資料がほとんど存在しない。
図書館が広すぎるのも問題だった。
(どこにあるんだ……)
思っていた以上に難航していた。
その時だった。
「探しているのはこれか?」
後ろから静かな声が響く。
ルカが振り返る。
「……ノア兄様」
そこに立っていたのは、兄であり、マーフィー家の三男――ノア・マーフィーだった。
黒髪。
落ち着いた瞳、黒縁のメガネ。
無表情にも近い静かな顔立ち。
相変わらず感情の読みにくい人物だった。
ノアは何も言わず、数冊の分厚い書物をルカへ差し出した。
その表紙には――。
『古代文字基礎体系』
『失われた古代魔法文明』
『古代術式言語学』
まさに探していたものだった。
「これ……!」
ルカは目を見開く。
「ありがとう。でも、なんで俺がこれ探してるってわかったの?」
ノアは淡々と答える。
「お前、棚の上のプレートを見ながらずっと歩き回っていただろう」
ルカは少し驚いた。
全く気づかなかった。
ノアは昔からそうだった。
口数は少ない。
感情表現もほとんどしない。
だが、人のことは驚くほどよく見ている。
そして――。
気づけばいつも、ノアの視線はルカへ向いていた。
幼い頃もそうだった。
ルカが転べば、遠くから静かに見ていた。
魔法の練習をしていれば、いつの間にか近くの窓から眺めていた。
直接褒めたり、声をかけたりすることは少ない。
それでもノアは、ずっとルカのことを見ていたのだ。
「古代文献は通常棚には少ない」
ノアは静かに歩き出す。
「禁書コーナーにまとめられている」
「禁書……?」
「持ち出し、貸出は禁止だ」
ルカは慌てて後を追った。
図書館のさらに奥。
普段生徒がほとんど近寄らない区域。
そこには重厚な鉄格子付きの扉が存在していた。
ノアが許可証のようなものを見せると、静かに扉が開く。
中には普通の本棚とは比べ物にならないほど古い書物が並んでいた。
空気そのものが違う。
濃密な魔力と知識の匂い。
ルカは思わず息を呑む。
(すごい……)
ノアは振り返らずに言う。
「ここなら、お前が探しているものも見つかるはずだ」
「……兄様」
ルカは少しだけノアの背中を見つめた。
昔から、ノアとはあまり話した記憶がない。
同じ屋敷に住んでいても、ノアはいつも研究室か書庫に籠っていた。
遊んでくれたのは、いつだって2番目のリアム兄様だった。
だから正直、少し距離を感じていた。
だが。
(兄様は兄様なりに、ちゃんと見てくれてたんだな)
不器用なだけで。
言葉にするのが苦手なだけで。
きっと昔から、兄弟たちのことを気にかけてくれていたのだ。
ノアは静かに本棚へ視線を向けながら呟く。
「無理はするなよ」
それだけ言うと、踵を返した。
「あ……」
呼び止める前に、ノアは静かに禁書コーナーを去っていく。
その背中を見送りながら、ルカは少しだけ胸が温かくなるのを感じていた。
――その直後。
「ルカぁー!!」
騒がしい声が図書館へ響いた。
バタバタと足音を立てながら、アクアが走ってくる。
「いたよー!! めっちゃ探したんだけど!?」
「しっ……! 図書館だから静かに!」
「あ、ごめん」
全然声量が下がっていなかった。
周囲の視線が刺さる。
ルカが苦笑していると、アクアがふと周囲を見渡した。
「……あれ? 今誰かいた?」
「ノア兄様」
「……えっ?」
アクアの顔が一瞬で怪訝になる。
「ノア様いたの!?」
「うん。古代文字の本探してくれて」
「えぇ……」
アクアは露骨に警戒した顔になった。
「変なことされてない!? 大丈夫!?」
「なんでそうなるの!?」
「だって昔から、ノア様お前のことめっちゃ見てたじゃん」
「そ、それは……」
ルカが少し言葉に詰まる。
幼い頃から、気づけばノアの視線を感じることがあった。
訓練中も。
本を読んでいる時も。
兄弟たちと過ごしている時も。
無口で何を考えているかわからない兄だったが、不思議といつも見守られていた。
アクアはニヤニヤしながら続ける。
「ちょっと過保護っぽくて怖いんだよなー」
「そんなんじゃないよ」
ルカは軽く笑いながら答えた。
だが心のどこかでは、先程のノアの言葉が残っていた。
“無理はするなよ”
たった一言。
それだけなのに。
不思議と、兄に認められたような気がしていた。




