今後の課題
放課後。
夕日に染まる学園の廊下を歩きながら、ルカはアーサーの研究室へ向かっていた。
窓の外では、訓練を終えた生徒たちの声が遠くに聞こえる。
だがルカの頭の中には、今日の対人訓練のことがずっと残っていた。
エドワードとの戦闘。
星導結界。
そして、自分の夜魔法の不完全さ。
研究室の扉をノックすると、中から聞き慣れた声が返ってくる。
「入れ」
扉を開けると、いつものように大量の書物と魔道具に囲まれた研究室が広がっていた。
机には資料が山積みになっており、怪しげな薬品が並ぶ棚からは淡い光が漏れている。
アーサーは椅子へ腰掛けたまま、片眉を上げた。
「ほう。随分疲れた顔をしておるな」
「今日は色々ありまして……」
ルカは苦笑しながら席へ座る。
そして今日の対人訓練について、一つ一つ説明を始めた。
「魔力量を調整しながら、“星空の帳”と“星光弾”を使用しました。それと最後に、“星導結界・起爆”も」
アーサーの目がわずかに細まる。
「ほぅ……」
「ただ、“星空の帳”への魔力配分がまだ上手くいってなくて……」
ルカは自分の手を見つめる。
「トラップの存在自体は感知できていたんです。でも、正確な場所までは把握しきれませんでした」
思い返す。
感じ取れてはいた。
だが曖昧だった。
結果として、二度も罠に引っかかった。
「まだ魔力操作が甘いってことですよね」
するとアーサーは腕を組み、静かに頷いた。
「いや、むしろ初戦でそこまで出来れば十分異常じゃ」
「異常って……」
「普通は広域結界を維持しながら感知能力まで発動などできん」
アーサーは立ち上がると、机の上へ広げていた紙へ何かを書き込み始める。
「だが確かに課題は見えたな」
紙へ並んでいく文字。
星空の帳。
星光弾。
星導結界。
星の嵐。
「お主の夜魔法は消費魔力が極めて大きい。まずはそれぞれの魔法について、どれほどの魔力量で最大威力まで引き出せるのか測定する必要がある」
「最大威力……」
ルカは少しだけ顔を引きつらせた。
今日の星導結界ですら、かなり威力を抑えていた。
全力など正直、自分でも想像できない。
アーサーはニヤリと笑う。
「一日に何度も測定はできん。お主の魔力が空になるからな。少しずつやっていくぞ」
「はい」
「もちろん、魔力量増加トレーニングも継続じゃ」
「やっぱりですか……」
「当然じゃ」
即答だった。
ルカは苦笑するしかない。
だがその時、ふと思い出したように鞄へ手を伸ばした。
「そうだ、先生」
「ん?」
「街へ行った時、これを見つけたんです」
そう言って、ルカは例の古代文字の魔法書を机へ置いた。
研究室の空気がわずかに変わる。
アーサーの目が鋭く細められた。
「……ほぅ?」
ゆっくりと魔法書を手に取る。
表紙を撫でた瞬間、アーサーの表情が変わった。
「これは……」
珍しく真剣な顔だった。
「古代文字の魔法書じゃな」
「アリスさんとレオさんにも見てもらいました。魔法書であることは確実だって」
アーサーは静かにページをめくる。
だが途中で止まった。
「……なるほどな」
「読めるんですか?」
「いや、読めん」
「えっ」
アーサーは苦笑した。
「古代文字にもいくつか体系がある。この魔法書はその上、何重にもロックが施されておる」
ルカは目を見開く。
「ロック……」
「知識だけでは解読できん。魔力、適性、恐らく精神波長まで見ておるな」
アーサーは感心したように呟いた。
「これは相当高度な魔法書じゃぞ……難儀な代物じゃ」
そしてふと顔を上げる。
「これをどこで見つけた?」
「街の古書堂です」
「古書堂……?」
「はい。たまたま入った店で」
その瞬間。
アーサーの口元がゆっくり吊り上がった。
「……たまたま、か」
どこか楽しげな笑み。
「それは違うかもしれんな」
「え?」
「お主、“導かれて”おるぞ」
研究室の空気が静かに揺れる。
アーサーは魔法書を見つめながら続けた。
「高位の魔法書は、自ら持ち主を選ぶことがある」
ルカは無意識に息を呑んだ。
「お主の夜魔法。そしてこの魔法書。偶然にしては出来過ぎておる」
静かな沈黙。
やがてアーサーはニヤリと笑った。
「よし、解読にはわしも付き合おう」
「先生も?」
「当然じゃ。こんな面白そうな代物、放っておけるか」
その瞳は、まるで少年のように輝いていた。
「ただし――」
アーサーは人差し指を立てる。
「これは長期戦になるぞ」
ルカは魔法書へ視線を落とす。
まだ何一つ読めない。
だが確かに、この本には何かが眠っている。
夜魔法の秘密。
そして、自分自身の力の答えが。
ルカは静かに頷いた。
「……はい」
こうして。
夜魔法と古代魔法書の解読が、本格的に始まろうとしていた。




