悪い予感
朝の学園は、今日も多くの生徒たちの声で賑わっていた。
石造りの校舎へ足を踏み入れると、談笑する者、急いで教室へ向かう者、魔法の練習をしている者など、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
そんな中――。
「あ……」
廊下の先で、ミカイルがこちらに気づいた。
以前より顔色はずっと良い。
まだどこか不安げではあるが、あの日の怯え切った様子とは違っていた。
ルカは自然と足を止める。
「元気になったか?」
できるだけ優しく声をかけると、ミカイルは一瞬肩を震わせたあと、小さく頷いた。
「う、うん……」
少し緊張したように視線を揺らしながらも、ミカイルはぎこちなく笑う。
「ありがとう……心配してくれて」
その笑顔はまだ弱々しかったが、それでも確かに以前より前を向こうとしているように見えた。
ルカは少し安心したように笑みを返す。
「無理はするなよ」
「……うん」
そのやり取りを――。
遠くから鋭い視線で見つめている人物がいた。
エドワード。
壁際にもたれ掛かりながら、明らかに不機嫌そうな表情でこちらを睨みつけている。
隣にいる取り巻きたちも空気の悪さを察しているのか、どこか落ち着かない様子だった。
「え、えっとエドワード様! 今日は対人訓練らしいですよ!」
「そうですね! きっとエドワード様なら余裕ですよ!」
必死に会話を繋げようとしているが、エドワードはまともに返事もしない。
ただ、じっとルカを見ていた。
その視線には、明確な苛立ちが滲んでいた。
やがて教室の扉が開く。
入ってきたのはアルクだった。
教室内の空気が一瞬で引き締まる。
「席につけ」
低く通る声。
生徒たちは慌てて自席へ戻っていく。
アルクは教壇へ立つと腕を組み、淡々と告げた。
「今日は前回とは別のペアで対人訓練を行う」
その言葉に教室がざわつく。
「前回と同じ相手では意味がない。様々な相手と戦い、自分との差を理解しろ」
アルクの鋭い視線が教室全体を見渡した。
「各自ペアを組め」
その瞬間、あちこちで声が上がる。
「一緒にやろうぜ!」
「よろしくね!」
「今回は負けないからな!」
そんな中――。
ガタン。
椅子を引く音が響いた。
ルカが視線を向けると、エドワードがこちらへ歩いてきていた。
教室の空気がわずかに張り詰める。
エドワードはルカの前で立ち止まり、見下ろすように言った。
「おい、お前」
冷たい声。
「俺と組めよ」
周囲が静まり返る。
アクアが顔を強張らせた。
「なっ……!」
ルカもまた、嫌な予感を覚えていた。
前回のミカイルの件。
あの時のエドワードの目。
到底ただの対人訓練とは思えない。
(……何か企んでる)
本能が警鐘を鳴らしていた。
だが。
もしここで断れば――。
エドワードの矛先が別へ向く可能性がある。
アクア。
サラ。
あるいは他の弱い立場の生徒。
ルカは小さく息を吐いた。
「……いいよ。組もうか」
ルカは静かに答える。
「ルカ!?」
アクアが慌てて立ち上がる。
「お前何言ってんだよ! 絶対やばいって!」
だがルカは小さく首を横に振った。
「大丈夫だ」
「大丈夫なわけあるか!」
アクアは必死だった。
エドワードの危険性を理解しているからこそ。
だがルカの表情は静かだった。
覚悟を決めた目。
危険なのはわかっている。
それでも逃げれば、きっと別の誰かが狙われる。
なら――自分が受けるしかない。
エドワードはそんなルカを見て、口元をわずかに歪めた。
「ふん……」
それは笑みとも嘲笑ともつかない表情だった。
教室の空気が重くなる。
サラも不安そうにルカを見つめていた。
そしてアルクは、その様子を静かに見つめていた――。




