第98話 女聖騎士兼女教師
アリアが麒麟の角を折った十日後――空中庭園に来て一か月。
「ま、マジかい……アリア、あんたここに来て一か月で麒麟を手懐けたのかい……それも折ってから十日で手懐けるなんて……」
セフィーラの驚く声が、空中庭園に響く。
「それは……早いのですか?」
「ああ、早いってもんじゃないよ。普通は折るので一か月、懐かせるのでも一か月かかるんだよ。魔力の多いシャーレですら、十日と少しを要したのに、あんたは十日かい……あんたの魔力を見誤った可能性もあるね……まぁシャーレはこの環境になかなか慣れることができず、麒麟の角を折った後に寝込んだというのもあるかもしれないけど」
俺はどうやってアリアが手懐けたのか、よく知らない。いつも体力の限界まで麒麟を追いかけまわしていて、戻ってきたら湯浴びをしてから食事をとって、すぐに寝てしまうからだ。
だから、夜の訓練は行えない。できることであればやりたいが、今は素振りや走り込みよりも効果のある相手が山の上にいる。そいつにすべての力を捧げる。
ただ、アリアが手懐けた有角馬には目を引かれた。
体毛は麒麟のように白く、額から伸びる角が白銀に光っている。日を受けるとその銀が淡く滲むように輝いた。少なくともシャーレの有角馬よりも白い。
誰がどう見てもアリア専用の有角馬だと分かる。
俺もこういう特別感が欲しい。
とにかく、今は目の前の麒麟に集中すること。そう思っているうちにいつの間にか眠りについていた。
♢
「ソラ、どう? 調子は?」
朝食前に素振りをしていると、同じく隣で素振りをしていたアリアが問いかけてくる。
「悪くない」
「今日、少し時間をくれないかしら?」
「…………」
朝飯を食ったら、すぐにでも麒麟に挑みに行くはずだった。それはアリアも知っているはずだ。だが、こいつが余計なことを言わない奴だというのも知っている。
「……分かった」
「ありがと。ご飯を食べたら、私と一度手合わせをして」
「手合わせを?」
「そう。空中庭園に来てから、一度もやっていないでしょう?」
言われてみればそうだった。素振りと走り込みだけで剣を交えてはいない。
そして朝食後――互いに木剣を構えて、始まった。
アリアは纏系を使っていないから、俺も使わずに突っ込む。
――が、アリアの踏み込みが圧倒的に速い。
カイトの剣技で凌ぐのが精いっぱいで、数合打ち合ったところで、突然アリアの剣が止まった。見れば、肩で息をしている。
「あなた……やっぱりすごいわね……」
「いや、あともう少し剣を交えていたら、一本取られていた」
「ふふふ。驚いたでしょ?」
「ああ、もしかして……氣か?」
「正解よ」
こいつがセフィーラに氣を教えてもらっていたのは知っている。だけど、まだ教えてもらって一か月経つか経たないかなのに、もう自分のものにしている。
「教えろ」
「当然よ。少しコツがあるから、それを伝えようと思って。右手で自分の丹田と思う場所に触れて?」
言われた通り、へその少し下あたりに触れる。
「そう、多分その辺くらい。いつもそこから全身に氣を巡らせているのでしょう?」
「ああ」
「やっぱり。じゃあ、次は自分の心臓を左手で触れて。右手はそのまま丹田で」
心臓……左胸か、と思って左胸に触れると、アリアが首を振る。
「もう少し中央よりよ」
「心臓は左胸じゃないのか?」
「ええ、一般的にはそう言われているけど、実は胸の中心からやや左くらいなの」
そう言って、アリアがお手本を見せるように、自分の心臓の位置に触れる。
なるほど、思っていたより中心に寄っているのか。
「そしたら、自分の右手の丹田から心臓に氣を流すの」
丹田から心臓に? なぜ? と思ったがアリアが言うのだから従ってみる。
すると、不思議なことに勝手に魔力が全身を巡る。微量だが巡っているのが分かる。
「分かった?」
「ああ、でもどうして?」
「血と一緒に巡らせているだけ。心臓が血を運ぶでしょ? セフィーラ様は言っていたわ。血の流れに魔力を乗せる、と。だから血を運ぶ心臓に氣を流せば、自然と流れるのよ。そうすれば、ある程度の速さは確保できる。後はほんの少し、自分で巡らせるのを補助してあげればいいの」
アリアが指を一本立てる。
「でも最初は心臓に送る魔力は少なくした方がいいわね。特にソラ、あなたは他の人よりも魔力量が多い。だからあなたの少しは一般の人にとってのたくさんなの。きっと少し巡らせるだけでも、高速で回せるのであれば、普通以上の効果は得られるわ」
言われたように、まずは少ない魔力を心臓に送り、巡らせる。
零れない。
歩いても、軽く走っても、金の粒がこぼれる気配がない。血の流れに乗った魔力が、体の隅々まで行き渡っていくのが分かる。そして、この別の力が自分の体を突き動かす感覚。紛れもなく、氣が自分の体を加速させている。
「どう?」
「……悪くない」
「でしょ? 慣れれば、心臓に送る魔力と、【天翔纏】に回す魔力を分けることも可能よ」
ということは、こいつはもう【聖翼纏】を纏いながら、氣を巡らせているというわけか。
もし今の俺が【天翔纏】を纏いながら、少しでも氣を巡らせることができれば――あいつの角を折ることができる。
「アリア」
「なに?」
「助かった」
今まで俺は、魔力が百あったら百を巡らせていた。だが今の話からすると、半分……いや、もっと少なくていい。そして、心臓に送っていない魔力を【天翔纏】で使う。
が、これも難しい。
魔力を二つに分けて、一つは血を巡らせるように体内を循環させ、もう一つは纏として外へ出す。【天翔纏】も体内で高速に巡らせてから放つので、どちらがどちらか分からなくなる。
しかし、それすらアリアは見抜いていた。
「ソラ、【天翔纏】を使う時、魔力を体内に巡らせないで、そのまま体の外に出してやってみなさい。出力は下がるけど、氣と同時に使うにはまずそれから。慣れたら巡らせてから纏ってみればいいわ。纏系を使う時、魔力を巡らせるのは私たちくらい。きっとセフィーラ様も同じようにやっているわ」
こいつ……なんで俺がぶち当たる壁が分かる。
「伊達に教師をやっていないわ」
考えまで読まれている。俺がアリアを想う気持ちも筒抜けだったんだろうな。
そう思いながら数日、【天翔纏】と氣を同時に使う訓練に明け暮れた。最初は片方に集中すると片方が解ける有様だったが、繰り返すうちに、両方を安定して展開できるようになる。
氣を巡らせることすら四苦八苦していた男が、アリアの一言で劇的に変わった。
そして、ちょうどその頃だった。
ネイが麒麟の角を折ったと、満面の笑みで報告しに来たのは。




