第88話 その日まで
昼に87話『空色』を投稿してます。
一度戻って読んでいるか確認をお願いします。
午後、俺とアリアは学校の事務室に向かう。
シャーレに二人で来いと言われていたからだ。
部屋に入ると、シャーレが机に向かって書き物をしている。
「いらっしゃい。座ってください」
俺たちが腰を下ろすと、シャーレは書類を脇へどけた。
「アリア。昨日の封書は読みましたね?」
「はい」
「では、正式に伝えます」
その声から、事務員の柔らかさが消えている。
「上位騎士アリア・セレスティアに命じます。本日より半年間、第一軍の任を継続しつつ、第十一軍の編成に加わること。半年の後、第一軍の籍を離れ、第十一軍へ正式に合流すること」
言葉が終わっても、アリアはすぐには動かない。
それから、椅子から立ち上がって、深く頭を下げる。
「……謹んで、お受けいたします」
声が少しだけ震えている。
「顔を上げなさい」
シャーレが小さく笑う。
「あなたを手放すのは惜しいけれど、こちらにも都合があるの。第七軍が立ち上がらなければ、防衛で手一杯。さらに、我が星国には軍閥貴族という癌がいます。もちろん、セレスティア子爵家は違いますが」
どうやらセレスティア子爵家は、この一年半でシャーレの信用を勝ち取ったようだ。
「この内憂外患の状態を解消するには、一刻も早く第七軍を興したいというのが、陛下や私、宰相の意見です」
「適当な奴を第七軍に据えることはできないのか?」
「……できます。できますが、星国の星将ともあろう者が凡庸であると、陛下や星国の面子が立たない……それだけは避けなければなりません。将とつく者が討ち取られれば、それは国の士気にも関わります。呪国が妖霊呪将を討ち取られて、すぐに停戦の使者を遣わせてきたのを見れば分かるはずです」
将が討たれてはならないということは理解した。
「アリア、あなたにも将となる資質はあります……いえ、むしろソラよりは高いと思っております。アリアは第十一軍の副将という立ち位置に収まると思いますが、あなたが旗を振っても構いません。ソラに首輪をつけることができるのであれば」
「いえ、私の夢はすべてソラに叶えてもらいました。セレスティアの復興。さらに銀山まで蘇らせてもらって、リオンもステラ星煌学校の貴族科にまで通えるように……両親は貴族の晩餐会だけでなく、宮廷からも招かれるようになりました。交易路もアストレアに戻り、賑わいを取り戻しております」
アリアはシャーレから俺に視線を移し、まっすぐに見据える。
「すべて、ソラのおかげだと私は……セレスティアは考えております。今度は私がソラの夢を叶える番です。ソラが三大極星になる――その時まで私はソラのサポートに徹しようと思っております」
アリアの宣言にシャーレは笑みを浮かべる。
「そうですか……別に私が何かを言うまでもありませんでしたね」
今度は俺を見据えるシャーレ。
「ソラ、これからの半年、あなたは建軍の準備をしなさい。昨日言ったように、人員を集めること。あと、部隊名も忘れずに」
「部隊名?」
「そうです。ソラだと分かる部隊名がいいです。八軍から十一軍までは武功によって変動させるつもりです。なので、第十一軍という呼び名よりも、固有の部隊名にした方が覚えやすいのです。例えば、天翔隊であれば、皆がソラの部隊と分かるでしょう」
「数字を入れ替えて、競争心を煽るということですね」
「簡単に言ってしまえばそうです」
確かに、若い番号の方が強く感じる。
「以上です。質問はありますか?」
「この半年間、アリアをどのくらい貸してもらえる?」
「必要であれば……でも、本当に必要と判断した時のみです」
「現状二人っきりの部隊。俺に誰かを率いたり、育てたりする能力がないことは、お前も知っているだろう? アリアが必要じゃない時があると思うか?」
「……それは……そうですね。一本取られました。では、本当に私の部隊でアリアが必要な時に言います」
分からなくても考えていたからこそ、言えた言葉。俺のやっていたことは無駄じゃない。
シャーレが呆れたようにため息をついてから、少しだけ表情を緩める。
「まあ、いいわ。あなたたちらしくやりなさい」
「シャーレ」
「なに?」
「部隊名は決まった」
シャーレの手が止まる。アリアもこちらを見る。
「もう?」
「ああ」
さっき、アリアが言った言葉を聞いた時から頭にあった。
俺の夢を叶える番だ、と。ソラが三大極星になるその時まで、と。だったら、俺の部隊は俺だけのものじゃない。
「天聖隊」
「……天聖隊……天と聖」
シャーレが呟く。それから、ゆっくりと口の端を上げた。
「天属性と聖属性。ずいぶん分かりやすいこと」
「分かりやすい方がいいと言ったのはお前だ」
「ええ……そうね。言いました」
隣でアリアが息を呑む音がする。振り向くと、こいつは口元を手で覆っている。目を見開いたまま俺を見ている。頬がみるみる赤くなっていく。
「なんだ?」
「な、なんでもないわよ」
声が裏返っている。何をそんなに慌てているのか分からない。
シャーレがこらえきれないというふうに笑い出した。
「いいでしょう。天聖隊。上申しておきます」
それから、俺たちを交互に見て付け足す。
「ソラ。あなた、たまに恐ろしいことをしますね。部隊名にまで……。アリアが落ちるのも分かります」
俺は何もしていない。名前を決めただけだ。
♢
部屋を出ると、廊下の窓から午後の日が差し込んでいた。アリアは何も言わずに歩いている。少し前を行くその背中が、震えているのが分かる。
「アリア」
呼ぶとこいつは足を止めて、振り返った。
目が赤かった。
「……なんでもないの」
そう言って、袖で目元を拭う。
「ただ、少しだけ……嬉しくて」
あと半年とこいつは言っていた。その半年が待つだけの半年ではなくなった。今日から、こいつは俺の隣で軍を作る。
「なあ」
「なに?」
「シャーレが言っていた。手練れ百人を相手にできる数を揃えろと。集まらないかもしれない。集まっても俺のせいでいなくなるかもしれない」
人を集めた経験なんてない。育てようとして、三日で全員に逃げられた男だ。半年で何人集まるのか、何人残るのか、まるで見当がつかない。
だが、答えは決まっている。
「もし集まらなくても、二人で百人分になればいい」
アリアが俺を見上げた。
「……そうね。そうしましょう」
俺は気の利いたことを言おうとして、やっぱり何も思いつかない。
それでも絞り出した。
「これからは毎日、俺の隣で剣を振れ――天寿を全うするその時まで」
アリアの目から、涙が一粒こぼれた。
それを拭いもせずに、こいつは笑う。
「はい」
窓の外で鐘が鳴っている。
午後の日が廊下を金色に染めていた。
第4章 『立志編』 いかがでしたか?
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なろうのレビューはかなりハードルが高いので、カクヨムのほうで面白いの一言でもめっちゃ喜びます!
また、投稿時間を変更するかもしれないので、よろしくお願いします。
では、第5章でお会いしましょう。




