第86話 祝賀会
論功行賞式典の後の祝賀会は城ではなく街で開かれるらしい。アリアに連れられて向かった先は、王都の中心近くに建つ一軒の宿だった。
宿と言っても俺がこれまで泊まってきたような安宿とはまるで違う。玄関の柱には精巧な彫刻が並び、重厚な扉の隙間からは温かな明かりが漏れていた。貴族御用達の施設だと聞いて、俺は思わず足を止めてしまう。
「何をしているの? あなたが主役よ。それに、新しく授かった徽章にしなきゃダメよ。つけてあげるから貸して」
いつもの外套に着替えた俺の胸元で、古い徽章が上位騎士のものに取り換えられる。それから、アリアに背中を押されて、俺たちは中へと足を踏み入れた。広間はすでに、大勢の人々で埋め尽くされている。
騎士、貴族、その従者に傭兵。誰も彼もが着飾っていて、酒杯を手に談笑している。俺のような格好の人間はいない――と思ったが、よく見ればヴァーグナーたちが隅の卓を占領していた。バルトが両手に肉を持っている。
「ソラ! こっちだ! この肉、めちゃくちゃ美味いぞ!」
「バルト、少しは慎みなさいよ」
「褒美の額を聞いた時のお前の顔よりは、慎んでるわ!」
いつも通りだ。あいつらを見ていると、少し息がしやすくなる。
だが、そちらへ足を向ける前に、正面から低い声が飛んできた。
「ソラ、アリア」
紫紺の外套。
声の先に立っていたのは、騎士たちに囲まれたヴォリトだった。
二年半ぶりに見る顔だ。相変わらず表情は乏しく、何を考えているのか分からない。ただ、その体から漂うものが以前より遥かに重く感じられた。
「東の戦、話は聞いている。呪将を二人相手にして、生きて帰ったそうだな」
「運がよかった」
「運で呪将は斬れん」
それだけ言うと、ヴォリトは酒杯を口に運んだ。
その所作を見ながら、俺は妙な感覚に囚われていた。
昔、こいつに挑んでいた頃はすぐにでも届くと思っていた。強いが届かない距離じゃないと感じていた。
しかし、あれから成長した今だから分かる。こいつとの距離がたいして縮まっていない――いや、縮まった。でも、まだ差はある。それがはっきりと分かってしまう。
悔しい――でも、背中は見えてきた。
「孤児院から拾ってきたのは、間違っていなかったようだな。そして――」
視線を俺から、隣に立つアリアへと向ける。
「アリアと組ませたことも」
「……ああ、助かった」
「ありがとうございます」
アリアは少し頬を緩めて、お辞儀をする。
ヴォリトはもう一度、俺とアリアを交互に見てから、人混みの中へ消えていった。
その後も次から次へと人が来た。
氷刻星将コンラートに、炎獄星将グラハルト。
星将が話しかけてくるたびに、周囲の俺への目が変わる。
恐る恐るといった感じで、名前の知らない相手が挨拶に来る。すると、それを皮切りに、どこそこの騎士団の誰それ、何とか伯爵家の何番目、などといった者たちが話しかけてくる。
名乗られても、次の相手が来る頃には忘れている。アリアが隣でずっとフォローをしてくれていて、こいつがいなかったら、俺の頭は爆ぜていた。
「初めまして、天騎士殿」
五人目か六人目でそう呼ばれた時、俺は返事が遅れた。そうか……俺は上位騎士になった。天属性の魔力を授かっているから、天騎士と呼ばれるのか。
悪くない響きだった。あの星を目指すには、ちょうどいい名前だ。
そう思っている間にも人は途切れない。そのほとんどをアリアが捌いていく。
「ご丁寧にありがとうございます。ソラは口下手なもので、私からお礼を申し上げます」
そう言って頭を下げると、大抵の相手は満足して去っていく。中には俺と話をせずに、夢中でアリアの手を取って話す輩もいるが、慣れた様子でアリアがあしらう。
ようやく挨拶の列がなくなった……と、思いきや、聞いたことのある声が俺たちの名を呼んだ。
「ソラ、アリア。久しぶりね」
深紅の外套を纏った、赤い髪の女。胸には騎士の徽章。
「イザベル!?」
アリアが両手を広げて、互いに再会を喜ぶ。
「どうしたのよ?」と、アリア。
「グラハルト様から今回の件を聞いて、論功行賞に参加したいと志願したのよ」
イザベルの後ろには藍色の髪の少し小柄な男。顔には薄っすらと笑顔が浮かんでいる――カイトだ。
「久しぶり、ソラ……相変わらず、無茶をしているみたいだね」
「別に無茶じゃない。今回は運がよかった。斬った相手がたまたま妖霊呪将ってだけだ。実力じゃない」
「運も実力のうちって言うじゃないか? でも、今の話、興味深いね。教えてよ」
もう何回も話したことだ。さすがに俺でも、要所を掴んで説明できる。
「どこが運よ……【天喰霧】を唱えられる時点で、実力じゃない」
「そうだよ。相手は剣の達人なんでしょ? 天候が味方してくれたとはいえ、霧幻呪将を相手にしながら、ほかの人もって、普通じゃできないよ」
そうは言ってくれるが、俺としては少し違う。
やはり、目標を斬ってこそという思いがある。
「それで? ソラ、第十一軍ってどういうことよ?」
「どこを守るとか、決まってるの?」
「いや、まだ何も分からない。二人も知らないのか?」
二人が顔を見合わせる。
「私たちが知るわけないじゃない」
「そうだよ。でも僕たちはともかく、ソラも知らないなんて……絶対にソラは断らないって、分かっていたんだろうね。僕だったら断ってるし」
「……そうね。ともかく私たちにできることであれば、力になるから、何かあったら相談に来て」
そう言ってから、二人は別の騎士や貴族たちへ話しかけに行った。
「アリアは知っていたか? 十一軍のことを」
「いえ……まったく。基本、星国の情報であれば手に入る立ち位置なのだけど……もしかしたら、極秘裏に進めていることなのかもしれないわね」
俺たちがヴァーグナーたちの座る席に着いたのは、ここに来てから二時間が経ってのことだった。すでに周囲の卓の料理すら食い尽くし、酒も飲み尽くしたので、次の店で二次会をと言っている時だ。
♢
祝賀会の終わりが近づいた頃、給仕の一人が俺のそばへ来た。
「ソラ様。奥の部屋へ、お一人でお越しくださいとのことです」
アリアが何かを言おうとしたが、給仕は首を振る。
それだけでアリアは察したのか、何も言わずに俺を見送った。
案内された先は廊下の突き当たりにある小部屋だった。
中には女が一人だけ座っている。地味な色の衣に、後ろでまとめた栗色の髪。
「今日の沙汰、どういうことか説明してほしいかと思って」
ルミィ――閃光星将シャーレ。
「助かる」
「じゃあ、そこに座って」
俺が向かいに腰を下ろすと、シャーレは杯に水を注いだ。
「まず、第七軍が長く空いていることは知っているわよね?」
「ああ。俺がヴォリトの部隊にいる頃から、星将は六人というのは知っている」
「そう。七輝星将の一角が欠けたまま、もう何年も埋まっていないの。だから来年から、第七軍を志す実力者に、軍団を率いさせることにしたのよ」
シャーレが指を折る。
「第八軍、第九軍、第十軍。今のところ三つは確定。率いるのは全員が星柱よ」
「じゃあ、どうして俺が十一軍に指名された」
「あなたを傭兵団にくすぶらせるのは、もったいないという判断よ。これは私だけではない。ゴードン以外の星将の総意よ」
ゴードン。今の話からすると、こいつが金剛星将なのだろう。
他の星将は全員知っているからだ。
「呪将を討って、数年前に牙獣柱まで討っている。アストレアの鉱山で倒したヴェイルも、魔法を使えば騎柱か、星柱レベル。そんな人間を上位騎士に置いておくことすら、ありえない。あなたが建軍できれば、すぐに騎柱に昇格させるつもり」
「まるで、立てることができないと言いたげだな」
「ええ。弟子が三日と持たなかったことを考えれば、無理ね――あなただけでは」
三日も持たない……どこから聞いた?
「だから、丁度いいの。第十一軍はあなたに器があるかを試す場所。上手くいけば道が拓けるし、駄目なら解散して、その時は一人に戻るか、他の星将に付くかは私が決める」
突き放すような言い方だった。
「人員は?」
「自分で集めなさい。傭兵でも、他の部隊から引き抜くのでも構わない。ただ、まだあまり公にはしてほしくないの。他国が知ると、既存の軍が弱体化すると思って、攻めて来る可能性があるから」
「規模は?」
「任せる。でも軍を名乗るのだから、それなりの数は用意してほしい。最低でも百人相手にできるくらいには」
三日で全員が辞めていった俺が人を集めて、率いる。
冗談みたいな話だ。
「難しい顔をしているわね」
シャーレが小さく笑った。
「言っておくけど、あなたは一つだけ、他の三人より恵まれているのよ」
「何がだ?」
「もう気づいているくせに」
シャーレは少女のように笑いながら、封書をテーブルに差し出す。
「後でこれをアリアに見せなさい。それから明日の午後、二人で事務室に来ること。いいわね?」
もう自分の用件は済んだと言わんばかりに、シャーレは部屋を出る。
俺も続いて部屋を出ると、廊下にはアリアが待っていた。
シャーレであるルミィに一礼すると、アリアは心配そうに駆け寄ってくる。
「何かあったの?」
「いや、第十一軍のことだ」
「詳しく教えて?」
「ああ。でも、まずはこれを読んでほしい」
シャーレに渡された封書を開け、中を検めるアリア。
「これは……」
「なんて書いてある?」
「うん……明日教えるわ。今日は帰って休みましょう」




