第85話 論功行賞式典
翌日――
俺は傭兵団と共に、宿から王城へ向かう。身に纏う上から下まですべて新品。中でも昨日アリアが選んでくれたサーコートというものは、銀の生地に金糸で刺繍が施された外衣で、非常に目立つ。俺も一目見た時からなぜか気に入っていた。
「ソラ、今日のあんた、やけにかっこいいじゃないか? あたしをものにしたくなったのかい?」
「ぬかせ」
相変わらずのヴァーグナー。そして、このヴァーグナーが穿いているのはスカートだ。ヴァーグナーだけではない。プリシラもスカートだった。
ほかの団員は今回の論功行賞式典には参加できない。参加できる人数に制限があるため、ヴァーグナー傭兵団からは、団長であるヴァーグナーにバルトとプリシラだけ。それでも、ほかの団員から不満の声は出なかった。
柄じゃない。だから出ない。
俺もどちらかというと、その考えだ。
「ソラ、早くアリア様と会いたいよな。きっとアリア様の生脚は細くて、キメ細やかで、雪のように白くて……むふふふ……」
「変態。あっち行ってよね。同じ団員と思われたくないわ」
「んだとぉ! おめぇの脚なんか――」
いつものようにバルトとプリシラの問答が続くかと思いきや、急にバルトが調子を落とす。
「ま、まぁいい脚してるじゃんか」
「は、はぁ? き、きっも……」
プリシラも目を伏せる。
二人とも調子が悪いようだ。
王城は街の中心にあり、水が湛えられた堀と、街の城壁よりも高い壁によって守られていた。俺はその中に一度も入ったことがない。在学中、何度も【天衝脚】で飛び越えようと思っていたが、何とか我慢できた。
そして、王城へ続く門では街に入る時よりも厳重に身体検査が行われる。
騎士以外、剣をはじめとした武具の持ち込みは禁止。さらに、持ち込む飲食品にも制限がかかる。当然、傭兵団は丸腰だ。
ただ、王城に勤めている者や騎士以外の出入りが少ないため、ヴァーグナーたちもすぐに通された。
初めて入る敷地内。そこは圧巻だった。
手入れの行き届いた宮廷庭園には様々な花が咲き乱れ、奥には飛泉が湧き、清涼な雰囲気を醸し出している。王城に続く石畳一枚にも装飾が施され、その先には白亜の王城が聳えていた。
「ソラ、口が開いているわよ」
耳になじむ声。声がしたほうへ振り向くと、ブランドンを連れたアリアがいた。
「なかなか似合っているじゃない」
アリアが近寄って、花の香りを漂わせながら、俺の襟を直す。
背後からブランドンが不服そうにしているが、アリアはそれに気づいていないのか、そのままヴァーグナーのもとに向かう。
「ヴァーグナーさん、お久しぶりです」
「おっ、噂の別嬪さんじゃないかい」
「今日は私がヴァーグナーさんたちの案内を任されましたので、よろしくお願いします」
「ああ、助かるよ。こんなところに来たことないからねぇ……にしても、なんでアリアはスカートじゃないんだい?」
俺もそれは気になっていた。論功行賞に参加するであろう女性たちは、丈こそ違うが皆スカートだ。アリアだけがいつもより少し着飾った程度のズボン。
答えたのはブランドンだった。
「アリア様がスカートをお召しになると、よからぬ輩が増えるからだ。アリア様の肌を見ていいのは――」
「違うわよ。昔、ソラに言われたのです。私がスカートを穿いたときに、動きづらそうと。確かにその通りで、何かあった場合、スカートでは自由に動き回ることは不可能ですから」
これにバルトが反応する。
「はぁっ!? ソラ、お前が余計なことを言わなければ、今頃俺は眼福だったんだぞ!?」
「…………」
あの時は自分の感情に気づいていなかっただけだ。何と答えてよいか分からずにそう答えただけで、心臓が跳ねたのは覚えている。
まさか、あの一言をこいつが今も気にしているとは思わなかった。ただ、今になって後悔はしている。口が裂けてもそんなことは言えないが。
「では、参りましょう。私たちが最後です」
そう言って先導するアリアに俺たちはついていく。
到着したのは吹き抜けの大広間。奥は二段盛り上がったひな壇となっており、その中心にはあらん限りの装飾が施された椅子があった。アリアが言うには玉座だという。
玉座にはまだ誰も座っていない。
しかし、ひな壇から一つ下がった端に置かれた椅子には、五名の騎士が腰を据えていた。
轟雷星将ヴォリト。
疾風星将セフィーラ。
氷刻星将コンラート。
炎獄星将グラハルト。
そして、閃光星将部隊の外套を纏った仮面の騎士。
袖にはシャーレがルミィとして控えているから、あいつは影武者だ。
ただ、五人しかいない。金剛星将だけはいないようだ。
アリアに導かれ、俺たちが騎士たちの最後方に落ち着くと、進行役と思われる者が大音声で告げる。
「――陛下の御成りである!」
大広間の空気が変わった。
全員が一斉に膝を折るので、俺も見よう見まねで倣う。昨日のうちにアリアから何度も叩き込まれていた。頭を下げろ、勝手に喋るな、目を合わせるな。とにかく無難にしていろ、と。
衣擦れの音と、ゆっくりとした足音を、顔を伏せたまま視界の端で追う。
玉座に腰を下ろしたのは思っていたよりずっと若い男だった。三十を少し過ぎたくらいだろうか。頭に載せた王冠が影を落として、顔の全貌までは窺えないが、その隙間から覗く目だけははっきりと見えた。濁ってもいない。そして、据わっている。人の上に立つ者の目だ。
「面を上げよ」
声が広間に落ちる。
全員が顔を上げると、進行役が巻物を広げる。
「これより、論功行賞の儀を執り行う。まずは西方戦線――」
西で魔物の巣を潰した者、南で獣人から街を守った者、北で帝国の凶柱を討ち取った者。名が呼ばれ、前に出て跪き、褒賞を受け下がる。それがひたすら繰り返される。
俺には知らない名ばかりだ。だが、呼ばれるたびに大広間のどこかで、小さな歓声が上がる。同じ部隊の連中が喜んでいるのだろう。
半分ほど過ぎたあたりで、バルトが小声で漏らした。
「……なあ、まだかかるのか?」
「静かにしな」
ヴァーグナーに小突かれて、バルトが黙る。
同時、進行役の声色が変わる。
「――東方戦線」
その東方戦線から、まず名を呼ばれたのは疾風星将の部隊の者たちだった。
次々と進み出る。俺の見知った顔もいくつかある。国境の泥の中で白装束を相手に踏みとどまっていた連中だ。
次々と名を呼ばれ、褒美を受けとる。
ネイもその一人。受け取ったのは証書と小さな星の徽章。
アリア曰く、徽章を一定数集めることで、上位騎士への道が拓かれるという。
他の戦線と比べても、呼ばれる人数が多くて、褒美の額も大きい。
「次――ヴァーグナー傭兵団」
ヴァーグナーが前に出る。バルトとプリシラは隣で控えたままだ。
「疾風星将部隊と共に呪国の兵を退け、多大な戦果を上げた。その働きは騎士に劣らぬものである。褒賞として――」
読み上げられた金額にバルトが「ひぇっ」と変な声を出しかけて、慌てて口を押さえた。ヴァーグナーは顔色を変えずに頭を下げている。
そのヴァーグナー。戻って来るや否やにかっと笑みを浮かべる。
「ソラ、こりゃあ二、三年は豪遊できるね。地味に暮らせば、もっとだよ」
証書に書かれた金額にご満悦のヴァーグナーがウィンクを一つ。
今回ばかりはそのウィンクを受け取ることにした。
やがて大広間が静まると、進行役が一度巻物から目を離して、こちらを見た気がした。
「此度の戦、第一功――騎士ソラ!」
呼ばれると同時、隣にいたアリアが俺を見て、微笑みながら頷く。
アリアと見合ってから立ち上がると、百以上の視線が一斉に集まってくるのが分かった。星将たちも、貴族たちも、騎士たちも、全員がこっちを見ている。その中を前に出ると、一歩ごとに大広間が静かになっていった。
玉座の前まで進んで、教えられた通りに跪く。赤の絨毯はふかふかだ。
「東方戦線において、呪国三大呪将が一人、妖霊呪将ユウゲン・レイスを討ち取った。これを討ったる功、比類なし。よって――ソラを上位騎士に叙する」
どよめきが広がる中、俺はアリアに言われた通り、顔を伏せたままそれを聞いていた。ただ、腹の底から喜びが込み上げてくる。誰も育てられなかった俺が……半年遅れたが、アリアの隣に並ぶことができた!
「なお、上位騎士への叙位には、本来、部下を育て、率いた実績を要する。ソラは如何なる部隊にも属さず、率いたる者もなし。されど、此度の武功はその条を問うに値せぬほど桁外れである。よって、特例をもってこれを叙する。さらに、褒賞として白金貨十枚を授ける」
白金貨十枚がどれくらいの額なのか、俺には見当もつかない。ただ、金に関してはどうでもよかった。金で強くなれるなら、とっくにそうしている。
そこで、玉座の脇から一人の女が進み出た。
ルミィ――いや、閃光星将シャーレだ。
ひな壇に座っている仮面の騎士は微動だにしない。あれは影武者で、本物はここにいる。それを知っているのは、この広間で何人いるのか分からない。少なくともネイは、こいつがシャーレであるというのは知らないはずだ。
「陛下に代わり、私が問います。ソラ。此度の功、まことに大儀である。褒賞のほか、望みがあらば述べよ――とのことです」
望み、か……昨日、アリアに念を押されたことを思い出す。もし何か訊かれても、余計なことは言わないで。困ったら何も言わなくていいから、と。
ただ、一つ。欲しいものがあった。気づけばそれを口にしていた。
「有角馬がほしい」
「ほう……なぜ、有角馬を?」
「有角馬があれば、どこの戦場にでもすぐ駆け付けることができるからだ」
シャーレの表情は真剣そのもの。ただし、目の奥だけは笑っているのが分かる。
シャーレが玉座の一つ下の段に座るセフィーラを見据えると、若い姿の女は頷く。
「いいでしょう。今、疾風星将様の許可は下りました。ただし、有角馬は誰にでも懐くものではない。霊峰ランダールに自らの足で赴き、自らの力で手に入れる馬……というのは、知っていますね?」
「ああ、聞いている」
「よろしい。最後に陛下より直々にお言葉を賜る。そのままの姿勢で拝聴せよ」
頭を下げたままにしていると、目の前の男から言葉が降りてくる。
威圧感がある声……ただ、それは作られたものという印象だ。
「ソラ、夢を申せ」
夢? なぜ? と、思ったが、自然に言葉が出ていた。
「三大極星になることだ!」
一拍おいて、ざわめきが波のように広がっていく。押し殺した笑い。舌打ち。何を言っているのかまでは聞き取れないが、何を言われているのかは分かる。小僧が何を言い出したのか、というところだろう。
それをシャーレが止めた。
「ソラは幼い頃より轟雷星将様の元で下働きをし、時にはレオガルド獣王国の獣柱を討ち取り、氷刻星将様の下では軍閥貴族の謀略を見破った。閃光星将様からも一目置かれ、第一軍にと勧誘を受けたが、剣一本で生きていく覚悟を示し、断った。そして、それを証明するように、今回の疾風星将様の下ではかつてより睨み合っていた妖霊呪将を討ち取った。しかも、霧幻呪将と斬り結びながらだ。この者よりも武功があり、各星将から名をめでたく記憶されている者、今すぐ名乗りを上げよ!」
静まり返る大広間。
なぜ、ルミィとしてここにいるシャーレが喝を入れたのか? という疑問の声は上がらなかった。
水を打ったような静寂の中で、国王の声だけが響く。
「ソラ。三大極星を望むと申したな」
「ああ」
「ならば、率いよ」
――なんだって?
「第十一軍を新たに編成する。その長をそなたに任ずる」
「……は?」
間の抜けた声が、静寂に包まれた大広間に響き渡った。




