第72話 ☆アリア・セレスティアは迷わない☆
「いいの? 行かせて?」
背後から、イザベルが声をかけてきた。私は門を見たまま、未だに流れる涙を指先で拭う。ソラが出ていった門。もう、その背中は見えない。
「……ええ」
声が……少しだけ掠れた。
「アリアが行かないで、閃光星将様の部隊に一緒に来てって言えば……ソラなら、残ってくれたんじゃない? あいつ、不愛想だけど、優しいところあるし――って」
イザベルがばつが悪そうに肩をすくめる。
「私よりずっとソラを知ってるあなたに言うことじゃないわよね」
そうかもしれない。引き止めれば、ソラは残ってくれたかもしれない。
ソラがどこの部隊にも入らないと聞いた時から、何度そうしようと思ったか分からない。一緒に来て、と。同じ部隊でこれまでみたいに隣で剣を振ろう、と。
喉までその言葉は出かかっていた。
でも、言えなかった。
ソラはいつも天を仰いでいる。あの澄んだ目で空を見上げ、三大極星になると語っていた。途方もない夢を恥ずかしげもなく、当たり前のことみたいに。
私はそんな彼が好きだった。
まさか、こんなに誰かを好きになるなんて思ってもみなかった。
最初に会った時はずいぶん生意気な奴だと思った。轟雷星将であるヴォリト様を平気で呼び捨てにして、敬語ひとつ使わない。何なのこいつは、と。
でも、いつの間にか私はソラを目で追うようになっていた。
剣に向かうときの真剣さ。何があってもぶれないまっすぐな姿勢。笑われても曲げない夢。誰に対しても変わらない態度。どんな強敵を前にしても決してあきらめない心。そして、言葉で表せない優しさ。
思えば、私がソラから目を離せなくなったのは、彼が騎士見習いになる、あの前後から。
そんなソラを私の言葉で変えることなんてできない。
もし引き止めて、部隊に縛られたソラになったとしても、きっと私はその彼も好きになる。それだけの自信はある。
でも――今より好きになれる気はしない。
天を仰ぐのをやめたソラを、私はきっと見たくない。
それに、私には私のけじめがある。セレスティアのこと。街のこと。リオンのこと。シャーレ様との約束も。
全部、片付けなければ。中途半端なまま隣に立っても、足を引っ張るだけ。だから片付ける。私の手で全部。
そして――片付けてから必ず彼のもとへ行く。
二年。私がすべてを果たし終えたらソラを追いかける。
父や母やリオンに反対されても――。
――待って。
ふと、あの言葉が甦る。
『ソラ、アリアを頼む』
父がソラに言い続けた言葉。何度も、何度も。あの厳しい父が出会って間もない平民の男に娘を頼むと繰り返す。
当時は賊やベルモントの脅威から私を守ってほしい、その意味だと思っていた。
でも、脅威が去った最後の見送りでさえ、父はまた同じことを言った。もう守るべき危険などどこにもないのに。
……そういうことだったの。
父には見えていた。私とソラの間にあるものが私たちより先に。
母もそうだ。ソラに頭を下げ、これからもよろしくと言った母。リオンだって――「姉様は鈍いので、そばでよろしくお願いします」なんて、あの子は。
私だけが気づいていなかった。ソラの気持ちに。家族の誰もがとっくに見抜いていたのに、いちばん近くにいた私だけが最後まで。
……リオンの言う通り、鈍いのは私の方だったのね。
「アリア?」
「……何でもないわ」
私はもう一度だけ、門の向こうを見る。
空が高く晴れていた。
ソラがいつも見上げていた空だ。ソラは今もあの空の下を歩いているのだろう。胸に光る三つの星を七つにするために――そして、三大極星になるために。
いつか――ソラの胸の三つ星が六つになり、七つになって、三大極星と呼ばれるその日。私は隣でそれを見ていたい。同じ空を彼と見上げていたい。
だから、それまでは。
「アリア、あいつね、あんなんだけど、意外とモテるのよ?」
イザベルがからかうように言ってくる。
「知ってるわ」
「あら。不安にならないの?」
不安にならない、と言えば嘘になる。あの鈍感なソラのことだ。想いを寄せられてもきっと気づかない。それはそれで少し腹立たしい。
でも――
「ええ。信じてるもの」
ナイトクローラーの髪留めに触れてから、もう一度、空を見上げる。
ソラを信じる。
そのことだけは迷わない――私がそう決めたから。
『第3章 ステラ星煌学校編 後編』
これにて3章完結です。
ちなみに当初のプロットでは、ここまでを2章で描き切るつもりでした。
4章はかなりコンパクトにまとめるつもりです。
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