第70話 それぞれの道
卒業まであと十日を切った。
王都へ戻ってからも、俺とアリアの日課は変わらなかった。
朝は早く校庭に向かう。しかし、いつものようにアリアの方が先に来ている。
「今日はかなり早く起きた」
「奇遇ね。私もよ」
こいつには早起きでも勝てない。素振りから始めて、剣を交える。放課後もまた剣を交える。アストレアで鶴嘴を振り続けた腕はいい具合に仕上がっていて、木剣の一振りの重みが増していた。
アリアの剣も相変わらず鋭い。ライナスに呼ばれるとシャーレに鍛えられ、その度に刺突が速く、鋭くなる。受け損なえば一本取られる。気を抜けない。
だからだろうか。
打ち合いの最中、ふとアリアの横顔に目がいった。汗で頬に張りついた銀の髪。真剣な眼差し。それを綺麗だと思った瞬間、木剣の先が鈍った。
「――そこ、隙あり!」
喉元に切っ先を当てられる。
「……悪い。もう一本だ」
「珍しいわね、ソラが気を抜くなんて」
アリアが不思議そうに首を傾げる。俺は答えず、木剣を構え直した。
厄介な想いだ。自覚してからというもの、こういう瞬間がたまにある。だが、剣に集中すれば消える。集中しろ。今は剣だ。翌日から俺はアリアよりも早く起きて、剣にいっそう本気で向き合った。よそ見をしないためにも。
卒業を控えて、皆の進路が続々と決まっていった。
今年、一年で卒業するのは七人。俺たちの学年でずば抜けた七人だけが、元服を早める。残りは来年、二年での卒業だ。
その七人の序列も、卒業を前に正式に発表された。
一位はアリア。文句なしだ。実技も座学も統率も非の打ちどころがない。
二位はイザベル。そして三位が俺だ。
実技だけなら俺が一番だと言われている。牙獣柱も、ガルムラーグも、ヴェイルも倒した。だが、座学がまるで駄目だ。剣ばかり振ってきたツケがそのまま順位に出ている。
「ソラ、あなた座学あれで三位なのよ? むしろ化け物じみてるわ」
食堂でイザベルがけらけら笑った。
「実技の点数が良くても、座学があんまりだと、普通は三位まで来られないの。あなたの実技、それだけずば抜けてるってことよ」
カイトも隣で苦笑している。
「僕なんて七位だからね。卒業できるだけで御の字さ」
でもその笑顔は以前のような作られたものではない。
四位はガロ。五位と六位は、俺があまり話したことのない、頭の切れる二人だ。そして七位がカイト。
進路もそれぞれ決まっていた。
イザベルとカイトは炎獄星将のもとへ。
「決まりよ。父が属している部隊。ダリオもいるしね」
「イザベルと同じ部隊なら心強いよ」
二人が顔を見合わせて笑う。この二人はきっとうまくやる。
ガロは金剛星将のもとへ。
「……関門を、造る」
無口なガロがぽつりとそれだけ言った。あの土の魔力なら天職だろう。
五位と六位の二人もそれぞれ別の部隊へ。皆、行き先が決まっている。
そんな中、俺だけがまだどこへ行くとも言っていなかった。
♢
二年たちも卒業間際に王都へ戻ってきた。
ダリオたちだ。氷刻星将の部隊で腕を上げて、来年には正式な騎士になる連中。
「よう、ソラ! 久しぶりだな!」
校庭に顔を出したダリオが遠くから手を振る。
「相変わらず振ってんな。少しは俺に稽古つけてくれよ」
「いいぞ。今からやるか」
「うおっ、冗談だって! お前とやったら死ぬわ!」
ダリオが大げさに後ずさる。その後ろから薄緑の髪を束ねた女が歩いてきた。ネイだ。
「……相変わらずみたいね」
切れ長の目が俺とアリアを順に見る。値踏みするような、あの視線だ。
「アタイは来年、疾風星将様のとこ。みんなと別れられてホッとするよ」
「なんだとっ!? それはこっちのセリフだ!」
ネイが涼しい顔で受け流す。ダリオが顔をしかめた。二年の連中は相変わらずこの調子らしい。
「で、あんたはどこ行くの」
ネイの視線が、俺に戻る。
俺は……決めている。決めているが、答えられなかった。
♢
その日の放課後だった。
校庭へ向かおうとした俺に事務室から声がかかる。
「ソラ。少しいいかしら」
ルミィだった。
いや――シャーレ、と言うべきか。閃光星将シャーレ・ルミナス。あの街道でドレイクを裁いた人物。
だが、今ここにいるのはいつもの事務員のルミィだ。俺より背が低くて、あの日の仮面の冷たさが嘘のように穏やかに微笑んでいる。
俺は事務室に入った。
「まあ座って……あの件から、こうしてちゃんと話すのは初めてね」
「ああ」
「アリアから聞いていると思うけれど、改めて。私が閃光星将シャーレ・ルミナス。この学校ではルミィで通しているから、そこはよろしくね」
シャーレが微笑む。俺は頷いた。口が堅いのは得意だ。
「それで、本題」
シャーレの目が少しだけ真面目になる。
「ソラ。卒業したら、私の部隊に来ない? 閃光星将の部隊――第一軍に。うちはね、全軍で一番出世が早いの。実力さえあれば、身分も家柄も関係なく上がっていける。あなたのような子にはうってつけだと思うのだけど」
俺はすぐには答えなかった。
ルミィは急かさない。ただ、こちらの目をまっすぐ見て、答えを待っている。
そして、思い出したように付け加えた。
「一つだけ言っておくことがあるの」
シャーレが目を細める。
「私の部隊にはね――アリアが入るのよ」
一瞬、言葉の意味が飲み込めなかった。
「……アリアが?」
アリアはアストレアに帰るものだとばかり思っていた。あの家を、あの街を、あいつが放っておくはずがない。そう勝手に思い込んでいた。
「そう。最低でも二年間、アリアは私の部隊に籍を置く……私との約束でね。アリアは非常に優秀。でも出自は軍閥貴族。あの子のことだから、星国にたてつくようなことはしない。義理堅いのは分かってる。でも、万が一があるでしょう? だから私が教育を施すのよ」
二年。
アリアがアストレアに帰らない。
シャーレが静かに俺を見て、答えを待っている。
俺は――
明日は12時と20時の更新です!




