第68話 決着
ルパナルへ続く街道を俺とアリアは馬で駆けている。
やがて、視界の先に馬車の列が見えた。ベルモント子爵家の旗。その行く手をたった一騎の騎馬が塞いでいる。
よく見れば、その馬には角があった――有角馬。
獣人との戦いの時、疾風星将の騎士たちが乗っていた馬だ。額の角と、あの風みたいな速さは忘れようがない。
だが、乗り手の外套は白地に四芒星――閃光星将の部隊のものだ。
どうして閃光星将の騎士が有角馬に乗っている? 疑問は浮かぶ。だが、それより先に肌が知らせてくる。剣呑な空気がここまで伝わってくる。
馬車の周りではベルモント子爵家の騎士たちが抜刀していた。ドレイクの命令だろう。だが、その切っ先は揺れている。腰が引け、顔は青い。斬り合う気なんて、まるでない。士気が削がれているのが遠目にも分かった。
当然だ。あいつらはもう知っている。自分たちの主家が何をしていたのかを。
仮面の騎士が得物を抜いた。
剣――いや、違う。明らかに剣より細い。針のような刃が陽を弾いて光る。
まずい。始まる。
「アリア!」
「ええ!」
俺は【天翔纏】を、アリアは【聖翼纏】を纏う。馬から飛び降り、最後の距離を一息で詰めた。
金と銀が馬車と騎馬の間へ滑り込む。
仮面がこちらを向いた。
アリアが銀の光を解き、胸に手を当て――その場に片膝をつく。
「お久しぶりでございます。シャーレ様」
……何を言っている?
シャーレ? こいつが?
王都で遠目に見た閃光星将シャーレは、長身痩躯の男だったはずだ。だが、目の前の騎士は俺よりも背が低い。アリアと同じくらいしかない。
仮面の騎士は何も言わない。肯定も否定もせず、ただ黙って細い得物を鞘に納めた。
アリアが続ける。
「シャーレ様がここにおられるということは、陛下の勅命あってのことと存じます。で、あれば――ベルモント子爵家は取り潰しということでしょうか」
仮面が小さく頷いた。
「で、あれば。情状の余地はあるかと」
その言葉に、馬車の脇で青ざめていたドレイクがみるみる血色を取り戻した。
「さ、さすがアリア嬢! これまでの貴家に対する我らの貢献は――」
「ベルモント子爵家の騎士たちは、おそらく何も知りません。西から武器を密輸している件も、銀山を閉山に追い込んだ件も」
アリアはドレイクを見もしなかった。
情状の余地。それはこいつのためじゃない。騎士たちのためだ。
ずっと黙っていた仮面の騎士がついに口を開く。
「銀山の件とは?」
――聞いたことのある声だった。
忘れもしない。学校で、俺から一本取った事務員。
ルミィだ!
ルミィがシャーレ? だが、王都で見たシャーレは男で……駄目だ。考えても分からん。後回しだ。
「我がセレスティア子爵家の銀山は、この男の謀略により閉山へ追い込まれました」
アリアが淡々と告げる。仮面の奥から冷えた声が落ちた。
「……同国の貴族にまで手を出す俗物とはな。これだから軍閥貴族は……」
馬上から見下ろされたドレイクが口をぱくぱくとさせる。もう「貢献」の続きは出てこない。
「悪事を働いたのはドレイク・ベルモントと騎士団長ヴェイル・カルマインのみ。それ以外の者たちは知りもしないはずです。騎士団員には情状酌量を求めます。今回抜刀はしましたが、その士気が削がれていたことも、どうか鑑みていただきたく」
アリアが深く頭を下げる。仮面の奥の視線がじっとアリアに注がれた。
「いいでしょう。ただし、ルパナルは星国の直轄となるが?」
ドレイクに向ける声は刃みたいに冷たいのに、アリアに向ける声は違う。この声色は――やっぱり、ルミィのそれだ。
「もちろんでございます。領土拡大の野心など、セレスティアは抱いておりませぬ。ただ、もしその者たちが行き場を失った場合には、セレスティア子爵家にて雇いたいと思っております」
仮面の騎士は答えない。アリアが続けた。
「シャーレ様はご存じかと思いますが、恥ずかしながら、セレスティア家には騎士を雇う余裕すらございません。ですが、銀山が開けば話は変わります。潤えば、以前のように陛下へかなりの税を納めることも可能となります」
難しい話は半分も分からない。だが、要点は拾える。
ルパナルは国のものになる。行き場を失う騎士たちをアリアの家が拾う。銀山が開けばその金も払える。国も潤う。
誰も損をしない絵をこいつはこの場で描いている。
仮面の騎士がゆっくりと頷く。
「分かりました。では、現状はセレスティアに任せることにします。ただ――ベルモント子爵家の沙汰は任されていますが、セレスティア子爵家に関しては、私に決定権がありません。正式な決定は王都に戻ってからでも? 陛下、宰相と共に詰めなければなりません」
「はっ! 聞き入れていただき、ありがたく」
二人の話が終わったのを確認して、俺は口を開いた。
「ドレイクはどうする」
「極刑です」
仮面の騎士が短く答えた。
極刑。つまり、ここで死ぬということだ。
「じゃあ、ここで俺が裁いてもいいか」
「ソラが?」
アリアが目を見開く。
「そうだ。こいつが元凶なら、俺が――」
「いえ、ソラ。その役目は、私に――セレスティアにやらせて」
アリアの声は静かだった。だが、退く気のない静かさだ。
「……大丈夫なのか」
「――また私を気遣ってのことだったのね。陥れた張本人とはいえ、知っている仲だから、ということで」
「…………」
そんなつもりは……なかったと言えば、嘘になる。縁談まで持ちかけられた相手だ。朗らかに笑いかけられた相手だ。それを自分の手で斬るのは重いだろうと、そう思った。
だが、アリアの目は揺れていない。
「分かった。お前に任せる」
「ありがとう。シャーレ様もよろしいですか?」
「構いません」
「ありがとうございます。では、今すぐにでもこの男の首を刎ねたいところですが、父と母もこの男には苦しめられてきました。ドレイク・ベルモントを拘束して、アストレアに連れ帰ってもよろしいでしょうか? 極刑となる前に、父と母にも聞き出したいことがあるかと思いますので」
「……いいでしょう。必ず極刑にすること、私の部下が見届けることを条件とします。それと、二人はこのまま私と共にルパナルに来ること。ベルモント子爵の――ドレイクの屋敷を捜索します」
剣を収めたシャーレは、有角馬に飛び乗り、馬上から俺たちを見据える。
「承知しました」
アリアが答えて、俺もうなずく。
しばらくすると、街道の東から砂塵を上げて、百騎ほどが駆けてきた。
その中にライナスの姿もある。
ドレイクたちはライナスたちに引き渡され、アストレアへ。
そして、俺とアリアはシャーレと共にルパナルへ。
ルパナルに着く頃には日が暮れていた。




