第67話 陛下の名のもとに
目を開けると知らない天井があった。柔らかい寝台。体には清潔な夜着……着替えさせられている。誰が? 考えかけてやめた。
それより、この部屋はどこだ。鼻先を――体中をとてもいい匂いが包み込む。花のような陽だまりのような――アリアの匂いだ。
「あっ、起きた。大丈夫……ですか?」
傍らからの声に目を向けると、弟のリオンだった。寝台の脇の椅子に座っている。
「大丈夫だ――」
起き上がろうとすると、リオンが慌てて両手を突き出した。
「だ、駄目です! 動かないで! すぐ姉様を連れてきますから!」
言うが早いか、部屋を飛び出していく。
一分もしないうちに廊下を駆ける足音がして、アリアが飛び込んできた。
「ソラ! 気分は? 傷は? 痛むところはない?」
「平気だ……ここはどこだ」
「私の部屋よ。昨日の昼からずっと眠っていたの」
丸一日か。道理で腹が減っているわけだ。
「それより、ドレイクはどうなった?」
アリアの顔が曇る。
「……昨日のうちに、父様と一緒に問い質したわ。でも、知らぬ存ぜぬの一点張り。すべてヴェイルが勝手にやったこと、自分は何も関与していない、と」
「……開き直ったか」
「ええ。それどころか――騎士団を貸した恩と、これまでの厚意で、この件は帳消しにしてもらう、ですって」
帳消し……人が死んでいるのにか。
俺はヴェイルとの戦いの中で聞いたことを話した。
昔、鉱夫たちを殺したのは自分だと、あいつ自身が言ったこと。透明になれば、血の痕さえ隠せると。銀山の呪いの正体はあの男だったこと。
アリアが唇を噛む。
「……そう。やっぱり」
アリアへの愚弄の数々は言わない。あれは、あいつの首と一緒に落ちた。
「今日はゆっくり休んで。食事を持ってくるわ。明日に備えましょう」
「大丈夫だ。もう動け――」
立ち上がった途端、視界がぐらりと揺れた。
踏ん張りが利かない。傾いだ体を柔らかいものが受け止める。
アリアだった。
俺を正面から抱きかかえて支えている。
近い――息が、髪が、匂いが、体温が。
心臓が跳ねた。
顔に、かっと熱が上る。
これは……まずい。自覚した途端にこれか。厄介にもほどがある。
「……顔が赤いわ。熱かしら? 傷に障ったのかも」
アリアが心配そうに俺の額へ手を当てる。
違う。そうじゃない。だが、言えるはずもない。
「【聖光癒】」
淡い光。治るのは傷だけでこの熱は引かない。
当たり前だ。怪我じゃないのだから。
そのまま寝台へ寝かされる。
その一部始終を扉のところでリオンが見ていた。ひどく複雑そうな顔で。
それからぼそりと呟く。
「……似た者同士。どっちも相手の気持ちが分かってない」
「リオン? 何か言った?」
「何でもないよ、姉様……見てらんないから、僕は行くね」
リオンは首を振りながら、部屋を出て行った。
やがて、食事が運ばれてきた。匙を持とうとしたら、アリアに取り上げられる。
「食べさせてあげるわよ」
「……自分で食える」
「怪我人は黙って。ほら」
抗っても無駄だった。俺は観念して口を開ける。甲斐甲斐しく世話を焼くアリアの顔が近い。味なんて半分も分からなかった。
腹が満ちると、また瞼が重くなってくる。
温かい飯と、淡い光と、この匂いと、微かに感じるアリアの体温。
俺はまた、深い眠りに落ちた。
♢
翌朝。体はすっかり軽くなっていた。
「姉様が自分のベッドを貸すなんて……光栄に思えよ」
出会った日のように俺を一瞬睨むリオン。しかし、次には頭を下げていた。
「姉様を……セレスティアを守ってもらって……ありがとうございます」
「たまたまだ。気にするな」
下げた頭にポンと手を置いて、部屋を後にする。
朝食後――アリアと連れ立って、二人でドレイクの宿へ向かう。昨日の続きだ。今度こそ、あの朗らかな面の皮を剥ぐ。
だが、宿はもぬけの殻だった。
「ベルモント子爵様なら、少し前にお発ちになりました。ルパナルへお戻りになると……」
宿の主人が申し訳なさそうに言う。
逃げた。
俺とアリアは顔を見合わせ、同時に駆け出す。屋敷から馬を駆り出し、ルパナルへ続く街道へ馬首を向ける。
♢♢♢
――ヴェイルの奴め。しくじりおって。
揺れる馬車の中で、私は舌打ちを噛み殺していた。
あの甥は昔から腕だけは立った。だからこそ飼っていたのだ。汚れ仕事のすべてをあれ一人に任せて。
だが、案ずることはない。こういう日が来てもいいように、尻尾はいつでも切れるようにしてある。企みはすべて私とヴェイルとの二人だけのもの。他の誰も関わっていない。書付は全てあの部屋だ。死人は喋らん。バレようがないのだ。
それにしても……あの人斬りが死んでくれたのは、むしろ良かったのかもしれん。ルパナルの治安が悪い一番の原因は、あれだったのだからな。飼い犬の癖に、人を斬らねば気の済まん男だった。
しばらく大人しくしていればいい。ほとぼりが冷めれば、銀山を狙う機会はまた生まれる。
あの銀山は世界有数などという生易しいものではない。世界一の銀山だ。この目で何度も坑道に入って、下調べをした。あの眠っている鉱脈の太さ。セレスティア子爵家などに持たせておくには、もったいなさすぎる。
だからヴェイルを使ったのだ。銀山を閉山させて、交易路をルパナルに移せば、セレスティア子爵家はか細る。さすれば吸収しやすく、吸収できずとも従わせることができる。
ベルモント騎士団がいる時は呪い騒ぎを起こさず、いない時に鉱夫が消えていく。そういう算段だった。
しかし、あいつが斬りたい衝動を抑えられず、勝手に殺しに行った。ベルモント子爵家の騎士団がいるにもかかわらず……ただ、結果だけみれば上々だった。少なくともあの時点までは。
ただ、不気味さはあった。雇った賊共が、ああもあっさりと討ち取られるとは。ヴェイルは気にする必要はないと言っていたが、私の懸念が当たった形だ。
アリアもそうだ。初めは息子に、と思った。だが、あれは息子にすらもったいない女だ。ヴェイルが欲を出してアリアを寄越せなどと言ってきたが、あいつは娼婦で十分。身の程を弁えぬから罰が当たったのだ。
いずれにせよ、今はほとぼりが冷めるのを待つのが優先。
――そう思った矢先のことだった。
「し、失礼いたします! 東より一騎、こちらへ向かってきます!」
騎士が馬車の外から声を上げた。
街道を駆ける伝馬か。どこかへ文でも届けているのだろう。
だが、別の騎士が妙なことを言う。
「あ、あれはただの馬じゃない――有角馬だ!」
有角馬。
確か、東の疾風星将の騎士だけが騎乗を許される馬だったはずだ。額に角を持ち、風のように駆けるという獣。話には聞くが、見たことはない。
物見遊山の気分で、私は馬車の窓から覗く。
いた。
街道の彼方から、砂塵を裂いて一騎が駆けてくる。額に角。信じられん速さだ。みるみる大きくなる。
騎乗しているのは、仮面を被った騎士だった。
近づくにつれて分かる。外套が違う。疾風星将の部隊の色ではない。
西を守る氷刻星将でも、街道の整備をする金剛星将の部隊でもない。
白地に四芒星の紋。
間違いない。あれは――閃光星将の部隊の者だ。
閃光星将の騎士が、なぜ有角馬に乗っている?
わけが分からん。私は馬車を止めさせ、自ら降りた。
有角馬が、目の前で足を止める。仮面の騎士は馬上から、私を見下ろしてきた。
……無礼な奴め。誰に向かって。
「私はドレイク・ベルモント。ベルモント子爵家当主である。星将部隊のお方とお見受けするが、何用かな」
努めて鷹揚に名乗ってやる。すると、仮面の騎士が口を開いた。
「ドレイク・ベルモント。貴様に国家反逆の容疑がかけられている」
女の声だった。
ただ、この時の私はまだ気づいていない。女の胸に剣と盾の徽章があることに。そして、その周りを七つの星が飾っていること――七輝星将の証と知らずに。
「……何かの間違いであろう。私は陛下に弓引くようなことなど、何ひとつ――」
「西方諸国との取引の証拠は挙がっている。少し前から西の検閲を緩めて、その流れを追っていた。ルパナルから賊への武具の授受の瞬間を、しっかりと捉えさせてもらった。陛下より、貴様の件はすべて私に任されている」
背筋に冷たいものが走った。
ここ最近、西方諸国からの密輸はことごとく検挙されていた。それが、ある時を境に検閲が緩くなり、こちらも大胆になっていた――その隙を突かれた。
泳がされていたのか……この私が――。
「だ、誰だ……お前は」
仮面の騎士は、静かに告げた。
「閃光星将シャーレ・ルミナス。陛下の名のもとに――ドレイク・ベルモント。今日をもって、ベルモント子爵家を取り潰す」
四芒星で伝わるか分からないので説明を。
『キラキラ』で変換すると出てくる、ひし形の辺が中心に向かって窪んでるやつです。あれの名称を知っている人がいれば教えてください。
また、表記揺れが頻発しています。
中でも、ソラ視点で『ピンク』『ベッド』と地の文やセリフで書いていますが、
後日、『淡い桃色』『寝台』に修正していくつもりです。
アリアが言う分にはいいのですが、ソラにカタカナはあまり合わないので。
『分かる』「わかる」や『頷く』『うなずく』もなるべく揃えているつもりなのですが、こればかりはどうしようもなく……ごめんなさい。
ブクマと★★★★★お願いします!!!




