第65話 誰が鉱夫を殺したか
その夜、街に戻った俺たちはエルツたちに全てを話す。
消えた仲間は銀山の麓に埋められていた。胸には刃物の傷。事故でも、神隠しでもない。寄り合い所が水を打ったように静まり返った。それから堰を切ったようにざわめきが溢れる。
「や、やっぱり呪いだ……山の祟りだ……」
「戻ってきちゃいけなかったんだ……」
「次は誰の番だ……」
青ざめた鉱夫たちの声が、狭い小屋の中でぶつかり合う。あの日の恐怖が、まだ骨身に染みている男たちだ。無理もない。
その空気を断ち切ったのはアリアだった。
「皆さん、聞いてください」
凛とした声だった。ざわめきが少しずつ収まっていく。
「遺体は埋めて隠されていました……呪いや妖は死体を隠したりしません。祟りなら隠す理由がない。隠すのは見つかっては困る者――つまり、人です」
誰かの息をのむ音が聞こえた。
「これは人の仕業です。私はそう確信しています」
鉱夫たちが顔を見合わせた。誰かがゆっくりと頷く。それが波のように広がっていく。呪いじゃない……人だと。その言葉は恐怖の形を変えた。得体の知れない祟りへの怯えが――人への疑いに変わっていく。
「じゃ、じゃあ……誰がやったんだ」
「この中にいるってのか……?」
視線が互いの顔の上を泳ぎ始めた。
その夜のうちに皆で昼のことを突き合わせる。
消えた男が最後に見られた時、誰がどこで何をしていたかを。
鉱夫たちは互いに証を立て合った。切羽で組んで働いていた者、石を運んでいた者、支保を組んでいた者。二十人の居場所は、全部埋まった。
ベルモント子爵家の騎士たちも同じだ。五十人はあの日も、率先して山を掘っていた。慣れない連中だから、高齢の鉱夫たちが付きっきりで指図をしていたのだ。誰がどこで鶴嘴を振っていたか、爺さんたちは一人残らず覚えている。
全員にその時の居場所があった。
誰一人、欠けていない。
誰一人、怪しい者がいない。
なのに、鉱夫は殺された。
♢
屋敷への帰り道。隣を歩くアリアがぽつりと言った。
「……居場所がはっきりしないのは二人だけ」
誰のことかすぐに分かった。
ベルモント子爵――ドレイクとベルモント騎士団長のヴェイルだ。
直接聞くと、二人はこの街に来てから一度も山に入っていないという。昼にどこで何をしているのか俺たちは知らないが、街中を散策しているとのこと。
「でも、あり得ないのよ」
アリアが首を振る。
「山にはあれだけの人がいる。坑口の周りにも麓にも。あの二人が坑道に近づけば必ず誰かの目に留まる。子爵と騎士団長よ? 目立たないはずがない……なのに見たという者は一人もいない」
誰にも見られずに人ひとりを殺して埋める。
「どうやっても、あの二人には出来ない……やっぱり銀山は呪われているの?」
アリアの声には悔しさが滲んでいた。
考えるのはこいつの仕事だ。俺は俺の仕事をするだけだ。
そう思っていた翌日――俺はあるものに気づく。
何気ない、ほんの小さな違和感だ。目に映って、引っかかって、それきり頭から離れなくなった。理屈は説明できない。だが、俺の勘がそれを見逃すなと言っていた。
俺はアリアを探し、それを伝える。聞き終えたアリアはしばらく黙っていた。目を伏せて、指先を顎に当てて、長いこと。
やがて顔を上げた時、その目の色が変わっていた。
「……ソラ。提案があるの」
アリアが声を落とす。
「いい? まず――」
♢
それから数日、何も起きなかった。
俺とアリアも山に入り、皆と一緒に汗を流す。
鉱夫たちの間にはまだ張り詰めたものが残っている。この中に人殺しがいるかもしれない――口には出さなくても、皆どこかでそう思っている。飯の輪が小さくなり、一人で持ち場を離れる者がいなくなった。
それでも山は動き続ける。
ベルモント子爵家の騎士たちはよく働く。聞けば、五十人は正規の騎士ではなく、騎士見習いと従士らしい。若くて体力があり、エルツたちの指図に素直に従う。掘り出される石の量は日に日に増えていく。
そんな中でまた賊が出た。
今度は街の南の街道だ。討伐に出た街の騎士団はまた手負いを出して退いた。数が多く、練れている。前に俺たちが討ち漏らした連中が仲間を集め直したのかもしれない。
その夜、屋敷でアリアが告げた。
「明日の朝、私とソラで討伐に出ます」
ヴィクターは何かを言いかけてやめた。それから、いつもの言葉だけを寄越す。
「……必ず、二人で帰れ」
「はい」
翌朝、俺とアリアは馬に乗り、南の街道へ向けて街を出た。
♢♢♢
――わしはその日も、朝から切羽にいた。
御領主様のところの兄ちゃんと嬢ちゃんは、今日は賊の討伐でいねぇ。それが少うし心細いが、坑道の中は五十人からの騎士様と仲間たちで賑やかだ。人殺しの一件からこっち、皆で固まって動くのが決まりになっている。
小便がしたくなったのは昼をまわった頃だった。
坑道の中でするわけにもいかねぇ。わしは皆に一声かけて、坑口を出た。坑口のすぐ脇の岩陰までなら、大事あるめぇ。
外の日差しがまぶしい。
岩陰に回って、帯に手をかけた――その時。
何もない宙から、剣が生えた。
嘘みてぇな話だ。誰もいねぇ。影も形もねぇ。なのに、白い切っ先だけがまっすぐわしの胸へ伸びてくる。
声も出ねぇ。体も動かねぇ。
刺されたと思った。目をつぶる暇さえ、ねぇ。
だが、甲高い音が耳のすぐそばで弾けた――金色だ。
目の前で何かが金色に弾けた。それだけだ。何が起きたのか分からねぇ。胸に刺さるはずだった白い切っ先が、あらぬ方へ逸れて宙を泳いでいる。わしはそれをぼんやり見ていた。
剣……と分かったのは、そのあとだ。
いつの間にか、わしと白い刃の間に金色の剣が割り込んでいた。どこから来たのかも分からねぇ。ただ、そこにあった。握っているのは――ソラの兄ちゃんだった。
兄ちゃんの剣が、白い刃を弾く。
火花が散った。誰もいねぇ場所で、砂利が鳴る。たたらを踏むみてぇに。
そして――何もねぇはずの宙に、人の形が滲んだ。
金色の触れたところから、じわり、と。輪郭だけが先に浮いて、それが肩になり、腕になり、外套の裾になる。何もねぇ場所から、男が生えてくるみてぇだった。
ずっと、そこにいたんだ。
わしが小便をしに出た時から。いや、もっと前から。ずっと。
灰色の外套。痩せた影みてぇな男。子爵様の隣にいつも黙って立っていた――騎士団長様だ。




