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宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中


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第6話 従士、始動

 荷物は木剣一本と着替え一枚だけ。

 それだけ抱えて孤児院の門を出ようとしたら、エレナに呼び止められる。振り返ると、目が真っ赤になっていた。


「ソラ、ご飯はちゃんと食べるのよ。無茶もしないで。怪我したらすぐ――」

「わかってる」

「わかってないでしょ、あなたは。怪我しても痛いって顔もしないんだから」

「してるよ。ちゃんと痛い顔してる」

「してないわよ!」


 エレナが泣きながら怒鳴るのを、俺は笑いながら受け止める。この人は本当に、いつもそうだ。心配するなら泣くな、泣くなら怒鳴るな――でも、それがエレナだ。


 マルクは壁にもたれて腕を組んでいた。


「行くのかよ」

「ああ」

「……強くなって帰ってこいよ。俺が認めるくらい」

「お前が認める前に三大極星スリースターズになってるよ」

「うるさい」


 にやっと笑ったマルクの顔が、少しだけ歪む。泣きそうなのを堪えているのが丸わかりで、俺は何も言わない。言ったら俺も泣きそうだったから。


 裏庭の壁を最後にもう一度見る。

 金色だ。昨日も、今日も、朝の光の中できらきら輝いている。クロフォードの黒い染みを塗りつぶしたこの金色が、俺の出発点だ。あいつがいなくなったあの朝から、ずっとここで戦ってきた。


 ――次に帰ってくる時は、三大極星スリースターズになってから帰ってくる。

 そう決めて、振り返らずに歩き出した。





 北部要塞都市ガルドレア――街に入った瞬間、足が止まる。


「なんだここは」


 人、人、人――とにかく人がいる。どこを見ても人で、どこを歩いても人とぶつかりそうになる。孤児院の周りにも村はあったけど、こんな規模じゃない。建物が何十棟も並んでいて、荷台を引いた馬が何頭も通り過ぎて、どこかから肉を焼く匂いがしてくる。


「歩いて。止まらないで」


 アリアに腕を引っ張られる。


「いや、待て。あれは何の店だ。あの匂いはどこから――」

「あとで。今は急いでいるの」

「でもあの匂い――」

「ソラ!」


 鋭い声に、俺は渋々歩き出す。でも目は四方八方に動き続ける。果物が山積みになった屋台、色とりどりの布を売る店、大声で客を呼び込む商人――全部が初めてで、全部が知らない世界だ。


「田舎者ね」


 アリアが呆れたように言う。


「うるさい。お前だって最初はこうだったんじゃないのか」

「私は物心ついた頃から王都に出入りしていたわ」

「……それは反論できない」


 アリアが小さく鼻を鳴らす。でも歩くペースを少しだけ落としてくれたのは、気のせいじゃないと思う。





 ヴォリトの屋敷を見た時、俺はまた足が止まる。


「……でかい」


 門だけで孤児院の玄関より大きい。敷地の中に建物が何棟もあって、手入れの行き届いた庭が広がっていて、孤児院が十個は入りそうだ。


「口を閉じて。みっともない」

「みっともなくて悪かったな。こんなの見たことないんだから仕方ないだろ」


 案内された部屋に入って、ベッドに手を触れた瞬間、思わず声が出る。


「なんだこれ」

「ベッドよ」

「知ってる。でも柔らかすぎる。沈む。孤児院のは板みたいだったぞ」

「それが普通のベッドよ」

「普通なのか、これが」


 ベッドの横に、畳まれた外套と鎧が置いてある。


「これは?」

「轟雷星将の従士に支給される装備よ。外套と鎧。身につけることで、ヴォリト様の部隊に所属していることを示すの」


 外套を手に取って広げる。紫紺の布地で、背中に雷の紋様が薄く織り込まれている。孤児院では着たこともない上等な仕立てで、袖を通すと肩のあたりがしゃんとする。悪くない。というか、ちょっと嬉しい。これを着ている限り、俺はヴォリトの部隊の一員だということだ。


 次に鎧を持ち上げて、顔をしかめる。重い。革と鉄板を組み合わせた造りで、胸当てだけでも相当な重量がある。試しに身につけてみると、肩と腰に重さがのしかかって、腕を振るたびに鉄板がぶつかり合って音がする。


「……動きにくい」

「当たり前よ。防具なんだから」

「これを着けたまま剣を振れる気がしない」

「慣れるわ」


 慣れるかどうかの問題じゃない。これを着けたら踏み込みが遅くなる。剣を振る速度が落ちる。テトラボアと戦った時みたいに、一瞬の判断で体を動かせなくなる。守りを固めるより、一撃でも多く速く振れる方が俺には合っている。


 鎧を外してベッドに置く。外套だけ羽織って、腕を回してみる。軽い。これなら動ける。


「鎧は着ない」

「……まだ何も始まっていないのに、もう規格外のことを言い出すのね」

「動けなくなるくらいなら、斬られない方を選ぶ」

「それは理屈としておかしいわ」

「おかしくない。速い方が強い」


 アリアがため息をつく。でも反論はしてこない。こいつだって聖翼纏で速さを武器にしている。鎧で身を固めるより、速さで躱す方が性に合っているのは、たぶん同じだ。


 夕飯の時はもっと酷い。テーブルに並んだ皿の数が多すぎて、どれから手をつければいいかわからない。フォークとナイフが左右に並んでいて、どっちをどう使うのかもわからない。


「……なあ」

「何」

「これ、どうやって食べるんだ」

「フォークを左手に、ナイフを右手に持って――」

「逆じゃないのか」

「逆じゃないわ。ナイフは切るためのもの。フォークで押さえてナイフで切って、フォークで口に運ぶの」

「めんどくさい」

「文句を言わない」


 アリアはため息をつきながら、俺が間違えるたびに直してくれる。口では「もう、なんでこんなことも――」と文句を言いながら、事細かく教えてくれる。さっきから何度も手を出しそうになって、寸前で引っ込めているのも見えていた。

 ……そのうちマジで殴られるかもな。一回くらいは殴られてやってもいい。





 飯を食い終わって部屋に戻ろうとしたら、廊下で三人の従士に囲まれる。

 同い年から少し上くらいだろうか。全員が俺を値踏みするような目で見ている。


「お前が新入りか。孤児院出身だって?」


 先頭の一人が言う。声に棘がある。


「ああ」

「ヴォリト様も物好きだな。なんで孤児院の子供を――」

「用があるなら早く言え。なければ退いてくれ」


 三人が顔を見合わせる。


「生意気だな。孤児院から来たくせに、初日からアリアにべったりじゃないか」

「べったりじゃない。飯の食い方を教えてもらってただけだ」

「教えてもらって、ね。アリアがお前なんかの面倒なんか見るわけがない。お前、何かしたんじゃないのか」

「何もしてない」

「ヴォリト様に拾ってもらって、アリアに取り入って――素性もわからない孤児がいい気なもんだ」


 カチンときた。アリアがどうこうより、「いい気なもん」という言い方が気に入らない。俺が今日まで何をしてきたか、こいつらには何もわからないくせに。


「喧嘩売ってんのか!?」


 言葉を遮ると、三人が黙る。


「実力で話をしようぜ。アリアとか素性とか、そんなもん俺には関係ない。強い方が正しい。それだけだ」


 先頭の一人が鼻で笑う。


「いいだろう。後悔するなよ」


 中庭に出て、向かい合う。先頭の一人が剣を構える。俺はクロフォードの木剣を握る。


 相手は三人がかり。でも一人目が踏み込んできた瞬間、もう終わっていた。踏み込みが浅く、重心が高い。剣を弾いて足を払うと、あっさり転がる。二人目が横から来たのを躱して肩に一撃。三人目が怯んだ隙に正面から打ち込んで、石畳に剣を叩き落とす。十秒もかからない。この分だと次はもう少し早く転がせるな。


「もう一回やるか?」


 三人とも目を逸らす。俺は木剣を肩に担いで、部屋に戻った。





「早速やらかしたな」


 翌朝、ヴォリトに呼ばれる。執務室の椅子に座ったヴォリトが、静かな目で俺を見ている。


「やらかしたつもりはない」

「喧嘩しただろ?」

「向こうから来た」

「反省は?」

「ない。同じことがあったらまた同じことをする」


 ヴォリトが少しだけ口の端を動かす。


「正直なやつだ――ならば今日から訓練を始める」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かに火が点いた。


「今からか?」

「何か問題があるか?」

「ない! 今すぐでも!」


 中庭に出て向かい合うと、ヴォリトが木剣を一本投げてよこす。


「かかってこい」


 それだけだ。

 俺は全力で踏み込む。全力で打ち込む。金色の魔力を木剣に流し込んで、昨日従士を沈めたのと同じ一撃を叩き込む。


 ヴォリトは動かない……いや、動いている。でも俺には見えない。気づいた時には木剣を弾かれていて、足を払われていて、石畳に背中が叩きつけられていた。


 なんだ……こいつ……本気を出していない?


 立ち上がって、また踏み込み、また弾かれる。次は魔力をもっと込める。それでも届かない。どこから攻めても捌かれる。力で押しても重さを感じさせずにいなされる。速く動いても先に読まれている……いや、読まずとも対応されている感がある。


 初めての感覚だ。孤児院でどんな相手と戦っても、どこかに綻びがあった。それはクロフォードにでも言えること。でもこいつには――どこにも隙がない。


 十回、二十回と石畳に叩きつけられる。体中が痛い。でも立ち上がるたびに、もっと前が見えてくる気がする。こいつに勝てるようになった時、俺はどこまで強くなっているんだろうって。


 最後に吹き飛ばされて、しばらく立ち上がれない。荒い息を整えながら石畳を睨んでいると、ヴォリトが上から覗き込んでくる。


「筋はある」


 くそっ! 絶対お前の顔に一発入れてやる!





 夜、ベッドに倒れ込む。

 体中が痛い。腕も、背中も、足も、昨日とは比べ物にならないくらい悲鳴を上げている。でもなぜか、笑えてくる。


 今日一日で、どれだけのことが起きたんだろう。孤児院を出て、街に圧倒されて、豪華な飯の食い方がわからなくて、従士を三人まとめて黙らせて、七輝星将にボコボコにされた。


 全部が初めてで、全部が知らない世界で――全部が、面白い。

 天井を見上げながら、クロフォードのことを考える。あいつは今、どこで何をしているんだろう。帝国で、俺なんかより遥かに高いところにいるんだろう。

 負けてらんない!


 拳を握る。痛い。でも離したくない。ここから全部始まる。孤児院の裏庭じゃなくて、もっと高い舞台で、もっと強い相手と戦いながら、一歩ずつクロフォードに近づいていく。


 ――待ってろよ! 必ず追いつくから!

 そう呟いたら、あっという間に眠れた。


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