表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/109

第59話 関門

 西の関門は遠くから見るよりずっと大きかった。


 街道を塞ぐように石壁がそびえ、その中央に鉄の門が据えられている。門の前には長い列。荷馬車、旅人、荷を担いだ行商人。国境を越えてくる者は必ずここを通る。


 聞けばこういう関門を築くのは第六軍――金剛星将の部隊だという。補修も同じ部隊が請け負う。それなら第六軍が星国の各地に散らばっているのも道理だ。


 俺たちは蒼の外套を纏って、その列の脇に立った。


 仕事は検閲だ。


 馬車の荷を検める。積荷と申告が合っているか。隠しているものはないか。それだけの仕事だがこれがとにかく時間を食う。


 旅人一人なら早い。行商人でも荷が一つか二つなら知れている。だが、隊商となると話が違った。


 数頭の馬に引かせた大きな馬車。その荷台にぎっしりと詰まった交易品。それが十台も連なってくる。商人の数は馬車の数ほどいて、傭兵はさらにその数倍……時には十倍以上だ。彼らを引き連れて、隊商はやってくる。


 一つあらためるだけで日が傾く。大きな隊商だと丸一日がかりだ。


「進みが遅いぞ! 次の荷を開けろ!」


 蒼の騎士が声を張る。俺たちも荷を下ろし、木箱を開け、中身を確かめ、また積み直す。


 地味な作業だ。剣を振る方がよほど性に合っている。だが、手は抜かない。


 何も起きない日ほど気を張る。ネイの言葉が頭にこびりついていた。


 数日、検閲を続けるうちに俺の中に疑問が浮かんだ。


 これほど手間をかけて、わざわざ他国から物を買う意味があるのか? 星国は広い。全部自分の国で揃えればいいだけの話じゃないのか。


 その疑問を口にすると、アリアが呆れたように俺を見た。


「あなたね……今、自分が何を着ているか分かってる?」

「制服だろ」

「その生地。西方諸国からの輸入品よ」


 俺は思わず自分の袖を見る。


「生糸も絹織物も上等なものはほとんど輸入に頼っているの。それだけじゃないわ。塩はほぼすべてが輸入品。星国には海がないから良質な塩が採れないの。砂糖も、香料も、薬品の多くも西方諸国から仕入れているのよ」


 塩。この前、樽に山ほど積まれているのを検めたばかりだ。


「もし交易が止まれば、真っ先に困るのは私たちよ。傷を洗う薬も食べ物を保たせる塩もなくなる。だから、どれだけ危うい相手でも交易は続ける。右手で握手して、左手でナイフを突きつけ合っていても」


 今着ている服が敵かもしれない国から来ている。その事実だけは妙にはっきりと腹に落ちた。





 その隊商が来たのはそれから数日後のことだった。


 馬車が十台。商人が十数人。傭兵は百を超える。俺が見た中で一位、二位を争う大所帯だ。


 朝から検閲を始めて、日が高くなっても終わらない。俺は木箱を開けては閉じ、荷を下ろしては積み直す。単調な作業が続く。


 その途中でふと手が止まった。


 荷じゃない。商人の方だ。


 立ち姿に隙がない。商人というのは、もっと腰が低いものだ。愛想笑いを浮かべ、騎士に媚びて、少しでも早く通してもらおうとする。だが、こいつらは違う。背筋が伸びている。足の運びに無駄がない。


 そして時折――眼光が鋭くなる。

 商人の目じゃない。敵を見定める目だ。


 周りを見れば、蒼の騎士たちも似たようなものを感じているらしい。荷を検める手つきがいつもより丁寧になっている。何度も同じ箱を開け直している者もいる。


 だが、何も出てこない。


 馬車の底を叩く。二重底を疑って、板を剥がす。荷台の下を覗き込む。前に間者が使った手だ……しかし、何も出てこない。


「……問題なし。通していい」


 蒼の騎士が渋い顔で告げた。証拠がなければ止められない。

 商人たちが荷を積み直し、馬車が動き出す。

 俺はその一団を見送りながら――【天瞰眼ゼニス・アイ】を使った。直感がそうさせたのだ。


 金色の視界の中で商人たちが『視』える。安堵していた。全員がだ。強張っていた気配が一斉にほどけていく。まるで危ないところを切り抜けたとでもいうように。


 そして――視線が動いた。

 商人たちの目が一瞬だけ、同じ方向を向く。示し合わせたわけじゃない。無意識だろう。だが、確かに全員がほんの一瞬だけそこを見た。


 列の後ろから三台目。塩を積んだ馬車を。

 俺は駆け出していた。


「待て!」


 馬車の前に立ちはだかる。商人の一人が如才ない笑みを浮かべた。


「検閲はもう終わったはずですが?」

「もう一度だ」


 荷台に飛び乗る。大きな木樽が並んでいる。蓋を開ければ、白い塩がぎっしりと詰まっていた。


 俺は迷わず、その中に腕を突っ込んだ。


「なっ――何をする!」


 商人が声を上げる。当然だ。これは口に入る物だ。汚れた手で掻き回すなど、普通はやらない。


 だが、俺は躊躇わない。


 いつもであれば、上部を検める程度。しかし、俺は身を乗り出して肘まで沈める。乾いた粒が腕にまとわりつき、ざりざりと肌を削る。指先が塩を掻き分け、底へ向かう。ざらついた感触の中に――ふいに、硬いものが触れた。


 布に包まれた細長いもの。

 引き上げると、塩がざあっと音を立ててこぼれ落ち、布が解ける。


 現れたのは――剣だった。

 造りのいいまだ新しい刃。西の様式。

 ――アストレアの賊が持っていたものと同じだ。


 次の瞬間、商人が懐から短剣を抜いた。

 だが、その刃が届くより早く銀の光が奔る。


 アリアだ。


 こいつは既に構えていた。俺が商人を不審に思い、馬車を止めたあの時から。俺が何かを見つけるより前に、【聖翼纏サンクト・エンチャント】を纏っていたのだ。


 銀の残光が一直線に伸びる。アリアの剣が短剣を弾き飛ばし、返す動きで足を払う。男が体勢を崩したところへ刃の腹を首筋に当て、地に組み伏せた。息一つ乱れていない。


「みんな!」


 アリアの声に班が動いた。


 イザベルの薙刀が炎を纏う。飛びかかろうとした傭兵を、赤い弧が横一文字に薙ぎ払った。カイトの左手の剣が冷気を引いて奔り、二人目の腕を刎ねる。血は舞わない。傷口が冷気で凍っているからだ。ガロが大剣を地に突き立てればそれだけで壁になった。逃げ道が塞がれる。


 アリアが声を上げてから、瞬きひとつの間の出来事だ。


 俺は木樽から飛び降り、剣を抜いた商人の懐へ滑り込む。柄頭を鳩尾に叩き込む。息が詰まる音。それで一人。返す足で、もう一人。


 蒼の騎士たちが剣を抜いたのはその後だった。ダリオたちが駆けつけたのも。


 乱戦はあっという間に終わった。


 商人と名乗っていた男たちが次々に地に伏せていく。どうやらアリアが沈めた商人が一番の手練れだったらしく、あっけなく打ちのめされると、傭兵も抵抗を諦めて武器を捨てた。


 塩の樽から剣が出てくる。数本どころじゃない。樽の底という底から束になって出てくる。





「……お前ら」


 縄を打ち終えたダリオが呆然と俺たちを見ていた。


「なんで、斬りかかられる前から構えてたんだ」


 その顔には心底わけが分からないと書いてある。


 蒼の騎士たちも同じだ。剣を抜くのが遅れたのを恥じているというより、ただ理解できないという顔をしている。


 俺の代わりにアリアが口を開く。


「ソラが馬車を止めた時から私は構えていました。それだけです」

「……それだけって、お前……」


 ダリオが天を仰いだ。


「……なんだそりゃ。何年組んでたらそうなるんだよ」


 ヴォリトの下で剣を振り始めた日からずっとだ。


 俺が感じて、こいつも動く。ナイトクローラーの時からそうだった。


 急に頭の奥がずしりと重くなった。視界が滲む。【天瞰眼ゼニス・アイ】を長く使いすぎた。ただ我慢できない痛みじゃない。誰にも悟られない自信があった。男が少しの痛みで喚くのはみっともない。そう思ったから。


 ただ、アリアだけはごまかせなかった。


「ソラ、座って」


 アリアの手が、俺の額に触れる。


「【聖光癒サンクト・ヒール】」


 淡い光が滲む。頭の奥の重さがすうっと引いていく。


「我慢していたでしょ?」

「そんなことない」

「顔に書いてありました」


 そんなに顔に出ていたのか。


「……使わなきゃ見つからなかった」

「そうね……それは、そうなんだけど」


 アリアの手はそのままだ。小言を言いながら光を絶やさない。

 悔しいことに――悪くなかった。





 捕らえた男たちは関門の詰所に押し込められた。

 尋問は蒼の騎士が行う。俺たちの仕事はここまでだ。そのはずだった。

 だが、アリアは引かない。


「あの剣の行き先を教えていただけませんか」


 詰所を出てきた騎士にアリアが食い下がる。


「お前らが首を突っ込む話じゃない」

「押収したのは私たちです。あの剣がどこへ流れるはずだったのか、知る権利があると思います」


 騎士は困った顔をした。答えたくないのではなく、答えていいのかどうか判断がつかない、という顔だ。


 アリアは引かない。何度も何度も食い下がる。しまいには騎士が根負けした。


「……上にはかる。それまで待て」


 たっぷり待たされる。


 日が暮れかけた頃、騎士が戻ってくる。渋い顔のままだった。


「一つだけだ。それ以上は聞くな」


 騎士が声を落とす。


「あの剣の行き先は――ルパナルだ」


 ルパナル。


 どこかで聞いた名だ。少し考えて思い出す。あの夜でも煌々と輝いていた街。歓楽街――ベルモント子爵家の。


「これ以上はお前たちが知るべきことじゃない」


 それきり、騎士は背を向けて行ってしまう。

 アリアがその背中をじっと見ていた。


 こいつの横顔はいつになく硬い。何かを噛み殺している顔だ。剣がどこから来て、どこへ流れるのか。誰が何のために。難しいことは頭のいい奴に任せておけばいい。ずっとそう思ってきた。


 だけど――


「アリア」

「……なに?」

「いつか、その糸が全部繋がって誰かを斬らなきゃならなくなったら」


 俺はまっすぐにこいつを見た。


「その時は俺を使え」


 アリアが目を見開く。


 それから、ふっと表情を緩める。硬さが少しだけほどけたように見えた。


「……ええ。頼りにしてる」


 関門の向こうに日が落ちていく。


 西の空が赤く焼けていた。


もし続きが気になる。良かった。と、思っていただけたら★★★★★をいただけたら嬉しいです!

次の読者さんにも繋がりますし、私のモチベーションにもなります。

どうか、よろしくお願いしますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
だよね。胡散臭いし、没落の原因も多分あいつが絡んでそう。そして実母もなんとなく脅されてそう。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ