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第55話 帰郷

「ずいぶん寂しい街ね」

「そうだね、どの街よりも活気がない。大きな街なのに……」

「飯、なさそう」


 イザベル、カイト、ガロが揃ってアストレアの感想を述べる。


「昔はもっと栄えていたの。今日はこの街に泊まるわ」

「野営じゃないの?」

「ええ、私の家――セレスティア子爵家の屋敷に泊まるわ」

「「「――っ!?!?!?」」」


 目ん玉が飛び出さんばかりに皆が驚く。

 どうやらアリアは俺以外に家の事情――出自を明かしていなかったようだ。


「大丈夫、ライナス先生には伝えてある。だからみんなが野営をせず、屋敷に泊まって罰を受けることはない」

「そ、そう……一つ訊かせて? セレスティア子爵家って宮廷――」

「もとは軍閥貴族よ。今は牙が抜かれた没落貴族だけど」


 イザベルの質問を遮るようにアリアが答える。

 それ以上、皆は何も訊くことはなかった。


 街に入っても賊の始末が先だ。俺たちはまず詰所へ向かう。


 応対に出てきた領兵は驚くほど少ない。しかも、身につけている装備が古い。革鎧はあちこち擦り切れ、腰の剣も刃こぼれしている。とても街を守る兵の装いには見えなかった。


 アリアが捕らえた賊の引き渡しを告げる。領兵が恐縮しながら引き受けた。俺は賊から没収した剣の束を差し出す。


「この剣、賊が持ってた。西の様式らしい」

「……ああ、それが最近増えてましてね」


 領兵の一人がため息まじりに言う。


「妙に上等な得物を持った賊が街道に出るんです。どこから流れてくるのか……こっちは人手が足りなくて追い切れてない有様で」


 俺は領兵の腰の剣に目をやった。鞘もボロボロでところどころ穴が開いている。奥には刃こぼれした頼りない剣。それから手にした賊の剣を見る。造りのいいまだ新しい刃。


 これだけの数がある。ここの兵が使えば十分に役立つはずだ。

 俺はみんなを振り返る。


「なあ。この剣をアリアの家に渡すってのはどうだ。兵の装備が足りてないなら役に立つだろ」


 アリアが少し驚いた顔をする。


「……いいの? 本来なら私たちの得た戦利品でしょう?」

「使わないなら意味がない。ここの兵が持った方が街のためになる」


 俺は他のみんなを見る。


「お前たちはどうだ」

「私は構わないわよ」


 イザベルが肩をすくめる。カイトも頷いた。ガロは短く「いい」とだけ言う。


「……ありがとう。父に渡すわ。詰所を通すより、当主から兵に配った方がありがたみもある」


 アリアが少しだけ表情を緩めた。





 詰所を出て、アリアの家へ向かう。


 屋敷は街の外れにあった。かつては立派だったんだろう。だが今は、あちこちが傷んでいる。剥がれた漆喰、手入れが放棄された庭木。屋根の一部は、補修の途中で止まっている。


 門をくぐると、庭に人影があった。


 庭先で一人の男が土いじりをしている。染みのついた作業着。腕まくりをして雑草を抜いている。使用人かと思った。だが、違う。


 アリアが駆け寄って頭を下げる。


「父様。ただいま戻りました」


 男が顔を上げる。厳しい目だ。アリアの父親だった。


 当主自らが庭の草を抜いている。俺はアリアから庭師と執事に暇を出したと予め聞いていた。でも、聞いていた以上の光景だった。これが普通じゃないことくらいは分かる。


 父親はアリアをじっと見た。


「……よく戻った。学校での務めはどうだ」

「はい。滞りなく」

「そうか。星将のもとへ派遣されると聞いた。セレスティア家の名に恥じぬよう励め」

「はい」


 労いの言葉はない。ただ、務めを問うだけ。厳しい人だ。


 アリアが俺たちを振り返り、一人ずつ父に引き合わせる。


「父様。この人たちが、私の班の仲間です」


 まずアリアが俺に手を向ける。


「ソラ。同じ騎士科で、いつも一緒に鍛錬しています」

「ソラだ」


 俺は頭を下げた。


「イザベル。炎属性の薙刀使いでいつも私たちを支えてくれます」


 赤髪のイザベルが如才なく会釈する。この手の場でも物怖じしない。


「カイト。氷属性で剣の腕は確かです」


 藍髪のカイトが礼儀正しく頭を下げる。こういう場での所作は俺よりずっと様になっている。


「ガロ。土属性で大剣使いの守り手。彼がいれば後ろは安心です」


 大柄のガロがのっそりと一礼する。無言だが、これがこいつなりの精一杯の礼儀なんだろう。


「それと父様。お渡ししたいものがあります」


 アリアが賊から没収した剣を差し出す。


「道中で捕らえた賊が持っていた剣です。造りのいい西の様式のもの。詰所の兵の装備が心もとないようでしたので、家の騎士たちに使っていただければと」


 父親が剣を手に取る。刃をじっと検める。それからゆっくりと俺たちを見回した。


「……これは、お前たちが得た戦利品だろう? 手放していいのか」

「みんなで決めた」


 俺が答えると、父親の視線がこっちに向く。


 鋭い目だ。品定めというよりこっちの底まで見透かすような目。だが、その奥に嫌なものはない。しばらくして父親が小さく頷いた。


「……ありがたく使わせてもらう。兵も助かる」


 それだけ言って父親は剣を抱えて屋敷の奥へ向かう。厳しいままの背中だ。だが、俺を見た最後の目つきは悪いものじゃなかった。


 入れ替わりに屋敷の奥から小さな影が飛び出してくる。俺より頭一つ小さい、銀髪の少年だ。アリアの弟だと一目で知れた。同じ銀の髪。


「姉様!」

「リオン。ただいま」


 アリアが微笑んで弟の頭を撫でる。リオンというらしい。アリアに抱きついて心底嬉しそうだ。


 それからリオンが俺たちに気づくと、ぺこりと一つお辞儀をした。





 その夜、屋敷の食堂で食事を出された。


 質素な食卓だ。だが、味は悪くない。アリアが手を貸したらしい。


 食卓にはアリアの母――ロゼリアもいた。銀の髪を結い上げ背筋を伸ばして座っている。アリアと並ぶと髪の銀がそっくりだ。


 ロゼリアが俺に微笑みかける。


「ソラさん、でしたね。娘がいつもお世話になっております」

「いや。こっちが世話になってる」


 その笑顔には少しだけ距離がある。前に会った時もそうだった。だが、気にしない。俺は飯を食う。アリアの作った飯はやっぱり旨い。


 食事の途中、ロゼリアがふと口を開いた。


「アリア、この前会った時から思っていたけど、髪留め……どうしたの?」

「任務中に壊れてしまって……これは大切な仲間にもらったの」


 一瞬、アリアが俺を見る。大切な仲間――そう言われて嬉しいのが気に食わない。

 ロゼリアは「そう……」と言って、言葉を継ぐ。


「ベルモント家のことだけれど……」

「母様。あの話は、お断りしたはずです」


 アリアの声は静かだ。だが、揺るがない。


「……分かっているわ。でも、騎士になるよりは……」

「私は決めました。自分の力で家を立て直します。誰かに嫁いで守ってもらうのではなく」


 ロゼリアはそれ以上は何も言わない。ただ、寂しそうに目を伏せた。


 ベルモント家との縁談。前にアリアから断ったと聞いていた。あの時、腹の底がむかむかしたのを覚えている。


 食事の間、アリアがいつもの調子で俺に絡んでくる。


「ソラ、また食べ方が雑。もう少しゆっくり食べなさい」

「腹が減ってるし、旨いから仕方ない」

「あなたはいつもそう」


 そう言って、アリアが小さく笑う。


 その時だ。


 向かいのリオンがじっとアリアを見ていた。それからその視線が俺に移る。さっきまでの無垢な弟の顔じゃない。何かに気づいたみたいに眉を寄せている。


 次に俺と目が合った時、リオンの目にははっきりと敵意があった。

 なんだ? 俺はこいつに何かした覚えはない。

 まぁ気に食わないなら、それでいい。こいつと会うこともないだろう。




 夜、俺は屋敷の中庭に出た。


 眠れないわけじゃない。ただ、体を動かしたかった。木剣を握って素振りを始める。


 しばらくすると足音がした。アリアだ。


「やっぱり、ここにいたのね」

「眠れないのか」

「……少しね」


 アリアが隣に立つ。二人で暗い庭を見る。


「見ての通りの家でしょう。がっかりした?」

「別に」

「そう」

「お前が自分の力で家を立て直すって決めたんだろ。俺には難しいことは分からないけど、お前だったらできる」


 アリアが少し笑った。


「あなたはいつもそう」

「悪いか」

「ううん。それがいいの」


 庭の向こう――街の南西に黒い山の影が見える。


 あれが鉱夫の帰ってこなくなった銀山だろうか。今は誰も近づかない。麓に立てられた柵と朽ちかけた立て札。それだけが遠くに見える。


 アリアも同じ山を見ている。だが、何も言わないし、俺も聞かない。


 翌朝、俺たちはアストレアを発った。


 門の前には数人の兵が並んでいる。腰には真新しい剣。昨日、賊から取り上げたものだ。刃こぼれした古い剣はもうない。


 兵の一人がアリアに向かって深く頭を下げた。


「アリア様。剣、ありがたく使わせていただきます」

「ええ。街をお願いします」


 アリアが静かに頷く。


 馬車に乗り込もうとした時、リオンが駆けてきた。


「姉様、また来る?」

「ええ。必ず」


 アリアが弟の頭を撫でる。リオンがぎゅっと姉の服を掴む。それから俺をじろりと見た。


「……姉様を泣かせたら許さないから」

「なんの話だ?」

「ふん」


 リオンがそっぽを向いてしまう。何を言っているのかさっぱり見当がつかない。


 馬車が動き出す。アストレアが遠ざかっていく。


 寂れた街。手入れの追いつかない屋敷。厳格な父と、家を想う母と、俺を睨む弟。アリアが背負っているものを俺はほとんど知らない。


 だが、一つだけ決めている。


 アリアが守りたいものがこの街にあるなら――俺はそのために剣を振る。小難しいことは分からなくても、それくらいはできる。


 馬車は西へ走る。オルセア――氷刻星将の街まであと二日。


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