表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/105

第54話 寂銀の街――アストレア

 王都を出て五日が過ぎた。


 街道はどこまでも続いている。石畳はとうに途切れ、今は踏み固められた土の道だ。畑が減り、林が増え、行き交う人の数も減っていく。西へ近づいている。それだけは肌で分かる。


 馬車の中でじっとしているのは性に合わない。だから俺は毎日外に出て走る。ただ走るだけじゃない。木剣を握って駆けながら素振りをする。足を止めずに剣を振り続ける。封魔の森に向かった時と同じだ。


 そして、それをやるのは今回も俺だけじゃない。


「ソラ、飛ばしすぎよ」

「訓練は全力だ」


 アリアも隣を走っている。同じように木剣を振りながら。息は上がっているが、絶対に負けないという気概を感じる。こいつも大概だ。


 馬車の中からイザベルが呆れた声をあげる。


「あの二人、休むってことを知らないの?」

「放っておけばいいよ。ソラとアリアはああいう人間」


 カイトが苦笑する。ガロは御者台の上でうなずいた。

 日が暮れると街道の脇に馬車を停めて野営に入る。


 街や宿場町があっても俺たちは泊まらない。これも訓練のうちだからだ。騎士は行軍の途中、いつでも自分たちで陣を張れなければならない。宿に頼らず、野で夜を越す。それができて初めてどこへでも派遣される部隊になれる。ライナスにそう言われている。


 野営そのものは俺とアリアには目新しくない。ヴォリトの部隊にいた頃に経験した。でも、どうやらそれは俺たちが特別だっただけらしい。


 イザベルも、ガロも、カイトも、野営は初めてだという。


 ただ学校でこういう疑似的な野営訓練はしている。それを活かすだけ。アリアが皆に指示を出して、効率よく動く。


 火を熾すのはイザベルだ。せっかくの火属性。ここで活かさないわけがない。指先で小さな火花を散らせば、湿った薪でもすぐに燃え上がる。羨ましい特技だ。


 ガロは力仕事。天幕の柱を打ち込み、重い荷を軽々と運ぶ。水汲みも桶をいくつも抱えて一人で済ませる。


 カイトは右手の慣らしを続けながら、細々とした支度を手伝う。俺は薪を集めて運ぶ。それから、手が空けば素振りだ。


 そして、飯を作るのはアリアだ。


 これが驚くほど上手い。


 同じ干し肉と乾物なのに、アリアが鍋を振るうとまるで違う料理になる。香草の使い方も、火加減も、手際がいい。こんな味、いったいどこで覚えたんだか。腕は本物だ。


 俺もその隣に並ぶ。

 ナイフを握って干し肉を刻む。斬るのは得意。手つきは我ながら悪くないと思う。


 野営がこの先も続くなら自分でも作れた方がいい。誰かに任せきりではいざという時に困る。だから覚える。


 アリアが手元を覗き込んで「そこ、もう少し薄く」と口を出す。俺は黙って従う。


 こいつに料理を教わるのは不思議と嫌じゃない。


「明日で六日目。予定通りならアストレアに着くわ」


 アリアが地図を広げて言う。


 氷刻星将が治める街――オルセアまでは、普通なら七日の道のりだ。だが今回は少し道を逸れてアストレアを通る。そのぶん一日ずれて、オルセアに着くのは八日目になる。


 アストレア――アリアの家、セレスティア子爵家が治める街だ。


 なぜアリアがここへ寄りたがるのかは、前に本人から聞いた。家の現状を自分の目で確かめたいと。だから俺はそれに従う。





 六日目の朝。馬車が林の間の道に差し掛かる。俺は屋根の上で風に当たっていた。


 何気なく前方へ目をやる。道の先の岩場に妙な気配を感じた。


 魔力を練って魔法を唱える。


「【天瞰眼ゼニス・アイ】!」


 金の眼が岩場の影に潜む者たちを詳細に捉えた。十人ほど。息を殺し、得物を握って身を伏せている。街道を走る馬車を襲撃するつもりだ。


 賊だろう。


 俺は屋根から馬車の窓へ滑り込んだ。


「アリア。前の岩場に賊が伏せてる。十人くらい。得物持ちだ」


 アリアは俺が言うことに疑いを持たない。

 すぐに臨戦態勢を整える。


「みんな、聞いて。前方の岩場に賊がいる。数は十ほどで得物持ちよ。ソラが先に気づいてくれた」


 正直、心は動かない。強いとは思えない。俺の直感がそう告げていた。


 馬車が岩場に近づいていく。アリアが御者役のガロに合図を出し、少し手前で止めさせる。賊は俺たちがまだ気づいていないと思っているらしい。馬鹿な奴らだ。


「配置につくわよ」


 アリアの声は落ち着いている。五人をどう動かすか。それを試される場面だ。ライナスに言われたことをあいつはちゃんと覚えている。


「ガロは前。馬車を守るように受けて。イザベルとカイトはガロと連携を取って一緒に守って。ソラは――」

「好きにやっていいか」

「……ええ。真ん中を頼むわ。私も隣で戦う」


 思った通りの采配だ。俺もだんだんと陣形や配置についての知識が定着してきた。座学というよりも実戦を積み重ねての判断。やっぱり俺にはこっちの方が似合っている。


 岩場の陰から賊が飛び出してきた。足が砂利を蹴散らす。汚れた身なりに不釣り合いなほど上等な剣。刃が朝の光を鈍く弾いた。数は見立て通り。十人と少し。


「囲め! 積み荷を奪え!」


 頭らしい男が叫ぶ。だが、遅い。


 俺はもう地を蹴っていた。【天翔纏ゼニス・エンチャント】を唱えて金色の光が体に纏わりつく。世界が一段遅くなる。一歩で間合いが消えた。先頭の賊が剣を振り上げた時には、もう懐に潜り込んでいる。俺の得物は剣ではなく木剣。これで十分。その木剣の腹を横に薙ぐ。鈍い衝撃が腕に返り、男が声もなく吹き飛んだ。


 返す足でもう一人。木剣が唸るたびに、賊が一人、また一人と地を転がっていく。手応えがない。振るうそばから面白いように吹き飛ぶ。【天翔纏ゼニス・エンチャント】なんて、使うまでもなかったかもしれない。


 横目にカイトが見えた。左手の剣で賊と打ち合っている。互いに得物は真剣。刃と刃がかち合い、火花が散る。だが、賊は焦り、カイトは笑っている。自然と出てしまうのだろう。


 カイトは半歩踏み込む。左手の剣が賊の刃を下から跳ね上げ体勢が崩れる。がら空きになった胴へ返す刃を叩き込む。鮮血が舞い、賊が崩れ落ちた。


 ガロの前には束になって賊が斬りかかる。だが、大剣がそれを丸ごと受け止める。びくともしない。まるで岩だ。そのまま振り抜かれた一撃がまとめて三人を薙ぎ払った。


 イザベルの薙刀が横に走る。刃が炎を纏い、賊たちが怯んで飛び退く。その隙を逃さず柄尻を叩き込み、一人を沈めた。無駄がない。


 賊の頭がなりふり構わず斬りかかってくる。だが、そいつの前にはアリアが立っていた。


 剣先がまっすぐに伸びる。無駄のない一突き。賊の剣を弾いて軌道を殺し、そのまま肩を的確に貫いた。アリアの刺突、いつものやつだ。稽古で何度も受けているあのモーションがない速い突き。


 それで終わりだ。


 十人あまりの賊はあっという間に地に伏せた。誰一人怪我はしていない。

 地に転がった賊の剣をアリアが一本拾い上げ、刃をじっと見つめている。


「……この剣、賊が持つような代物じゃないわ」

「そうなのか」

「ええ。造りがいい。それも、西の様式……どこから流れてきたのかしら」


 戦いを終え、殺さなかった賊を捉えて縄で縛る。こいつらが装備していた武器はすべて没収しアストレアに向かう。


「ソラ、こっち向いて」


 言われるままに顔を上げる。アリアの手が額に触れる。


「【聖光癒サンクト・ヒール】」


 柔らかな光が俺の頭部を包む。


「あなたの【天瞰眼ゼニス・アイ】は非常に強力。だから常に唱えられるように、万全な状態にしておくの」

「これくらい平気だ」

「念のためよ。素直に受けなさい」


 小言を言いながらもアリアの手つきは優しい。俺はされるがままにしておいた。アリアの体温が心地よくて――悔しくもあり、嬉しくもある。





 昼を過ぎた頃、アストレアの街の城壁が見えてきた。予定通り。賊たちを連れ、そのまま街中へと進む。


 ――なんだ、この静けさは。


 人の姿がまばらだ。これまで通ってきた、どの街よりも少ない。行き交う数少ない人の顔もどこか沈んで見える。店は半分が戸を閉じ、市場だったらしい広場に出ているのは数えるほどの露店だけだ。


 それに――騎士がいない。


 いや、まったくいないわけじゃない。これだけの城壁を持つ街ならもっと巡回の騎士がいるはずだ。他の街ではそうだった。なのにここではほとんど見かけない。


 俺でも分かる。この街は元気がない。

 隣にアリアが並んだ。街を見つめるその横顔はいつになく硬い。


「見ての通りよ」


 アリアが静かに口を開いた。俺が何か聞くより先に。


「昔のアストレアはこんな街じゃなかった。私が生まれる前は西でも指折りに栄えていたの」


 アリアの声はどこか遠い。


「この街はね、二つの柱で栄えていた。一つは西方諸国との交易路。もう一つは――銀山よ」

「銀山?」

「そう。街の南西の山で、質のいい銀が採れた。セレスティア家も、街も、その銀に支えられてきたの」


 アリアの声が少し沈む。


「でも、ある時から――銀山に入った鉱夫たちが帰ってこなくなった」

「帰ってこない?」

「ええ。何人も。原因は分からなかった。だから家の騎士団が山に入って隅々まで調べた。ベルモント子爵家の騎士団にも手伝ってもらって。でも、何も見つからなかったの。魔物の巣も、崩れた跡も、何もない――異常なし。なのに鉱夫の姿はどこにもなかったの」


 俺は黙って聞いていた。


「それで安全だと判断して、採掘を再開した……そうしたらまた鉱夫たちが帰ってこなくなった。今度はもっと多く」


 アリアが唇を噛む。


「結局、原因は分からずじまい。誰も山に入りたがらなくなって銀山は閉じたの。銀を失って街は一気に傾いた。そこへ交易路まで別の街に移って……人がどんどん出ていったの」


 だからこの静けさか。


「巡回の騎士が少ないのもそれが理由よ。街を守るだけの力がもう残っていない。セレスティア家にはこの街を立て直すだけの余裕が……もうないの。だから街の外にまで手が回らない。賊もそれを知ってか、この辺りにいくつも根城を作ってるの」


 アリアはそれ以上何も言わなかった。ただ寂れた街並みをじっと見つめている。


 俺には街の立て直し方なんて分からない。交易路がどうとか、銀山がどうとか、難しいことは何一つ分からない。だが、助けにはなってやりたい。俺にできることはないか。懸命に考えるが浮かばない。


 でも、一つだけ分かったことがある。


 アリアがどうして自分の目でこの街を見たかったのか。前に理由を聞いた時は正直ぴんとこなかった。家の現状を確かめたい。そう言われてもよく分からなかった。


 今なら少しだけ分かる気がする。こいつはこの寂れた景色を、自分の目に焼き付けに来たんだ。


 俺はもう一度、街を見渡した。寂れて、人が減って、それでも確かにここで暮らしている人たちがいる。


 アリアの生まれた街。俺たちはその中を進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ