第52話 西へ
ある日の授業――
「もう入学して半年以上が経った。早い者はあと半年で騎士となる」
ライナスが教壇に立ち、生徒たちを見据える。
「しかし、多くの者は騎士に昇格できない。なれるのは年に多くて五人といったところ。例年であれば三人昇格できればいいほうだ。でだ、昇格できなかった者はどうなるか、知っている者はいるか?」
俺は知らない。
しかし、他の者たちは知っているらしく一斉に手が挙がる。アリア以外――
ライナスに指名されたのはイザベルだ。
「各星将のもとへ振り分けられます。ただ、第一軍の閃光星将様と第二軍の轟雷星将様の部隊には振り分けられなかったはずです」
「正解だ。第一軍は王都――星国の核となる情報が集まる場所だ。だから騎士以上でなければ配属されない。第二軍は対シャドベルグ帝国防衛の要。連携が取れない者を連れて来るなと轟雷星将様が仰り、シャーレ様も同意しているからだ」
その言葉を受けたアリアが隣でぼそりと呟く。
「私たちはまだ信用もなければ、力もないと思われているということね」
信用があれば第一軍にも配属され、力があれば第二軍にも配属されるということか。だからヴォリトの部隊から来た俺やアリアが知らないわけだ。
「お前たちの一つ上の生徒たちは、すでに去年から部隊に出向している。お前たちも優秀な成績を収めている者から順次、各星将のもとへ派遣する。そこには一つ上の生徒もいるかもしれない。お前らはその生徒たちに勝てれば――良い成果を出せれば、騎士への道は拓かれる」
一息にそう言うと、ライナスがアリアに視線を固定する。
「そして、お前たちの中ですでに数名、星将の部隊に派遣しようと思える者がいる。それがアリア――お前たちだ」
お前たち。つまり俺たちの班だ。俺、アリア、イザベル、ガロ、カイト。この五人が揃って選ばれたらしい。
「といっても勘違いするなよ。派遣先に一つ上の生徒が全員いるわけじゃないし、あくまでチャンスが広がる。それだけの話だ」
ライナスが釘を刺す。
「派遣先ではお前たちの働きをその星将の部隊の連中や、一つ上の生徒が見る。俺は同行しない。お前たち全員をあちらで見てもらう。いいな」
全員を見てもらう。そこで認められれば騎士への道が一気に近づく。
胸が高鳴った。
一つ上の生徒。この学校に入る奴らはみんなエリート。今年騎士にはなれなかったが、各星将が推薦した選りすぐりの精鋭。かなり優秀というのは間違いない。
そんな奴らと競える。しかも勝てば騎士に近づく。
燃えないわけがなかった。
「どの星将のもとへ行くかは自分たちで話し合って決めてこい。明日までに俺のところへ返事を持ってくるように」
授業が終わると俺たちは中庭に集まった。
どこへ行くか。俺は正直どこでもよかった。強い相手がいるならそれでいい。だが、こういうことを決めるのは俺の役目じゃない。
「アリア。お前が決めてくれ」
俺がそう言うと、イザベルもガロもカイトも頷いた。
「私たちはアリアに任せるわ」
「……ああ」
「僕もそれでいいよ」
班のまとめ役はアリアだ。こういう時に頼りになるのはこいつだとみんな分かっている。
アリアは少し考えてから口を開いた。
「……氷刻星将様の部隊がいいと思う。西の第四軍よ」
西か。俺にはどの星将がどうとかよく分からない。だが、アリアが選んだならそれでいい。
「分かった」
俺は即答した。アリアが少し驚いたようにこっちを見る。
「……いいの? 理由も聞かずに」
「お前が決めたんだろ。ならそれでいい」
アリアがなぜ西を選んだのか、俺は知らない。だが、こいつが選んだなら何か考えがあるんだろう。俺が口を挟むことじゃない。
カイトが嬉しそうに笑った。
「氷刻星将様は僕と同じ氷属性。身近で見られるかもしれないと思うと楽しみだよ。それに稽古の相手が増える。僕にとってはそれが一番ありがたい。左手の剣をもっと磨けるからね」
こいつも変わった。前は笑うたびにどこか陰があった。今は心の底から楽しそうだ。剣のことになると目が輝く。
イザベルが腰に手を当てて胸を張った。
「私も腕が鳴るわ。うちの父は炎獄星将様の配下だけど、氷刻星将様の部隊も相当なものって聞くわよ」
ガロは何も言わなかった。だが、大剣を担ぎ直したその横顔はどこか楽しげだ。無口なあいつなりに気合が入っているらしい。
みんな同じだ。騎士になるための大きなチャンス。それが目の前に転がってきた。掴まない手はない。
♢
その夜も俺はアリアと剣を振った。
アリアはいつもより気合が入っている。振り下ろす木剣の一振り一振りに、これまで以上の重みがあった。受けるたびに腕の芯にずしりと響く。だけど、昂っているのはアリアだけではなかった。
「ソラ、飛ばしすぎよ」
「いつも通りだ」
「いつも通り飛ばしすぎなの」
互いに少し肩で息をしていた。
「今日はここまでにしましょう」
「まだこれからだ」
「体を休めるのも訓練よ」
「じゃあ、走りに行く」
「お願い、今日はもう終わりにして。ソラが走ると私も行かなきゃいけなくなる」
「別に一人でいい」
「二人で一人前でしょ?」
「…………」
珍しくアリアが食い下がる。
普段ならこうはならない。いや、いつもなら一緒に走るはずなのに。
「わかった」
「え? いいの?」
「この前、俺にリーダーを譲ってくれた借りを今返す」
「……そう。じゃあ座学を教えてあげた貸しも、いつか返しなさいよ」
くそっ、それを言われると何も言えない。でも――悪い気はしない。
「わかった。好きにしろ」
「珍しく素直ね」
「いつものことだ」
木剣を白銀の鞘に収めて寮に戻ろうとした時、アリアの声がそれを止めた。
「……私が氷刻星将様の部隊を選んだのは家の――セレスティア子爵家の現状を自分自身の目で確かめたいから……あと――」
振り向くと、アリアが視線を下に逸らす。
何かを話そうとしているのはわかる。だけど、決心がつかないのかもしれない。
「無理に話す必要はない」
「……でも、ソラはそれでいいの?」
「いい。お前が行くとこならどこでも強い奴がいそうだしな。最悪いなくても、お前がいる」
アリアが呆れたように息を吐く。だけど、その口元はどこか緩んでいた。
♢
翌朝――職員室の扉の前に五人が揃った。アリアが扉を叩く。中からライナスの声が返ってくると、俺たちは中に入った。
ライナスは書類から顔を上げる。
「決まったか」
「はい。第四軍――氷刻星将様の部隊を希望します」
アリアがそう答えると、ライナスは短く頷いた。
「氷刻星将様は西を守る。国境の向こうには小さな国々――西方諸国がある。奴らは表向き同盟を結んでいるが、裏では策を巡らせ、いつでも寝首を掻く準備を整えている。現にいくつかの小国が同盟国相手に潰されている」
ライナスが立ち上がる。
「ここだけの話、西はきな臭い。西の軍閥貴族が西方諸国と手を組んで挙兵するのではないか――そんな噂もしょっちゅうだ」
アリアの表情がわずかに硬くなった。
「向こうにもお前たちの一つ上の生徒が出向している。今年騎士に昇格できなかった者たちだが、ステラ星煌学校に入れるレベルだ。お前たちはあいつらを超えなければならないが、敵ではない。向こうでは協力して氷刻星将様のために――国のために仕えろ。いいな」
ライナスの言葉に皆がうなずく。
「出立は三日後だ。馬車を用意する。西の端までは遠い。出発まで休みを与える。それまでに日用品など買い揃えておけ。勘定は学校で持つ」
三日後。心臓が早鐘を打つ。
「アリア」
ライナスがアリアを見る。
「向こうが見るのはお前一人じゃない。班をどうまとめるかだ。個の強さならそこの戦闘狂に任せておけばいい」
戦闘狂という言葉に皆が俺に視線を向ける。
心外だ。ただ強い奴と戦いたいだけなのに。
「四人をどう扱って成果を出すか。それを見られている。忘れるな」
「……はい」
「よし、じゃあ早速準備に取り掛かれ。氷刻星将様には書簡を出しておく」
職員室を出ると廊下の窓から西の空が見えた。三日後、あの空の下を目指して発つ。騎士への道が初めてはっきりと目の前に伸びている。
――待ってろよ、クロフォード。俺は来年絶対騎士になる。
西の空の果て、まだ見ぬ強敵とその向こうにいるお前を思って、俺は静かに拳を握った。
ごめんなさい。読み直していると、魔法名のルビが違ったり、誤字脱字がたくさんありました。
何度も推敲しているのですが、ソラの地の文とか書き直したりしています。
その中で致命的なのが二つあったので、ここで訂正させてください。
訂正事項
・炎獄星将 序列四位→五位
・氷刻星将 序列五位→四位
5話『手紙』
ベルント子爵家→ベルモント子爵家




