第44話 火種
本番に向けて護衛の訓練をする。
アリアがリーダーとして班をまとめる。ガロが土魔法で壁を作って守りの要となり、カイトが賊役の攻撃をいなし、イザベルが堅実に支える。そして俺は最前線だ。
最初は護衛の中での剣の振り方に戸惑った。これまで俺は誰よりも前に出て敵を倒してきた。倒すのが仕事だった。だが護衛では倒すことより守ることが優先される。前に出すぎれば、守るべき相手から離れてしまう。
だが、訓練を重ねるうちに自分の役割が見えてくる。
最前線の剣。それはただ突っ込むことじゃない。賊が来る方向に真っ先に立ちはだかり、最も危険な正面を引き受ける。俺の力で敵の主力をねじ伏せて足止めする。その間にガロが守りを固め、カイトが回り込む賊をいなし、イザベルが間を埋める。俺が前で敵を抑えるからこそ、後ろの守りが成り立つ。盾ではなく、矛として最前線に立つ。それが俺に与えられた役割だ。
そして――俺の隣にはいつものようにアリアがいた。
リーダーは全体を見るものだが、アリアは俺の隣を離れなかった。最前線で俺と並んで剣を構える。これは獣人たちと斬り合った時もそうだった。俺が前に出ればアリアも前に出る。二人で並んで最も危険な場所に立つ。
「二人で一人前」
ヴォリトにそう言われていた。あれ以来、俺とアリアはずっと二人で歩んできた。俺の隣にアリアがいて、アリアの隣に俺がいる。それが俺たちの当たり前だった。だから護衛でも俺の隣にはアリアがいる。何も言わずとも自然とそうなる。
班の連携が少しずつ形になっていく。
ガロの守りは見事だった。土魔法で瞬時に土壁を起こし、守るべき相手を背にして防御を固める。あの大剣で正面からの攻撃を受け止める。無口な男だが守りに関しては絶対の安心感がある。
カイトの捌きは護衛では相変わらず冴えていた。イザベルは薙刀の間合いでガロとカイトの間を埋め、アリアは全体を俯瞰して的確に指示を飛ばす。
五人の役割が噛み合い、班としての形ができていく。俺はそれを肌で感じた。一人の力では届かないものに、班でなら届く。これが集団で戦うということか。剣の腕とはまた別の面白さがあった。
♢
本番が近づき、護衛対象との顔合わせの場が設けられる。
俺たちが守るのは二人の貴族。一人はワフェル。そしてもう一人がリブラだ。
リブラは宮廷貴族の伯爵家。今年の貴族科ではワフェルに次ぐ地位だという。だが、ワフェルとは対照的な男だった。実直で物腰が穏やか。武張ったところはないが話の分かる人物だ。
リブラは俺たち騎士科の面々に好意的だった。
「護衛のことは専門家に任せるのが一番だ。餅は餅屋というだろう。私は君たちの指示に従おう」
宮廷貴族らしい合理的な考え方だった。リブラは護衛の指揮をリーダーであるアリアに委ねる姿勢を見せる。
「班のリーダーはアリアだと聞いている。護衛中は彼女の指示に従うのが筋だろう。我々を守るのは君たちなのだから」
話の分かる貴族だ。これなら守りやすい。俺がそう思っているとワフェルが口を挟んだ。
「リブラ殿はそれでいいかもしれない。だが僕は違う」
ワフェルがアリアに向き直る。紳士的な笑みのまま。だが有無を言わせぬ口調で。
「アリア嬢。あなたは護衛中、常に僕の隣にいてほしい。僕の傍を離れないように」
リーダーであるアリアを自分の隣に固定しようとする。さらにワフェルはカイトにも命じた。
「カイト。お前は常に僕を警備しろ。僕から目を離すな。いいな」
「はい、ワフェル様。しかと務めさせていただきます」
カイトがいつもの偽りの笑みではっきりと頷いた。
ワフェルはアリアとカイトを自分の専属護衛にしようとしている。班の指揮系統を無視して自分の都合で配置を決めようというのだ。
リブラがわずかに眉をひそめた。
「ワフェル殿。それではせっかくのリーダーの指揮が乱れるのでは? 護衛は全体の連携が要だ。一人がリーダーを独占しては――」
「リブラ殿。これは僕の護衛の話だ。僕がどう守られたいかは僕が決める」
ワフェルが穏やかに、だがきっぱりと遮る。表立った衝突こそしないが二人の貴族の間には明らかな温度差が漂う。
リブラはそれ以上言わなかった。だが、その目にはワフェルへの冷ややかなものが滲んでいた。表向きは穏やかに接しながらその内心ではワフェルのやり方に同意していないのが見て取れる。
俺はその場の空気をただ眺めていた。
ワフェルがアリアを隣に置きたいと言っている。アリアは俺の隣にいるのが当たり前だから、なんだか妙な感じはした……前にもあった腹の底がざらつく感じ。まあ護衛対象がそう望むなら仕方ないのかもしれない。深くは考えないようした。それより、リブラとワフェルの間に流れるこの張り詰めた空気の方が気になった。同じ貴族でもずいぶん違うものだ。
アリアは表情を変えなかった。だが、リーダーとしてこの食い違いをどう収めるか考えているのが横顔から伝わってきた。
アリアはその場では波風を立てなかった。
「ワフェル様のご希望は承りました。本番ではできる限り配慮いたします」
そう言ってワフェルの要求を真っ向から否定はしなかった。だが、受け入れたわけでもない。「配慮する」という言葉でひとまずその場を収めた。
俺には分かった。アリアはこの問題を先送りにしただけだ。本番でワフェルの要求と班全体の連携とどちらを取るのか。その判断を保留したのだ。
火種は消えていない。本番できっと問題になる。ワフェルがアリアを縛れば班の指揮は乱れる。だが、ワフェルの要求を無視すれば護衛対象との関係が拗れる。アリアは本番でその板挟みに立たされることになる。
俺はリーダーを譲ってよかったと改めて思った。こんな判断、俺には到底できない。剣を振る方がよっぽど楽だ。アリアはリーダーとしてこういうものまで背負っているのか。いつか必ず人を率いる力も身につける。だから俺もできる限りのことはしようと思う。それがアリアのためであり、俺自身のためでもあるからだ。
♢
そして、本番の前夜。
明日、貴族科との合同護衛訓練が始まる。ワフェルとリブラ、二人の貴族を守る任務だ。
俺は寝台に横たわりながら明日のことを思う。
とにかく楽しみで仕方がない。
班での初めての本番。五人で一つになって戦う。自分の役割も掴んだ。最前線で敵の主力を食い止める。隣にはアリアがいる。これまで一人で、あるいはアリアと二人で戦ってきた俺が今度は仲間と一緒に護衛する。考えるだけで胸が高鳴った。
賊が来るのか、魔物が出るのか。それとも何も起きないのか。何が来ても受けて立つ。守ると決めたなら守りきる。班のみんなと一緒に必ずやり遂げてみせる。
不安なんてこれっぽっちもなかった。あるのはただ新しい戦いへの高鳴りだけだ。試験の前もいつもそうだった。怖がったって仕方がない。だったら、楽しんだ方がいい。
下の段ではカイトももう眠っているだろうか。明日はあいつにとっても大一番だ。主であるワフェルを、専属で警備しろと命じられている。あいつは明日、どんな顔で戦うんだろう。あの偽りの笑みのままか、それとも――。
まあ、いい。明日になれば分かる。
俺は目を閉じた。




