第43話 リーダー
来月に迫った貴族科との合同護衛訓練。その詳細がライナスから通達された。
「騎士科は四人から五人の班に分かれ、貴族科の貴族を護衛する。一つの班につき貴族二名を守る。だいたい課外授業のペア二組で二人の貴族を護衛する形になる」
これまでの護衛試験はマネキンが相手だったが、今度は本物の人間だ。しかも貴族の世継ぎ。守る相手がはっきりと意思を持って動く。
「どの班が誰を守るかは貴族科の指名や、お前たちの希望で決める。決まらなければこちらで割り振る。それと――各班には、リーダーを置いてもらう。本番では班をまとめる者が要る」
リーダー。班を率いる者。その言葉に俺の胸の奥がぴくりと反応した。
翌朝、食堂でのことだ。
俺たちが朝食をとっていると、ワフェルがトレーを手にやってきた。アリアの隣に 当然のように腰を下ろす。
「アリア嬢。折り入って頼みがあります」
ワフェルがいつもの紳士的な笑みで切り出す。
「来月の合同訓練、僕を守る班になっていただけませんか。相応の報酬をお約束します。限度はありますが僕にできることなら何でもしましょう。欲しいものがあれば何でも買って差し上げる」
報酬で釣ろうとしている。強い護衛を金で引き入れようという腹だ。そしてその誘いはアリアだけに向けられたものではなかった。
「ソラ殿。あなたにも言っておきましょう。僕の班に来てくれるなら相応の礼をします。イザベル嬢、あなたにもだ」
ワフェルが俺とイザベルにも順に視線を向ける。三人まとめて報酬で囲い込もうとしているらしい。
だが――。
「お断りします」
アリアが即座に言った。静かだが揺るがない声だった。
「私は報酬で動くつもりはありません。誰かに何かをしてもらって借りを作るのも好みません」
「俺もいらない。欲しいものは自分の力で手に入れる」
「私も結構よ」
三人が三人とも報酬を撥ねつけた。ワフェルが少しだけ意外そうな顔をする。報酬で動かない人間が目の前に三人も並んでいるのが信じられないという顔だ。
「……これは参りました。お三方とも見上げた心構えだ」
ワフェルは笑みを崩さなかったが、その目の奥にかすかな苛立ちのようなものがよぎった気がした。
♢
それから数日後――結局、俺たちはワフェルを守る班になる。
報酬を受けたからではない。
ワフェルが貴族科の教師たちに何度も掛け合ったらしい。あの男は貴族科の代表挨拶をするほどの格だ。今年の貴族科では最も位が高い。その最上位の貴族を騎士科一位のアリアが守る。それは誰の目から見ても至極当然の流れだった。
こうしてワフェルともう一人の貴族――リブラを守る護衛班が編成された。
リブラの家は宮廷貴族。位は今年の貴族科ではワフェルに次ぐ地位で伯爵家だという。
護衛班はアリア、カイト、イザベル、俺。そしてもう一人――ガロという男だ。
ガロは課外授業でカイトとペアを組んでいる。金剛星将の推薦で入学した総合六位の男だ。大柄で岩のような体躯をしている。背に負うのは俺の背丈ほどもある大剣だ。
無口な男だった。挨拶をしても低く短く頷くだけ。多くを語らない。だが、その立ち姿にはどっしりとした芯がある。剣を交えればすぐに分かった。土魔法を得意とする防御型の戦士だ。土を盛り上げて壁を作り、その大剣で守りを固める。カイトのすべてを受け流す剣とはまるで違う。物量と質量で守りきる力の守りだ。
面白いことにペアのはずのガロとカイトは、ほとんど言葉を交わさなかった。ガロは無口でカイトはいつもの笑みを浮かべているだけ。互いに踏み込まない。表面だけのペアだった。
そしてカイト。
カイトは当然のようにワフェル護衛班にいた。あいつはマグナ侯爵家の従者。マグナ侯爵家に仕えるカイトが主であるワフェルを守る。それが本来の役割だ。
ふと先日の護衛試験を思い出した。カイトのあの妙に手慣れた守り。以前にこういう経験があるのかもしれないと感じた、今なら分かる。カイトは元々ワフェルを守る立場だったのだ。だから護衛に慣れている。
だが、班の中でワフェルとカイトが並ぶと妙な空気が漂う。
俺やアリアの前ではワフェルはあくまで紳士的だった。穏やかに微笑み、丁寧な物言いを崩さない。だが――カイトに対する時だけその態度が一変した。
「カイト。お前は僕の前を歩くな。後ろに控えていろ」
「……はい、ワフェル様」
「武器の手入れは済ませたのか。僕の護衛が鈍らな剣を持っていては話にならん」
「済ませております」
顎で使い、見下し、当然のように命じる。俺たちに見せる紳士の顔とはまるで別人だった。カイトはそれにいつもの偽りの笑みで頷くだけ。逆らわない。波風を立てない。
俺はそれを黙って見ていた。胸の奥がまたざわついた。だが、口を挟む場面ではない。これはあいつらの間のことだ。
♢
班ができたら次はリーダーを決める番だ。
俺は真っ先に手を挙げた。
「リーダーは俺がやる」
なんでも一番がいい。班を率いるのも、上に立つのも、やってみたかった。三大極星を目指すなら人をまとめる経験だって必要だ。剣だけじゃなくそういう力も身につけたい。
だが――アリア以外の三人は、揃ってアリアを推した。
「リーダーはアリアがいいと思うな」とカイトが笑顔で言う。
「同感ね。総合一位だもの。まとめる力も、判断力も、アリアが一番よ」とイザベル。
ガロも低く頷いた。無口な男のそれが賛成の意思表示だった。
三人ともアリアを推している。順当に考えれば当然だ。総合一位のアリア。リーダーにふさわしいのは誰がどう見てもアリアだ。
俺は少しむっとした。だが、何も言い返せない。実際その通りなのだから。
ところがアリアは――
「一旦、ソラに任せるわ」
そう言った。
俺にリーダーを譲るというのだ。三人がアリアを推す中でアリアは自分ではなく、俺を選んだ。
「いいのか?」
「あなたがやりたいんでしょう。やってみればいいわ。私はサポートに徹するから」
アリアの目は落ち着いていた。これは挑発でも嫌味でもなく、ただ俺にやらせてみようという、静かな眼差しだ。
こうしてワフェル護衛班のリーダーはひとまず俺になった。
だが、リーダーというのは思っていたよりずっと大変だ。
まず、班の作戦を立てなければならない。本番ではワフェルとリブラ、二人を守る。誰がどの位置につくのか。賊が来たらどう動くのか。各人の得意を踏まえて配置を決める。
俺は頭を抱えた。
剣を振るならいくらでもやれる。だが、作戦を立てるとなると座学と同じだ。陣形も、配置も、まるで見当がつかない。誰をどこに置けばいいのか、考えれば考えるほど分からなくなる。
「ソラ。守りの要はガロを中心に据えた方がいいわ。土魔法で壁を作れるから、貴族を背にして防御を固められる」
俺が詰まっていると、アリアが助け舟を出した。
「カイトは捌きが得意だから、側面からの遊撃に当てるのがいいわ。賊の攻撃をいなして隙を作る。ガロが守りカイトがいなす。二人が時間を作れればアタッカーの私たちが切り裂ける。役割を分けるのよ」
なるほど、と俺は頷く。言われてみればその通りだ。だが、それを思いついたのは俺じゃない。アリアだ。
「連絡はどう取り合うんだ?」
「合図を決めておくの。声が届かない時のために手の動きで。それも私が案を出すわ」
配置も、役割分担も、連絡の取り方も。俺が「どうする」と詰まるたびにアリアが答えを出した。俺はそれを聞いて班のみんなに伝える。リーダーとして。
何日かリーダーをやってみて――俺は気づいてしまった。
ほとんどアリアがやっている。
俺がリーダーの顔をして班のみんなに指示を出している。だがその指示の中身は全部アリアが考えたものだ。作戦も、配置も、連絡の取り方も。俺はアリアが整えたものを、ただ右から左へ伝えているだけだった。
これはリーダーじゃない。
俺は自分の力不足をはっきりと思い知った。剣なら誰にも負けない。だが、人を率いるのは剣とはまったく別の力が要る。座学と同じだ。今の俺にはそれがない。まるで足りていない。
アリアと二人で戦うのであれば指示などいらない。こいつとは言葉を交わさずとも戦える。それは獣人たちとの戦いで証明してみせた。でも今回は違う。護衛には作戦が必要で指示も必要。
手柄は欲しい。班を率いたという実績も喉から手が出るほど欲しい。だが――アリアにやってもらって得た「リーダー」の肩書きに何の意味がある? それは借り物の手柄だ。
俺が欲しいのは自分の力で掴んだものだ。人にお膳立てしてもらった称号なんていらない。いつかメッキが剥がれる。
その夜、俺はアリアに切り出した。
「アリア。リーダーはお前がやってくれ」
アリアが少し驚いた顔。だが、どこか予期していたような落ち着きもあった。
「いいの? あなた、やりたがってたじゃない」
「やりたかった。今でもやりたい。だけど、今の俺には無理だ。ほとんどお前がやってるのに俺がリーダーの顔をしてるのはおかしい」
俺は正直に言った。
「手柄は欲しい。だけど、自分の力で掴みたいんだ。お前にやってもらって得たものなんて俺の手柄じゃない。今の俺じゃリーダーは務まらない。だからお前に譲る」
それは負けを認めることだった。だが、逃げじゃない。今の自分にできないことをはっきり認めた上での決断だ。いつか必ず自分の力でリーダーが務まるようになる。だが、それは今じゃない。それだけのことだ。
アリアはしばらく俺を見ていた。それから静かに頷いた。
「分かったわ。引き受ける」
少しだけ笑って付け加えた。
「でも、あなたがリーダーをやろうとしたこと無駄じゃないわ。あなたが先頭に立ったからみんなが集まったの。ガロもカイトもあなたがいたからこの班に馴染めたのよ。リーダーの肩書きよりずっと大事なことだと思うわ」
その言葉に俺は少しだけ救われた気がした。リーダーにはなれなかった。だが、まるきり無駄だったわけじゃないらしい。俺は自分にできることをやればいい。
アリアがふっと笑う。いつもの剣を握る時とは違う、やわらかい笑みだった。
翌日、班のみんなにリーダーの交代を伝える。
「リーダーはアリアがやる。俺は最前線で剣を振る役だ」
誰も異論を唱えなかった。カイトもイザベルも最初からアリアを推していたのだから当然だ。ガロも低く頷いた。
むしろ班の空気が引き締まったように感じた。アリアがリーダーになったことで誰もが納得した。適材適所だ。アリアが班をまとめ、ガロが守りを固め、カイトが遊撃をいなし、イザベルが堅実に支える。そして俺は最前線で剣を振るう。
それぞれの役割がはっきりと決まっていく。
俺は腰の白銀の鞘にそっと手を当てた。
リーダーにはなれなかった。悔しくないと言えば嘘になる。だが、今の自分にできないことを無理に背負っても班の足を引っ張るだけだ。それくらいの分別はある。
いつか必ず人を率いる力も身につける。剣も、座学も、護衛も、人をまとめる力も。三大極星になるために足りないものを一つずつ埋めていく。今日また一つ、自分に足りないものが分かった。それも前に進むための糧だ。
その第一歩がこの合同護衛訓練だ。
ワフェルという、厄介な主を守る任務。報酬で釣ろうとした男を報酬とは関係なく守る。妙な巡り合わせだがまあいい。守ると決めたなら守る。それが騎士だ。
「アリア。本番までしっかり鍛えるぞ」
「ええ。班で動く訓練をしましょう。本番はそれからよ」
俺たちの班は本番に向けて動き出した。
――待ってろよ、クロフォード。
リーダーは譲った。だが、登るのをやめたわけじゃない。一歩ずつ、確実に。俺はまた前に進む。




