第41話 独り占め
月例試験が終わって、席次が改められた。
前回まで三列目だった俺の席が今度は一列目に上がっていた。総合五位。一気に十九も順位を上げた成果だ。
一列目の中央にはアリアがいる。総合一位の席だ。その右隣にカイト、左隣にイザベル。そして俺はそのイザベルの隣に座ることになった。教室の最前列に見知った顔が四人並ぶ格好だ。
悪くない眺めだと思った。だが、問題はすぐに表面化する。
正規授業が始まると、俺はやはり座学についていけなかった。順位こそ上がったが頭の中身が急に賢くなったわけではない。教師が早口で進める講義は相変わらず右から左へ抜けていく。分からないことだらけで俺はたびたび隣のイザベルに小声で質問した。
「おい、今のどういう意味だ」
「……後で説明するから、今は黙って聞きなさい」
「いや、今聞かないと次も分からなくなる」
「あなたねえ……」
イザベルが困り果てた顔をする。授業中に質問攻めにされてこいつも講義に集中できないのだろう。隣でアリアがちらちらとこちらを見ているのにも気づいている。
その日の授業が終わると、アリアがライナスのもとへ向かった。何やら相談を持ちかけている。俺の名前が出ているのは聞こえたが、内容までは分からなかった。
翌日、ライナスが俺たちの席について妙なことを告げる。
「ソラとイザベルの席を交換する。今日からソラはアリアとイザベルの間だ」
席次がそのまま席順になるのがこの学校の決まりのはずだ。五位の俺が一位のアリアと三位のイザベルに挟まれる中央付近に座るなど本来なら有り得ない。
「いいのか、そんなことして」
「アリアからの願い出だ。お前が授業についていけず、イザベル一人では手が回らんとな。二人で見た方が効率がいいという話だ。席次の原則からは外れるが、今回は特例で認める」
アリアが澄ました顔で前を向いている。昨日の相談はこれだったのか。
こうして俺は課外授業だけでなく、正規授業でも二人に挟まれて勉強することになった。右にアリア、左にイザベル。分からないことがあればどちらにでも聞ける。贅沢な配置だ。
だが――その配置が別の問題を呼んだ。
休み時間、廊下に出た俺を数人の男子生徒が取り囲んだ。同じ騎士科の連中だ。
「おい、ソラ。お前いい身分だな」
「アリアとイザベルを独り占めしやがって」
「俺たちにも代われよ」
独り占め。なるほどこいつらも一位と三位に教わりたいわけか。気持ちは分かる。総合一位のアリアと三位のイザベル。あの二人に挟まれて勉強できるなら誰だって順位を上げられる。羨ましいのも当然だ。
「悪いな。これはライナスが決めたことだ」
「ぐっ……それはそうだけどよ」
「順位が欲しいなら自分で上げろ。俺もそうやって上げた」
俺がそう言うと男子生徒たちは何とも言えない顔をして黙り込んだ。一位と三位に教わりたい気持ちは分かるがこればかりは譲れない。俺だって座学で必死なんだ。
後ろでアリアとイザベルが顔を見合わせて、何やら呆れたような、おかしそうな表情を浮かべていた。何がおかしいのか、俺には分からなかった。
♢
二人がかりで教わるようになっても、俺の座学は劇的には伸びない。
アリアが理屈を、イザベルが実戦の例を、両側から噛み砕いて教えてくれる。それでも俺の頭には入る量に限りがあるらしい。三つ覚えれば、二つ抜ける。
「ソラ、昨日やった補給線の話、覚えてる?」
「……補給線が伸びると……よくない」
「それだけ?」
「それだけだ」
アリアが額に手を当て、イザベルが小さくため息をつく。二人がかりでもこの有り様だ。だが、それでも前よりはマシになっている。少なくとも白紙で固まることはなくなった。一歩ずつだ。俺の頭は剣ほど物分かりがよくない。
「焦らなくていいわ」とアリアが言う。「あなたは実技で稼げるんだから。座学は落第しない程度に底上げできれば十分よ」
「いや、もっと上を目指す。座学も必ず」
「……あなたって、本当に欲張りね」
「三大極星に俺はなるからな」
呆れたように、それでいてどこか嬉しそうに、アリアが笑った。
♢
正規授業の実技では組み合わせに変化が生じる。
アリアがイザベルと組んで訓練するようになったのだ。
「色々な相手と打ち合っておきたいの」とアリアは言った。俺とは朝晩みっちり稽古しているから、違う武器、剣筋に慣れておきたいらしい。前回の月例試験で勝利こそ収めたものの、何か思うところがあったのかもしれない。
俺はそんなアリアとイザベルの打ち合いを横目で見ていた。身体能力的にはアリアが上。技量も速さも。ただ、イザベルの革巻き薙刀という特殊な武器がそのアドバンテージを埋め、打ち合いだけなら互角であった。
だが、魔法を使うと話が変わる。アリアが【聖翼纏】を纏った瞬間、勝負は決する。あの速度にイザベルはついていけない。地を蹴り、銀の羽が舞うと、イザベルの薙刀は空を切り、あっさりと懐に入られてしまう。
イザベルが【灼纏】を纏って熱を浴びせても、触れられるのは白銀の残像だけでアリアの肌には届かない。結果、一方的な試合展開に。
だから、二人はすぐに武術のみでの戦いに戻る。魔法を使ったら互いに訓練にならないからだ。二人が打ち合うたびに互いを高め合っているのが分かった。アリアの言う通りだ。同じ相手とばかりやっていては見えないものがある。
一方の俺はカイトと組むことが増えた。
カイトとの訓練は魔法ありだ。そして、アリアとイザベルのように、魔法を使えば終始俺が圧倒する。
カイトの剣は相変わらず、すべてを捌いて受け流す剣だ。だが俺が【天翔纏】を纏えば、その捌きごと押し切ってしまう。膂力、速さ、底なしの体力と纏系の出力。すべてで圧倒し、カイトは守り切れない。
追い詰められたカイトが大技を放ったことがあった。
「【氷凍界】!」
空間そのものが凍てつく魔法だ。入試の時、生徒たちを誰も巻き込まずに周囲を凍らせてみせた、あの精度の高い大技。冷気が一気に広がって、俺の足元から這い上がってくる。
だが――俺を凍らせることはできなかった。
【天翔纏】を纏った俺の体には霜が薄く張りつく程度。金色の光が冷気を上書きしていく。イザベルの炎の時も、カイトの【氷刃】の時もそうだった。俺の【天翔纏】は、どういうわけか相手の魔法を弱めてしまう。なぜなのかは自分でも分からない。なんとなくできる。それだけだ。
「……やっぱり、君には効かないんだね」
カイトが苦笑する。【氷凍界】を使った直後のカイトは明らかに息が荒かった。あの大技はよほど魔力を食うらしい。元々カイトは魔力量が高い方ではないようで、一度使えば魔力が枯渇寸前まで追い込まれる。
「無理に魔法を使うな。お前の場合、剣の方が厄介だ」
「……そうだね。明日からは剣だけでいくよ」
翌日からカイトは宣言通り魔法を使わず、剣術だけで挑んでくる。
魔力を温存したいというのもあるだろう。だが、それ以上に――カイトの剣そのものが少しだけ変わっていた。
いつものすべてを受け流す捌く剣。それは変わらない。だが俺と打ち合う時だけ、カイトの剣にほんの少しだけ攻めっ気が滲むようになった。受けるだけでなく、わずかに前に出る。隙を見て刃を返してくる。
最初は気のせいかと思った。だが、何度か打ち合ううちに確信した。こいつは俺相手にだけ攻めている。
理由はなんとなく分かる。カイトはこれまで捌くだけで勝ててきたんだろう。天性の才能で相手を受け流して、根負けさせてきた。だが俺にはそれが通じない。いくら捌いても俺の体力は尽きない。受けているだけではいずれ押し切られる。だから攻めるしかない。才能だけでは勝てない相手を前にして、カイトの剣が少しだけ変化の色を見せ始めている。
それを俺は黙って受け止めながら観察していた。
カイトの剣には独特の崩しがある。受け流しからぬるりと刃を返す、あの動き。滅多に見せない攻めの一手。俺はそれを目に焼きつけた。いい動きを見れば脳裏に刻んで、体に覚え込ませる。ヴォリトの剣を盗んだ時と同じやり方だ。
今はただ盗むだけ。カイトはそれに気づいていない。攻めることに精一杯で、俺がその剣を吸収しているとは思ってもいないだろう。いつかこの崩しを俺の剣に加える。そう思いながら俺はカイトの刃を受け続けた。
♢
そんな日々が続いたある日、授業の終わりにライナスが全員に告げる。
「来月の月例試験だが、一つ項目が変わる」
教室がざわついた。ライナスが続ける。
「前回の模擬戦に代わって、護衛が試験項目に加わる。武術、魔法、座学、そして護衛。この四項目で評価する」
護衛。これまでの試験にはなかった言葉だ。剣を振るうのでも、魔法を放つのでもない。誰かを守る試験。どういうものなのか、まだ見当もつかない。
「詳しいやり方は、追って通達する。今はそういう試験があると頭に入れておけ」
ライナスはそれだけ言うと、もう一つ付け加えた。
「それからもう一つ。再来月、貴族科との合同で護衛訓練を行う予定だ。来月の試験はいわばその下準備でもある。心しておけ」
貴族科との合同訓練。その言葉に教室の何人かが顔を見合わせた。これまで騎士科と貴族科は同じ学校にいながら別々に動いてきた。それが合同で訓練をするという。
来月の護衛試験。そして、再来月の合同訓練。
どんな試験だろうと、どんな訓練だろうと、やることは変わらない。目の前のものを一つずつ越えていく。それだけだ。




