表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/18

第4話 轟雷星将と銀髪の剣士

 目が覚めたら、星空が見えた。


 体中が痛い。どこもかしこも悲鳴を上げていて、石畳の冷たさが背中から染み込んでくるのに起き上がれない。しばらく空を見上げたまま、ぼんやりしていると、隣に気配を感じた。


「ソラ。よかった、目が覚めたのね」


 エレナが膝を抱えて座っている。ずっとそこにいてくれたのか、この人は。


「……みんなは?」

「大丈夫。マルクも、子供たちも。怪我はあるけど、命に別状はないわ」


 よかった。それだけ確認できれば十分だ。ゆっくり体を起こして、壁を見る。

 金色だ。昨日まで黒かった染みが、一面金色に塗りつぶされていて、朝の光を受けてきらきらと輝いている。夢じゃない。本当にやったんだ。拳を握ると、まだ少し震えていた。





 翌朝、孤児院の門の前に二頭の馬が止まる。

 素振りをしていた俺は、その気配で手を止める。振り返ると――エレナが青ざめた顔で玄関に飛び出していくのが見えた。


 馬から降りてきたのは二人だ。

 一人は男。スマートな体つきで軽装なのに、立っているだけで空気が変わる。ラベンダーがかった短髪に切れ長の目――近づいたら食われそうな、そういう種類の圧がある。


 もう一人は――思わず目が止まった。

 俺と同じくらいの年の女だ。銀色の髪をしていて、ただそれだけで孤児院の裏庭から浮いている。腰に剣を下げていて、その立ち姿が妙に様になっていて、なんというか――尊い、という感じがする。見た目じゃなくて、もっと根っこのところから。

 エレナが震える声で言う。


「七輝星将の方が、いらっしゃいました」


 七輝星将? なんだそれ。俺にはよくわからないが、エレナが震えるほどの相手らしい。強そうな大人が来た――今の俺にわかるのはそれだけだ。

 男がこちらを見る。切れ長の目が、俺の上で一瞬止まった。


「テトラボアは来なかったか」


 テトラボア? 聞いたことのない名前だ。あの四ツ目の化け物のことか?

 威圧感があるのに、押しつけがましくない。孤児院の惨状を見渡して、男の目が細くなる。荒れ果てた庭を一瞥してから、金色に塗りつぶされた裏庭の壁に視線が止まる。


「お前がやったのか」

「ああ」


 エレナが隣で「ソラ!」と小声で叫んでいる。なんだ、何かまずいことでも言ったか? 男は気にした様子もなく、あの化け物の折れた牙を拾い上げて眺める。それから子供たちに何事か聞いて、また俺を見た。


「木剣で、か」

「ああ。折れたけど」

「魔法を使ったな」

「魔法かどうかはわからないけど、金色の光を流し込んだ」


 男が無言になる。切れ長の目が俺の全身をゆっくりと見回して、何かを確かめるように細くなる。体の表面を何かが撫でるような不思議な感触がして、男の眉がわずかに動いたが、それ以上は読めない。


「……名前は?」

「ソラ」

「年は?」

「十二……らしい」

「師匠は?」

「いない」


 男が再び無言になる。今度は長い。


「運よく倒したのでしょう」


 銀髪の少女が口を開いたのは、その時だ。俺を一瞥して、それだけ言う。涼しい顔で、当たり前のことを言うみたいに。

 カチンときた。


「運だと?」

「孤児院の子供がです。テトラボアはDランクの魔物。正規の騎士でも手こずる相手を木剣で倒したというのは――」

「俺が今日まで、どれだけ剣を振ったと思ってんだ」


 少女の言葉を遮る。エレナがまた「ソラ!」と叫んでいるが、止まらない。


「毎日夜明け前から限界まで剣を振って、魔力を枯渇するまで絞り出して、それを一日も休まずやってきた。その結果があれだ。運じゃない」


 少女が俺を見る。蒼い目が、初めてまともに俺を捉えた。


「……ずいぶんな言い草ですね。相手が誰かわかって言っているんですか」

「知らない。でも関係ない」


 少女が眉をひそめる。男が横で、かすかに口の端を動かしている。こいつ……笑っているのか?


「では実力を見せてもらおう」

「どうやって?」

「もちろん、アリアと戦ってもらう」


 ヴォリトはそう言うと、馬車の中から白い木剣を少女に渡す。


「俺に女と戦えと?」

「ああ、お前はアリアより弱いからな」


 こいつ……舐めてやがる!


「じゃあ、俺が勝ったら次はお前だ」

「いいだろう。でもそれはないから安心しろ」


 くそっ! どこまですかしやがって!





 俺とアリアが向かい合う。裏庭の真ん中で、お互いに剣を構える。間合いに入った瞬間、わかった――こいつ、できる。対峙しただけでわかる。見た目に騙されそうになるが、その剣の構えに一切の無駄がない。華奢に見えて、体の芯から鍛え抜かれている。


 でも――踏み込んで打ち込むと、アリアが弾かれそうになりながらも受け止める。力で押す。アリアの足が一歩、二歩と後退して、剣技も力も俺の方が上だ。金色の光が木剣に滲んで、アリアの目が一瞬揺れる。


 いける!

 そう思った瞬間、アリアがバックステップを踏んですっと息を吸った。


「――【聖翼纏サンクト・エンチャント】!」


 何かを口ずさむ。それだけなのに、空気が変わった。白銀の光がアリアの全身から滲み出して体を包んでいき、白い翼のような魔力がアリアの背中に広がる。俺の金色とは違う、澄んだ白銀の輝きだ。


 なんだ、あれは――と思った瞬間、アリアの動きが変わっていた。さっきより速い。さっきより軽い。まるで重力から解き放たれたみたいに、アリアの体がするりと俺の攻撃を躱していく。


 くそ、捕まえられない!


 どんなに力を込めようとも、どんなに速く振ろうとも、俺の木剣を空気を斬り続ける。何度も振っても結果は同じ。白銀が揺れて、残像を斬るだけ。


 これが魔法か――俺のとは全然違う。俺は魔力をでたらめにぶつけているだけだ。でもあいつは魔力を言葉で形にして体に纏わせている。同じ光なのに、まるで別物だ。


 アリアの反撃が来る。白銀の光を纏った剣が俺の木剣と交差する――重い!? それにクロフォードの剣よりも疾い! 魔力をもっと込めなければ衝撃で痺れて木剣が握れなく……が、遅かった。俺の魔力が集まる前に再度白銀を帯びた木剣が一閃――俺の木剣が金色に塗りつぶした石壁にまで弾かれる。


「ちっ!」


 石畳に転がった木剣を拾いに行こうとした瞬間――アリアの剣先が、俺の喉元に突きつけられていた。


「私の勝ちですね」


 声に熱がない。淡々としていて、さも当然のように。

 それが余計に悔しい! 地面に膝をついて、石畳を力任せに殴る――痛い!

 でもそれより悔しい! 剣技でも魔力でも負けていなかった。なのにあの白銀の言葉一つで全部ひっくり返された。


 あれが魔法――俺の金色の光とは根本から違う何かだ。本能でそう理解する。俺はまだ魔力をぶつけているだけで、言葉にできていない。形にできていない。魔法が使えたら――その言葉を、ぐっと飲み込む。言い訳はしない。負けは負けだ。


 アリアがこちらを見ている。さっきまでの涼しい顔と、少し違う。何かを考えているような目だ。


「……剣技は、認めます」


 ぽつりと言った。


「それだけじゃ勝てなかったけどな」

「ええ。でも――同い年でこれだけ動ける人間を、私は見たことがありません」


 視線を外す。嘘をつく顔じゃない。


「次は勝つ!」


 宣言すると、アリアが一瞬だけ目を見開いて、それからまた無表情に戻る。


「やってみればいいでしょう」





 ずっと静観していたヴォリトが口を開く。


「ソラ、俺のもとに来い。お前の力は、ここに眠らせておくには惜しすぎる」


 冷たそうに見えるのに、その奥に確かに熱がある。七輝星将が何かも知らない。この人がどれだけすごいかも知らない。でも目の前に立っているだけで伝わってくる――こいつは本物だ。


「俺の夢は三大極星スリースターズになることだ。クロと二人で並んで、この世で最強の三傑になる。それだけが俺の目標だ。あんたのとこに行ったら、その夢に近づけるか」


 ヴォリトが少しだけ間を置く。


「近づけるかどうかは、お前次第だ」

「十分だ」


 即答する。エレナが目を潤ませているのが横目に見えた。マルクが壁にもたれながら呆れたような笑顔を向けてくる。でも俺の中では、もう決まっている。ここから先は、もっと高いステージで戦う。


 いずれはこの裏庭から出なければならないと思っていたのだ。それが少し早まっただけ。俺はクロフォードがいる場所に向かって、一歩ずつ進んでいく。


 ――壁の金色の染みが、朝の光の中でまだ輝いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ