第4話 轟雷星将と銀髪の剣士
目が覚めたら星空が見えた。
体中が痛い。どこもかしこも悲鳴を上げていて、石畳の冷たさが背中から染み込んでくるのに起き上がれない。しばらく空を見上げたままぼんやりしていると、隣に気配を感じた。
「ソラ、よかった。目が覚めたのね」
エレナが膝を抱えて座っている。ずっとそこにいてくれたのか、この人は。
「……みんなは?」
「大丈夫。マルクも子供たちも。怪我はあるけど命に別状はないわ」
よかった。それだけ確認できれば十分だ。ゆっくり体を起こして壁を見る。
金色だ。昨日まで黒かった染みが一面金色に塗りつぶされていて、朝の光を受けてきらきらと輝いている。夢じゃない。本当にやったんだ。拳を握るとまだ少し震えていた。
♢
翌朝、孤児院の門の前に二頭の馬が止まる。
素振りをしていた俺はその気配で手を止める。振り返ると――エレナが青ざめた顔で玄関に飛び出していくのが見えた。
馬から降りてきたのは二人だ。
一人は男。スマートな体つきで軽装なのに立っているだけで空気が変わる。ラベンダーがかった短髪に切れ長の目――近づいたら食われそうなそういう種類の圧がある。
もう一人は――思わず目が止まった。
俺と同じくらいの年の女だ。銀色の髪をしていて、ただそれだけで孤児院の裏庭から浮いている。腰に剣を下げていて、その立ち姿が妙に様になっていて、なんというか――尊いという感じがする。見た目じゃなくてもっと根っこのところから。
エレナが震える声で言う。
「七輝星将の方が、いらっしゃいました」
七輝星将? なんだそれ。俺にはよくわからないがエレナが震えるほどの相手らしい。強そうな大人が来た――今の俺にわかるのはそれだけだ。
男がこちらを見る。切れ長の目が俺の上で一瞬止まった。
「テトラボアは来なかったか」
テトラボア? 聞いたことのない名前だ。あの四ツ目の化け物のことか?
威圧感があるのに押しつけがましくない。孤児院の惨状を見渡して男の目が細くなる。荒れ果てた庭を一瞥してから、金色に塗りつぶされた裏庭の壁に視線が止まる。
「お前がやったのか」
「ああ」
エレナが隣で「ソラ!」と小声で叫んでいる。なんだ、何かまずいことでも言ったか? 男は気にした様子もなくあの化け物の折れた牙を拾い上げて眺める。それから子供たちに何事か聞いてまた俺を見た。
「木剣で、か」
「ああ。折れたけど」
「魔法を使ったな」
「魔法かどうかはわからないけど、金色の光を流し込んだ」
男が無言になる。切れ長の目が俺の全身をゆっくりと見回して、何かを確かめるように細くなる。体の表面を何かが撫でるような不思議な感触がして、男の眉がわずかに動いたが、それ以上は読めない。
「……名前は?」
「ソラ」
「年は?」
「十二……らしい」
「師匠は?」
「いない」
男が再び無言になる。今度は長い。
「運よく倒したのでしょう」
銀髪の少女が口を開いたのはその時だ。俺を一瞥してそれだけ言う。涼しい顔で当たり前のことを言うみたいに。
カチンときた。
「運だと?」
「孤児院の子供がです。テトラボアはDランクの魔物。正規の騎士でも手こずる相手を木剣で倒したというのは――」
「俺が今日までどれだけ剣を振ったと思ってんだ」
少女の言葉を遮る。エレナがまた「ソラ!」と叫んでいるが止まらない。
「毎日夜明け前から限界まで剣を振って、魔力を枯渇するまで絞り出して、それを一日も休まずやってきた。その結果があれだ。運じゃない」
少女が俺を見る。蒼い目が初めてまともに俺を捉えた。
「……ずいぶんな言い草ですね。相手が誰かわかって言っているんですか」
「知らない。でも関係ない」
少女が眉をひそめる。男が横でかすかに口の端を動かしている。こいつ……笑っているのか?
「では実力を見せてもらおう」
「どうやって?」
「もちろん、アリアと戦ってもらう」
ヴォリトはそう言うと、馬車の中から白い木剣を少女に渡す。
「俺に女と戦えと?」
「ああ、お前はアリアより弱いからな」
こいつ……舐めてやがる!
「じゃあ、俺が勝ったら次はお前だ」
「いいだろう。でもそれはないから安心しろ」
くそっ! どこまですかしやがって!
♢
俺とアリアが向かい合う。裏庭の真ん中でお互いに剣を構える。間合いに入った瞬間わかった――こいつできる。対峙しただけでわかる。見た目に騙されそうになるが、その剣の構えに一切の無駄がない。華奢に見えて体の芯から鍛え抜かれている。
でも――踏み込んで打ち込むと、アリアが弾かれそうになりながらも受け止める。力で押す。アリアの足が一歩、二歩と後退して、剣技も力も俺の方が上だ。金色の光が木剣に滲んで、アリアの目が一瞬揺れる。
いける!
そう思った瞬間、アリアがバックステップを踏んですっと息を吸った。
「――【聖翼纏】!」
何かを口ずさむ。それだけなのに空気が変わった。白銀の光がアリアの全身から滲み出して体を包んでいき、白い翼のような魔力がアリアの背中に広がる。俺の金色とは違う。澄んだ白銀の輝きだ。
なんだ……あれは――と思った瞬間、アリアの動きが変わっていた。さっきより速い。さっきより軽い。まるで重力から解き放たれたみたいにアリアの体がするりと俺の攻撃を躱していく。
くそ、捕まえられない!
どんなに力を込めようとも、どんなに速く振ろうとも、俺の木剣を空気を斬り続ける。何度も振っても結果は同じ。白銀が揺れて、残像を斬るだけ。
これが魔法か――俺のとは全然違う。俺は魔力をでたらめにぶつけているだけだ。でもあいつは魔力を言葉で形にして体に纏わせている。同じ光なのにまるで別物だ。
アリアの反撃が来る。白銀の光を纏った剣が俺の木剣と交差する――重い!? それにクロフォードの剣よりも疾い! 魔力をもっと込めなければ衝撃で痺れて木剣が握れなく……が、遅かった。俺の魔力が集まる前に再度白銀を帯びた木剣が一閃――俺の木剣が金色に塗りつぶした石壁にまで弾かれる。
「ちっ!」
石畳に転がった木剣を拾いに行こうとした瞬間――アリアの剣先が俺の喉元に突きつけられていた。
「私の勝ちですね」
声に熱がない。淡々としていてさも当然のように。
それが余計に悔しい! 地面に膝をついて、石畳を力任せに殴る――痛い!
でもそれより悔しい! 剣技でも魔力でも負けていなかった。なのにあの白銀の言葉一つで全部ひっくり返された。
あれが魔法――俺の金色の光とは根本から違う何かだ。本能でそう理解する。俺はまだ魔力をぶつけているだけで言葉にできていない。形にできていない。魔法が使えたら――その言葉をぐっと飲み込む。言い訳はしない。負けは負けだ。
アリアがこちらを見ている。さっきまでの涼しい顔と少し違う。何かを考えているような目だ。
「……剣技は認めます」
ぽつりと言った。
「それだけじゃ勝てなかったけどな」
「ええ。でも――同い年でこれだけ動ける人間を私は見たことがありません」
視線を外す。嘘をつく顔じゃない。
「次は勝つ!」
宣言すると、アリアが一瞬だけ目を見開いてそれからまた無表情に戻る。
「やってみればいいでしょう」
♢
ずっと静観していたヴォリトが口を開く。
「ソラ、俺のもとに来い。お前の力はここに眠らせておくには惜しすぎる」
冷たそうに見えるのにその奥に確かに熱がある。七輝星将が何かも知らない。この人がどれだけすごいかも知らない。でも目の前に立っているだけで伝わってくる――こいつは本物だ。
「俺の夢は三大極星になることだ。クロと二人で並んでこの世で最強の三傑になる。それだけが俺の目標だ。あんたのとこに行ったらその夢に近づけるか?」
ヴォリトが少しだけ間を置く。
「近づけるかどうかはお前次第だ」
「十分だ」
即答する。エレナが目を潤ませているのが横目に見えた。マルクが壁にもたれながら呆れたような笑顔を向けてくる。でも俺の中ではもう決まっている。ここから先はもっと高いステージで戦う。
いずれはこの裏庭から出なければならないと思っていたのだ。それが少し早まっただけ。俺はクロフォードがいる場所に向かって一歩ずつ進んでいく。
――壁の金色の染みが朝の光の中でまだ輝いていた。




