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【2章完結】宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中
第2章 ステラ星煌学校編

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第35話 軍閥貴族

 朝、教室に入るとライナスが妙なことを言い出した。


「今日の午後、入学式を行う。全員正装で大講堂に集まれ」


 入学式。


 俺は首を傾げた。もう授業は始まっている。課外授業も回っている。エイガーを殴る騒ぎまで起きた。今さら入学式とはどういうことだ? そう思ったのは俺だけではないようだ。騎士科の一人がライナスに質問を投げる。


「先生。入学式って普通は授業の前にやるもんじゃないのですか?」

「ステラ星煌学校では、入学式は席次が確定してから行う。実力で序列を決めてその序列を背負って式に臨む。それがこの学校のしきたりだ。それと貴族科も式に出る。連中は手続きが多くてな。今日まで授業も始まっていない。あいつらにとってはこれが授業前の入学式というわけだ」


 なるほど。俺たち騎士科にとっては授業が始まった後の式だが、貴族科にとっては授業前の式。貴族科からすればこの時期の入学式は当然というわけか。





 午後。大講堂。


 騎士科は五十名。貴族科の生徒たちはその半分程度。貴族科の連中をちゃんと見るのはこれが初めてだった。家紋の入った華やかな制服。金糸で縁取られた襟。俺たち騎士科のフード付き外套とはまるで違う。


 席次順に並んで俺は二十四番目。アリアははるか前方――一位の位置にいる。イザベルは三位。カイトは二位。前に行くほど序列が上がる。後ろから前を見るとアリアの銀髪が一番前で揺れているのが見えた。遠い。


 壇上に教官たちが整列する。


 俺はあの女を探した。受付にいて入試の最後に問題を出した栗色の髪の女。だが、いない。壇上にも、その脇にも。


 学長は不在で学長代理が進行を始め、粛々と式は進んでいく。中ほどで新入生代表の挨拶があった。


 まずは騎士科代表。一位のアリアが壇上に上がる。


 背筋を伸ばしてよく通る声で挨拶をする。短く、無駄がなく、それでいて芯がある。剣を握る時とは違う、もう一つのアリアの顔。


 次に貴族科代表。

 壇上に上がったのは一人の青年だった。

 名は――マグナ侯爵家のワフェル。


 品のいい立ち姿。整った顔立ち。落ち着いた所作。貴族科の華やかな連中の中でも明らかに格が違う。落ち着いた声で淀みなく挨拶する。


 式は淡々と終わった。


 座って話を聞くのは座学と同じくらい苦手だ。退屈な時間が過ぎてようやく解散になる。


 明日から貴族科も本格的に動き出すらしい。食堂もこれからは貴族科の連中と一緒になる。これまで騎士科だけで静かだった食堂が賑やかになるんだろう。


 まあ、誰が来ようと俺のやることは変わらない。肉を食って剣を振って、野菜を食って座学に苦しむ。それだけだ。





 翌朝の食堂。


 俺はいつものトレーを手に取る。肉とアリアに言われて取るようになった野菜。ほうれん草にブロッコリー。緑を山盛りにしていつもの席に着く。正面にはアリア。隣にはイザベルが座っている。


 飯を食い始めてすぐのことだ。


 一人の男がトレーを持ってこちらに歩いてくる。そして、アリアの隣に当然のように腰を下ろす。


 昨日入学式で壇上に上がった貴族。マグナ侯爵家のワフェルだった。


「アリア嬢。昨日の挨拶、見事でした」


 ワフェルが穏やかに話しかける。アリアが少し警戒した目を向ける。エイガーの件があったばかりだ。男が近づいてくることにアリアは敏感になっている。


 そしてワフェルの後ろにもう一人いた。主人に従うように静かに控えている小柄な藍色の髪の青年――俺の同室のカイトだ。


 直感がかちりと音を立てる。カイトがワフェルの後ろに従者のように立っている。この二人は――主従だ。カイトはこのマグナ侯爵家の男に仕えている。


 俺の視線に気づいたカイトが冷え切った笑顔を俺に向ける。主人の後ろでただ波風を立てまいとするそういう顔だ。

 その時、ワフェルがアリアに向き直ると予想外のことを口にした。


「単刀直入に言います。アリア嬢。僕の側室になってほしい」


 側室。意味はよく分からないが、嫁にしたいとかそういう類の話だというのは空気で分かる。


 アリアの表情が固まる。だがワフェルは構わず続ける。


「金や地位で困ることもない。騎士と結婚するよりも宮廷貴族と結婚するよりもいい暮らしができることを約束します。マグナ侯爵家の名にかけて」


 淀みのない口調だった。下品さはない。エイガーのようなべたついた下心とは違う。堂々と当然の権利のようにワフェルはそれを言う。


 俺は思わずアリアを見た。

 アリアも一瞬俺に視線を向けて、しばらく黙っていた。それから口を開く。


「光栄なお話です。ですがお断りします」


 はっきりとした拒絶だった。


「僕の何が不満でしょう。金か地位か。足りないものがあれば言ってください」

「不満などありません。ただ――私は誰かに頼って生きたくはないのです。自分の力で自分の夢を叶えたい。それだけです」


 アリアの声には、いつもと違う重さがあった。

 誰かに頼って生きたくない。自分の力で。


 ただの綺麗事じゃない。その言葉の奥に何かもっと深いものが沈んでいる気がした。俺はアリアのことを知っているようで知らない。だが、こいつが頼らないという言葉にこれほどの重みを込める理由がきっとどこかにある。


 ワフェルは、少しだけ目を細めた。だが表情は崩さない。


「……残念です。ですが気が変わったらいつでも言ってください。僕の申し出はこの学校にいる限り有効ですから」


 そう言ってワフェルは優雅に立ち上がる。カイトが主人に続いて俺に一度だけ目を向けてから二人は去っていく。


 二人がいなくなってから、俺は野菜を口に運びながら聞いた。


「側室ってのは、なんだ」


 アリアとイザベルが同時にこちらを見る。


「……あなた、側室の意味も知らないの」

「知らない。嫁とは違うのか」


 イザベルが額を押さえる。アリアが小さくため息をついてから、噛み砕いて教えてくれる。


「正妻とは別に家のために子を産む女性のことよ。貴族にはたくさんの子を残すという使命があるの」


 子を残すのが使命。騎士が強くなるのが使命なのと同じように、貴族には貴族の使命があるらしい。


「あの男はエイガーとは違うのか? 同じようにお前に手を出そうとしてるんだろう」

「違うわ」


 答えたのはイザベルだった。


「エイガーはただの下心。あれは騎士の風上にも置けない行為よ。でもワフェル様のは使命に基づいたもの。貴族にとって優れた血を取り込むのは正当な務めなの。だから堂々と言える。下品にもならない。でもね、それは貴族だけではないのよ。優秀な男女から生まれた子はかなりの才能を持つことが多いわ。騎士の名家でも同じようなことが行われるわ」


 イザベルがまっすぐに俺の目を捉える。


「それに、あの人はマグナ侯爵家。軍閥貴族の西の名門よ」

「軍閥貴族?」


 イザベルとアリアが顔を見合わせる。それから交代で説明してくれる。


「貴族は大きく分けて二つあるの」とアリア。「軍閥貴族と、宮廷貴族。軍閥貴族は代々からの領地があって、独自の兵を持って武で国に仕える……マグナ侯爵家はその筆頭よ。昔は強大になりすぎて国に刃を向ける軍閥貴族もいたと聞くわ」


「宮廷貴族は、政治や財政を担う家よ」とイザベル。「剣より言葉と金で国を動かす。宮廷貴族と騎士は手を取り合って一つの領地を治めることが普通だけど、軍閥貴族はあくまでも貴族が主。あくまで大きく分ければ、の話だけどね」


 なるほど。武で仕える家と、政で仕える家。ワフェルのマグナ侯爵家は武の方。


「ワフェルが宮廷貴族と結婚するよりいいって言ったのは、軍閥貴族としての自負ね」とイザベル。「武の家は自分たちが宮廷貴族より上だと思っているところがあるの。実際、力で国を支えているのは自分たちだという誇りがあるから」

「力で支えるのは騎士の仕事じゃないのか?」


「そうよ」とアリアが続ける。「でも軍閥貴族はそう思っていない節があるの。だから序列一位の私を取り込んでマグナ侯爵家の力をより強大なものにと思っているのかもしれないわ。そのうちイザベルにも声がかかるでしょうし、ソラにも声がかかると思うわ」


 俺は黙って聞いていた。半分くらいしか頭に入らない。だが一つだけ、はっきり分かったことがある。


「で、お前は断ったんだな」

「ええ。断ったわ」


 アリアが少しだけこちらを見た。何か言いたそうな顔をして、だが結局何も言わずに自分の食事に戻る。俺も自分の食事に戻る。アリアは断った。そう思うと腹の底がどこかスッキリした。

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