第30話 部屋割り
テストが終わって教室に向かうと一人の教官が待っていた。三十代半ばの男。鋭い目つきで立ち姿に隙がない。
「俺が騎士科担任のライナスだ。閃光星将シャーレ様の配下で騎柱の位にある」
騎柱という言葉にざわつく。
千人を率いる位。ガレスと同じ位だ。
「早速だがまずは席順から。一位のアリアは教壇の正面。二位はアリアの右隣、三位はアリアの左隣――」
アリアを中心に席順が決まっていく。序列が高い者ほど前に座るというわかりやすい構図。アリアの右隣には藍色の髪をした男、左隣には赤髪の女が座る。
俺はというと、前から三列目の席。たった一日でこれだけの差がついた。ずっと隣にいたアリアは遥か前にいる。ナイトクローラーの髪留めが、差し込む陽に当たり輝く。
席に着くとアリアが振り向く。
途端に周囲が色めく。
「おい、一位がこっち見たぞ」
「バカ野郎、お前じゃなくて俺を見たんだ」
「絶対に俺がアリアの隣に座る!」
しかし、アリアはそんな奴らに視線を向けるわけでもなく、媚びを売るような笑顔を向けるわけでもなく、教壇の方に向き直る。黒い歪な髪留めに触れながら。
「授業は明後日から本格的に始める! 入学式はその後だ!」
ざわめく生徒たちに対し、ライナスが大音声を挙ぐ。
「席は決まった。これより寮の部屋割りを発表する! 席は一月ごとに替わるが、部屋割りは変わらない! 騎士科は二人一部屋、もちろん同性同士! 問題行動を起こした場合、同部屋の者にも罰を与えるからそのつもりでいろ!」
連帯責任か。俺と同室の者が問題児でないことを祈るのみ。
「まずはアリア! 同室はイザベル!」
アリアが呼ばれて席を立つと、アリアの隣に座っていた赤髪の女も立つ。次々と名前を呼ばれていく。アリアとイザベルのように近くの順位の同性が選ばれているのかと思ったらそうでもない。一列目の生徒と三列目の生徒という組み合わせもある。それが俺だった。
「カイト! 同室はソラ!」
アリアの隣の男――藍色の髪の男が席を立ってから、俺も席を立つ。カイトは少し小柄だ。特徴的なのはその表情で、ここに来てからずっと笑みを絶やさない。何よりこいつは武術で九十二点を叩き出した男だ。さらに魔法で八十点。あの氷の魔法を放った氷魔法使いはこいつだった。まずはこいつを超えてやる。
カイトは振り向き表情を変えずに笑みを見せる。
部屋割りの発表が終わって今日は解散。
男子寮の方へ向かって歩き出そうとした時、背後から声がかかる。
「ソラ、問題行動は慎みなさいよ」
「したことがない」
「自覚がないなら重症ね」
いつものように軽口を叩いていると、アリアの後ろから赤髪の女が歩み寄ってくる。
「あなたがソラね。私はイザベル。父があなたを買っていたわ」
「父?」
「そう。父は灼星柱アゼル。グラハルト様の部下よ」
「知らないな」
アリアが隣で頭を抱える。
「知らなくて当然よ。でも父は言っていたわ。あなたはきっと駆け上がると」
「見る目はいいようだな」
「ソラ! ごめんなさいイザベル。ソラに他意はないから」
「別にいいわ。それよりもソラとアリアはどういう関係?」
イザベルの問いに、思わずアリアと目が合う。
「仲間だ」
「ヴォリト様が組ませてくださっただけのね」
「深い仲ではないということ?」
「深い仲というのがどういう意味かわからない。ただ――」
「ただ?」
「信頼はしている」
俺の答えにイザベルは「そう」とだけ言い残し女子寮へ向かう。後ろ姿を見送りながらアリアが声を潜める。
「イザベルは強いわよ」
「三位だからな」
「それもあるけど、火属性の纏系魔法を使っていたわ」
「纏系? 俺たちと同じか」
「ええ、イザベルの父、灼星柱のアゼル様も使えると聞くわ。それに纏系魔法を使っていたのはイザベルだけではない。他にも数人使っていたわ」
「面白いな」
「面白い? はぁ……あなたからすればそうなるのね」
「どういう意味だ?」
「別に。とにかく問題行動は起こさないことね」
アリアが小さく息を吐いてから、イザベルの後を追う。
♢
男子寮の建物は三階建てで、新入生は二階に集められている。階段を上がって自分の部屋を探す。木の扉に番号が書いてある。番号を頼りに自分の部屋を見つけて、扉を開ける。
部屋の中は二段ベッド、机が二つ、窓が一つ、棚が一つ。質素だが清潔。ガルドレアの兵舎の一人部屋とは違うがこれはこれで悪くない。クロフォードと過ごした孤児院の倍以上の広さはある。
カイトは既に下の段に荷物を置いていた。
必然的に俺は上の段。悪い気はしない。高いところのほうが俺の性に合う。
俺は上の段に上がって荷物を置く。クロフォードの木剣は壁に立てかける。これは下の段の脇でも上の段でもなく部屋の壁。常に視界に入る場所。ヴォリトの懐中時計は机に置く。
下の段でカイトは魔力を練っている。冷気が上の段にまで届いて少し冷たい。でもそんなことで文句は言わない。皆が騎士を目指している。十六歳で元服を許される者は一握り。騎士になれるのも一握り。必死なのだ。
負けられない――いや、負けない!
腹の底に火を灯し、木剣を片手に部屋を後にする。
校庭に出て素振りから始める。四半刻、ひたすら木剣を振り続けていると体の芯から熱が滲み出る。筋肉がほぐれたところで今度は目を閉じる。頭の中に召喚するのは牙獣柱シェーラとの模擬戦だ。過去の再現じゃない。次に獣柱級と戦う時、もっと上手くやるためのシミュレーション。
イメージの中のシェーラは強い。【天翔纏】を展開しようと、【天衝脚】を踏もうと、勝てない。【天衝脚】は一度使えば読まれる――そういう前提で戦っているからだ。相手は獣柱。しかし、騎士見習いの俺が勝てない道理もない。何度でも挑む。
「またやってるの?」
背後からアリアの声がかかる。
「勝つまでやめない」
「そう。なら私も」
アリアが横に立つ。目を閉じて、俺と同じ敵を頭の中に描いて、【聖翼纏】を纏う。数合打ち合ったがやがて光が解けた。結果は聞かなくていい。アリアの表情がすべてを語っていた。
「次は二人でやるぞ」
金と銀が同時に放たれ、同じ一つのイメージへと向かう。そこにシェーラの実体はない。だが俺とアリアは確かに同じシェーラと戦っていた。どちらが主攻でどちらが囮とかはない。どっちもやる。それが今の俺たちだ。
俺が斧槍を引き付ける。その隙に白銀の残像を引いてアリアがシェーラへと駆けた。危険を察知したシェーラは斧槍の先端で俺を牽制しながら、柄でアリアの刃を捌く。完璧な二面対応。だが、そこだ。俺は渾身の力を袈裟に乗せ、斧槍の先端を弾いた。衝撃が柄に伝わり、シェーラの体勢がわずかにブレる。その刹那、銀の光芒が弧を描き――アリアの一太刀がシェーラの脇に走った。
体勢を崩したシェーラが、今度はアリアへと斧槍を薙ごうとする。俺はその動きを追うようにシェーラへと詰め寄った。勢いのついた斧槍を途中で反転させるのは、いくらシェーラといえど容易ではない。振り切って一周させた頃には俺の剣が先に届く。
イメージの中のシェーラは、アリアへの横薙ぎを流しながら同時に俺から距離を取るように体を翻した。素早くこちらに向き直り次の攻撃に備える。
この展開を待っていた!
「【天衝脚】!」
金色の魔力を敷いたのは俺の足元ではない。シェーラの斧槍を跳んで躱したアリアの足元だ。アリアは迷わずそれを踏み台にして勢いよく反転。完全な死角――シェーラの背後から首を刎ねた。
「【天衝脚】の使い方上手くなってきたわね」
「もう自在だ」
「当然よ。誰が指導したと思っているの」
【天衝脚】は俺だけが踏むものじゃない。他者にも踏ませる。ただしそのためには、体重、重心、次にどこへ跳ぼうとしているかを瞬時に読み取って、ぴたりと合わせて金色を敷かなければいけない。ただの足場として置くだけならズレても踏めるが、戦闘中はそうもいかない。ほんの少しのズレがそのまま命取りになる。
これはアリアだからできる。二年間ずっと寝食を共にして呼吸が合い、剣を振ってきた相手だからだ。
気が付けば騎士科の数人が俺とアリアの訓練を見ていた。その中の一人が拍手を送りながら俺たちに近づいてくる。
「さすがの動きね。獣柱を討ち取ったというのも理解できるわ」
アリアの同室、イザベルだ。
「二人で何か見えない相手と戦っていたの?」
「そうよ」
「よくそんなことができるわね」
「……慣れればできると思うわ」
「じゃあ、私とソラでもできるかしら?」
イザベルの視線が俺に飛ぶ。
「無理だ」
「どうして?」
「お前はアリアじゃない」
「でもアリアは言ったわ。慣れればできると」
「そうだ。でも俺とアリアには共通の敵がいた。俺とお前にはそれがない」
イザベルが「なるほど」と顎に手を当てる。その目に、ほんの一瞬だけ何か別の色が走った気がしたがすぐに消えた。
「じゃあ、最後に。ソラ、私と一戦交えない?」
「望むところだ」
頷いて木剣を構えると、イザベルは苦笑を浮かべる。
「今日はギャラリーが多いから明日でお願い」
そう言い残してイザベルは女子寮へと踵を返す。
「女だからって油断はしないように。イザベルは強いわよ」
「女を侮ったことは一度もない。悔しい思いをしてるからな」
アリアの口の端が、わずかに緩んだ。
風が中庭を渡って、ナイトクローラーの髪留めを揺らす。陽はもう傾いている。空が金色から茜色に変わりつつあった。




