第29話 テスト
校門を潜ると事務官に誘導され訓練場へと集められる。訓練場に騎士科の五十名が整列する。前に立った試験官が声を張る。
「騎士科はテストがあります。実技と学科のテストです。これであなたたちの実力を測り、順位を出します」
「順位?」
「はい。学校での席次の基礎になります」
その一言で、腹の底に火が灯った。
一位を取る。三大極星を目指す者がこんなところでつまずけるか。最初の一歩で誰よりも前に出る。それでこそクロフォードに追いつく道が始まる。決意は声に出さない。だが顔には出ていたんだろう。アリアが横で小さく笑った気がした。
「本日のテストは三項目。武術、魔法、戦略兵法。それぞれ百点満点、合計三百点で順位を決定します」
武術。魔法。戦略兵法。
武術とは剣術、体術、槍術などの魔法を使わない戦闘技術の総称。
武術と魔法は問題ない。戦略兵法は――何だ、それ?
アリアが横で小さく息を吐く。
「軍略の試験ね。陣形、兵站、地形利用、伝令の組み方。座学よ」
「…………」
座学……一番苦手な分野だ。文字は読めるようになった。書ける字も増えた。だが軍略なんて聞いたこともない。
「私が教えなかったのが悔やまれるわ」
「お前のせいじゃない。俺が嫌がっただけだ」
「自覚あるじゃない」
零点を取るわけにはいかない。武術と魔法で稼ぐしかない。実技で誰よりも上を取って、座学はできる限り粘る。それで一位を取り切ると決めた――さぁ行こう。
♢
最初は武術。
木剣を持って試験官の騎士と一対一の手合わせ。三十秒間攻め続けるか、相手から一本取れば高得点。
順番が回ってくる。試験官は髭を蓄えた騎士。鎧こそ着ていないが、立ち姿に隙がない。本物の騎士だ。胸が高鳴る。久しぶりに知らない相手と剣を交える。
「始め!」
合図の瞬間に踏み込む。【天翔纏】は使わない。ここは純粋な剣術で見せる場所だ。
一撃目を弾かれる――試験官の眼が鋭くなる。
二撃目を躱される――が、微かに掠る。
三撃目で剣がぶつかり合うと試験官が「ぐっ!?」と唸る。
十秒、二十秒と攻め続ける。試験官の表情が淡々とした顔から次第に焦りへと変わっていく。ヴォリトに毎日打ち込んできた剣だ。南部で獣人と斬り合ってきた剣だ。試験官に軽く流されるなんて道理はない。
三十秒の合図が鳴った時、試験官を圧倒していた。あと数秒もあれば脳天に叩き込めたと思うと悔しい。
結果――武術、九十点。
満点じゃない。試験官に届かなかった十点が悔やまれる。アリアが順番待ちで横にいて、結果を聞いて頷いている。
次にアリアが受ける。試験官の騎士相手に正確な剣筋で攻め続ける。一度も後退しない。アリアの剣は綺麗だ。俺の剣が剛ならアリアの剣は柔だ。三十秒、淡々と斬り続けて試験官に頷かせて終わる。
結果――武術、八十点。
次々と生徒たちが試験官に挑む中、「九十二点!」という試験官の声が会場に響く。
「くそっ! 一位を取れなかった!」
「まだこれからよ」
「魔法では一位を取る!」
「もちろんよ」
♢
次は魔法。
騎士見習い昇格試験と同じように魔紋盤を使って魔力量のチェック。
次に得意魔法を使い、試験官がそれを採点。
結果――魔法、九十点。
精度の荒さを、魔力量の異常な高さが押し上げた。試験官の顔がちょっと引きつっている。
次はアリア。
魔紋盤を白銀に染めてから、【聖翼纏】を纏うと白銀の光が全身を覆う。さらに【聖光癒】を詠唱し、癒やしの光を見せる。
結果――魔法、九十点。
顔を見合わせる。
「同点か」
「ええ」
「俺の方が魔力量は上だ」
「私の方が精度は上よ」
「結果は同じだろ」
「……そうね」
九十点台は俺たちだけだ。そう思った矢先――空間ごと凍てつかせるような魔法を放った生徒がいた。誰も巻き添えにしなかった精度は本物。だが結果は八十点。魔力量が足りないのか、別の問題があるのか――理由はわからない。
「……どこの世界にもとんでもない奴はいるんだな」
「そうね」
「だけど俺たちが一位だ」
「ええ、次も一位を目指すわよ」
武術と魔法。実技は両方押さえた。あとは座学。
♢
戦略兵法。座学。
訓練場の隅に筆記試験用の机が並べられて、試験用紙が配られる。
問題を見た瞬間――目の前が暗くなった。
・鋒矢の陣の弱点を述べよ。
・補給線が伸びきった軍に対する戦術を三つ挙げよ。
・敵の倍の数を持つ軍が籠城する敵を攻める際、最も避けるべき選択は何か。
…………。
知らない。一つも知らない。
陣の名前すら知らない。鋒矢って何だ? アリアが言っていたような気もするが。補給線が伸びきるとどうなるのかも知らない。籠城は知っているが、それを攻める時に避けるべきこと……なんて考えたこともない。突っ込めばそれで済む。そうじゃなきゃ【天衝脚】で飛び越えられれば済む話。考えるまでもない。
周りの生徒たちの筆が走る音が聞こえる。アリアの筆も止まっていない。皆、迷いなく書き進めている。
俺だけが、止まっている。
額に汗が浮かぶ。剣で吹き飛ばされても、獣人の前に立たされても、こんな汗は出なかった。座学の前で汗をかいている。情けない。
せめて何か書け。
鋒矢の陣の弱点――先頭が倒れたら崩れる。鋒矢ってのが俺の想像通りなら、先頭が要のはずだ。先頭を倒せば崩れる。書こうとするけど鋒の字がなかなか書けない。
書いては消し、書いては消し。
何分も同じ字で躓いた。文字を斬って張ったりできれば容易いがそうはいかない。
「……解答用紙、回収します」
時間が来る。
俺の解答用紙はほぼ白紙だった。
試験官が俺の用紙を見てため息を呑み込むような顔をする。
結果――戦略兵法、五点。
アリアの戦略兵法は最後まで筆が止まらなかった。淀みなく書ききった。
結果――戦略兵法、九十五点。
♢
順位発表。
訓練場に整列し直した新入生たちの前で、試験官が結果を読み上げる。
「総合順位、一位――アリア。武術五位、八十点。魔法一位、九十点。戦略兵法一位、九十五点。合計二百六十五点」
会場がざわつく。一位。
アリアが静かに頭を下げる。落ち着いた表情。だが目の奥には確かな満足の光がある。当然だ。こいつは結果を出した。総合一位。文句のつけようがない。
順位が次々と読み上げられていく。二位。三位。四位。五位――。
俺の名前は、まだ呼ばれない。
六位。七位。十位。十五位――。
まだ呼ばれない。
二十位。二十一位。二十二位。二十三位――。
「総合順位、二十四位――ソラ。武術二位、九十点。魔法一位、九十点。戦略兵法五十位、五点。合計百八十五点」
訓練場がざわついた。
武術二位。魔法は同率一位。実技で二つも上位を取っておいて、総合二十四位。ど真ん中の、少し上。誰の目から見ても「中の生徒」だ。
くそっ! 拳を握って唇を噛む。
クロフォードだったらきっとすべて満点。幻影のクロフォードが「また俺の勝ちな」と余裕めいた表情で見下してくる。
ただただ悔しい。
拳を握りしめて、この悔しさを燃料にして次に使うことを誓った。
試験官が一礼して引っ込む。
代わりに一人の女が俺たちの前に立った。十日前受付にいた栗色の髪を後ろでまとめた穏やかな顔の女。新入生たちの視線は女の後ろに控えた四人の男たちに向いている。
「最後の問題です。この中で誰が一番強いか当ててください。この問題に関しては正解不正解の是非を問いません」
新入生たちが首を傾げながらも順に動き始める。それぞれがこの人だと思う男の前に進み出る。
多くが選んだのは壮年の男。落ち着きと威厳がある立ち姿。二十人ほどがその前に並ぶ。
次に若い剣士。手のひらに剣だこがあり明らかに鍛えている。実力派と見抜いた者が並ぶ。十五人ほど。
痩身の魔法使い風の前と、巨体の重戦士の前にも数人ずつ並んだ。
新入生五十人が次々と思い思いの男の前に列をなす。
その中で俺は動かない。
アリアも動かない。俺の隣で立ち止まったまま。
――おかしい。俺の本能がそう告げている。
後ろの四人は確かに強い。だが俺の肌がざわつくのはそっちじゃない。目の前で穏やかに微笑んでいるこの女。進行役の顔をしているが、立ち姿の底に沈んでいるものが四人とは桁が違う。
女が俺たちに気づく。穏やかな笑み。しかし、その視線は鋭い。
「お二人はどなたを選ばれますか?」
新入生全員の視線が俺たちに集まる。
「あんただ」
俺は女を指差す。後ろの四人ではなく、前に立っているこの女自身を。
女の目がわずかに見開かれる。
「……どうしてそう思ったのですか」
「…………」
理由を言葉にしようとして、上手くまとまらない。
「直感だ」
「直感?」
「そうだ。ナイトクローラーの時もそうだった。俺にはわかる。あんたが一番強い」
ナイトクローラーを感知した時の感覚。あの時、見えてなくても気配が読めた。それが――それ以上のものが目の前のこの女から漂っている。
後ろの四人にも似たような感覚はある。確かに強い。だが目の前の女は桁が違う。比べる気にもならない濃さがある。
クロフォードの強さも、ヴォリトの強さも、シェーラの強さも、グラハルトの強さも――全部、直感でわかる。
アリアが横で頷く。
「私もソラに従います。ソラの直感だけは信頼できますから」
「直感だけとはなんだ?」
「読んで字の如くよ」
「…………」
女はただ穏やかに微笑んでいる。
「ありがとうございました。皆様、本日の試験は以上です」
正解とも不正解とも、告げない。
ただ試験の終了を告げて、後ろの四人の男たちが踵を返して去っていく。
「私が伝えたかったのは、強さを見抜く目です。家名でも、役職でも、見た目でも、肩書きでもない。本当の強さを知ってほしかったのです」
女の目が俺に止まる。穏やかな微笑だがその奥に明らかな興味が滲んでいる。
「あなた、面白い人ですね。さすがヴォリトが推薦を出すだけのことがあります」
それだけ言って、女は自らの名前を明かさぬまま、俺たちに背を向けて建物の中に消えていった。




