第28話 ステラ星煌学校
でかい。
それが王都セプテルムの第一印象だった。
【天衝脚】で飛び越えられるか今度試す。それが次に思ったことだ。
城壁がガルドレアより高い。門をくぐった先に広がる大通りは、端から端まで見渡せないほど長くて、人と馬車と荷車がひっきりなしに行き交っている。建物が三階建て、四階建てと重なっていて、空が狭い。路地の奥からは食い物の匂いや鍛冶の音が入り混じって押し寄せてくる。ガルドレアが大きいと思っていた自分が恥ずかしくなるくらいの規模だ。
「口、閉じなさい」
「閉じてる」
「開いてたわ」
アリアは落ち着いている。
「来たことあるのか?」
「小さい頃に一度だけ。でも覚えているわ」
街の中心を見据えるアリア。そこには水が湛えられた堀と街の城壁よりも高い壁によって王城が守られていた。
「あれを見てどう思った?」
「でかい」
「嘘よ。【天衝脚】で飛び越えられるかもしれないと思ったでしょ?」
「思ってない」
「間違ってもそんなことをしないで。捕らえられて牢獄行きよ」
「…………」
危うく明日やるところだった。にしてもなんでこいつは俺の思考が読める? 修練にはちょうどいいかもと思った矢先だったからビックリだ。
「入学まであと十日。それまで王都の宿で過ごすわよ」
アリアは地図を見るわけでもなく建物に入っていく。俺もその小さくも頼もしい背の後についていく。
カウンター越しの宿の亭主にアリアが声をかけた。
「今日から十日後まで、いくら?」
「一部屋で銀貨五枚……それにプラスで一人銅貨五枚だ。何人だ?」
「二人よ」
亭主が怪訝そうな顔をし、俺を一瞥。再度アリアに顔を向けた。
「後ろのあんちゃんと一緒か?」
「ええ」
「……うちは連れ込み宿じゃねぇよ。他をあたってくれ」
「わ、私と彼はそんな関係じゃない! ステラ星煌学校の入学生よ!」
アリアが背負っていたカバンから紙を見せる。あれは入学が認められた者にしか渡されない証書。
「ま、まじか……騎士科だと?」
アリアと証書の顔を何往復もする亭主。
「花売りにしては別嬪すぎるとは思ったが、まさか騎士とはな。ただ騎士であろうともうちではそういう行為は――」
「だから、違うと言っているでしょ!?」
「じゃあ部屋は別々でいいのか?」
「……一緒でお願い」
「…………」
なんとか宿泊の許可が下りた。宿に泊まるにもこんなに苦労するのか。
「はぁ……ソラ荷物を置いたら一度学校に行くわよ」
「学校に?」
「ええ、今のうちに入学手続きを済ませるの」
「そんなの素振りの後でいいだろ」
「よくない。最優先」
半ば強引に連れていかれたのは街の中心にほど近いバカでかい建物群。白い石壁に金の装飾。その近くに七つの星を象った旗がはためいている。これがステラ星煌学校か。
厳重に警備されている校門をくぐる。立派な石造りの校舎。中庭には剣を振るう生徒たちの姿が見える。ガルドレアの兵舎とはまるで違う、磨き上げられた静謐さがあった。
その中の一つの建物に入る。
受付前のホールに足を踏み入れた瞬間、目を奪われる。
床から天井に届く巨大な水晶柱。透き通った内部に三つの名前が金色の光で浮かび上がっている。
「これは……?」
「三大極星の名が浮かぶ水晶柱よ。現在の三大極星の名前が浮かぶの。理屈は不明。でもここに表示された者が三大極星。こういうものが各地に散らばっているわ。水晶柱しかり、水晶盤しかり」
水晶を見上げる。三つの名前が浮かんでいるがどれも知らない名前。クロフォードはまだここにはいない。だが必ずここに刻まれる名前だ。
そしていつか俺の名前も――その隣に。
「ここに俺の名前を刻む」
口に出していた。誰に向けてでもない。自分への宣言。
アリアが横で小さく息を吐く。呆れたような、それでいて嬉しそうな顔。
「……あなたなら、本当にやりかねないわね」
そう言いながらも受付に進む。立っているのは二十代中盤か二十代後半の女だった。栗色の髪を後ろでまとめていて、整った顔立ち。穏やかな微笑を浮かべているのに、立ち姿に隙がない。
「ようこそ、ステラ星煌学校へ。お名前を」
「アリアです」
「ソラだ」
女が証書を確認する。
「お二人とも、轟雷星将ヴォリト様の推薦ですね。どうぞこちらへ」
別室に通されて入学後の説明を受ける。先程の女とは別の事務官が淡々と読み上げていく。
騎士科は定員五十名。各七輝星将の推薦を受けた騎士見習いや、将来を嘱望される者たちが入る学科で卒業時に騎士の位を得る。優秀な成績を収めた者は十六歳で卒業し、元服が許される。
貴族科というのもあるようだ。定員に上限がなく、在籍するだけで一年で全員元服。後から学費がかなり高いとアリアから聞いた。
説明を終えると事務官が小さな銀の徽章を二つ差し出す。
「ステラ星煌学校の徽章です。在学中は常に身に着けてください」
七つの星と剣を組み合わせた紋章。手のひらに乗せるとひんやりとした金属の感触。アリアが慣れた手つきで胸元に留める。俺も真似して留めるが、留め金の構造がよくわからなくて、何度かやり直してアリアに直してもらう羽目になる。
「十日後テストを行います。試験には学長が見学に来るかもしれません。多忙な方でなかなか学校には来ませんが、アピールする機会があるかもしれませんので、もし武器があるのであれば、今のうちに磨いておいてください。一位の方には貴族科の者と一緒に入学式でスピーチをしてもらいますので、そのつもりでいてください」
俺とアリアは黙って頷いて、その場を後にした。
♢
学校を出て宿に戻る道すがら、王都の喧騒を横目に歩く。
大通りには物売りの声が飛び交い、馬車が石畳を鳴らして通り過ぎる。すれ違う人々の服装はガルドレアより華やかで、香水や香辛料の匂いが入り混じっている。耳が拾う情報量が多すぎて頭が追いつかない。アリアは普通の顔で歩いているがこいつも内心では同じくらい疲れているはずだ。
宿の亭主が二人の顔を見て苦笑いで「お帰り」と迎える。あの誤解はまだ続いているのか、解けているのか、はっきりしない。
部屋に戻るとベッドが二つ。窓際の小さな机付近に荷物を置いてヴォリトの懐中時計を机に置く。
「ソラ。私、しばらく勉強するから」
「ああ、俺は走ってくる」
「走ってくるって……今から?」
「明日からじゃ遅い」
「……あなたは本当に」
アリアが諦めた顔で本を開く。十日後の入学までに王都の地理や学校の歴史を頭に入れるつもりらしい。俺はそういうのは苦手だから体を動かすほうを選ぶ。役割分担だと思えばいい。
宿を出て城壁の外側に回る。
王都の城壁は巨大で外周を一周するだけでガルドレアの二倍はある。俺はその外周を【天翔纏】を纏って走る。金色の光が全身を包んで地面を蹴る。風景が後ろに飛んでいく。
走りながら木剣を抜いて素振りを始める。走る速度を維持したまま、左右に振る。上から下に。下から上に。脇から前へ。ガルドレアでアリアと並んで街道を走った時の感覚をもっと強くしたやり方だ。
【天翔纏】の維持時間はガルドレアにいた頃より延びている。戦場での実戦経験が纏う感覚を底上げしてくれている。今なら制御さえすれば半刻近く纏ったままでいられる。途中で【天衝脚】も試す。走りながら跳んで、空中に金色を敷く。一枚目、二枚目、三枚目。三枚を踏み台にして高く跳ぶ。落下しながら剣を振る。着地して、また走り出す。
動きながらの【天衝脚】はまだ精度が落ちる。立ち止まって練ったほうが安定するが、それでは実戦で使えない。動きながら、走りながら戦いの中で【天衝脚】を出せるようにしなければ意味がない。
城壁の上から槍を構えた警備兵がぎょっとした顔で見下ろしている。だがすぐに「学校の入学生らしいぞ」と話している声が聞こえてくる。気にせず走り続ける。
陽が傾く頃まで走る。城壁を二周。汗が乾く間もなく流れて足が軋む。それでも止まらない。明日も走る。明後日も走る。十日間、毎日走り続けると決めている。
♢
陽が落ちる頃、宿に戻る。
部屋の扉を開けると机に向かって本を読んでいたアリアが顔を上げる。本を閉じて俺の全身を上から下まで見た。
「……どこまで走ったの?」
「城壁を二周」
「二周?」
「ああ」
「……正気?」
「至って」
アリアが何かを言いかけて諦めたように首を振る。
「先に湯を浴びてきなさい」
宿の湯殿で汗を流す。戻るとアリアが机の上に二人分の食事を用意してくれていた。亭主から買ったらしいパンとスープ、簡単な肉。
並んで食べる。アリアは今日勉強した内容を簡単に話してくれる。王都の地理、学校の主要な教官、過去の有名な卒業生。俺は半分くらいしか頭に入っていないが、頷いて聞く。
食べ終わって、アリアが本を片付ける。
「明日は私も走る」
「お前も?」
「あなただけに鍛錬させるわけにはいかないわ」
「望むところだ」
毎日城壁を二周。アリアも一緒に【聖翼纏】を纏って走る。白銀と金色が並んで王都の城壁の外を駆け抜ける光景が、警備兵の間でちょっとした名物になっていく。
「あの二人、入学生らしいぞ」
「金と銀の纏系だってよ」
「化け物じゃねえか」
声は走りながらも耳に入ってくるが、足は止めない。
宿の亭主は俺たちの食事を用意してくれるようになる。最初の誤解はもう解けたのか解けていないのか、はっきりしないまま。亭主が「お前ら、いい目してるな」と一度だけ呟いたのが、俺には妙に嬉しかった。
夜は二人で勉強する。アリアが教えて俺が文句を言いながら聞く。それでも一日の終わりには書ける文字が一つ二つ増えている。アリアが横で薄く笑っている。
そして十日が経った。
♢
テストがあるという朝。
目を覚ます。窓の外は晴天。鏡の前で初めて頭巾つきの外套型の学生服を着る。動きやすいように設計されたのか、木剣を振っても邪魔にならない。胸元には銀の徽章。七つの星と剣の紋章が朝日に光る。袖を通すと肩のあたりが少しだけ緊張する。これから先、毎日この服を着る。これが俺の戦闘服だ。
宿を出ると、アリアが既に外で待っていた。女用の学生服。胸元に同じ徽章。
「似合うじゃない」
「お前もな」
「当然よ」
並んで歩く。校門の前に新入生が集まり始めている。家紋入りの装飾を施した制服を着た貴族科の生徒たちは俺たちの学生服とは違って動きづらそうだ。
胸元の徽章に手を当てる。ヴォリトの懐中時計を懐に。クロフォードの木剣を腰に。
「行くぞ」
「ええ、騎士になるために」
「俺は三大極星になるためにだ」
「なら私も、セレスティアの……」
「…………」
それぞれの想いを込め、ステラ星煌学校の中へと入るのであった。
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