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宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中
第1章 従士編

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第24話 迫りくる脅威

 ラッパの音が鳴る時間に飛び起きて、木剣を持って素振りをしに表に出る……と、思ったら、突然首根っこを掴まれ、自分でも信じられないくらい素っ頓狂な声が出る。


「うわぁっ!」

「うわっ、じゃないわよ。どこに何しに行くつもり?」


 背後からはよく聞き慣れた凛とした声。

 俺がこの二年間で一番耳にした声。

 その声を聞いてホッとするのが少し悔しくもあり……やっぱり悔しい。


「外で素振りだ」

「ダメ、魔力を使うでしょ」

「使わない」

「ここにいて」

「じっとしたら死ぬ」

「…………」


 逡巡した後、「はぁ……」と諦めたようなため息が漏れる。


「じゃあ、私も同行するわ」


 外に出ると、深紅を纏った者が数人巡回している程度で、寝静まっていた。その静寂を俺とアリアの木剣が交わる音で切り裂く。しばらく体を動かしていると、俺たちに近づく気配がした。


 深紅の外套を纏った騎士が一人、こちらに向かって歩いてくる。見覚えがある。昨日、受付の前で俺たちを鼻で笑った騎士だ。


 ガレスの天幕の前で足を止めて、中に声をかける。ガレスが寝起きの眼を擦りながら出てきて、二人が向かい合う。俺とアリアは剣戟を重ねながら見ていた。


「今日の配置が決まった。お前たちの小隊は、中央からやや下がった位置に入ってもらう」


 後方支援ではない。中央付近だ。前線のすぐ後ろ。昨日とはまるで違う配置。


「理由は?」


 ガレスが聞く。深紅の騎士は少し間を置いてから、目を逸らさずに言う。


「もともと昨日の配置は戦場に慣れるためのものだ。それに昨日の右翼崩壊を塞いだのは、お前たちだと聞いている……後方に置いておくのは、もったいない。グラハルト様がそう仰っていた」


 それだけ言って、騎士は踵を返す。去り際に一瞬だけ俺の方を見て、昨日とは違う目をしていた。侮りはもうない。代わりにあるのは、値踏みに近い何かだ。お前が本物かどうか、今日確かめてやるとでも言いたげな視線。


 足音が遠ざかると、ガレスが俺たちのもとに歩み寄ってきた。


「聞いてたか」

「聞いてた」


 ガレスが、にやりと笑う。この人がこんな顔をするのは珍しい。


「今日は忙しくなるぞ」


 アリアが振り下ろす木剣の威力が、かつてないほど重くなった。





 前線の空気は、後方とはまるで違う。新しい持ち場についた瞬間に肌が粟立った。血と鉄の匂いが鼻を突く。獣人の咆哮が直接腹に響いてきて、地面を揺らす足音が足裏から骨の芯まで伝わってくる。ここは観客席じゃない。舞台の上だ。俺が立っている場所に、昨日まで誰かの血が流れていた。それがわかる匂いがする。


 中央右寄りの最前列に鉄色の金剛星将の部隊が壁のように並んでいて、その隣に蒼い氷刻星将の部隊。少し後方に深紅の炎獄星将の部隊。そして右翼の端に、深緑の疾風星将の部隊が大きな馬に跨って並んでいる。


 俺たちはその大きな角が生えた馬を横目に自分たちの持ち場、金剛星将の部隊のすぐ後ろに向かう。


「あれは有角馬ペテスよ。疾風星将の精鋭だけに許される騎馬。この大陸で最も速い陸上生物と言われているわ」

「知ってた」

「はいはい。覚えておいて」

「…………」


 いつもながら、こいつがいなかったら俺は何もわからないままだ。





 角笛が鳴った瞬間、腹の底から熱いものがせり上がってくる。


 戦場が動く!


 最前列の金剛星将の部隊は一歩も退かない。鉄の鎧で全身を固めた騎士たちが盾を構えて横一列に並んで、獣人の突進を真正面から受け止めている。地面が揺れるほどの衝突音が連続で弾けて、その度に砂埃が巻き上がる。獣人が棍棒を叩きつけても、拳を振り下ろしても、鉄の壁が揺るがない。一人が押されれば隣が支え、隣が崩れればまた隣が補う。獣人の勢いが止まったところに、鉄の壁の隙間から長槍を突き出し、刺傷を与えていく。あいつら、個人で戦ってるんじゃない。壁そのものになって戦っている!


 その横で、蒼い光が立ち上る。


 氷刻星将の部隊が地面から何枚もの氷壁をそびえ立たせて、獣人の進路を塞いでいく。行く手を阻まれた獣人が一か所に固まって身動きが取れなくなった瞬間――深紅の炎が降り注ぐ!


 炎獄星将の部隊の火魔法だ。何十人もの騎士が一斉に放つ炎の雨が、足止めされた獣人を焼いていく。獣人が吠えながら後退していくのが見える。汗が額を伝って顎から落ちる。戦場の熱気と、体の内側から湧き上がる興奮で、全身が燃えている。


 そして右翼で、大地が揺れた!


 深緑の外套を纏った騎士たちが有角馬ペテスを駆って、獣人の側面に突っ込んでいく。速い! 普通の軍馬とは比較にならない! 矢のように駆け抜けながら騎乗のまま風魔法を叩き込んで、獣人が反応した時にはもう離脱している!


 すげえ……!


 金剛が受け止め、氷刻が分断し、炎獄が削り、疾風が横撃する。四つの部隊が噛み合って、獣人を組織的に追い込んでいく。こうして連携したら、押し返せる。これが星将の軍だ。力だけじゃない。知恵と連携と判断が、力を何倍にもしている。アリアが教えてくれた『星将はただ強いだけではなれない』という言葉の意味が、今この戦場で腹の底に落ちてくる。


 紫紺の小隊も、前線の中で戦っている。


 前に出る位置が上がった分、獣人と遭遇する頻度が昨日までとは段違いだ。金剛と氷刻の壁を抜けてくる獣人を迎撃するのが俺たちの仕事で、ガレスが指示を飛ばし、俺とアリアが前に出て、レオたちが後方を固める。


 天翔纏を纏って踏み込む! 浅く、速く。ガレスに教わった通りに。獣人の腕が空を切る風圧を頬に感じながら、すれ違いざまに剣を入れる。汗が目に入る。拭う暇はない。白銀の光がすかさず背後をカバーして、アリアが獣人の反撃を封じる。


 二体目! 三体目! ガレスの紫電が獣人の脚を止めて、俺の金色が止めを刺す。四体目はアリアが先に動いて脚を払い、俺が頭上から叩き込む。手が痺れる。腕が熱い。でも止まれない。止まりたくない! 金色と白銀の呼吸が戦場を重ねるたびに深くなっていって、どこに踏み込めばアリアが動きやすいか、どのタイミングで抜ければアリアが仕留められるか、考えなくても体が動いている。


 今日は朝練を流したからピッカピカ。魔力も体内のかめに潤沢にある。このくらいだったらまだまだ余裕で戦える。それに天翔纏の消費を抑えながら戦う術が、実戦の中で少しずつ身についてきている。長く纏えるようになれば、もっと前に出られる。もっと斬れる。もっと強くなれる!


 前線が押し上がっていく。獣人が退き始めて、人間の陣が前に出る。


「このまま押し切れるのか」


 レオが荒い息で呟く。俺もそう思い始めていた。どの部隊も消耗はしているが崩れていない。このまま押していけば、獣人を国境の向こうまで追い返せるんじゃないか。


 そんな空気が漂い始めた、その時だった――左翼の方角から、轟音が響いたのは。


 戦場の騒音とはまるで違う、腹の底を殴りつけるような深い衝撃だ。大地そのものが悲鳴を上げたような振動が足元を伝わってきて、俺の体が一瞬よろめく。続けて悲鳴。一人二人じゃない。何十人もの悲鳴が重なって、左翼から波のように押し寄せてくる。


 振り返る。


 左翼が崩壊している。


 騎士たちの防衛線が粉砕されている。吹き飛ばされた騎士たちが地面に転がり、陣形そのものが引き裂かれている。左翼にも精鋭はいたはず。なのに獣人たちは左翼から斜めに突っ切るように陣を切り裂いていく。


「何が起きた!」


 ガレスが剣を構えたまま左翼を睨む。


 崩壊の中心に、影が立っていた。


 今まで戦ってきた獣人とはまるで違う。体躯が二回りは大きい。今まで見たどの獣人よりも巨大で、鎧を纏った騎士が石ころのように吹き飛んでいる。踏み込みの一歩で大地が震え、拳の一振りで何人もの騎士がまとめて薙ぎ払われる。周囲の獣人たちも、あの巨体の後ろに従うように動いていて、明らかに軍を従えている。


 アリアが息を呑む。


「……獣将」

「獣将?」

「鋒矢の陣の先頭に立っているのが獣将。獣王国の最高戦力。人間でいえば七輝星将に相当する存在よ」


 崩壊が左翼から中央に向かって広がっていく。一度崩れた陣は脆かった。先頭付近は騎士で固めているものの、中心付近は見習いばかり。そんな奴らが鬼神の如く迫りくる獣将を止められるわけがなかった。離れた場所にいる騎士たちもなんとか魔法で食い止めようと試みるが、敵は自陣に食い込んできている。下手に魔法をぶっ放そうものなら同士討ちは免れない。だから慎重にならざるを得ない。さっきまでの順調な展開が、嘘のように覆されていく。


 ガレスが叫ぶ。


「全員、持ち場を維持しろ! 崩壊に巻き込まれるな!」


 ただ、敵は左翼からだけではない。正面からも怒涛の勢いで押し寄せてくる。なんとか金剛星将の部隊が押し返そうとするが、左翼の方からも圧をかけられ、氷刻星将の部隊と連携をとっても、さすがに持ちこたえることはできない。


 金剛、氷刻の防衛線をすり抜けてくる獣人の数が増してきた。だが、俺とアリアは一歩も引かない。ここが第二の防波堤だ。傍らでは、ガレスが雷属性で痺れさせた獣人を、レオたちが確実に仕留め、次々と獣人が地面に転がっていく。


 だが、ガレスがその異変にいち早く気づいた。


「おかしい。明らかに獣人の質が落ちている。昨日までの連中とはレベルが違う……ということは主攻はやはり――」


 ガレスが視線を獣将へ飛ばす。

 中央に突っ込むかと思った獣将が、急に方向を変える。

 こっちに来ている。

 視線が交わる。

 奴は俺を射抜いたまま逸らさない。間違いない。あいつの標的は――俺だ!


 あの圧。初めてヴォリトと向かい合った時に感じたものに似ている。いや、もっと荒々しくて、もっと剥き出しだ。力そのものが形を成して立っているような、そういう存在感。心臓がうるさくて、手が震えているのに汗だけが冷たい。


「ソラ! あいつの狙いはあなたよ!」

「分かってる!」

「――っ、ガレス様! 正面からくる獣人たちはお任せします! 私はソラと共に獣将を迎え討ちます!」


 アリアが叫び、剣を構えて俺と肩を並べる。

 獣将が目前に迫る。天翔纏を使おうと魔力を練った瞬間――


 友軍の真っ只中から、巨大な斧を携えた漢が現れた。

 あの化け物を止められるのは、同じくらいの化け物だけだ。

 そう言わんばかりに断頭大斧を担いだその巨体が、獣将の前に立ちはだかる。


 ――そして、俺とアリアの前に『そいつ』は現れた。

 獣人にしては小柄な体躯だが、ガレスよりは大きい。返り血を塗りたくったような赤黒い体毛と、剥き出しの牙が異様な圧を放っている。手にした斧槍ハルバードには、いまだ生々しい肉片がこびりついたまま。

 射抜くような眼光を向けるその獣人に、俺は――ワクワクした。

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