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宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中
第1章 従士編

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第23話 ♦白虎獣将♦

 夜の陣で、レオガルド獣王国四大獣将の一人、白虎獣将ガイハは一人になる。


 獣人の陣に天幕はない。大地の上に毛皮を敷いて、焚き火を囲んで眠る。戦時は星の下で眠るのが獣人の流儀であり、天幕などという人間の発明は性に合わない。だが時折、ガイハはその人間の発明について考え込むことがある。


 天幕。水路。石の城。車輪のついた荷車。文字の書かれた紙。薬……そして魔法。


 獣人にはそのどれもない。必要なかった、と言えば聞こえはいい。だが本当にそうであろうか? 獣人の力は人間を凌駕する。一対一で負ける相手はほとんどいない。だが力で解決できぬ問題が、獣王国にはいくつもあった。


 民が飢えている。


 獣人の巨体は、人間の倍以上の食糧を必要とする。獣王国の大地では狩りと採集でそれを賄ってきたが、民の数が増えるにつれて、獲物が減り、木の実が足りなくなった。人間のように畑を耕して穀物を育てる技術があれば、民を養えるかもしれぬ。だがその技術がない。知識がない。どうすれば種から食糧が育つのか、どうすれば水を畑に引けるのか、獣人は知らない。


 病で倒れた子供を、力では救えなかった。人間の街には薬師がいると聞く。草木から薬を煎じて調合し、病を治すのだと。中には魔法で傷を癒やすことができる人間もいるという。獣人にはそれもない。力で病は殴り倒せない。


 ガイハは、此度即位した新しい獣王に進言したことがある。人間と交易すればよい。獣人の力を貸す代わりに、知識を得ればよい。力で奪うのではなく、対価で交換すればよいのではないか、と。


 獣王の答えは短かった。


 ――力こそが獣人の誇りだ。頭を下げて乞うなど、獣の名が廃る。欲しいものがあるなら、力で奪え。それが獣の道だ。


 ガイハはそれ以上何も言わなかった。獣将として仕える以上、王の命は絶対である。だが胸の奥に残った違和感はずっと消えない。


 村を落とすたびに思う。ここにあった畑は、誰がどうやって作ったのか。水路は、誰が引いたのか。石壁の家は、誰が積み上げたのか。それを壊して奪って、獣人に同じものが作れるであろうか? 作れぬ。力で奪った土地は、やがて荒れる。知識がなければ維持できぬ。そしてまた次の土地を奪いに行く。


 現在、獣王国は星煌王国だけでなく別の国にも攻め入っている。そちらは連戦連勝。いつものことだ。いつもどおり蹂躙し、暴れまわり、兵站が伸びきったところに、いつもどおり伏兵が潜んでおり、いつもどおりの地図に戻る。


 ガイハの拳が、膝の上で握り締められる。


 力がすべてだと、ガイハもかつては信じていた。人間との戦を通じて、力だけでは足りぬものがあることを、嫌でも突きつけられている。それを認めることは、獣人としての誇りを削ることでもある。だから口には出さぬ。出せぬ。


 それでも、飢えた子供の顔は消えない。





「ガイハ、厄介ナ報告ガアル」


 ガイハの陣に、配下の牙獣柱《五千人頭》シェーラが来る。シェーラの声には、いつもの軽さがない。ガイハは焚き火の前で腕を組んだまま、顎をしゃくって先を促す。


「前線ノ精鋭ガ、ヤラレタ。シカモ相手ハ見タコトモナイ連中ダ。金色ノ光ト白銀ノ光ヲ纏ウ二人ノ人間。ソレト、紫色ノ稲妻ヲ使ウ騎士ガ一人。三人デ組ンデイテ、コノ三人ニ――ウチノ精鋭ガ次々トヤラレテイル」


「まさか、戦柱《千人頭》や上位戦士《百人頭》か?」

「ソウダ。千人頭ガ一人、百人頭ガ七人ダ」

「亡骸は?」

「回収デキテイナイ」


 ガイハの眉が動く。現在最前線に出ているのは、星煌王国でいう騎柱、上位騎士を筆頭にした者たちである。一般の騎士であれば二人、三人を相手にしても負けぬ猛者たちが、たった三人の人間に。


「シカモ無傷ダ。ウチノ精鋭ガ一太刀モ入レラレズニ倒サレテイル。金色ノ方ハ鎧モ着テイナイ。獣人ノ拳ガ当タラナイ。速スギルノダ。白銀ノ方ハ金色ノ背中ヲ守リナガラ、頭ガ切レルノカ、コチラノ動キヲ先読ミシテ封ジテクル。騎士ノ方ハ二人ガ取リコボシタ者ヲ確実ニ仕留メル。三人ノ連携ガ完璧デ、崩ス隙ガナイ」


 ガイハは黙って聞いている。焚き火の光が、その巨躯に影を落としている。


「その光は何だ。人間の魔法であろうか?」

「オソラク。ダガ普通ノ魔法トハ違ウ。炎ヤ氷ヲ風ヲ飛バスノデハナク、光ヲ身ニ纏ッテイル。纏ッタ状態デ、身体能力ガ跳ネ上ガルヨウダ。獣人ノ力ニ正面カラツイテキテイル。速サハソレ以上ダ」

「星将――もしくは星柱か?」

「イヤ、違ウ。星将ハマダ出テイナイ。アノ巨体ノ男ハ相変ワラズ高台ニ立ッテイルダケダ。星柱ノ二人モ動イテイナイ。金色ト白銀ハ若イ。見タ目ダケナラ、人間ノ子供ダ」


 子供が戦闘に参加!?

 その上、精鋭まで倒しているのか。


 ガイハは初めて聞く情報を、一つ一つ咀嚼していく。金色と白銀の光。纏う魔法。身体能力の飛躍。鎧なし。無傷。そして子供。どの一つを取っても異常。すべてが揃うと、ガイハの本能が警鐘を鳴らし始める。


 ゆっくりと立ち上がる。巨体が焚き火の光を遮って、シェーラの顔に影が落ちる。


「その者たちは危険だ」


 低い声だった。怒りではない。もっと冷たい、本能に近い判断である。


「子供であるからこそ、恐ろしい。その歳で力を持つ者が、このまま戦場で経験を積めばどうなるか。虎は知っておる。才ある者は戦場で化ける。時が経てば経つほど手がつけられなくなる」

「同感ダ。我モソウ思ウ」

「脅威の芽は、小さいうちに摘む。それが戦の鉄則である」


 シェーラが頷く。


「次の戦では、さらなる精鋭をその三人に集中させる。同時に、虎も前線の近くまで出る。その金色の光が何であるか、この目で確かめねばならぬ。子供であろうが何であろうが、精鋭を無傷で倒す相手を放置するほど、虎は楽天的ではない」

「ガイハガ出ルナラ我モ出ル」

「ではシェーラ。子供はうぬに任せる。虎が出れば、星将も動く。虎は星将の相手をしよう」


 ガイハが空を見上げる。星が散らばっている。獣人の大地から見る星も、人間の土地から見る星も、変わらぬであろう。同じ星の下で殺し合い、奪い合っている。力で奪った先に何があるのか、ガイハにはまだわからぬ。


 だが今は、目の前の戦を勝たねばならぬ。


 その金と銀の光を、消さねばならぬ。


 それが、獣将としてのガイハの判断であった。


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