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宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中
第1章 従士編

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第22話 ♢炎獄の眼♢

 時は少し遡る――


 南部国境で獣人の侵攻が始まった直後のことだ。

 炎獄星将――グラハルトは天幕の中で軍議を開いていた。


 その中で焔星柱ヴァレルが眉根を寄せて具申する。


「グラハルト様。斥候の報告では、敵は精鋭揃いです。我々だけでは厳しいので、他の星将へ増援を要請すべきかと」

「うむ、俺もそう考えておった。同時に騎柱、上位騎士の再配置も検討する」


 グラハルトは腕を組んだまま低く唸った。だが、その先の言葉はすぐには出てこない。脳裏に浮かぶのは、七輝星将それぞれが背負う戦線の重さだった。


「――が、閃光星将は王都から動くまい。陛下が三大極星である閃光を動かすことは許されぬ。轟雷が睨みを利かせる北部には、帝国が虎視眈々と牙を研いでおる。あの男を引き抜くわけにはいかぬ。東の疾風は呪国と対峙し、氷刻は西方、金剛は王都防衛と北部への即応に備えておる」


 言葉にすればするほど、現実の厳しさが胸に圧しかかってくる。


 七輝星将の座に就いているのは、現在六名。一人は四年前の帝国との戦で命を落としていた。帝国側もまた四死凶将の一角を先の戦いで失っている。痛み分け――そう言えば聞こえはいいが、グラハルトにとっては喪った戦友の穴がそのまま戦略の綻びとなって、眼前に脅威となり迫っていた。


 星将が一人欠けたからといって、すぐに補充がきくものではない。七輝星将はフェリシテ星煌王国における武の最高位。武勇のみならず名声と実績を兼ね備えた者でなければ、その座に就くことは許されない。


 焔星柱ヴァレルもまた、次期星将候補の一人ではある。だがグラハルトと同じ火属性を得意とする以上、少なくともグラハルトを凌駕せねば星将の座は回ってこない。そしてその力量が今のヴァレルにはまだ足りぬことを、グラハルトだけでなく、本人もよく知っていた。


「獣共め……新獣王が戴冠したからと言って、いきなり侵略しおってからに……それも精鋭ばかり送り込んでくるとはな」


 グラハルトは苦い笑みを噛み殺す。獣王国の侵略を止めるべく、幾度となく騎士を派遣してきた。上位騎士、時には騎柱までも投入し、一応の戦果こそ挙げたものの、代償はあまりに大きかった。八名の騎柱のうち一人が戦死、二人が重傷。残る五人も無傷ではない。四十名の上位騎士も同様に、死傷者を出していた。


 それでもなお、グラハルトが動けないのは獣王国の本陣に白虎獣将の陣旗がなびいていること。レオガルド獣王国・四大獣将の一人がそこにいて動いていない以上、自らも動けない。それがグラハルトの判断であり、苦渋でもあった。





 各地に放った使者が、それぞれの返答を携えて戻ってくる。


 天幕の卓上に並べられた書簡を一通ずつ開き、グラハルトは低く息を吐いた。


「やはり閃光は動けぬか。他の軍も、騎柱はおろか上位騎士の派遣すら叶わぬと。まあ、予想はしておった……」


 落胆はない。この程度の返答は、使者を出した時点で覚悟している。


 そして、援軍は続々と集まりつつある。

 高台に立ち、眼下に広がる野営地へ次々と合流してくる部隊を眺めていたグラハルトは、ふと目をみはった。


有角馬ペテスだと……? まさか、有角騎士ペテセーラを送ってきたのか? それも十騎も」


 有角馬ペテス――北の帝国と東の呪国の間に聳える霊峰ランダールに棲息する、角を戴いた馬である。そこらの軍馬とは比べものにならぬほど健脚にして巨軀。その疾さは陸上の生物で随一とも謳われ、さらに険しい山岳地帯を駆け抜けて育つがゆえに悪路をものともしない。


 だが、この有角馬ペテスは誰にでも乗りこなせるものではなく、しかも極めて希少だ。飼育には膘大な金と歳月を要する。ゆえに疾風星将軍の中でも騎士以上の選ばれた者にしか与えられない、まさに精鋭の証である。此度の援軍で騎士は寄越しても、有角馬ペテスまでは出すまい――グラハルトはそう踏んでいた。それだけに、有角騎士ペテセーラを十騎も送り込んでくるとは、疾風の覚悟は想像以上だったと言うほかない。


 次に姿を見せたのは、氷刻星将の部隊であった。あの軍は堅い。水魔法や氷魔法を得意とする者が多く、敵の前に氷壁を聳え立たせて進軍を阻むのが本領だ。獣人の猛攻を正面から受け止めるには、これ以上ない盾となろう。


 続いて金剛星将の部隊も到着した。こちらもまた、守りに長けた軍である。厚い鋧で全身を固めた騎士たちが、獣人の突進をその身をもって止める。氷刻が魔法の壁ならば、金剛は鋼の壁か。性質は異なれど、担う役割の根は同じだった。


 それ以外にも、いずれの星将にも属さぬ騎士や傭兵たちが三々五々と集まってきている。


 そして――最後に現れたのが、轟雷星将の部隊であった。


 数は、わずか七名。


 グラハルトは思わず目を細める。これほどの寡勢であれば、いっそ派遣せぬほうが轟雷にとっても楽であったろうに。ただ、目を凝らせば上位騎士が一人いる。残りは見習いか従士といった編成である。


 上位騎士!? 送り出したのはあの轟雷だ。あの男の性分を思えば、無駄なことは決してしない。戦局に資さぬ兵をわざわざ南へ送る道理がないのだ。


 であれば、こやつらは捨て駒か。グラハルトの胸中に、ひとつの推察が浮かぶ。処してほしいがゆえに送り込んできた、と。


 天幕の隠に控える若い騎士たちの顔には、隠しきれぬ不満の色が浮かんでいる。一万の炎獄星将軍が苦境に立たされているというのに、送られてくるのはたったこれだけか――その思いが、露骨に表情ににじみ出ている者もいる。


 グラハルトはそれを咎めなかった。気持ちはわからぬでもない。だが各星将が己の戦線を維持しながら捻り出した、精一杯の数だということを、グラハルトは理解している。





 轟雷斉唱の援軍が合流した翌日。高台から戦場を見下ろすグラハルトの目は、冷たく澄んでいた。


 灼星柱アゼルと焔星柱ヴァレルは、開戦後一歩も動かしていない。だからこそ前線の騎士たちには過酷な消耗戦を強いていたが、それは星将としての判断であり、顔には出さない。


 各部隊の動きを冷徹に評価していく。疾風の騎士は速い。有角騎士ペテセーラの側面からの遊撃で前線の圧力を緩和している。氷刻は堅い。氷壁で獣人の突進を阻んでいる。金剛は厚い鎧で正面から受け止めている。それぞれの星将の色が、戦い方にそのまま出ていた。


 その時――右翼で獣人たちの雄叫びと同時に戦線が突破される。中央と両翼には騎柱と上位騎士を厚めに配置していたにもかかわらず。


「アゼル! すぐ右翼に――」


 言いかけた時だった。

 グラハルトの視線の先――崩れかけた右翼の前線近くに二つの紫紺が止まる。そのうちの一つは金に発光、もう一つは白銀の光を灯す。その動き方が他のどの部隊とも異質で、騎士が獣人と噛み合って膠着する中で、あの二つの光だけが止まらない。獣人が一体、また一体と崩されていくのが、高台からでも見て取れる。


 ――纏系だ。


 グラハルトは纏系の希少さを知っている。自分の部隊でも纏系を操れるのは灼星柱アゼルだけ。焔星柱ヴァレルでさえも纏えない。あの紫紺の外套は見習いだ。見習いが纏系を操っている。しかも二人。金色の方は粗削りだが出力が異常に高い。白銀の方は洗練されていて、精度はアゼル並みだ。


 金色の少年が鎧を着ていないことに、グラハルトは気づいていた。紫紺の外套の下は軽装で、獣人の膂力を生身で相手にしている。グラハルト自身は紅緋角の重鎧を纏い、力で受け、力で押し、断頭大斧で叩き潰す男だ。鎧を捨てるということは、力の証をひとつ捨てるということでもある。だがあの少年は、纏系の金色が体を覆い、速さと知覚で獣人の攻撃をかいくぐっている。力で受けるのではなく、力が届く前に斬っている。グラハルトの流儀とは真逆の戦い方だ。


 銀髪の少女は別の意味で目を引く。纏系の白銀を維持しながら戦場の流れを読んで的確に動いている。自分が前に出るのではなく、金色の少年を活かすために動いている。指揮官の素質がある。あの連携は付け焼き刃ではない。年単位で積み上げたものだ。


 そして騎士が一人。雷属性の紫電を放ち、二人の見習いが取りこぼした獣人を確実に仕留めている。全力ではない。足捌きには余裕まである。あの騎士がいるから、見習い二人が思い切り前に出られる。土台の役割を完璧にこなしている。


 七人の小隊だが、戦力として機能しているのは三人。それだけで、一般の騎士の一団よりも――いや。どの部隊よりも多くの獣人を倒している。


 ――ヴォリトめ。とんでもないものを育てているな。


 あの男はいつもそうだ。静かな顔をして、じっくりと時間をかけて刃を研ぐ。力で正面から叩き潰すグラハルトとは対極の育て方だ。苛立たしいが、認めざるを得ない。あの見習い二人は、ヴォリトが研いだ刃だ。まだ粗いが、光っている。

 捨て駒ではない――戦力として送り込んできたというのか。

 であれば、最大限活用してやろう。

 グラハルトは口の端を上げて、拳を握った。





 日が傾き始める頃、前線が落ち着く。獣人が退いて、束の間の静寂が戦場に降りる。


 グラハルトは背後に控えるアゼルに視線を向ける。灼星柱は微動だにしない。今日も出番はなかった。獣人の本隊が動いていない以上、この手札は見せない。


「あの紫紺の小隊の配置を、さらに上げろ」


 配下の騎士が顔を上げる。


「どこまで上げますか」

「前線の一角だ。中央右寄り。獣人の精鋭が最も厚い場所の、すぐ後ろに入れろ。使える駒は前に出す。それが戦場だ」


 グラハルトはそれだけ言って、高台の縁に立つ。夕日が戦場を赤く染めていて、深紅の天幕が炎のように揺れている。その中にある紫紺の点を、グラハルトの目が正確に捉えている。


 見習いが纏系を使う。稀な力を、あの歳で操っている。ヴォリトが戦場に送り出した意味が、今なら少しだけわかる。あの男は見習いを捨て駒にしたのではない。試しているのだ。戦場という炉に放り込んで、どこまで鍛えられるかを。


 ――見届けてやろう。


 グラハルトの口元が、わずかに歪む。それは笑みと呼ぶには獰猛すぎて、好意と呼ぶには冷たすぎる表情だった。だが、興味を持ったのは確かだ。


 あの金色の少年と銀色の少女が、どこまで登ってくるか。力がすべてのこの戦場で、どこまで力を証明してみせるか。


 グラハルトは金と銀を一瞥してから、本陣へと踵を返すであった。


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