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宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中
第1章 従士編

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第21話 初陣

 夜明け前の作戦会議に、各部隊の指揮官が集められた。


 ガレスが戻ってきた時、顔に浮かんでいたのは予想通りの苦笑いだ。


「後方支援だ。負傷者の搬送と、補給線の護衛。前線には出さないとさ」


 わかっていた。見習い中心の小隊を前線に出す指揮官はいない。合理的な判断だ。でも頭でわかっていても、腹の底が熱くなるのは止められない。


「ガレス、前線に――」

「だめだ」


 即答された。ガレスの目は笑っていない。


「命令だ。従え。前線に出たいなら、まず与えられた仕事を完璧にこなせ。戦場で認められるにはそれしかない。それに俺たちだけが後方支援じゃない。今日に限っては後から合流して来た騎士や傭兵団、全員後方支援だ。いきなりあったまった戦場に投入するわけはいかないとの判断だ」


 アリアが横から口を添える。


「ガレス様の言う通りよ。全体を見なさい。前線だけが戦場じゃないわ」


 二人に同じことを言われると、さすがに黙るしかない。レオが「まあ、最初から主役になれるとは思ってなかったよ」と苦笑しているのが、妙に大人に見えた。





 陣の裏手にある丘に登ると、戦場の全景が見える。


 息を呑んだ。


 南に向かって広がる丘陵地帯に、二つの軍勢が対峙している。手前には深紅を中心とした人間の陣。その向こうに、獣人の軍勢が地平を埋め尽くすように広がっている。数百と聞いていたが、間違いなく千以上はいる。それにこうして見ると数なんてどうでもよくなる。一つ一つの影が、どれも人間より一回りも二回りも大きい。距離があるのに、あの体躯の圧が伝わってくるのが恐ろしい。


 角笛が鳴る。


 深紅の前衛が動き出した瞬間、大地が揺れたような錯覚を覚える。騎士が一斉に丘を下っていく光景は壮絶で、深紅の波が獣人の群れに衝突する瞬間、空気ごと引き裂かれるような轟音が丘の上まで響いてくる。


 見ているだけで血が騒ぐ。拳を握る手が震えている。

 あそこに行きたい!

 あの中で剣を振りたい!

 暴れまわって手柄を立てたい!

 体の芯がそう叫んでいるのに、俺の足はこの丘の上に縫い付けられている。


 前衛の一角で、何かが弾けるように光る。炎だ。火属性の騎士が獣人に炎を叩きつけている。だが獣人は盾にした左腕を焼かれながらも、右腕を一閃。騎士を鎧もろとも殴り飛ばした。騎士の体が地面を転がっていく。深手を負ったのか、なかなか立ち上がれずにいるのがここからでも見える。


「……嘘だろ」


 レオが呟く。声が震えている。同じ火属性の騎士が、炎を放ったのに押し負けた。その事実が、レオの中で何かを砕いている。


 獣人の膂力は凄まじかった。鎧ごと叩き潰す、という氷刻星将の騎士の言葉が目の前で証明されている。深紅の騎士たちが押し返される場面が何度もあって、前線が波打つように揺れている。それでも持ちこたえているのは、数の優位と連携があるからだ。一対一では互角以上。それを組織で補っている。


 だが、押され始めているは紛れもない事実だった。





 それは、戦が始まって半刻ほど経った頃だった。


 前衛の右翼が崩れた。獣人の精鋭部隊が一点に集中して突破してきて、深紅の騎士の隊列を引き裂く。崩れた前線の隙間から、十体以上の獣人が後方に流れ込んでくる。


 補給線のすぐ近くだ。俺たちがいる場所の、すぐ前方。


「来るぞ! 構えろ!」


 ガレスが叫ぶと、明らかに鉄ではない青みがかった剣を抜いて前に出る。雷属性の魔力が剣に纏わりついて、紫電が刃の表面を走る。ガレスの経験が、この一瞬に凝縮されている。


 俺も剣を抜く。初めて実戦で鉄の剣を握る。木剣とは重さも感触もまるで違うが、振れる。振れるならそれでいい。


 最初の獣人が目の前に現れた瞬間、体が理解する。


 でかい。テトラボアより小さいが、ナイトクローラーに近い圧がある。毛皮に覆われた体躯は俺の倍近くあって、腕の太さだけで胴体と同じくらいだ。手に握っているのはぶっとい棍棒で、それを片手で軽々と振り回している。目が合った瞬間、獣人の瞳に知性があることに気づく。魔物とは違う。こいつは考えて戦っている。


 ガレスが最初の一体に踏み込む。雷を纏った剣が獣人の棍棒と交差して、紫電が弾ける。力では押し負けている。だがガレスは力で勝とうとしない。剣筋を変えて、獣人の腕の内側を狙う。正確で、速くて、無駄がない。獣人が一歩退く。


 だが後ろから二体目が来る。三体目が来る。ガレス一人では抑えきれない。


「アリア、右! レオ、後ろの負傷者を下げろ! ソラは俺についてこい!」


 ガレスの指示が飛ぶ。アリアが【聖翼纏サンクト・エンチャント】を展開して右に飛ぶ。白銀の光が戦場の土埃の中で鮮烈に映える。レオが見習いの三人を連れて、後方の負傷者を退避させに走る。


 俺はガレスの横に並ぶ。


「前に出ていいか!?」

「好きにしろ! 死ぬなよ!」


 踏み込んだ瞬間、獣人の棍棒が横から来る。


 ガレスに言われた通り、浅く踏んで速く抜ける。棍棒が空を切る風圧が頬を撫でていく。あと半歩深く踏み込んでいたら、今の一撃で肋骨が砕けていた。抜けざまに剣を振るうと、獣人の腕に浅く刃が入る。毛皮の下の筋肉が硬くて、刃が食い込みきらない。


 力が違う。速さも違う……だが、反応できる。ナイトクローラーの時は見えなかったが、こいつらの攻撃は見える……が、この獣人は頭で動いている。俺の踏み込みを読んで、次の一手を考えている。そして腕力で俺の剣ごと弾き飛ばせるだけのフィジカルがある。


 二体目の獣人が背後から来る。振り返って受けようとした瞬間、白銀の光が横切る。アリアが聖翼纏の速さで割り込んで、獣人の棍棒を弾いた。


「背中は任せて!」


 アリアの声が聞こえた瞬間、体の中で何かが切り替わる。背中を預けられる。後ろを気にしなくていい。目の前の一体に、全部を注げる。


 だが、足りない。今の俺では、この獣人を正面から崩せない。浅く踏んで速く抜ける戦い方は時間を稼ぐだけで、致命傷を与えられない。ガレスのように技術で上回れるほど、俺の剣は洗練されていない。


 なら、やることは一つだ!


「――【天翔纏ゼニス・エンチャント】!」


 金色の光が全身から噴き出す。


 世界が変わる。獣人の動きが遅く見える。棍棒の軌道が読める。筋肉の収縮が、次の一手の予兆が、全部見える。ナイトクローラーの時と同じだ。いや、あの時より安定している。毎晩練り続けた成果が、今この瞬間に実を結んでいる。


 踏み込む。さっきまでとは別人の速度。獣人が反応しようとして、間に合わない。金色の刃が毛皮を裂いて、獣人の胸に深く入る。獣人が怯んだ隙に、横に回り込んで脇腹にもう一撃。獣人が膝をついて、倒れる。


 一体目。


 振り返ると、三体目がアリアに迫っている。聖翼纏の白銀と天翔纏の金色が、同時に動く。アリアが獣人の脚を払い、俺が頭上から叩き込む。二人の光が交差した瞬間、獣人の体が地面に沈む。


 次。


 四体目の獣人が棍棒を振りかぶって突っ込んでくる。天翔纏で視えている。軌道を読んで半歩ずらし、棍棒が地面を抉る衝撃を横目に剣を振り上げる。金色の軌跡が獣人の肩から胸にかけて走って、獣人が吠えながら後退する。追撃しようとした瞬間、別の方向から紫電が走る。ガレスの雷が獣人の足を止めて、俺の二撃目が決まる。


 五体目。六体目。ガレスが左を抑え、アリアが右を塞ぎ、俺が中央を突く。ガレスの経験、アリアの判断、俺の突破力。三人の動きが噛み合って、突破してきた獣人を一体ずつ確実に潰していく。後ろではレオが負傷者の退避を完了させて、残りの見習いたちと防衛線を敷いている。


 天翔纏の光が揺らぎ始める。魔力の底が見えてきた。だがもう少しだけ持てばいい。突破してきた獣人は残り三体。前線から深紅の騎士たちが駆けつけてきている。あと少し持ちこたえれば、突破口は塞がる。


 最後の一体を、ガレスと二人で挟んで沈める。ガレスの雷が動きを止めて、俺の金色が止めを刺す。獣人が倒れた瞬間、天翔纏が解ける。膝が笑い始めるが、倒れるわけにはいかない。俺は剣を地面に突き立てて、体を支えるに精一杯だった。





 駆けつけた深紅の騎士たちが、突破口を完全に塞ぐ。前線が立て直されていく。


 息を整えながら周囲を見ると、深紅の騎士たちが俺を――俺たちを見ている。さっきまでの侮りの目じゃない。何が起きたのかを理解しようとしている目だ。


「あの紫紺の見習い、纏系を使っていたぞ!」

「金と白銀の纏系……初めて見たぞ!?」

「さすが轟雷星将軍の雷騎士。ここにいる誰よりも戦上手だ」


 ざわつきが広がっていく。俺は気にしている余裕がない。膝が震えていて、立っているだけで精一杯だ。


 アリアが横に来る。聖翼纏を解いた後で、息が荒い。額に汗が滲んでいるが、目は澄んでいる。


「なんで魔力が尽きかけているのよ。まさか……」

「朝の訓練は全力ってのがモットーだ」

「時と場合を考えなさい!」

「怒鳴るな。まだまだ余裕だ」

「魔力が尽きかけているくせに」

「尽きてない。あと一体くらいはいけた」

「はぁ……明日からあなたを私の監視下に置くわ」

「…………」


 図星だった。あと一振りで限界だった……いや、それすらやせ我慢。一振りもできない。でもそれを認めたら負けな気がして、黙って視線を外す。


 ガレスが剣を鞘に収めながら、俺たちの方を見る。紫電の残滓がまだ刃の表面に残っていて、青白く明滅している。


「よくやった。全員無事だな」


 短い一言だが、ガレスの声に初めて聞く響きがある。認めてくれた。この人が、俺たちの戦いを認めてくれたのだ。


 レオが走ってくる。


「ソラ、お前すげえな……天翔纏、訓練の時と全然違うじゃないか」

「実戦だと感覚が違う。訓練の時より、よく見えた」

「よく見えたって……獣人を六体も斬っといて、それだけかよ」

「それだけだ」

「お前は本当に……」


 レオが呆れたような、悔しいような、でもどこか嬉しそうな顔をしている。他の見習いたちも同じだ。訓練で何度も見ていた天翔纏が、実戦で獣人を斬り伏せた。その光景を目の前で見て、全員の顔が変わっている。


 周りを見渡すと、紫紺の外套が目に入る。ガレス、アリア、レオ、それから見習いたち。全員がここにいる。全員が立っている。深紅ばかりのこの陣の中で、俺たちの紫紺はまだ小さい。でも、さっきまでとは違う目で見られているのがわかる。


 ――これが初陣だ。


 まだ戦は始まったばかり。獣人の本隊は健在で、明日もまた戦が来る。

 でも俺は知った。

 戦場がどんなものか。

 獣人がどれだけ強いか。

 そして俺がどこまで通じるか。


 答えは、まだ出ていない。でも足りないとは思わなかった。


 剣を拾い上げて、鞘に収める。明日もここに立つ。明日はもっと前に出る。


 七つの紫紺の外套が、夕日を受けて、誇らしげに揺れていた。


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