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宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中


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第2話 溢れる魔力

 朝五時に目を覚ます。


 起き上がって、木剣を掴むのが、今の俺の日課だ。壁にはクロフォードの木剣が立てかけてある。毎朝、横を通るたびに目が行く。でもまだ手を伸ばさない。裏庭に出て、まだ暗い空の下で素振りを始め……腕の感覚がなくなるまでやる。感覚がなくなったら、また振る。体が悲鳴を上げるまでやる。悲鳴が上がったら――また振る。


 木剣をぶつける相手は、もういない。

 それでも振る。クロフォードの残像を相手に、ひたすら振り続ける。汗が地面に落ちて土を黒く染めていく。視界が揺れるほど息が上がっても、止まらない。俺の中のクロフォードはこんなところでは止まらない。もっと……もっと振り続ける。


 体が動かなくなったら、壁の前に立つ。

 手を当て、目を閉じる。体の奥底にある膨大な何かを、外に引き出そうとする。蓋の向こう側、眠っているはずの何かを。


 くそっ! 相変わらず何も出ない!


 でも手を当て続ける。それが終わって体力が戻れば、また木剣を握る。体力の限界まで振り続けて、限界が来たらまた壁の前に立つ。その繰り返しで一日が終わる。気づいたら夜になっていて、飯を食って、倒れるように眠る。






 孤児院の子供たちは、誰も声をかけてこなくなった。

 最初は何人か「一緒に遊ぼう」と言いに来た。でも俺が木剣を振り続けている間に、諦めて去っていく。シスターのエレナだけは毎朝スープを持ってきてくれる。俺が飲むまで隣に座っていて、何も言わずに戻っていく。ありがたいと思う。でも正直、一人で飲むスープの味はよくわからない。


 クロフォードの染みは、今日も変わらず黒い。

 桜が咲き、蝉の鳴き声が聞こえたと思えば、紅葉が散る。すでに遠くの山は雪化粧。それでも染みは消えない。


 雨に打たれても風に晒されても、染みは石壁に貼りついたまま微動だにしない。どんな光の下でも変わらず黒くて、まるで生きているみたいにそこに居続ける。


 俺は毎日、その染みに手を当てる。

 何も出ない日が続く。体の奥に何かがある感触だけはある。でもそれが外に出てこない。蓋がある。分厚くて、重くて、どれだけ力を込めても開かない蓋が。


 ある夜、手を当てたまましゃがみ込んで、染みをじっと見ていた。消えてほしいと思う。でも消えなくていいとも思う。


 ここにある限り、あいつがいなくなった日の続きが終わっていない。染みが消えた瞬間に、何かが本当に終わってしまう気がする。だから上書きしたいのか、それとも上書きしたくないのか、自分でもよくわからなくなってきた。


 ただ、昔のクロフォードに負けているという実感だけはあり……悔しい。


「……うるさい」


 誰もいない裏庭で、俺は壁に向かって呟く。

 染みは何も答えない。ただ黒く、そこにある。

 俺はまた立ち上がって、木剣を構える。





 クロフォードがいなくなってから、もうすぐ一年。

 孤児院に新しい子供が二人入ってきた。六歳と七歳の兄妹で、兄の方が俺の素振りを見て「すごい」と感心する。俺より年下の子にそう言われるのは、なんとも妙な感じがした。すごいのか……俺は? 自分ではよくわからない。ただクロフォードには、まだ全然追いついていない……いや、幻影のクロフォードは遥か前を歩いている。だったら俺は走るまでだ!


 でも、変わったことはある。

 木剣の重さが、違う感じになってきた。最初は重かったのに、今では手の延長みたいに動く。踏み込みも重心の置き方も、一年前とは別物だ。気づいたら、孤児院を訪れる騎士見習いたちと手合わせをしても、いい勝負をするようにはなっていた……全敗だけど。


 これには理由がある!

 俺は常に修練に励みヘロヘロ。でも奴らはピッカピカ。しかも奴らは疲れたら剣を置く。負ける戦いをしないのだ……万全だったらきっと――ここまで酷い負け方はしないはず。


 魔力は、まだ出ない。

 染みは今日も変わらず黒い。俺の手から何も出ない。一年近く毎日当て続けて、何も変わっていない。それでも止める気にはならない。意地なのか、習慣なのか、もうどっちでもいい。






 一年が過ぎた朝のこと。

 いつも通り朝五時に起きて、いつも通り限界まで素振りをして、いつも通り壁の前に立つ。木剣を壁に立てかけて、右手を染みに当てる。目を閉じる。


 体の奥底に意識を向け、蓋を探す。いつもそこにあるはずの分厚くて重い蓋を――


 あれ……? 薄く感じる……いや、間違いなく薄い!


 恐る恐る力を込める。蓋の向こう側にある何かが、ぐっと押し返してくる感触がある。いつもはそこで終わりだ。でも今日は違う。もう少しだけ、押せる気がする。もっと押せとクロフォードに言われている気がする。


 全力で押すと、指先が熱くなる。

 目を開けると――薄い金色の光が、右手の指先から滲み出していた。ゆらゆらと頼りなく揺れている。今にも消えそうで、でも確かにそこにある。俺の魔力だ。俺の魔力が、初めて外に出た。


「……やった……出たぞ……ようやく……よっしゃぁぁぁあああ!!!」


 自分の手のひらを見る。震えている。嬉しくて、でも少しだけ怖くて、それと――クロフォード見たか! と思った。見ていないのはわかっている……それでもだ。


 ただ、金色の光が壁の染みに触れた瞬間、吸い込まれる。染みがほんの一瞬、揺らいだ気がした。でもすぐに元の黒に戻る。上書きはできていない。染みはまだそこにある――悔しい!


 ならばもっと出すまでだ!


 俺は両手を壁に当てて、全力で絞り出す。体の奥底の、蓋の向こう側にある全部を。残らず出し切ってやろうと。薄金色の光が両手から滲み出して、石壁を照らす。染みに触れるたびに吸われる。それでも出し続ける。


 体の奥底が、空っぽになっていく感覚がある。

 底が見えてきた。でも止まらない。止まる気にならない。空っぽになるまで出してやる。それくらいしないと、あいつには追いつけない。


 意識が朦朧としてくる。

 膝が笑い始めて、体がぐらりと傾く。それでも壁に手を当て続ける。薄金色の光がだんだん弱くなっていく。でも消えない。消える前に、全部出し切る。


 ――俺も負けないけどな。

 あいつの声が、頭の中で響く。


 ならば俺も、負けない。まだ上書きできてないけどな。でも出た。出たんだ。一歩だ。たった一歩だけど、確かに前に進んだ。


 視界が完全に暗くなった。

 地面が近づいてくる感触があって、それから何もわからなくなる。裏庭の冷たい土の上に、俺は崩れ落ちた。右手だけが、壁にかすかに触れたまま――薄金色の残光が、瞼の裏に焼きついていた。


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