第19話 到着
七日目の朝、さらに別の一団が合流してきた。
今度は騎士ではない。荒っぽい男女が五十人程度、それぞれが使い込んだ武器を担いでいる。統率された動きではなく、一人一人がばらばらに、でも妙に堂に入った足取りで街道を歩いている。
「傭兵団か」
レオが小声で言う。
「傭兵?」
「金で雇われて戦う連中だ。正規の騎士じゃないけど、実戦経験は下手な騎士より多いと聞いたことがある」
先頭を歩いている女が、こちらに気づいて顎をしゃくる。四十前くらいの、日に焼けた顔に古い切り傷が走っている女だ。目つきが鋭くて、一瞥しただけで俺たちの実力を測っているのがわかる。
ガレスが馬を寄せて、女団長と並ぶ。
「ヴァーグナー傭兵団か。名は聞いている」
「おや、轟雷星将の外套……それに、その徽章……上位騎士かい」
「ああ、南部の合同作戦に向かっている」
「うちも同じさ。金は悪くないし、獣人とやり合えるなら退屈しなくて済む」
にやりと笑うその顔に、どこか見覚えのある感覚がある。戦いを前にして目が輝いている。ナイトクローラーと向き合った時の俺と、たぶん同じ種類の目だ。
♢
合流して並んで歩いている間に、女団長が俺の横に来る。
「あんた、鎧着てないね」
「動きにくいから」
「はっ、気が合うじゃないか。うちの連中も鎧なんて重いだけだって言って着たがらない奴ばかりさ」
女団長がからからと笑う。確かに傭兵団の面々を見ると、重装備の者はほとんどいない。軽装で、機動力を重視した装いだ。
「あんた、名前は」
「ソラ」
「ソラか。いい目をしてるね。騎士見習いにしておくのは勿体ない」
そう言って、俺の顔をじっと覗き込んでくる。
「うちに来ないかい。金は騎士見習いの給金よりずっといいし、堅苦しい上下関係もない。強い奴が前に出て、稼いだ分だけ懐に入る。あんたみたいなのは、そっちの方が性に合ってると思うけどね」
冗談なのか本気なのか、読めない笑い方をしている。俺が答える前に、横から銀色の影が割り込んできた。
「お断りします」
アリアだ。いつの間にか俺の隣に立っていて、女団長に真正面から向き合っている。声は丁寧だが、目が据わっている。
「おや、かわいいねえ……あたしぁ色んな所を転々としているけどあんたが断トツだね。ソラの彼女さん? それとも……花売りかい?」
「ち、違います! 私は歴とした轟雷星将ヴォリト様の騎士見習いです! この者も同じ。傭兵団への引き抜きには応じかねます」
「本人に聞いてるんだけどねえ」
「本人は判断力に欠けるので、私が代わりにお答えしています」
判断力に欠けるとは何だ。言い返そうとしたが、アリアの目がこっちを向いた瞬間、口を閉じた。あの目は本気だ。反論すると面倒なことになる。
「それにこの者は戦場を見たこともない若輩です。傭兵として通用するかどうかも未知数です」
「だから面白いんじゃないか。磨きがいがある」
「磨くのは私の仕事です」
磨くのは私の仕事……っていつの間にアリアは俺の先生になった? いや、最初からか、と妙に納得してしまう自分に腹が立つ。アリアは一歩も引かない。女団長がしばらくアリアの顔を見つめて、それから声を上げて笑った。
「いいねえ、あんたも面白い。わかったよ、今回は引くさ。でもソラ、気が変わったらいつでもおいで。ヴァーグナー傭兵団は腕のいい奴はいつでも歓迎だよ」
女団長が手をひらひら振って自分の部隊に戻っていく。
「なんで断った?」
「当たり前でしょう」
「俺、何も言ってなかったんだけど」
「黙っていたのが問題なの。あのまま放っておいたら、あなた絶対に『面白そうだな』くらい言ってたでしょう」
図星だった。確かにちょっとだけ面白そうだと思ってしまった。アリアの目がさらに鋭くなるのを感じて、視線を前に戻す。
「……言ってない」
「顔に出てたわ」
返す言葉がない。後ろでレオが必死に笑いをこらえている気配がした。
後で一発……ぶん殴ってやる。
少し離れたところでガレスが馬上から一部始終を見ていて、肩を揺らして笑っている。この人まで面白がっている。
♢
七日目の夜、野営の火を囲んでいる。
一般の騎士たちと傭兵団は少し離れた場所にそれぞれの火を起こしていて、俺たちの小隊は小隊で固まっている。レオが火に枝をくべながら、ぼそりと言う。
「明日には着くんだな」
「ああ」
「正直、ちょっと緊張してきた。魔物討伐や野盗退治とは違うだろ、戦っていうのは」
「違うだろうな。でもやることは同じだ。目の前の相手を倒す。それだけだ」
「お前はいつもそうだな。単純で助かるよ」
「単純じゃない。シンプルなだけだ」
「同じだろ」
レオが笑う。他の見習いたちも少し表情が緩む。こういう時、誰かが軽口を叩ける空気があるのは大事だ。それは最近わかるようになってきた。昔の俺なら黙って一人で素振りをしていただろうけど、今はこの輪の中にいる方がしっくりくる。
火の向こうでアリアが地図を広げている。南部の地形と、獣王国との国境線。炎獄星将の前線基地の位置。ガレスと小声で何か確認し合っていて、明日からの動きを頭に入れているのだろう。ガレスが指揮を執り、アリアが補佐する。俺にはできないことが、あの二人にはできる。
だったら俺は二人にできないことをやるまでだ!
戦場で思いっきり暴れてやる!
想像もつかない相手と戦える。ナイトクローラーの時みたいに、全身の血が沸き立つような戦いができるかもしれない。拳を握ると、荷の中にあるクロフォードの木剣の感触が蘇ってくる。
――クロフォード、俺は今、お前の知らないところで走ってる。お前がどこにいるかも知らないけど、止まってるわけがないのはわかってる。だから俺も止まらない。
♢
八日目の昼過ぎ、南部の空気が変わる。
街道沿いの畑が減って、代わりに焼け跡や倒壊した柵が目につくようになっていた。北部では見なかった光景で、ここが前線に近いことを否応なしに突きつけてくる。すれ違う人の数も減っていて、たまに北に向かう荷車を引いた家族とすれ違う。避難民だろう。子供を抱えた女が、俺たちの紫紺の外套を見て少しだけ表情を緩める。援軍が来たとわかったのかもしれない。
丘を越えると、前方に陣が見える。
深紅の外套が揺れている。炎の紋様。数えきれないほどの天幕が並んでいて、武装した騎士たちが行き来している。陣の中央にはためく旗には、炎を象った炎獄星将の旗印が描かれていた。
炎獄星将の前線基地だ。
ガレスが馬を止めて、全員に振り返る。
「ここからは合同作戦の一部として動く。俺の指示に従え。それと――見習いだからって萎縮するなよ。お前たちはヴォリト様の名を背負っている。胸を張れ」
見習いたちが頷く。レオの顔が引き締まる。ガレスらしい言葉だ。厳しいことを言っているのに、聞いた後に背筋が伸びる。
俺は前を向いたまま、深紅の陣を見据える。ここが戦場だ。ここから先は、訓練でも巡回でもない。本物の戦いが待っている。
紫紺の外套が風にはためく。深紅の海の中に、七つの紫紺が踏み出していった。




