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宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中


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第17話 深紅の使者

 ヴォリトの木剣が風を裂いた瞬間、俺はもう半歩踏み込んでいた。


 まともに受けたら吹き飛ばされる。そんなことはこの二年で嫌というほど思い知らされている。だから横にずれて、木剣の軌道を紙一重でかわしながら懐に入る。


 一年前なら見えなかった隙間が、今は見える!

 一年前なら見えていても踏み込むことができなかった領域に今は入れる!

 ヴォリトの剣が戻るまでの一瞬。そこに全部を叩き込む!


 木剣が弾かれる。


 わかっていた。あの一瞬は隙じゃない。ヴォリトがわざと見せている誘いだ。でも踏み込まなければ届かない。誘いだと知っていても、そこに飛び込むしかないのが今の俺とヴォリトの差で、それが死ぬほど悔しい。


 もう一度。踏み込む。弾かれる。また踏み込む。また弾かれる。何度やっても同じだ。剣の軌道を変えても、角度を変えても、速さを上げても、ヴォリトの前では全部読まれている。


 だが――今回は、いつもと何かが違う。


 ヴォリトとの間合いが、ほんの少し縮まっている気がした。俺の踏み込みが、今までより深く入っている。木剣が弾かれるまでの時間が、一瞬だけ長くなっている。届いてはいない。でも距離が縮まっている。それを体が感じた瞬間、腹の底から金色の光が噴き出していた。


「――【天翔纏ゼニス・エンチャント】!」


 考える前に口が動いている。金色が全身を包んで、視界が澄み、世界が遅くなる。ヴォリトの木剣が戻ってくるのが見える。その軌道が読める。今なら――!


「もらったぁぁぁあああ!!!」


 踏み込んだ瞬間――ヴォリトの口が動き、紫電が走った。


「ちっ――【迅雷纏フルグル・エンチャント】!」


 ヴォリトの体から紫色の稲妻が弾けて、俺の腕を叩く。

 【迅雷纏フルグル・エンチャント】――雷属性の纏系だ。


 天翔纏がなければ腕ごと痺れて動けなくなっていた。纏の上からでも衝撃が骨を震わせて、結局それで腕が痺れている。気づけばヴォリトの木剣が喉元に。距離を詰めたはずなのに、気づいたら間合いの外に押し返されていて、首筋に木の感触だけが残っている。


「……もう一本!」

「いい加減にしろ。もう十本目だ」

「一万本負けるまでは負けじゃねぇ!」


 膝に手をついて、荒い息を吐く。天翔纏が解ける。纏を使ったのに、纏で応じられて、一撃で仕留められた。あの一瞬で間合いを潰したと思ったのは、思い上がりだったのか。いや違う、確かに踏み込めた。なのにそこから先が足りない。


 悔しい。ただ悔しい!

 が、ここで気づく。一万本なんてクロフォード相手にとっくに負けている。十万本負けるまで負けじゃないことに、こそっと訂正しておく。だから俺はいまだ無敗。俺が決めたからそれでいい。


 顔を上げると、中庭の端に騎士たちが何人も立っている。ざわついているのが聞こえるが、何を言っているのかは知らない。


 中庭の草の上に寝そべって天を仰ぐ。

 視界の端から水が差し出されて、差出人を辿ると雷騎士のガレスが立っていた。


「ガレス、今日も駄目だった」


 水を受け取りながら言うと、ガレスが妙な顔をしている。呆れているような、感心しているような。口元が引き結ばれて、何か言いたげなのに飲み込んでいる。


「……お前、自分が何をやったか分かっているのか?」

「何って、負けただろ。纏まで使っても一撃で終わりだ。話にならない」


 ガレスが額を押さえた。十年近くヴォリトに仕えているこの男が、見たことのない顔をしている。


「ヴォリト様が魔法を使ったんだぞ。それも星柱にすら滅多に使わない【迅雷纏フルグル・エンチャント】を」

「使わせたのに勝てなかったから悔しいんだろうが」

「…………」


 ガレスは首を振って、それ以上何も言わなかった。ただ妙な顔のまま、訓練場の隅に戻っていく。なんだ、あの顔。負けた俺よりガレスの方がよっぽど参っている。意味が分からない。





 アリアが訓練場に来たのは、俺がまだ地面に座り込んでいる時だ。


「巡回前にまたボロボロになって」


 呆れた声だが、足は迷いなくこちらに向かっている。俺の隣に座って、何も聞かずに手をかざす。白銀の光が掌から滲み出して、腕の痺れを溶かしていく。一年前は少し距離を置いて座っていたのに、今は肩が触れるくらいの場所に当たり前のように収まっている。


「纏を使ったのに、全然届かなかった」

「ヴォリト様に纏を使わせた時点で十分でしょう」

「十分じゃない。勝ちたいんだ」

「知ってるわ」


 アリアの声に棘がない。一年前なら「現実を見なさい」と突き放すように言っていただろう。今は俺の悔しさをまず受け止めてから、その上で正しいことを言う。そういう距離の詰め方が、いつの間にか自然になっている。


「お前もガレスと同じ顔してるな」


 言うと、アリアが小さく笑う。最近、こいつは笑うことが増えた気がする。以前の涼しい顔が消えたわけじゃないが、その奥にある温度が透けて見えるようになった。風が銀髪を揺らして、黒い髪留めが朝日にちらりと光る。ナイトクローラーの鱗で作った、あの不格好な髪留め。毎日つけている。


「どういう顔?」

「わからん。でもお前とガレスが同じ顔をしてた。俺が負けた後に」

「……ただの呆れ顔よ」


 アリアが視線を外す。「治療が終わったわ。立って」と言って先に立ち上がる。はぐらかされた気がするが、追及する間もなく手を引っ張られて立たされた。





 巡回に出る前に、レオが駆けてくる。


「ソラ、今日帰ったら手合わせしてくれ!」

「いいぞ」


 即答する。レオとの手合わせは〇が百個ついてから数えていない。でも、こいつは全く腐っていない。毎日挑んでくる。何度叩きのめしても翌日にはまた木剣を持って立っている。この辺りは、俺とクロフォードの関係に似ていて、嫌いじゃない。


「アリアもどうだ?」

「レオとは昨日やったばかりでしょう?」

「昨日の反省を活かしたくて」

「反省してるように見えないけど」


 そういうアリアと俺は毎日のように手合わせをしている。

 大分勝ち越せるようになったが、安定はしない。こいつの剣に磨きがかかったというのもあるが、聖翼纏の精度がまた一段上がったというのもある。





 巡回に出て、街道を歩きながら木剣を抜いて素振りを始める。


「巡回中よ」

「振れるときに振る」


 アリアが呆れ顔をしている。でも止めには来ない。こいつも俺の性格は二年で嫌というほどわかっているだろう。街道で剣を振りながら歩くのは行儀が悪いかもしれないが、一振りでも多く振った方が強くなれる。それだけの話だ。


 数分後。隣で風を斬る音がする。


 見ると、アリアが黙って木剣を抜いている。何も言わずに俺の横に並んで、素振りを始めている。二人の剣が風を切る音だけが街道に響く。言葉はいらない。こいつも同じだ。一振りでも多く振りたい。


 素振りから駆け足に切り替える。剣を振りながら走る。アリアが一瞬遅れて追いかけてきて、すぐに並ぶ。二人とも止まらない。互いに相手の半歩先を獲ろうとして、巡回がいつの間にか競争になっている。毎日こうだ。毎日こうなる。歩いていたはずなのに、気づけば全力で走っている。


 朝のヴォリト戦で天翔纏を使っている。一人で素振りをしていた時も使っていたから、もう魔力は枯渇しそうだ。巡回前に魔力を使い切るなとアリアに何度も言われてはいる。でも体が勝手に動くから仕方ない。


「――【天翔纏ゼニス・エンチャント】!」


 金色の光が全身を包んで、一気に前に出る。これで引き離せる。足が地面を蹴る感触が変わって、風景が流れるように後ろへ飛んでいく。アリアの銀髪が視界から消えて――


 消えない。


 隣に銀色の光。アリアが【聖翼纏サンクト・エンチャント】を纏って、いつの間にか俺の前を走っている。背中に白銀の翼のような魔力が広がって、銀髪が靡いている。甘く爽やかな匂いが前方から漂い、その背中に追いつけない。


 朝から纏を使いすぎている。魔力の底が見えてきて、天翔纏が揺らぎ始める。アリアの背中が遠ざかっていく……でも走りはやめない。体力はまだまだある!


 明日は絶対に追い越す。そう誓うのは今日で何度目だろうか? 昨日も同じことを思った。一昨日も……。





 異変が起きたのは、その日の午後のことだ。


 屋敷の門に、見慣れない馬が二頭止まっている。鎧の上に外套を羽織った男が二人、門番と何か言い合っている。その外套の色が目に入る。俺たちの紫紺とは全然違う、炎の紋様が入った深紅。胸元に見慣れない徽章が光っている。


 どこの部隊かはわからない。ヴォリトのところとは違うのは確かだ。


 俺が近づくと、二人のうち背の高い方がこちらを見る。鋭い目つきで、俺を上から下まで一瞥して、すぐに興味を失ったように視線を外す。


「轟雷星将様にお取り次ぎ願いたい。炎獄星将からの使者である」


 門番が慌てて中に走っていく。俺は壁に寄りかかって、二人の使者を観察していた。立ち姿に隙がない。正規の騎士、それも相当な手練れだろう。だが態度が妙に高圧的で、門番に対する物言いにも棘がある。


「あの紋様、炎獄星将の部隊よ。南部を預かる七輝星将で、序列は四位。力がすべてという方だと聞いているわ」


 いつの間にかアリアが横に立っている。


「序列? なんだ、それ?」

「七輝星将には序列があるの。簡単に言えば力順。ヴォリト様は二位よ。炎獄星将は力を重んじる方で、配下にもそういう人が多いと聞いているわ」

「つまり強い奴が偉いっていう考え方か」

「乱暴に言えばそうね」

「俺と合いそうだな」

「合わないわ。あなたは強い者が偉いとは思っていないでしょう」


 言われて考える。確かに、強い奴が偉いとは思っていない。強い奴は強いだけだ。偉いかどうかは別の話で、俺は別にクロフォードが偉いから追いかけているわけじゃない。


「……まあ、そうかもな」

「わかってるじゃない」





 ヴォリトが全員を中庭に集めたのは、使者と話を終えた直後だ。


 空気がいつもと違う。ヴォリトの横に使者が立っていて、深紅の外套が中庭の中で浮いている。騎士見習い全員が整列する中、ヴォリトが口を開く。


「南部国境でレオガルド獣王国の部隊が侵入を続けている。元は小競り合いだったが、ここ数週間で規模が膨れ上がり、数百人の獣人部隊が国境を越えて複数の村を襲撃した。炎獄星将が合同作戦を各星将に要請している」


 中庭がざわつく。獣王国との戦い。魔物討伐でも野盗退治でもない。国と国の戦いだ。


 使者が一歩前に出る。


「我が主、炎獄星将は各星将に精鋭の派遣を求めておられる。轟雷星将様の部隊からも、相応の戦力を期待しております」


 ヴォリトが腕を組んだまま、使者に問う。


「一つ聞く。炎獄星将は五百を超える騎士を抱え、万の軍勢を指揮できる立場にある。数百の獣人相手に、なぜ他の星将に援軍を求める?」


 使者の顔が一瞬強張る。中庭の空気が、さらに張り詰める。


「……獣人の身体能力は、一体一体が騎士と互角かそれ以上でございます。しかも相手は精鋭揃いで、数の上では我が軍が勝っていても、前線が押し返される状況が続いております。我が主も当初は自力での対処を試みましたが、被害が拡大し……」


 言葉を濁したが、十分伝わる。一体一体が騎士と互角で、しかも精鋭揃い。炎獄星将が――「力がすべて」という星将自力で抑えきれないほどの相手だということだ。


 ヴォリトが使者の言葉を受けて、淡々と続ける。


「北部は帝国との国境を抱えている。主力をここから動かすわけにはいかない」


 使者の顔が一瞬曇る。


「では、派遣していただける戦力は?」

「ガレス。お前が引率者だ。武功を上げて騎柱への足掛かりにしろ」

「はっ! かしこまりました!」


 ガレスは普通の騎士ではなく、上位騎士。

 上位騎士――騎士の一つ上の位で百人まで率いることが許される位。

 〇騎士として呼ばれ、雷属性のガレスは雷騎士と称されることもしばしば。

 騎柱とは上位騎士の一つ上の位で千人まで率いることが許される。

 二年前であったら、なんのこっちゃだったが、今は会話の意味が分かる。


 頭を下げるガレスに、使者の顔をほころぶ。


「おぉ! 上位騎士のガレス殿を寄越してくださるとはっ! ということは、百人ほどの増援を送っていただけるのですか!?」

「いや、その他は見習い二人――いや、六人だ。ガレスを含めた計七名を南部へ派遣する」

「七名ですか……それは……」


 今度は使者の顔が歪む。二十面相とはこいつのことか。

 その使者に対し、温度のない声が飛ぶ。


「これは俺の判断だ。不満なら、引き下げるが?」

「滅相もございません! 増援、感謝いたしまする!」


 その一言で使者が慌てる。この人の静かな圧は、誰であっても背筋が伸びる。


 使者が去った後、中庭の空気が少しだけ緩む。

 俺はというと――腹の底がじわりと熱くなるのを感じていた。





 夕方、ヴォリトの執務室に呼ばれる。アリアも一緒だ。


 扉を開けると、ヴォリトが窓際に立って外を見ている。振り返らずに言う。


「お前たちを南部に送る」


 最初に見習いを二人と言った時点でわかっていた。騎士見習いでペアは俺とアリアしかいない。でも改めて言われると、背筋に電流が走るみたいだ。


「ガレスが小隊を率いて、炎獄星将の部隊と合流する。お前たちもその小隊に入れ」


 アリアが隣で静かに頷く。ヴォリトがようやく振り返って、俺たちを見る。


「アリア」

「はい」

「ソラを止められるのはお前だけだ。頼むぞ」

「……最善を尽くします。ただ、止められる保証はありません」

「わかっている」


 ヴォリトが俺たちに背を向けて、また窓の外を見る。北の空は澄んでいて、その向こうに帝国の国境がある。この人はここを動けない。だから俺たちを送る。それは信頼だ。見習いだろうが何だろうが、ヴォリトが送ると決めたなら、俺たちはそれに応えるだけだ。


「ガレスの指示には従え。他の部隊の戦い方を見てこい。だが戦場に出たら、お前たちの力を見せてこい。出発は明後日の朝だ」





 夜、中庭で素振りをしていたら、アリアが来る。最近はこれがいつものことになっている。


「緊張してる?」

「してない。楽しみだ」

「……あなたが楽しみと言う時が、一番怖いわ」

「褒めてるのか」

「褒めてない」


 アリアが壁にもたれて、俺の素振りを見ている。金色の光が木剣に纏わりついて、一振りごとに夜の中庭を淡く照らす。


「獣人は魔法を使えない代わりに、身体能力がこの大陸で一番高いと言われているわ。力でぶつかったら負ける可能性がある」

「じゃあ力以外で勝てばいい」

「それを考えるのが作戦よ。あなたの苦手分野ね」

「だからお前がいるんだろ」


 アリアが少し黙る。


「……二人で一人前、ね」

「ヴォリトの言葉だけどな」

「嫌じゃないわ」

「俺もだ」


 それ以上は言わない。言わなくても、もう十分伝わっている。明日は準備をして、明後日には南に向かう。孤児院を出てから一番遠い場所に。知らない土地で、知らない敵と、初めての戦場に立つ。


 怖くない。楽しみだ。あのナイトクローラーとの戦いで味わった、体の奥底が燃え上がるような感覚。あれがまた来る。もっと強い相手と、もっと高いところで。


 ――南部で何が待っていようと、俺は止まらない。


 木剣を振る手に力を込める。金色の光が、夜の中庭でひときわ強く輝いた。

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