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宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中


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第14話 街道の剣

 最近、ガルドレア周辺の街道で商人が襲われる事件が続いている。


 騎士見習いが増えたおかげで巡回の範囲が街の外にまで広がり、俺とアリアもペアで街道を歩くようになっていた。北部の街道は帝国との国境に向かって伸びていて、商人の行き来が多い。それだけに狙われやすいらしい。


「商人を狙う賊が増えている、と報告にあったわ。特にこの先が危ないらしいの」

「なら行く」

「……もう少し慎重な言い方はできないの」

「行く。それだけだ」


 アリアがため息をつく。銀色の髪がいつものように綺麗にまとめられていて、歩くたびに揺れている。繊細な細工の髪留めで束ねていて、朝の光に小さく輝いていた。


「その髪留め、いつも同じだな」

「……急に何?」

「気になっただけだ」

「母からもらったものよ。子爵家がまだ栄えていた頃の」


 それ以上は聞かなかった。アリアの声が少しだけ硬くなったのがわかったから。





 峠道に差しかかったところで、馬車が一台止まっているのが見える。


 近づくと、荷が散乱していた。布の包みが地面に転がっていて、馬が怯えたように耳を伏せている。荷台の陰に商人らしき男が二人、つくばっている。


 そして、二人を囲むように五人の男が立っていた。


 剣を帯びた者が三人、短刀が一人、素手の大柄な男が一人。全員が粗末な革鎧を着ていて、目つきが荒い。元は騎士崩れだろう。素人じゃない。構え方でわかる。


「荷を置いていけば殺しはしない! 抵抗するなら知らんぞ!」


 先頭の男が商人に剣を突きつけている。商人の顔が青白い。


 アリアが俺の腕を掴む。


「待って。まず状況を――」

「待てない!」


 腕を振り払って、俺は街道に飛び出す。


「おい!」


 五人の視線が一斉にこちらを向く。商人に突きつけられていた剣が、俺の方に向き直る。


「ガキが二人? 騎士見習いか。帰れ、怪我するぞ」


 先頭の男がにやりと笑う。俺は剣を抜いて、正面から構えた。


「痛い思いをしたくなければ、商人から離れろ」


 男たちが顔を見合わせて、笑い出す。


 先頭の男が踏み込んできた瞬間、体が動く。


 魔物とは違う。重心の置き方、足の運び方、剣の軌道――全部が人間のそれだ。速くはない。ヴォリトやアリアに比べたら遅い。でも殺意がある。本気で斬りにきている。


 魔物の爪を避けるのと、人の剣を避けるのはまるで違う。相手の目に感情がある。恐怖、怒り、焦り――それが全部見える。魔物とは違う感覚が剣を通して伝わってくる。


 でも、迷わない。


 男の剣を弾いて、そのまま腹に柄を叩き込む。男が「がっ!」と声を漏らして前のめりに崩れた。殺してはいない。動けなくしただけだ。


 二人目と三人目が左右から同時に来る。右を躱して左に踏み込み、一人目の手首を打って剣を落とさせ、二人目の足を払って転がす。二人とも地面に倒れて、起き上がれずにいる。


 四人目の短刀持ちが横から突いてくるのを、肘で軌道を逸らして顎に拳を入れる。短刀が地面に落ちる音がして、男が仰向けに倒れた。


 十秒もかかっていない。だが――


「動くな!」


 五人目の大柄な男が、商人の一人を背後から羽交い締めにしている。首に短刀を当てていて、商人が震えている。


「剣を捨てろ! さもなきゃこいつの首を掻く!」


 足が止まる。剣を構えたまま、男の目を見る。本気だ。追い詰められた獣の目をしている。


 アリアが横に立っていて、視界の端で白銀の光がちらりと揺れる。聖翼纏の準備をしているのがわかる。だが男が商人を盾にしている以上、迂闊に動けない。


「……剣は捨てない」

「捨てないなら殺すぞ」

「やってみろ。ただし、その瞬間にお前は終わる」


 俺の目を見て、男の手が微かに震える。虚勢を張っているのは向こうの方だ。こちらが四人を瞬殺したのを見ている。自分もああなるとわかっている。それでも人質を取るしかないところまで追い込まれている。


 数秒間の膠着――

 動いたのはアリアだった。


 俺の正面で男の注意を引いている隙に、聖翼纏の速さで死角に回り込んでいた。白銀の光が一閃――男の手首を打って、短刀が弾かれる。商人が崩れ落ちるのと同時に、俺が踏み込んで男の腹に剣の柄を叩き込む。男が膝をついて、動かなくなる。


「遅い」


 アリアが言う。息一つ乱れていない。


「お前が遅い。最初から回り込んでいれば――」

「あなたが飛び出さなければ、もっとスムーズだったわ」

「飛び出さなかったら商人が殺されてた」

「……そうかもしれないけど」


 言い合いながら、俺たちは手際よく五人を縛り上げる。紐を結ぶ手が、いつの間にか連携していた。片方が押さえて、片方が縛る。どっちがどっちをやるか、言葉で決めていないのに自然と分担できている。


 商人が震えながら「ありがとうございます」と何度も頭を下げてくる。荷物を拾い集めるのを手伝いながら、俺は自分の手を見る。


 人を打った感覚が残っている。柄を通して伝わってきた肋骨の硬さ。拳に残る顎の感触。魔物を斬った時とは違う、木剣で斬った時とも違う、生々しい重さと覚悟。


 でも後悔はない。商人は無事だ。賊も殺していない。守れた。それでいい。





 三人の縛り上げが終わって一息ついた時だ。


 倒れていた四人目――短刀持ちの男が、意識を取り戻して転がるように起き上がる。縛られていない。まだ結んでいない。


 男の手に、また短刀がある。拾ったのか、もう一本隠し持っていたのか。そんなことを考える前に、男がアリアに向かって突っ込んでいた。


「アリア!」


 アリアが振り向いて反応する。聖翼纏を展開しようとして――間に合う。短刀を剣で弾いた。だが男の手が空を掻いた時、その指がアリアの髪留めに引っかかる。


 ぱきん、と乾いた音がした。


 繊細な細工の髪留めが砕けて、破片が地面に散る。銀色の髪が一気にほどけて、アリアの肩から背中にかけて流れ落ちる。


 男は俺が叩きのめした。今度は容赦しない。一撃で沈めて、もう一発ぶん殴って、即座に縛り上げる。拳が震えているのは怒りのせいだ。商人に刃を向けた時とは違う種類の怒りが、腹の底で燃えている。


 アリアが地面に散った髪留めの破片を拾い集めている。指先が微かに震えていた。





 帰り道、アリアは解けた銀髪を片手で押さえながら歩いている。


 風が吹くたびに髪がなびいて、押さえ直す。いつものきっちりまとめた姿とは違っていて、なんだか見慣れない。


「……買えばいいだろ、新しいの」


 俺が言うと、アリアが少し黙る。


「……そうね」


 声が小さい。いつもの強気な返し方じゃない。あの髪留めが、ただの飾りじゃなかったのは朝の会話でわかっている。母親からもらったものだと言っていた。子爵家がまだ栄えていた頃の。


 それ以上は聞けない。俺に、気の利いた言葉は出てこない。ただ、心の中に引っかかるものが残る。小さな棘みたいに。


 ガルドレアの門が見えてきた時、アリアが静かに言う。


「今日の戦い方……悪くなかったわ」

「急にどうした」

「褒めてるの。素直に受け取って」

「……ありがとう」

「殺さなかったのも、正しかったと思う」

「殺す理由がなかった。動けなくすれば十分だ」


 アリアがこちらを見る。銀色の髪が夕日を受けて、橙色に染まっている。


「……あなたらしいわね」


 何がらしいのかはわからない。でも悪い意味じゃなさそうだ。


 屋敷に戻って、報告書を書く。今日はいつもよりさらに時間がかかった。


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